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第三話 悪役令嬢は船旅を楽しむ。

「ふぅ……、良いお湯だったわ。それに綺麗にしてくれて、ありがとうカエデ」

「いえ、勿体無いお言葉です、お嬢様」

(ああ、お嬢様のお体。なんとも美しかった。そして何とも柔らかかった……!

 白く染みひとつない白磁のように美しく瑞々しく柔らかい綺麗な肌、まるで金細工のように綺麗な黄金の髪はシャンプーで洗う度にサラサラとした手触りを指と指の間に与えてくれましたし、疲れとコルセットのせいで強張っていた筋肉は私が揉み解しましたけれど……あのふにょんふにょんとした極上の柔らかさと、揉まれる度に洩れたお嬢様の艶かしい声は物凄く至福でした……。うへ、うへへ……♥)

「はっ! おっとそうでした。こちらをお飲みください、風呂上りのジュースです」

「あら、ありがとうカエデ。ん~~……良い香りね」

 簡素なワンピースに着替え、ふっかふかのソファーへと座り体を沈ませながらわたくしはカエデへと礼を言う。

 そんな彼女は静かに目を閉じて恭しく頷いていますけど、口の端が小さく緩んでいるのが分かりますよ? きっと心の中では先ほどの光景を思い出してるんですよね?

 わたくしもちょっと揉み解されて気持ち良かったから、声が出てしまいましたけど……。

 だけど本当、カエデのわたくしに対する愛は半端無いですねぇ。ですがトリップしきる前に自分の役割を思い出したのか、カエデはわたくしへとジュースの入ったカップを差し出してきました。

 どうやらわたくしが体が乾いた後にひとりで着替えを行っている間に、テーブルの上に置かれていたフルーツの中からリンゴを選んで、それを絞ってジュースにしたようですね。

 しかもお風呂で火照った体を冷ます工夫として、気を利かせて氷を生み出す魔道具を使用したのでしょう、カップの中には氷が浮かんでいるのが見えます。

 それを見ながら、鼻を近づけるとリンゴの香りを感じ……カップを傾け、中身を飲み始めました。

 すると口の中にさっぱりとしたリンゴの味わいが口の中に広がり、キンキンに冷えたジュースの冷たさが体の中からスゥ~ッと冷やしていくのがわかりました。

「こくこく、こくこく……ふぅ、甘くて美味しいわ♥ ありがとうカエデ、とても美味しかったわ」

「いえ、お嬢様に応え、誠心誠意尽くすのが専属メイドとしての役目ですから」

 そう言ってカエデはわたくしへと頭を下げていますが、ジュースを飲んでいた姿を目に焼き付けていたのでしょう……口元から眼福だったのか、よだれが垂れているのが見えます。

 きっと、湯上りで火照った艶かしい喉が動き、『自分が絞った』リンゴジュースを飲んでくれている。この光景と今わたくしに言われた感謝の言葉だけで数日は興奮し続けることが出来る。と思っているのでしょうね。

 特に他人が作った物ではなく、自分で搾って作ったリンゴジュースを飲んでくれたというのが最高に嬉しかったようです。

 そんなカエデの熱視線を受けながら、ジュースを飲むわたくしの耳へとカンカンと鐘が打ち鳴らされる音が届いた。

 その直後――、

『船が出るぞ~~~~~~っ!!』

『『イカリをあげろーーーーっ!!』』

『『『おおおおーーーーっっ!!』』』

 周囲に知らせる為に拡声の魔道具から発せられた言葉が響くのを聞きながらゆっくりしていると、ぎゃりぎゃりという金属が擦れる音が響き渡り……少しすると、ギシッという軽い揺れを感じ、室内に付けられた小さい窓へと視線を向けると少しずつ陸が離れていくのが見えました。

「……船が出ましたね」

「ええ、これでこの国とはお別れですね。……さて精々、その足りない頭で頑張ってくださいね、愚かな殿下と愉快な仲間達の皆様」

 ソファーから立ち上がり、窓へと近付いて離れていく港を見ながらわたくしは呟きます。

 その時のわたくしの表情はこれから起きるであろう国の混乱を憂うと同時に愉快な仲間達がどのように動くか見物であると感じさせるものだった……と、後日カエデから教えてもらいました。

 そんな顔をしていましたか?


 ●


 ザザン、ザザーンと広げられた帆が追い風を受けて大きく広がり、波を切って走る音をわたくしは甲板の上から聞きます。

 追い風に靡くように、髪が広がりますが……日の光を浴びてキラキラと輝いているように見えるので嫌いではありません。

「ふぅ……、3日振りに外に出ましたが、いい潮風ですね」

 商船が港町から出港して、3日が経ちました。

 その間、わたくしは馬車の中で眠っていただけでは疲れが完全に取れなかったようで、殆どの間ベッドで死んだように眠り続けては時折目が覚めると栄養補給として用意されていた冷えても美味しく食べる事が出来る料理と保存に適した堅いパン、それと新鮮な果物を食べるとまた死んだように眠り続けました。

 それを3日繰り返して、今日ベッドから目が覚ますと……ようやく頭の中がすっきりと晴れた気分となっており、ずっと部屋に篭りきりだったので甲板へと出ました。

「先ほど浴びたシャワーで火照った体を冷やしてくれますし、清々しい晴天は絶好の演奏日和ですね」

 サラサラと髪が風に舞い心地よい潮風と太陽を浴びながら、わたくしは呟き空を見上げます。

 空は雲ひとつない晴天で、太陽が燦々と照らして綺麗な青空と一面の蒼い海が視界一面に見えてとても心地良いですね。

 そう思いながら甲板の方を見ると、わたくしと同じように寛ぐ船員達の姿が見えました。

 どうやら出港してからは基本的に船の操作は時折の舵きりと風任せなので、特にやる事がようですね。その為、彼らは思い思いの事をして過ごしているのが見えます。

 上半身裸でジリジリと太陽を浴びて日光浴を行なってたり、重りを使って体を鍛えてたりする人が多いみたいですね。

 そして時折、わたくしが物珍しいのかチラチラとした視線を感じますが、その中には女日照りの為か性的に興奮した視線が感じますが、きっと3日間見かけなかったのとワンピースのスカートが翻っているからだと思います。

 そう思いながら、改めて船員を見ました。

 ある船員は日陰で休憩したり、またある船員達は風が当たり辛い溜まり場で賭け事に興じたり、またある船員は甲板の後方から長い釣り糸を垂らして、今晩の食事を少しでも豪勢にしようとしているのか釣りを行っているのが見えました。

 甲板に向かう途中の船室では酒を飲んでいたり、眠ってたりする船員も居ましたね。

 そんな彼らを見ながら、わたくしは側に置いていた物をケースから取り出すとそれに付けられた紐を肩に掛けて調整を始めます。

 ピン、ピィンと絃の調子を一本一本確かめ、大丈夫だと理解して満足そうに頷きます。

 そんなわたくしの様子に気づいた船員達が何かをするのかと思いながら、遠目から見始めるのに気づきましたので、わたくしは彼らへと優しく微笑んで見せます。

「「「っっ!!?」」」

 直後、彼らの顔が真っ赤になったのを見ながら、わたくしは手すりに腰を置いて演奏をする準備をします。

「さて、それじゃあ始めましょうか――ワン、トゥー……、ワン、トゥースリーフォー!」

 静かに呟くとわたくしは素早く指を動かし弦を指の先、指の腹で押さえ、もう片方の指に持ったピックで絃を弾き始めました。

 直後、わたくしを中心に激しい音の嵐が巻き起こりました。

 その荒れ狂うようなその旋律は人々の心を、大海原を震わせるほどのものだと確信しています。時に静かに凪いだ海のように、時に荒々しい嵐が来て荒れ狂うように、時に空から鳴り響く稲妻のように、そして終焉はすべてが過ぎ去り……再び凪いだ海が静寂に包まれるように、そこから再び始まる新たな航海の合図を告げるようにして優しく音楽は紡がれていくように奏でて行きます。

 音楽が紡がれていく度に、船員達の視線がますますわたくしへと向けられていくのですが、わたくしは気にせずに音楽を奏でていきます。

 演奏は終局へと向かい、激しさが徐々に無くなり……最後にピィンとピックで絃を弾いて演奏は終了しました。

「……ふぅ、こんなものですわね」

 熱心に奏でていた為に頬から垂れた汗を袖口で拭いながら、わたくしは持っていたギターを下ろします。下ろしたギターは首に掛けられた紐のお陰で落ちる事はなく、手すりに軽く腰掛けている膝に乗りました。

 その直後、激しい拍手と声援がわたくしへと贈られました。

 ――パチパチパチパチパチパチ!!

『『うおおおおおおおーーーーっ!! す、すごかったぜぇ!!』』

「俺、心が震えちまったよ!」

「俺もだ! 時々立ち寄る酒場の吟遊詩人なんて目じゃない演奏だったぞぉ!」

「普通ギターだけでもあんな風に奏でられるのかよ! というか、ギターってあんな感じに弾くのか!!」

「マジでこのお嬢さん何者だ!?」

 口々に聞こえてくる船員達の声を聞きつつ、わたくしは海へと視線を向け続けます。

 この音楽は周りに聞かせる音楽でもありますが、久しぶりにペット(・・・)に会いたくて鳴らしていたというのが理由です。

 そして、わたくしは目的の存在が近付いてくるのに気づきました。

「……来たわね」

「ん、何だ?」

「お、おい、海を見てみろよ!!」

「あ……あれは、まさかっ!?」

 ようやく遠くの海中から何かが近づいてくる事に気づいた船員達が戸惑った声を口々に上げます。

 当たり前ですね。海の中を何か巨大な存在がウネウネと泳ぎ、段々と浮上し始めて来ているのですから。

 そして、それが何であるか気づいた船員達は皆ガクガクと恐怖に体を震わせ始め……、ついにそれは海中から姿を現しました。

『GIISYAAAAAAAAAAAAAAA!!』

「「「リ、リヴァイアサン……!」」」

 太陽の光を浴びて蒼銀色に光りを放つ鱗、知的さを感じさせる金色の瞳、長く巨大な胴体。――船乗り達の伝説の存在であり、神と並び称される海獣リヴァイアサン。

 それが浮上してこの船へと近付いてきたのですから船員達は恐怖に体を震わせ、己が人生の終了を感じているようでした。

 そんな中、わたくしは悠々と……実際には楽しそうに嬉しそうに近付いてくるリヴァイアサンへと手を振ります。まるで旧知の知り合いとでも言うように。事実親友レベルです。

『GYA? GYAA……?』

「久しぶりね、レヴィア。元気にしていたかしら?」

『GIA! GISYA~~♥♥』

 近付いてきたわたくしの姿に気づき、目をパチパチさせたリヴァイアサンはまるで尻尾を振る犬のように嬉しそうわたくしへと顔を寄せてきました。

 わたくしは近付いてきたリヴァイアサンの頭……というよりも鼻先を優しく撫でます。

 冷たく、ツルツルとした手触りが心地良いと思いながら、わたくしに撫でられて嬉しそうな様子のリヴァイアサンのレヴィアを見つめる。

「久しぶりに呼んだのけど、無事に気づいてくれて嬉しいわ。どう? 元気にしていた?」

『SYAYSA~~♪ SYA~♥』

「そう、いろいろと大変だけど頑張ってるのね。いい子いい子」

 まるで話が通じている。そんな風にわたくしはレヴィアと会話を行います。

 わたくしは気づいていませんが、カチコチに固まりながらその光景を見ていた船員達ですけれど、考えている事は皆同じであったようです。

((((い、いったい、この令嬢は誰なんだよ……!))))

 船員達の想いとは裏腹に、わたくしはここ最近愛でる事が出来なかったペットとの交流を深めます。

 優しく鼻の頭を撫で撫で、頬を撫で撫で、顎をこちょこちょと昔からのスキンシップを行なう度にレヴィアは嬉しそうに身を捩ってきます。

 ちなみに通常、リヴァイアサンとは人前に顔を出す事はない上に……万が一顔を出したとしても人々が海に対して失礼な態度を行った際の怒りを代弁するぐらいなものでした。

 それなのに何故わたくしがリヴァイアサンにレヴィアと名付けをしている上にペットにしているのか。答えは簡単です。

 わたくしが幼少の頃、家族旅行で海へと訪れた際に砂浜に打ち上げられたウミヘビの子供を見つけ、保護をしたのがきっかけでした。

 好奇心旺盛だったわたくしは、ピクピクとしていて虫の息だった為に脳筋兄が踏み潰そうとしたそのウミヘビの子供を助けて懐いてくれるかと思いながら、旅行の間に宿泊していたホテルで水槽を用意してもらって飼育を行ないました。

 でもまさか本当にリヴァイアサンだなんて普通は思いませんよね? リヴァイアサンだったらって思ってレヴィアと名付けたら本当にそうだとは……。

 初めての出会いを思い出しながらわたくしはレヴィアの鼻先を撫でていると、レヴィアは嬉しそうに身を捩ります。

 かつては腕に巻き付いていたレヴィアも、今では立派な大人なレディですね。

『GISYASYA、GISYA~♥』

「良い子ね、レヴィア。でも、今回は貴女に会いにやって来たわけじゃないの」

『GISYA?』

 嬉しそうにしていたレヴィアへとわたくしはそう言うと一気にしょんぼりし始め、うるうると瞳を滲ませながらわたくしを見つめます。

 まるで捨てられた子犬のような視線にわたくしは困った表情を浮かべました。

 ですがすぐに気を取り直して、説明を始める事にしました。

「レヴィア、わたくしはちょっといろんな国を周ろうと思っていますの。所謂、傷心旅行というものですね。旅行先は海以外にも山に行ったりもするし、レヴィアが苦手な場所に行ったりもすると思うわ」

『GISYAA……』

「でも海で移動をする時には必ず呼んであげるから、そんなに悲しい顔をしないでちょうだい。ね? お願いだから」

『SYAA……、SYAA!』

 悲しいけれどきっとわかってくれる。

 そう思いながらわたくしはレヴィアに話しかけていると、レヴィアは何かを思いついたとでも言うように反応しました。

 直後、レヴィアの体は眩い光を放ちました。

「きゃっ!?」

「「「「う――うおおっ!?」」」」

 突然の光にわたくしは顔を手で覆い隠します。

 同じように眩い光にわたくし達を見ていた船員達が顔を手で覆って、光を直視しないようにしていたようですがしばらくして光が止むとわたくし達はゆっくりと目を開けました。

「え……?」

 すると目の前には、見慣れぬ愛らしい顔立ちをした弟のリンドほどの歳をした少女が裸で立っていました。

 光が当たると蒼く輝いて見える銀色髪、けれど手入れがまったくされていないからかボサボサとしていますね。

 肌は白すぎだと言いたくなるほどに真っ白できめ細かい肌。

 幼さの残る顔立ちには金色のまんまるとした瞳と笑みを絶やさない真っ赤な唇、体はスラッとして胸は薄いけれど物語の妖精とはこんな感じかと思いたくなる創り物のような体……そんな見た目の少女がそこには立っていました。

 同時に先ほどまで海に居たレヴィアの姿が何処にもありません。……まさか。

「もしかして……レヴィアなの?」

「あるじー、ふかふかー♥ おむね、ふかふかー♥」

 唖然としていたわたくしでしたが、まさかと思いつつ目の前の少女に尋ねます。

 すると、裸の少女は嬉しそうに両手を広げるとわたくしへと抱き着いてきました。

 そして豊満な双丘に顔を埋めて、少女は嬉しそうにしています。

 そんなわたくし達の様子を船員達はゴクリと唾を呑み込み、ジッと見つめています……が背後から寒気を感じたのか一同ビクリと震えました。

「おい、貴様ら、お嬢様をいやらしい目で見つめるつもりか? だったら、魚の餌にしても構わないよなぁ?」

「「「「――――っっ!!? い、いえ、すみませんっ!!」」」」

 何時の間にかカエデが船員達の背後に立っており、チャキと刀に手をかけています。

 彼らはカエデから放たれる殺気にビクリと震え……そそくさとわたくし達から視線を外すと急いでその場から散って行きました。

 散って行く船員達を見ながらカエデは呆れたように溜息を吐いてから、わたくし達の下へと近付いてきます。

「お嬢様、見事なギターの演奏でした。しかも海竜様を呼び出すとは流石です。……ですが海竜様はいったいどちらへ? それとこの少女は?」

 どうやら彼女は先ほどまで部屋の方で何かをしていたのでしょう。多分掃除ですよね? もしくはベッドメイキング?

 そして聞こえてくるわたくしの演奏に魂を揺さぶりつつ、丸窓から近付いてきたリヴァイアサンに驚きを見せていたようです。

 だから主であるわたくしの下へと馳せ参じたでしょうが、見知らぬ裸の少女が居て首を傾げているようです。

 そんなカエデへとわたくしは困った表情を向けながら口を開きました。

「えっとねカエデ、この子が海竜……リヴァイアサンのレヴィアみたいなのよ」

「はい?」

 わたくしの言葉にカエデは首を傾げました。

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