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4 榛色の女(天斗視点)

 その日も変わらぬ一日になるはずだった。

 生きていける分の金を稼ぐ為に仕事をして転々と流れる。ただそれだけのはずだった。


 今回は越後の角海浜(かくみはま)の集落に荷物を届けるだけの簡単な仕事だ。それが終わり帰ろうとした所に、顔見知りが飛び込んできた。

 賊に襲われた、一人殺された、頼む助けてくれと懇願する男は毒消しを作っている男だ。一度薬を買っただけだが、今後優遇するように取り付け、賊を狩ることにした。

 賊の逃げ足が遅い。まだそこまで遠くに逃げていない。雑魚だ。

 案の定、追い付いた三人の賊は砂浜で何やら問答をしていた。誰も追い掛けて来ないと思っていたのか?人を殺し盗みを犯し、呑気にお喋りとは呆れる。

 息を吸うように片付ける。集落から逃げたのは足跡から片付けた三人だけだ。ならあの全速力で逃げてる奴はなんだ。賊の仲間という感じもしないが、一応確認しておくか。


「自分、なんなん?」


 組敷いて見て驚いた。

 茶色よりも薄い榛色の髪に、同じような瞳をした端正な顔立ちの女だった。海を渡って来たのか見たことのない着物を着ている。

 言葉が通じるのか疑問に思ったところで女が声を出した。


「離して」


 それは凛とした通る声だった。

 鈴を転がすような声でもなく、猫なで声でもない。はたまた威勢が言い訳でも怯えている風でもない。

 こんなにも真っ直ぐに俺の目を見た奴が、いただろうか。


 人は自分よりも力を持つ者を恐れる。縋る。妬む。そして媚びる。

 そのどれでもない、怖いもの知らずのただの馬鹿なのか。それとも……。


 興味を引かれて話してみたが、どうにも噛み合わない。

 よくよく聞けば、どうやら五百年程先の世から来たらしい。

 普通なら笑い飛ばすか冷めた目で一蹴して終わりなのだが、ここ最近、空人(そらびと)と言われる者達が各地に現れていると聞く。その者達は一様に紺色の見慣れぬ着物を着て、優れた知識を有しているとかなんとか。眉唾ものだと思っていたが、目の前でうなだれる女に目をやれば、紺色の見慣れぬ着物を着ている。話す言葉は日の本の言葉だが、時折聞き慣れぬ言葉を使う。纏う空気も、その存在さえも浮世離れしているように感じる。

 一つだけ確かなのは、この女は嘘はついていない。


「行くあてがないんやったら一緒に来るか」


 溢れた言葉に自分自身が驚いた。

 誰かと組んだり、行動したりなんて面倒くさいだけだ。なのに、なんで自ら誘ってしまったのか。


 榛色の髪と瞳を持つ女ー(なぎ)ーは少しの逡巡の後、よろしくお願いしますと頭を下げた。




 そんなことがあって、早五日。家へと帰る道中なわけだが……。


「なぁ、そろそろ機嫌直しぃって」


「別に機嫌悪くないし!」


 後ろから飛んでくる声は実に刺々しい。

 その訳は昨夜、知らずに凪の下着を掴んだことにある。俺としては忘れ物だと思って届けようとしただけだ。そもそもあれが下着だとは思わなかった。

 しかし、凪のあの愕然とした表情は忘れられない。思い出すだけで、笑え……ゴホン。


 正直、温泉上がりに顔を出すかどうか少し悩んだ。

 それは忍としての仕事故、俺の顔を知る人間は少ない方がいい。それに加えて俺の顔は女から見ると眉目秀麗だとか容姿端麗だとか、そういう部類に入るらしい。凪が俺に対して惚れた腫れたとなられても面倒くさい。そういうつもりで連れてきたわけじゃない。

 という少しの葛藤の後、家でも顔を隠すのは嫌だと思い、晒すことにしたのだが凪は至って普通だ。寧ろ下着の件があるので男としての評価はだだ下がりかもしれない。



 凪は変わってる。

 歳は十六で、高校という学び舎に通っている普通の女だという。なんでも凪の時代では男も女も十八歳までは学び舎に通う者が殆どで、その後も専門的な知識を学ぶ為に学び舎に通うことも出来るらしい。どれだけ勉強するんだと思ったが、働き盛りの歳に自分の好きなことを学べるなんて考えられない自由だ。

 戦なんて無い生温い世の中で生まれ育った年頃の女が、気付けば五百年も昔に居て、山道を延々と歩かされて、泣き言の一つも言わない。寧ろこの状況に適応してきている。

 ありえるのか。

 その辺の女に凪と同じことをやらせたとして、同じように出来る奴がいるのか。




 道幅のある山道に出た。

 凪が隣に来る。

 肩で揃えられた榛色の髪が揺れる。


「別に機嫌悪くないし、怒ってもないから。ただ、恥ずかしすぎて合わせる顔が無いんだって」


 俯きながら言う凪の耳がいつもより赤く色付いている。


「凪の生まれた世は、下着も色っぽいんやな」


「初めて名前………………って、このエロじじぃっ!!」


 ぱっと上げた顔は一瞬驚いたような喜びが見えたものの、すぐさま目が死んだ魚のようになってしまった。


 本当に見てて飽きない。

 もっと色んな顔を見てみたい。

 そう思う。

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