ミニトマト
ミニトマトは嫌いだ、と彼が呟いた。
休日の午後の喫茶店は、店内のBGMが少し霞むくらいには混んでいた。子供連れの夫婦が、仲良くパンケーキを食べている。
私は、冷めたコーヒーを一口含んだ。苦いとも酸っぱいとも甘いとも、なんとも言えない微妙な味がする。
彼とは、大学の2年から、もう今年で5年目になる付き合いだった。
「ミニトマトが嫌いだなんて、初めて知ったわ」
「あれ、言ってなかったけ」
私はもう一回、冷めたコーヒーを飲んだ。やはり、微妙な味がした。美味しくはならなくても、せめて味をはっきりさせようと、砂糖の入った容器に手を伸ばす。
ちっちゃなトングで、角砂糖を1個、ポトンと落とした。コーヒーの表面が波立った。ティースプーンでかき混ぜてから、味を試してみる。冷え切っているコーヒーには、砂糖は少ししか溶けなかった。カップの底に砂糖が溜まっている感触があった。
彼は黙ったまま、ミニトマトを見つめていた。少し遅い昼食だった。今日のランチ、とかわいくメニューに書かれていたそれは、サラダと魚介のスパゲッティだった。ランチは一種類しかなかった。私の前にも同じプレートが置いてあった。彼の皿も、私の皿も、彼のミニトマト一つを残してもう空だった。白い器に、ミニトマトの赤がぽつりとうかんでいた。
「残すのもしょうがないし、食べるよ」
私は、一旦置いてあったフォークを手に取った。
彼の返事はきかず、ミニトマトをぐしゅり、と突き刺す。
口に広がったトマトの、予想外の酸っぱさに、急いでコーヒーを飲みほした。
コーヒーの嫌な甘さだけが、ただ、口の中に残った。