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5 人里と露とチョコレート

 エロじじぃもとい天斗は、温泉に入った日から素顔のまま生活している。そして私の名前を呼ぶようになった。

 奴の中で何かしらの変化が起こったようだが、私にはよくわからない。でも少し仲良くなれた分、生存確率が上がった気がする。


「あれ?」


「なんや」


 素顔を晒していたはずなのに、いつの間にやら黒い布で隠されている。さっきの私の発言が瞬く間に覆された。なんてことだ。

 顔を見て首を傾げれば、あぁと天斗が頷く。


「もうちょい行ったら人里に下りるからな」


「うぉ、まじか」


 人里とは、人がいる場所のことですよね。天斗と出会って苦節十日、やっと動物や虫以外の者と会える。まぁ天斗はいたけども、あれは鬼の化身なので別枠だ。

 それにしても、戦国時代らしき世界に来てからもう十日。

 サバイバルしかしてない。

 天斗は歩きながら、色々と教えてくれる。山に生える山菜やきのこなど食べられる物のこと、火の起こし方、獣を狩る方法などなど。

 八割がサバイバル知識だ。残り二割が日の本と呼ぶ、この時代の日本のこと。

 かの有名な織田信長や武田信玄、上杉謙信などはやっぱり存在しているらしい。歴史上の人物に興味がないと言えば嘘になるけど、自ら危険に突っ込みたくはない。ので、戦が起こりそうな場所からは極力遠ざかる方向でいきたい。巻き込まれて死にたくない。

 天斗の家がある場所は戦が起こるような場所ではないらしいので少し安心だ。


 人里に向かう天斗の後ろを足取り軽く歩いていれば、ぱあっと木々が開ける。

 目の先に広がるのは、田畑と畦道と数件の木造家屋。THE日本の田舎の風景だ。


「行くで」


 ぐっと腰を抱かれたかと思えば、途端に浮遊感に襲われる。


「ぐっ、ふぇ」


「また奇妙な声出しとる。そういう生き物なんか」

 

 違う。

 断じて、私は変な生き物ではない。

 声が出たのはお前のせいだ、お前の。

 その面白がるような目をやめろ。

 なんの前触れも無く崖にダイブする天斗の神経がやばいんだって。しかも平然と着地するって、マジなんなの?

 そおっと後ろを振り返れば、岩がむき出しになった五、六メートルぐらいの崖だ。二階建ての窓、いや屋根ぐらいの高さから人を一人抱えてダイブって。


「足にセーフティマットでもついてるんですかね」


「せーふ……なんて?」


 目を細め訝しげにこっちを見る天斗。

 横文字を使うと基本、そんな顔をする。初めて聞く言葉で、意味もわからないからだ。

 こっちはあなたの規格外の性能にいつもびっくりさせられてる。だから、これで気持ち的におあいこだ。


「ほらほら、早く行こう」


 こっちを睨んでくる天斗の背中を押すと、不機嫌そうな声が降ってくる。


「足にはなんもついてないで」


「あ、うん、知ってる」


 私の返答に、なんやねんとため息が溢れる。別に答えを求めてない質問なんだけど、ちゃんと答える天斗は意外と律儀なのかもしれない。


「あぁ、ビバ平地!」


 山道や獣道を歩き続けた私の足が喜びで震えてるよ。人が作った道って偉大だなぁ。


「何に感動してるか知らんけど、こっちやで」


 相変わらず、スタスタ歩く天斗に慌ててついて行く。

 先程、崖の上から見た数件の木造家屋の内の一つに向かっていく。


「知り合いの家とか?」


「まぁ、そんなとこや」


 勝手知ったるといった感じで、天斗は敷地内に入っていき玄関の扉を開ける。


「おーい、コン!おらへんのかー?」


 こんって、あだ名かな。小狐こんこんみたいで可愛いな。


「オーダレかとオモたら、アマトさんだー。ひさしぶりデスネ」


 部屋の奥から姿を現したのは、小狐こんこんとは程遠い大男だった。

 身長は2mくらいありそうで、ガタイも良い。そして着物の合わせ目から胸毛がわしゃっと出てて、彫りの深い顔に青い目、肌は色白で日焼けのせいで鼻の頭が赤くなってしまっている。


「ンー?ハジメテのムスメさんダネー」


 日本人らしからぬ見た目、片言の言葉、雰囲気からロシアの方の人かな?この時代はロシアじゃないか、ソ連?んーわからん。


「はじめまして、コンさん。本名はコンスタン、ティンさんとかかな?私は」


「どうしてワタシのナマエシッテルノ!?」


「なんでわかるん?」


 自己紹介をする前に男二人に詰め寄られました。いや、ロシアっぽい名前でコンがつくものを適当に言っただけだよ。当たって私自身がビビってるよ。


「ヒノモトでハジメテだよ!」


 興奮したコンさんがロシア語なのか外国語でめっちゃ喋りかけてきたけど、わかんないから。私、日本人っす。英語ならまだふんわりわかるけど、ロシア語なんて限られた単語しか知らないから。


「スパシーバ、スパシーバ」


 確かこれはロシア語でありがとうの意味だったはず。脈絡無いけど、コンさん宥める為に言ってみた。


「う、おっ」


 やばい、コンさんが泣き出した。

 大の大人、しかも大男がわんわん泣き出した。

 そーっと天斗の方を見れば、ふっと目を逸らされた。待って天斗、助けてくれー!






「で、凪がコンの国の言葉や名前をなんとなくわかるのは、学び舎で学んだからと?」


「イエス、ボス!」


「で、コンは久しぶりに聞いた国の言葉で感極まったと」


「ダー!」


「お前ら、日の本の言葉で喋らんかい」


 天斗の前に正座する私とコンさん。

 何故か反省スタイル。

 若干面白がってるのがバレて、天斗に怒られた。天斗さん、静かに怒る感じがとっても怖いよ。


「ソレデ、ナギさんはナニがイリヨウですかー?」


 仕切り直して、どうやらこのコンさんは天斗達忍び御用達の商人らしい。色んな国を流れ流れて東の島国にまで辿り着き、何が気に入ったのか戦国時代の日本に腰を落ち着かせたらしい。


「替えの着物と草鞋、女が生活に必要な一式を頼むわ」


 私の物を買ってくれるのか、お金どうしよう。


「あの」


「何おもろい顔してんねん」


 ふにぃとほっぺたを引っ張られる。地味に痛いからやめろ。


「私お金、持ってない」


「そやな、そんなお前を拾ったのは俺や」


 つまり子猫を拾ったなら責任を持って育てましょう。みたいな話しか?


「悪いようにはせぇへんて」


 ほっぺたを引っ張っていた手が頭に移る。ぽんぽんと撫でられる私は、天斗に思いっきり子供扱いされてる気がする。歳はそんなに変わらないはずなのに。


「お金はないけど、これあげる」


 貰うだけは癪なので、リュックの小さいポケットから取り出したのは、半分溶けたチョコレート。せめて飴なら無事だったかもしれないが。

 残念過ぎるお菓子だが、チョコは栄養あるし、甘いし、美味しいし、きっと喜ぶはず!


「なんや、これ」


「お菓子だよ、口開けて」


 袋を開けて一口サイズのチョコレートを口布の隙間から放り込んだ。

 

「…………甘っ」


 眉間に皺を寄せた天斗に、苦笑いする。天斗は甘い物好きじゃないのか、残念。


「アマトさんのあんなカオ、ハジメテミタよ」


「コン、さっさと用意せぇ」


 天斗の低音ボイスに、いそいそと部屋の奥へ向かうコンさんでした。

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