7 家と戦国ライフと新しい忍
ザザーンザザーンっと寄せては返す波。
そう、波!
山山山、時に平地、町からの山でやっとこさの海!
潮の香りと湿気った風が、こんなにも心地良いとは。
「「ビバ海っ!」」
見事にハモった声に驚いて隣を見れば、してやったり顔の天斗。
「なんでっ!?」
「これまでの行動見てればわかるやろ」
ついに言動まで把握されたかっ。
恐るべし忍。
「凪がわかりやすいだけや」
むぅ、なんか腹立つ。
まぁ兎にも角にも、海沿いの道を行けば天斗の家があるらしい。
やっとだ、やっと目的地に……いや違うだろ!
天斗の家に辿り着くのがゴールじゃないから!寧ろここからスタートだよ!
現代、令和の時代に戻る手かがりを探さなきゃ。
でも、時代を超えるなんてどうやって?タイムマシーンなんて、映画やアニメの世界でしか知らないよ。でも実際問題、私は戦国時代にいるわけだし。何かはあるんだろうけど、どうやって探すの?
「着いたで」
「わー、ふつー」
海沿いの道をてくてく歩き、夕方になって着いた場所は、一軒だけぽつんと建つ良く見る昔の木造建築の家だった。
「普通って、どんなとこ想像してたん?」
「いや、それはやっぱり山奥に潜むようにある集落とか、周りにトラップ一杯で一般人は近付けませんよとか」
天斗から向けられる呆れた視線にも慣れました、はい。
「そういうとこもあるけどなぁ、まぁ入りぃ」
あるんかい!というツッコミはさらりと流され、中へと足を踏み入れる。
玄関である戸の先は土間があって、板の間があって……終わり。
うん、見た目通りだよね。
朝、日の出と共に目を覚ますと、土間にある台所で作業する背中が見える。米の炊ける匂い、味噌汁の匂い、そして今日は魚が焼ける匂いがする。
「おはよう、天斗」
寝ぼけ眼で声をかければ、顔洗ってきぃと手ぬぐいを渡さる。
家のすぐ横にある井戸で水を汲み、冷たい水で顔を洗う。家がある場所は平地より高い場所にあるから海が見える。今日も良い天気になりそうだ。
ちなみに重要なトイレ事情だけど、山を歩いてる時などは天斗から離れて、足で軽く穴を掘って埋めてた。町などでは公衆トイレ的な物があったからそこでしたけど、まぁ地獄。他人の排泄物が見えるのよ?臭いもやばいのよ?山でする方が何倍もマシだと思う。そして天斗の家はというと、外に四方を囲まれたトイレがあるんだけど、したら蓋をして離れたところにある排泄物処理場もといため池に捨てに行くのだ。ため池には鯉やら魚やらがいて、排泄物を処理してくれる。因みに外にあるトイレは私の為に天斗が作ってくれたもので、本人がどこでしてるかは謎だ。池に直接とか想像するのも辛いのでやめておく。知らぬが仏だ。
そんなこんなで朝のやることを終えて、家に戻ればぐぅっとお腹が鳴る。
「ほんま、食い意地張っとるなぁ」
ふっと鼻で笑われ、羞恥心で俯きながらも天斗が作ってくれた朝ご飯をテーブルに並べる。ちなみにテーブルも作ってもらった。
本日の朝ご飯は山盛り玄米と、フキとよくわからない山菜の味噌汁、川魚の焼き物だ。
この時代は一日二食の一汁一菜が基本らしいけど、天斗は他にメインとなる肉か魚を食べるらしい。狩猟力半端ないもんね。ちなみに私が一日三食だったと話せば、昼におにぎりを作ってくれるようになった。
まさにいたせりつくせりの戦国ライフ。
「ちがーうっ!!」
朝ご飯を終えて白湯を飲んでる最中に、急に大声を上げて立ち上がった私に、天斗もびっくり顔だ。
「ごめん、でも違うって!これはこれで馴染んできちゃってるけども!」
まじで天斗に飼われてるではないか。本来の目的を思い出せ。私は帰らなきゃ、現代の日本に!
「私は、帰らないと。兄貴達が心配してる」
両親を早くに無くした私には三人の兄貴がいる。彼等が親代わりなんだ。心配性で過保護な兄貴達。思えば思うほど、胸の奥がぎゅうっと悲鳴を上げる。
「……ここから、北に行った所にある町で凪と同じような空人がいるらしいで。行くか?」
いつの間にそんな情報をゲットしたんだろう。スマホもネットもないのに。
「行く」
二つ返事で頷けば、天斗は小さく頷いた。
天斗の家に帰る行程で傷付いた足も癒えた頃、私はまた歩き出す。
あれ?これって天斗の作戦か?もしかして傷が癒えるまでは自宅待機だったのかな。
隣を歩く天斗は相変わらず涼しい顔をして、こいつの足にだけ羽が生えてるように軽やかだ。
「なんや?」
「相変わらずのチートスペックだなぁと思って」
なんていうか、規格外なんだよなぁ。
天斗以外の人と深く関わったことはないけど、明らかに人間としての基本性能が違い過ぎる。過去の人が皆こんな超人ってことはないだろう。
歴史には詳しくないけど、もしかしたら単純に私が知ってる日本とは違うとか?
「凪、止まれ」
急に目の前に現れた天斗の手に思わず足を止めた。
途端に、息もし辛いぐらいの圧がかかる。天斗が怒ってる?違う、これは道の先にいる人物から向けられる何かだ。
「へぇ、噂は本当だったんだねぇ」
突然耳元から聞こえた甘い声。誰っ!?と振り向こうとした時には首に冷たい物が触れる。これは、天斗と初めて会った時と似たような状況だ。ただ違うのは、私に刃物を突き付ける男の首にも短刀が突き付けられていることだ。
ちなみに私は横から抱き込まれるように天斗の腕によって固定され、首に男から刃物を突き付けられてる状況で、身動き取れません。
「くない、仕舞ぃ。佐助」
まさかの知り合いですか?天斗さん!
「ははっ、そんなに殺気立たなくても大丈夫だよ?旦那の動きを見たかっただけだから」
すっと消えた首元の圧迫感。男が刃物ーくないーを引いたらしい。
「いや、あの、旦那?」
ジリジリと圧を強める天斗に佐助と呼ばれた男は苦笑いを浮かべている。
知り合いっぽいけど、ここまで警戒してるってことは佐助は敵なのかな。いやまぁ、実際くない突き付けてきたから敵っぽいけど、でも本気って感じでは無かったような?
「天斗、知り合いなんでしょ?」
「まぁ」
「なら刀下ろしたら?あの人も別に本気じゃなかったんでしょ?」
私がそう言うと、小さくへぇっという声が聞こえた。
「普通の女の子って訳じゃなさそうだね」
天斗が短刀を下ろすと、早速話し始める佐助の格好は旅人風。笠を被り表情は見えにくい。多分、というか確実に天斗と同業者だ。くないってイコール忍のイメージだし。道の先にいた男が佐助なんだろうけど、天斗と同じくどこぞの戦闘民族よろしくの瞬間移動したし。
言っておくが、普通じゃないのはお前達だ。
「私はただの一般人です」
「孤高の忍と言われる天斗の旦那を手懐けてる時点で普通じゃないよ」
んん?
なんか中二病っぽいフレーズが出てきたぞ。
孤高の忍って、天斗はそう呼ばれてるの?笑いを堪えて見上げれば、すっごい不機嫌な表情で睨まれた。
「で、なんの用や?」
不機嫌MAXな低音ボイスが近くから発せられる。
未だに私の体はホールドされたままなんだよ。離してくれませんかね?