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第六話 悪役令嬢、屋台広場へ行く

「んん~~、久しぶりの地面ね~♪」

「じめんね~!」

 船から下り、立てかけられた桟橋を抜けて港へと降り立つと同時にわたくしは両手を空に伸ばし、うんと背伸びをする。

 そんなわたくしの真似をしたいのか、レヴィアも同じように背を伸ばしながらわたくしへと可愛らしい笑顔を向けてくる。

(久しぶりの他国だけど、港町の特徴と言えば……やっぱり魚介類、っていうよりも基本的に行く場所の殆どは魚介類になるわね。だって港ですものね)

 心の中で思いながら、他に特徴はないかとわたくしは思い返す。

(確か事前に受け取っていた資料によるとこの町の名前は港町アーヌム、魚介類の他に特徴と言えば……面白い調味料を使った魚料理が有名みたいね。ハッズ王国とは違った味付けが当たり前って書かれていたわね)

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「ええ、ちょっと考え事をしていたの。この港町の特徴とどんな宿に泊まるべきかと、せっかく新しい町に着いたのだからこの町の特徴的な物を食べたいって思ってね」

「なるほど、新しい場所に来たら美味しい物を食べたい。それは当たり前の事ですね」

 わたくしの言葉に納得するようにカエデは頷き納得します。

 そんなわたくし達の会話を聞いていたレヴィアがわたくしの袖を引き、そちらを見るとキラキラとした瞳を向けていました。

「あるじ、ごはんたべるの?」

「ん~……そうね、宿を探す前にちょっとご飯を食べましょうか」

「わ~い、ごはんだ、ごはんだ~!」

 わたくしが言うとレヴィアは嬉しそうに喜び、抱き付いてきます。

 そんなレヴィアの姿を見てからチラリとカエデを見ると諦めたように小さく溜息を吐いてから頷きました。

「それじゃあ、まずは屋台が並んでいる場所に向かいましょうか」

「かしこまりました。それでは行きましょう。それとレヴィアは迷子にならないように気をつけてくださいね?」

「むー、レヴィアまいごにならないもん!」

 カエデの言葉にレヴィアはご立腹といわんばかりに頬を膨らませながらプンプンとします。

 そんなレヴィアの頭を優しく撫でながらわたくしは手を差し出し、言います。

「でしたら、わたくしと手を繋いで歩きましょうか」

「あるじとてつなぎ! わ~い、やったー!」

「お、お嬢様!」

 差し出された手をレヴィアは喜んで掴み、それに気づいたカエデは戸惑ったようにこちらを見てきます。

 なので、少し意地悪な微笑みを向けて彼女へと……。

「あら、カエデも迷子になる自信があるのかしら?」

「い、いえ、そうではなく……うぅ、お嬢様と手を繋げたチャンスを自ら棒に振るなんて……」

 わたくしの言葉に頭を抱えるカエデ。それを見ながら、わたくしはフフッと小さく笑いました。

 ちゃんと手を差し出してお願いしてきたら、繋いであげたんですよ?


 ●


『美味しい肉串はどうだーーいっ!!』

『こっちの焼き魚も美味しいぜ~~っ!!』

『こっちの煮込み料理のほうがもっと美味しいぞーーっ!!』

『薄パンはどうだ! 肉はさんでも美味いし、煮込みに浸しても美味い薄パンだよーーっ!!』

 屋台村、という通称で呼ばれていそうな屋台の店が立ち並ぶ広場へと辿り着いたわたくし達は周囲を見渡します。

 漂ってくる肉の焼ける良い匂いや魚の焼ける良い匂い。他にも独特な香辛料のツンとした辛そうなにおいなどがします。

 正直貴族の生活をしているとあまりお目にかかる事がない光景であり、嗅ぐ事のないにおいです。

「賑やかですね。レヴィア、ちゃんと手を繋いでいるようにね」

「うん、わかったー」

 レヴィアへとわたくしは優しく語りかけますが、彼女はジュウジュウと焼かれる肉串に視線がいっているようです。

 そんな彼女の様子を見ながらクスリと小さく笑い、わたくしはレヴィアが見ている先の肉串を売っている屋台へと近付きました。

「いらっしゃい! う、うお…………っ」

「肉串をいただけるかしら、とりあえず……5本ほどお願いします」

「はっ! ご、五本ですね。かしこまりました!」

 元気に声を掛けてきた屋台の店主ですが、わたくしを見た途端ぽかんと驚いた表情をしながらチラチラとこちらを見てきました。

 ですがそんな視線に気づいていない風を装いながら、わたくしはレヴィアがたっぷり食べるだろうと予測して注文を行います。

 その言葉にハッとしたのか、店主は急いで肉串の調理を再開しました。

 赤々と燃える炭の上に置かれた網の上で肉串がジュウジュウと焼かれ、肉の脂が炭に落ちて音が鳴る度にレヴィアの視線がますます肉串に向いてウキウキとするのが分かります。

「レヴィア、ちゃんと出来上がるから大人しく待つんですよ」

「わ、わかってるよー! レヴィア、おとなのおんなのこだもん!!」

「レヴィア……それは色んな意味で間違ってると思います」

 わたくしの言葉にレヴィアは頬を膨らませますが、傍らで待機しているカエデは彼女の言葉に小さくツッコミを入れています。……まあ、大人で女の子というのはおかしいですよね?

 そんな事を思っていると、肉串は焼き上がったようで店主が恐る恐る……と言えばいいのか、それとも美術品に傷が付かないように注意するかのように話しかけて来ました。

「あ、あのー、出来上がりましたー……」

「ありがとうございます。5本で幾らですか?」

「え、あ、いや、その……あ、上げます! タダで――「それはダメですよ」――え?」

 懐からお財布を取り出し、尋ねたわたくしへと店主は無料で差し上げると言います。ですが、わたくしはそれを却下します。

 突然の言葉に店主は固まっていますが、わたくしは続けます。

「店主、いくら相手が美人だと、きちんとお金を貰うべきです。そうしなければ店にも利益は生まれませんし、客もタダでもらうという考えが当たり前となってしまいますよ」

「え、えっと……はあ……」

 よく分かっていない。という風に店主は返事を返しますが、もう少し続けましょう。

「店主、タダであげるという行為は自らの料理を貶しているとも言えるのですよ?」

「なんだとっ!? オレはこいつが美味いって言い切れる自信があるんだぞっ!!」

「それならば、相手が美人だとしてもちゃんとお代は貰うべきです。……まあ、おまけをするのはありだと思いますよ? あとは……道端にいるお腹を空かせた子供達には格安で売るというはありだと思いますけどね」

 わたくしの言葉に怒った店主ですが、告げて行く言葉に理解していったのか段々と静かになっていきました。

 どうやら自分が行おうとしていた行動は周りにも自分自身にも失礼な事だと理解したのでしょう。

 そう思いながら最後にちらりとわたくしがそちらを見ると、店主もこちらが見たほうに視線を移します。

 そこには汚い身形をした少年少女が立っており、ジッとわたくし達……というか店主の持つ肉串に目が向けられていました。

 彼らに気づいた店主はどういえば良いのか分からない表情を浮かべ、こちらを見てきました。

「あー……悪いな。あいつらは無視してくれ」

「無視ですか? 理由を聞いても大丈夫ですか?」

 わたくしが尋ねると、店主はあの少年少女がどういった存在であるかを語り始めました。

 聞けば彼らはこの港町の片隅にて経営されている孤児院の子供達らしく、食べ物をもらえないかと日々あの場所に立っているとのことです。

 運が良ければ旅人からおこぼれを貰えるからか、彼らはそこで待っていると……。

「分かっただろ? あいつらは野良犬と同じなんだ。だから無視していたほうが良いんだよ」

「情報をありがとうございます。はい、お代です」

「おう、ありがとうな」

 店主へと肉串の代金を差し出し、わたくし……いえ、わたくしが受け取る前にカエデが肉串を店主から受け取りました。

 汚くないし、火傷なんてしませんのに。そう思いながら、カエデを見ていると彼女はレヴィアへと肉串を2本渡します。

「どうぞ、レヴィア」

「わーい、おにくだおにくだー!」

 受け取ったレヴィアは嬉しそうに両手に肉串を構えてはしゃぎます。ですが、それは危ないですからね?

「レヴィア、串を持ちながらはしゃぎ過ぎてはいけませんよ。あと、口の中を火傷しないように注意してくださいね?」

「うん、わかったよー!」

 聞いているけれど、まともに聞いていないという風にレヴィアは左右の肉串を見続けていますね。

 ……仕方ありません。

「先に食べる事にしましょうか」

「かしこまりましたお嬢様。それでは座れる場所を探して……」

「大丈夫、この場で食べれば問題ありません」

 移動をしようとするカエデを止めて、わたくしは彼女へと言いました。

 するとカエデは本気ですか? とでもいうようにわたくしを見ます。

「一々座れる場所を探すというのは面倒ですよ? でしたら、周りと同じように立って食べるのが一番じゃないですか」

「むぅぅ……、しかしそれは……」

「わたくしが良いって言うから良いではないですか」

 顔を顰めるカエデへとそう言うと、彼女は諦めたようで周囲を警戒するように立ちます。

 そんなカエデを見てから、わたくしはレヴィアを見ますが……まだ食べたら駄目なのかとジッと肉串を見つめていますね。

「レヴィア、食べても良いですよ」

「わーい、いただきま~~すっ!! はぐ、はぐ、むしゃむしゃ……おいし~♥」

 わたくしが食べて良いと言った直後、レヴィアは急いで肉串を食べ始めます。……でも、串ごと食べてはいけませんよ?

 そう思いつつ、笑顔のレヴィアを見ながらわたくしも肉串を食べ始めます。

「あむ……もぐもぐ……、塩味が利いていますね。働く人達や冒険者が主に食べますからこの味付けにしているのでしょうね。それに硬いですから味付けも濃くしたほうが良いという考えでしょうね」

 噛み応えのある食感を口の中でモグモグしながら、味の濃さの理由を小さく口にしながら口を動かします。

 ですが、正直なところもうしますと……肉の質が下だからかかなり硬く、噛み辛いと感じますね……。

 もう少し漬け込むなりして柔らかければ良かったのですが……。

 そんな事を思いながら、ゴクンと口の中へと入れるとわたくしの様子をレヴィアが見ているのに気づきました。

「どうかしたの、レヴィア?」

「あるじー、まだたべたいー。だめー?」

「ふふっ、レヴィアは困った子ですねー。それじゃあ、これを食べてください」

 言いながらレヴィアへとわたくしは食べていた肉串を差し出します。

 彼女は嬉しそうにそれを受け取ると、ムシャムシャと食べ始めました。良い食べっぷりですねー。

 そう思っていると、こちらへと駆け寄ってくる人物に気づきました。ジッとこちらを見ていた少年少女のうちの一人です。

 いったいどうしたのでしょうね?

 そう思いながら気づかないふりをしていると……。

「なあ、貴族様。貴族様だよな!?」

 大きな声で訊ねてきました。

 いきなりで不躾だと少しだけ思いながらそちらを向くと、ギラギラとした少年の目がわたくしを見ていました。

「貴族様だったらお金あるんだろ!? だったらさ、俺達に肉おごってくれよ!!」

「お断りします」

 必死なのだろうと思いながら、わたくしは口を開くとそう言いました。

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