6 小袖と草鞋と宿
コンさんのところで薄黄色の小袖と草鞋を装着。したのはいいが、なんだろう、これ。
玉ねぎの皮で染色しましたって感じの薄黄色の小袖はやたらゴワゴワしてるし、草鞋は履き慣れなくてもうすでに痛い。
これで山越えは無理ですよ!と視線で訴えれば、試しに歩いてみぃと言われる。普段通りの歩幅で踏み出そうとすれば、小袖の裾が邪魔をする。これは、ちょびちょびしか歩けないっ!?
「そうしてると普通の町娘みたいやな」
ちょびちょび歩く私を見て、なにやら思案顔の天斗。
「この格好、無理」
歩き出して数歩でわかる。
これはマジで無理だ。
どげんかせんといかん!
「拳を天に掲げて、なにしてんねん」
今度は呆れ顔になった天斗を無視して考える。
ストレッチ素材でもないのに膝下まであるから歩き辛いんだよ。草鞋は諦めて靴を履こう。それが駄目なら、草鞋に慣れるしかないんだろうけど。
「これさ、捲くってもいい?んで、下にレンギンス的なの履けばオケじゃない?で、草鞋は諦める!」
地面にその辺にあった石で絵を描く。私の下手くそな絵を見ながら、天斗はふむと頷く。
「桶は?」
「はい?」
「さっき桶がどうのって言ってへんかったか?」
「桶なんて言ってな……あ」
ぶふっ、なんという聞き間違い。
思わず吹き出してしまったじゃないか。
「なに、笑てるんや」
顔を隠しててもわかるTHE不機嫌な声が降ってくる。けど、ちょ、ちょっと待って。ウケる。
その後、笑いが収まってから私が言ったOKの意味のオケと、天斗が言った桶の違いを説明した。
暫く機嫌の悪い天斗だったけど、私の考えた服装をコンさんに説明してくれて、大体私の想像通りの物が準備された。コンさんのところはなんでも屋だな。
「ノビタリチヂンダリのキモノはナカッたけどネ〜」
流石に戦国時代な伸縮性のあるレギンスがあったらびっくりポンだよ。
「スパシーバ、コンさん。これでなんとかなりそう」
薄黄色の小袖を折り短くして膝を出し、ふくらはぎは脚絆と呼ばれる黒い布を巻き付け縛り、足元は残念ながら草鞋になった。さすがにスニーカーじゃ今の格好と合わなすぎるしね。
コンさんのところを出発して半日程歩き、辺りはすっかり夜だ。
「天斗さんや天斗さんや」
「なんや」
「灯り!もしかして町!?」
「はしゃぐな、ただの町やで」
そんなこと言われても、戦国らしき時代に落ちてから町に行くのは初めてなんだ。わくわくする気持ちは止められない。
「…………なんか、想像と違う」
「せやから、ただの町って言うたやろ」
いや、わかってるよ。
街灯だってないし、道だってアスファルト舗装されてるわけじゃない。令和の時代の町と比べちゃ駄目なのはわかってる。
でも、暗い。
家々からぼんやりと明かりが漏れてるけど、暗闇の方が強い。町なのに。
やっぱり昔なんだなぁ。
「とりあえず、宿に行くで」
少し前に旅人衣装にチェンジした天斗の背中を追いかける。頭巾というのか手ぬぐいというのか、を目深にかぶっているので前が見えているのか怪しい。
よっぽど顔を見られたくないんだなぁ。現代ならニット帽にサングラスにマスクで出歩きそうだ。
「まぁまぁ、いらっしゃいませ」
宿だという建物に入り、出迎えてくれた女将さん的なふくよかな女性。この時代で初の女性だ!なんというか、どこぞのソースに描かれている女性によく似てる。
「今日はもうあと一部屋しか空いてないんですが、よろしいですか?」
女将さんに促されるままに足を洗う。親指と人差し指の間が藁で擦れて、靴擦れ、いや草鞋擦れを起こしてる。地味に痛い。
「へぇ、それで構いやせんよ。嫁と行商の帰りなんでねぇ」
「やっぱりご夫婦でしたか。可愛らしい奥さんですね」
「自慢の女房でさぁ」
ははは、おほほと和やかな声が聞こえるが、あんた誰!?いや、女将さんはわかるよ、もう一人の方!
「あ、のー」
「お前、足擦れちまってんなぁ、どれ、こっちにきな」
グイッと腕を引かれ、気付いたらお姫様抱っこ状態。おいおい、マジであんた誰だよ。
ふっと目が合って、余計な事は言うなという圧を受ける。
あぁ、良かった。あまりにも別人の雰囲気を出すから、一瞬焦ってしまったけどこの感じは間違いなく天斗だ。
部屋の板戸が閉められ、お姫様抱っこから開放されて、ほっと息をつく。
「あんな別人になるなら初めから言っといてよ、マジで焦った」
「いや、わかるやろ。ずっと一緒に居んねんから」
いいから座りぃと、畳に座らされ足を持ち上げられる。
「ちょいちょいちょーい、何事!?」
「足、ちゃんと見せぇ。なんで言わへんねん」
人の足を見て舌打ちするのやめて欲しい。ちょっと草鞋擦れ起こしただけだよ。明日は擦れた部分に布挟めるから、大丈夫なはず。
「別に足が折れたわけでもないんだから平気だよ」
「はぁ、お前は折れても言わなそうやな」
「いや、流石に折れてたら言うよ!歩けないもの」
「歩けたら言わへんのかい」
「え…………まぁ、手の指の骨ぐらいだったら言わないかも」
「言えや!」
強めに突っ込まれて会話は終了した。その間に、足の手当ても完了していた。何をするのにも早い男だ。
にしても、怒りすぎじゃないかな。
私の怪我で、天斗が痛いわけじゃないし。それが原因で足を引っ張ることもあるから?あるかな。
格子のついた窓から外を見ているその背中。今日は曇っていて月明かりは望めない。蝋燭の灯りだけがぼんやりと室内を照らしている。
どうしてそんなに怒ったのかはわからないけど、もしかしたら私の事を心配してくれたのかもしれない。
だって見ず知らずの、未来から来たとか言ってる女に手を差し伸べてくれるような奴だから。
「手当してくれて、ありがとう」
天斗に、初めて会った時の何の感情もない凪いだ目を向けられたら、今でもきっと怖い。
だけど、少なくとも今は違う。
「別に、構へん」
そう言って振り返った天斗の目には、ちゃんと私が写っている。だから、きっと大丈夫。
「変なの」
「凪にだけは言われたないわ」
天斗の周りの空気がふっと軽くなったような気がして、ほっとする。
「さっさと寝ぇや」
通常運転に戻った天斗に返事をしながら、ペラい布団を畳の上に敷く。板の間や地面の上で寝るよりは大分マシなはずだけど、自分のベッドが恋しいよ。
「天斗はまだ寝ない?」
なんやかんやで天斗が寝てるとこって見たことないんだよな。私が眠る時も朝起きる時も絶対起きてるし。忍は皆そうなんだろうか。ショートスリーパーとか。
「なんや、一緒に寝るか?」
顔を隠すようにしていた頭巾を外して髪を搔き上げる。ただそれだけの動作なのに、蝋燭の灯りに照らされる天斗は妙に色っぽくて、セリフも相まって腹立つ。
「誰がそんなこと言いましたかー?子供扱いしないで下さーい」
ったく、無駄に顔が良いから厄介だな。こう言えば、女は落ちるみたいな語録とか持ってそうだもんね。
「なんで脱ぐん?」
「え、脱がなきゃジャージ着れないでしょ」
パジャマ代わりにジャージに着替えるのに、なんでそんな驚くの?
「俺も男なんやけど?」
「いや、男なのは知ってるよ。女だって言われたら仰天するわ」
「そうやないわ、危機感なさすぎやろ」
呆れた声が飛んでくるけど気にしません。裸になるわけじゃないし。小袖の中にタンクトップ着てるし、下はパンツだけど小袖を脱がなくてもそのまま履けば全く問題なしでしょ。
「んじゃ、お休みー」
はぁっという天斗の深い溜め息が聞こえたけど、連日の疲れもあってすぐに眠りについた。