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3 車と温泉と下着

 山です。

 また山です。

 平地に降り立ったなぁと思ったのも束の間、何故にまた山か。


「天斗さん天斗さん、宿とかそういう所に寄ったりはしないんですかねぇ」


 初日はあばら家で、二日目三日目は野宿、昨日は無人のお寺みたいなところで泊まり、天斗以外の人とは会っていない。初日の男三人だけだ。今が本当に戦国時代なのか全く実感出来ないでいる。

 何より臭い。自分が。体や顔は川で濡らしたタオルで拭いただけだ。

 切実にお風呂に入りたい。


「人混みは気ぃ使うからなぁ、俺はともかくお前の格好は目立つやろ?」


 私の格好は学校指定の紺色のジャージにスニーカー、それに黒のリュックを背負っている。確かにここが戦国時代で周りがみんな着物姿なら、目立つと思う。

 だけど……。


「天斗のその格好は目立たないの?」


 未だに目以外の顔を見ていない全身黒ずくめの忍スタイル。これで目立たないと言われたら怒るぞ。


「俺は旅装仕込んどるで」


 チラッと合わせ目から着物の裏を見せてくれる。なんとリバーシブル。


「家に帰るだけやと思って、宿代になりそうなもん何も用意してへんかったからな」


 あ、そうか。お金がなきゃ宿に泊まるのも、服を揃えるのも無理だ。なんて根本的なことが抜けてたんだろう。

 平地に出て悪目立ちすると、天斗の仕事的にもなんかまずいんだろうな。


「ちなみに天斗の家まであと何日ぐらいかかりそう?」


 聞きたくないけど、耐えきれず聞いてしまった。


「せやなぁ、この調子で行くんやったら、後十日は掛かるんちゃうか」


「とっ」


 十日ーっ!!

 聞かなきゃ良かった。

 家に帰るだけなのに後十日。

 つまりは野宿だったりあばら家だったりの風呂なし生活が後十日は続くというのか。軍隊のサバイバル訓練か!

 私、女子高生。

 普通のJKですよ。

 ちょっと、泣いてもいいかな。


「参考までに、天斗一人だと何日かかるの?」


「飛ばせば二日やな」


「車かっ!」


 信じられない。

 今でも強行軍だと思うのに、十日かかるところを二日っ!?まじ、なんなのこいつ。


「車て、そんなん乗ってたら遅うてしゃあないやろ」


 あ、車の概念が違った。

 四輪の自動車じゃなくて、多分馬とか牛が引いて貴族が乗るようなイメージなんだろうな。


「五百年のジェネレーションギャップ」


「未来の言葉は、わからんて」


 天斗はそう言って肩を竦める。

 私も時折あなたの関西弁がわかりませんよ。


「まぁ俺はともかく、あんたは色々限界か?」


 そう言って呆れたような、残念なものを見るような目を向けられる。


 ……は、い?

 自分の臭さには辟易するけど、寧ろサバイバルに体が慣れてきたところだし!


「ふっ、なんや、えらい元気やんけ」


 絶対、天斗の奴は黒い布の下で人を食ったような笑みを浮かべてる。見えないけどわかる。ヤな奴っ。


「十日でも二十日でもどんとこいやっ」


「はははっ」


 高々と笑い出した天斗を無視して、ざくざくと山道を行く。

 少ししても天斗が来ない。あれ?道間違えたかな。

 振り向くと天斗は先程の場所から微動だにせずにいる。


「ちなみにこっちに温泉あるで?」


「早く言えぇぇぇー!!」


 もうダッシュで戻れば、腹を抱えてゲラゲラ笑ってやがる。

 まじで、性格わるっ!






「ふいー、さいっこう」


 疲れもイライラも温泉に浸かれば、全部どうでも良くなってしまった。日本に温泉があって良かった。ほんと最高。


 昼間の問答の後、天斗の先導でたどり着いた場所は、手付かずの秘湯というのに相応しいビジュアルの温泉だった。つまり水溜りが熱い、みたいな感じだ。それでも温かいお湯が泣けるくらい嬉しい。お湯に浸かることが出来るのが心に染みる。

 毎日お風呂に入るのが普通だったから、この四日間が尚のこと長く感じた。それに慣れない山登りに足腰が大分疲れていた。ここに来ての温泉はまさに神だ。


「着替えがあれば、もっと良かったんだけど……それは贅沢すぎるか」


 存分に温泉を堪能した後、無情な現実がある。さっぱりした体に、四日間着た下着……ノーパンノーブラは流石にアウトか。いや、別に誰か見てる訳でもないし、今ここで洗って干せばいける。


「肉焼けたでー、はよせぇー」


 木々を挟んですぐ近くから天斗の声がした。

 思わずビクッとしながらも、木に洗った下着を干す。

 大丈夫、大丈夫。


 天斗の方に向かえば、本日も完璧なキャンプ地がある。周りの草を刈って、少し拓けた所に焚き火と丸太のイス。本日のディナーは小猪の味噌の焼き。味噌が焼ける匂いが香ばしく食欲がそそる。


「お待たせ、天斗は温泉入らないの?」


 天斗の向かいの丸太に座れば、焼けた肉を手渡してくれる。


「食べたら入る」


 ガツガツと肉を食べる天斗に倣って、私も肉を頬張る。予想以上の美味しさに思わず笑顔になる。


「ほんま、けったいな奴やな」


「あ、また“けったい”って言った。それどういう意味なの?」


 さぁなと言って天斗は立ち上がる。食べるの早すぎだろ。

 そして、そのまま温泉に行ってしまった。

 私はまだ食べるのに時間がかかりそうだ。

 はむはむと肉を噛み締めながら、ふっと夜空を仰ぐ。さっきまではまだ薄っすらと明るかったけど、すっかり暮れたようだ。


「満天の星」


 今日は雲も出ていない快晴だ。そしてここは山の中。星が綺麗だ。

 なんだかんだで、この生活に適応してきてる自分が怖いな。


「…………あ゛」

 

 やばいっ、呑気に星空見て浸ってる場合じゃない!

 下着干したままだよ!


「何、野太い声出しとるん?」


「のぉっ」


 どうしようかと思っていたら、もう上がってきた。絶対下着に気付かれた。最悪。


「へ…………天斗?」


 羞恥心と戦いながら顔を上げれば、予想外の展開に思わず声が裏返る。


「今度は素っ頓狂な声出しよってからに、他に誰がおるん」


 そこに居たのは水も滴る良い男、という表現が似合う黒髪の色男。黒布を取った天斗の素顔は、目鼻立ちのくっきりとした端正な顔立ちだった。しかも上半身裸で、場所が場所なら黄色い悲鳴がきゃーきゃー聞けそうだ。

 だが私はひぃっと息を呑む。

 なぜなら、天斗の手に私の下着が握られているからだ。

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