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幕間 王子は国のピンチに気づかない。

 広々とした部屋の中、何時もは恋人であるシェーンと共にお茶を楽しむ為の俺の為に用意された執務室、その室内で俺は年老いた文官と俺に仕えている老年の執事に見張られながら……ペンを走らせていた。

 ――カリカリ、カリカリ、カリカリ……ガリッ!

 一枚、二枚と書いていくと同時に俺の中の苛立ちは少しずつ募り始め、ようやく辿り着いた三枚目の途中で紙を破る勢いでペンを押し付けた。

 紙はペン先によって破け、ペン先もグニャリと折れ曲がってしまったがそんな事はどうでも良い。

「ええい、もう我慢ならん! 何故王子であるこの俺がこのような部下がやるような事をしなければならないのだ!!」

 紙に黒い染みが広がったけれど、それは気にせずに俺は自分を見張る文官と執事へと怒鳴りつける。

 そんな俺をまるで子供を優しく諭すとでも言うように、文官が口を開いた。

「このような事、と言っておられますが……これは殿下に課せられた仕事なのですから仕方ないのですよ?」

「坊ちゃま、そういう事も分からないとでも言うのですか?」

 ついでにこれ見よがしと言わんばかりに執事のほうも何時もの様に俺へとぐちぐち言ってきた。

 そんな二人のお小言に反発するように俺は叫ぶ。

「だから、何故このような瑣末な事を王子である俺がしなければならないと言うのだ!? このような卓上の作業など、お前達文官にやらせたら良いではないか!!」

「……バ、殿下、私どもが数日間寝る間も惜しんで頑張っている結果が今ここにある仕事量で済んでいるのですよ? それだというのに更に私どもに仕事を増やせ……と仰るのですか?」

 そう言いながら、まるで俺をバカとでも言うかのように文官は俺を見る。

 同時に執事も残念な物を見るような瞳を向けてくる。

 ……腹立たしい!! 正直腹が立つ。なので反論をすることにした!

「そんな話はもう何度も聞いている! だから何故こうなったのだと言ってるのだ!? 俺はあの忌まわしいパナセアのやつを追い出したというのに、あの日から来る日も来る日も書類仕事ばかりで……俺は全然シェーンに会えていないのだぞ!?」

 文官に怒鳴りつけながら、俺の頭の中ではシェーンの優しい微笑みが思い出される。

 ああ、シェーン。会いたい……今すぐ、今すぐ君に会いたいよ!

 そう思いながら俺は何故こうなったのかと……、あの日からの事を思い出し始めた。


 ●


 夜会の夜、俺は頼りになる仲間達と共にシェーンを甚振り国を我が者としていた悪の化身であるパナセアを追い出す事に成功した。

 悪態を吐きながらも出て行ったパナセアとそれに組する家の者達が逃げていくのを見ながら、共に苦難を乗り越えた仲間、それに自分の派閥に所属する令息令嬢達と共に喜び分かち合い、会場を後にしてシェーンと部屋で二人きりになると俺達は熱くて甘い濃厚な一夜を過ごす……はずだった。

 だというのに俺とシェーンが裸のまま抱き合い、いざ蜜月を! と思いながらキスをしようとした瞬間、父上であるハッズ国王の手紙を持った部下が無粋にも扉を大きくノックしてから返事をする間も無く蹴破る勢いで中へと現れ……俺とシェーンの甘いひと時は有耶無耶となってしまったのだった。

 クソ! 父上であろうと俺とシェーンの邪魔をするなど容赦しないぞ!!

 そう思いながら、シェーンと甘い一夜を過ごすはずが父上に邪魔をされて苛立っていた俺であったが、謁見の間へと訪れた瞬間に待っていたのは父上である国王と、上の兄である第一王子と第二王子達による鉄拳制裁であった。

「「「ムフェルゥゥゥゥ~~~~ッ!!」」」

 血走った目を俺へと向けながら、三人は扉に入った直後の俺へと同時に殴りつけてきた!

 ――ドゴッ、ゴスッ、ガスッ!!

「ぐ、ぅぐはっ!? な、何をするのですか父上、兄上がたっ!?」

 突然の暴力に驚き、殴られた顔と腹……それと扉に撃ち付けた背中に痛みを覚え、怒鳴りつける俺だったが、それ以上の怒りを持って父上と兄上達は怒鳴り返してきた。

「何をするかは貴様の方だこの馬鹿者が! 貴様、貴様はなんという……なんという事をしてくれたのだっ!?」

「オレもなあ、もうすぐで久しぶりに休みを貰えると思ってたと思ってたのに、お前のせいですべての予定が台無しだぁ!! あぁ、折角予約した高級ディナーがぁ……!!」

「自分なんてなぁ、自分なんてなぁ婚約者である彼女との旅行が急におじゃんになってしまったのだぞ!? どうしてくれるんだ!! 分かるか? 楽しみにしていたのが急にキャンセルされた者の気持ちがよぉ!!」

 彼らは全員、俺をぶち殺す。そんな怒りと殺意に満ちた感情を感じさせるような瞳で俺を睨みつけていた。

 そんな彼らの反応に戸惑いを見せながら、俺はどうして怒っているのか分からず……絞り出すように訊ねた。

「な、何のことですか……! それよりも何故お――私が怒られなければならないのですか!?」

「何故、だと……? 貴様が、貴様がパナセア嬢をこの国から追い出したからだろうが!!」

「そうだ。彼女のお陰でこの国の経済がしっかりしてお前達が高い買い物をしたり、周囲に迷惑を掛けるバカを行っていても対処できていたと言うのに、それをお前は!!」

「しかもこの国の周囲を囲む外国との大きな外交も、彼女がいなければ対等どころかこちらが不利になるのだぞっ!? どうしようもないのが分かっているのか!?」

 訊ねた俺の問い掛けに対し、一斉に父上と兄上達が矢継ぎ早に怒鳴りつけるように喋っていく。

 一度に喋っている為、どういってるのかうまく理解出来ない。

 ちなみに上の兄上は政治担当、下の兄上は外交担当といった感じに政を行っているけれどどうせ仕事は全て部下任せだろう? 見ていないけれどそうに決まっている。

 怒鳴りつけられた俺は言ってる事が理解できず、ポカンと間抜けな顔を曝したけれどすぐに冷静さを取り戻し反論した。

「な、何を言っておられるのですか! あのパナセアこそがこの国最大の害悪であり、私の恋人であるシェーンへと幾度に渡る陰湿な苛めを行い続けていたのですよ!?」

「……報告は聞いている。しかし普通に考えて、それは当たり前のことだろう?」

「はあ!? 何故です! 彼女が平民だからですか!? 平民は見下せと父上は仰りたいのですかっ!?」

 俺の怒りの言葉にまるでバカを見るように俺を見てから……ハァと呆れたように彼らは息を吐き、行動派な下の兄上が代表して口を開いた。

「ちげーよ馬鹿、お前なぁ……。普通に嫌だ、遊びたいとか言いながらも無理矢理でも仕事している人間の下にズカズカと入ろうとしたら普通に追い出すだろう?

 しかも、お前が言う恋人が来たらお前は即座にその場から彼女と共に逃げ出す。ついでに言うとだ。周囲の監視もなければもしかしたら毒が入ってるかも知れない食材がある……まともな管理下で作られていない料理を普通に持ってきて王族へと食べさせるわけにはいかねーんだよ。分かってるのか?」

「分かりません! いったい兄上は何を言っておられるのですか!? あと、仕事など部下に任しているのですから、俺がいなくても大丈夫じゃないですか!!」

 まったく意味が分からない、これだから王族というものは!! そんな怒りが俺の中を渦巻いていく。

 そんな俺を呆れたように父上達は見ていたけれど、またも呆れたように……今度はより長い溜息を吐き出し、呻くように呟いた。

「……ワシ、何でこいつをパナセア嬢の相方に宛がおうって思ったんじゃろ……」

「たぶん、バカでも一応はちゃんとした使い手が操れば手綱が引けるって思ったからじゃないですか? けれどまともに仕事もしていなかったとは……」

 搾り出した言葉の後、父上は何故か頭を抱えた。そんな父上へと知的な上の兄上は淡々と馬鹿にするように俺を見ながら答える。

 その言葉を聞き、俺はさらに苛立ちを感じて父上達へと怒鳴りつけた。

「さ、さっきから何なんですか! 口を開けばパナセアパナセアと! 私が追い出した事が問題なのですか!? あんな色気もなければ、胸も無い、更には分厚いメガネと分厚い化粧でパッとしない地味な女が!!」

「「「…………」」」

 俺の言葉に三人はまるで『うっわ、何言ってるのこいつ……』といった馬鹿を見るような目で見てきた。解せぬ。

 けれどすぐに俺の言葉の意味を理解したのか、まるで俺を哀れむ視線へと変わったようだった。

「はぁ……、ムフェル。お前は彼女の変装にまったく気づかなかったのか……?」

「……ワシもこの間、彼女にこいつが行おうとしている事を聞かされて頭を抱えた……」

「あんな素敵な女性、オレの婚約者の次に素晴らしいと思うぞ。オレの婚約者の次に……」

「な、何を言ってるのですか? というか変装? 変装とは何ですか!?」

 呆れる彼らに俺は若干混乱気味に問い質す。けれど父上達は何も言うことはなかった。

「兎に角、お前がパナセア嬢を追放した為に出来た穴だ。我らを含めて官僚達が分担して補填を行なわなければならない。お前もしっかりと働くようにな? 当然部下は使えないからな?」

「ああ、それとお前の大事なシェーンという平民だが、パナセア嬢たっての願いで王妃の為の訓練を行なう事となった。だからお前も無闇に会おうなどと考えるのではないぞ?」

「なっ!? お、横暴ではないですか! 私はシェーンと共に居たいのですよ! それを何故!!」

 突然言われた言葉に俺は目を見開き、愛すべき恋人と会う事が出来ないという現実に目を見開いて叫んだ。

 そんな俺へと下の兄上が再び呆れた表情を向けながら、ズカズカと近付いていくと……俺を怒鳴りつけてきた。

「お前なぁ、本来十年以上かけて佇まい、喋り方、マナーといったものを丁寧に教えて行って貴族としての立ち方と、これから必要になる王族としての立ち方をな、ほんの一ヶ月という短い期間でぜんぶ詰め込むんだよ。

 会おうと言うほうが無理なんだよわかれよ! この馬鹿が!!」

「そんな物は必要ない! シェーンは素のままが一番なんだ! 無邪気な立ち振舞い、純粋な笑顔、気軽に放しかけてくれる気安さ、彼女はそのままで十分可愛いんだ!!」

「いや、それダメだから、生活でも色々と問題が起きてしまうからなそれ。しかも国民に示しつかないってわかってくれよ……」

 俺の言葉を畳みかけるように即座に突っ込みが放たれる。

 そして俺は納得がいかないと叫び続けていたが煩くなったのか父上達によって力づくで与えられている執務室へと放り込まれると、年老いた文官と幼い頃から付き従っている執事の監視の下で書類作業に終われることとなった。


 ●


「――もうイヤだ! 俺はシェーンと会う。誰がなんと言おうと彼女と会うんだ!!」

「いい加減にしてください、さあ速く本日分の書類を書いてくださ…………――ふぁあぁ~~……むにゃむにゃ」

「坊ちゃま、ちゃんと仕事をしてくださらな……あふぁあ…………」

 立ち上がり部屋から出ようとする俺と止めようとした文官と執事であったが、突如欠伸をし……静かにその場で眠りについてしまった。

 いったいどうしたのかと思った俺であったが直後に部屋の扉が開かれ、会いたいと思っていた人物が顔を出してきた。

「ムフェル様!」

「おお、シェーン!! 会いたかったぞ!!」

「私もですムフェル様! 毎日毎日、良く分からない意地悪なおばさん達が偉そうな態度で私に色々と言ってきていたので嫌になってたのです! だから隙を突いて睡眠魔法をぶちかましてやりましたよ!!」

「なんと、それは大変だったな。シェーン、気晴らしの為に城下町を周ろうではないか! 君の好きな物ならなんだって買ってあげるよ!!」

「素敵です、ムフェル様! ありがとうございます!!」

 そう言ってシェーンは俺に抱きつき、久しぶりに腕に当たる胸の柔らかな感触に満足そうな笑みを浮かべながら、城から抜け出し城下町でデートを行なった。



 そして、この一件で味をしめたバカップルはこの方法で度々仕事と花嫁修業を抜け出すようになった。

 更に最悪な事にバカの右腕左腕も時折付いてきて、それを見た街の者達は呆れた表情を浮かべているのだが……誰一人して気づく事はなかった。

 ……結果、どうなるのか分かっていない上で。

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