第二十五話 悪役令嬢、ダンジョンへと向かう。2
※カエデ視点
赤色のスラをお嬢様へと任せ、私は壁を縦横無尽に跳ね続ける青色のスラと対峙しております。
通常のスラとは戦った覚えは……多分あるでしょうが、正直お嬢様に雇われるまでの私は狂気に満ちていた為に人を斬ること以外は斬った者はあまり覚えていません。
覚えているのは血と肉と強い者達と戦う高揚感。それだけが私のとって全てでした。
ですが、お嬢様のお陰で私は私を取り戻し、あの方の為に全てを投げ出す覚悟を抱く事が出来ました。
だからお嬢様の邪魔をする者は人であろうと、魔物であろうと私が全て斬り伏せてみせましょう。
すべては、お嬢様の幸せの為に。
「なので……あなたにもご退場願いましょうか」
壁を跳ねる青色のスラへとそう言うと、それが私へと飛びかかった瞬間を狙っての高速の居合いを放つ。
鞘を走る銀色の軌跡、それがこちらへと近づく青色のスラの丸い体を上下半分に斬る……はずだった。
「これは、――斬れない?」
しかし、刀を握る手の感触と視界が捉えたのは刀身によって斬られる事は無く、弾かれた青色のスラの姿。
これは弾力があり過ぎて斬れないのか、それとも剣や刀による攻撃が効かないかのどちらか分からない。ですが、打開する方法なんて幾つでもあります。
「っ! だけどぶつかる度に威力が上がっていくのですか……厄介ですね」
私の居合いによって弾かれ、壁に当たった青色のスラがこちらへと再び跳ねてきた為、防ぎましたが重い衝撃が両腕に走る。
そして私にぶつかった衝撃で再び弾かれるようにして壁へと当たると、またも違う壁へと当たり跳ね始めた。
「今の攻撃で私を倒せないと思ったから、もっと速くなって威力が高くするといったところでしょう。けど、速くなればなるほど有利になるのはそちらだけでありませんよ?」
小さく呟きながら、激しく石壁を叩きつけるように跳ねる青色のスラを視線で追いかけながら刀を抜き構え、ふぅ……と呼吸を整え、目で追うのも難しいと思える速度へと移り始めた青色のスラを一度見て、静かに目を閉じた。
お嬢様の行動する音、赤色のスラが行動しているであろう音、そしてポミョンポミョンという青色のスラの跳ねる音が耳に届く。
きっと今は完全に目で追えないでしょう。事実、瞼を閉じたことで強く感じる気配がかなりの速度を出しているから。
「けど、問題はありません。それに……早く終わらせてお嬢様の助けに向かわなければ……」
そう考えた直後、青色のスラが私を倒せる速度に来たと確信したのだろう。こちらへと迫る気配を感じる。
だから、私は目を閉じたまま構えた刀を前へと静かに突き出す。
「――穿地、その貫きは地面をも貫く一撃」
前へと突き出した剣先へと何か――青色のスラが突き刺さる感覚を覚え、ゆっくりと目を開けると刀へと青色のスラが貫かれていた。
そして技の名を告げると同時に体内の気を剣先から爆発させると内側から青色のスラは弾け飛び、周囲へと残骸を撒き散らしていった。
「……さて、お嬢様の手助けに行きましょう」
刀を振るいこびり付いた残骸を払い、鞘へと戻すと少し距離を取っていたお嬢様の元へと戻り始めることにしました。
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※パナセア視点
「ふぅ……何となく分かってきましたよ。あなたの特性が」
四度ほどの刺しては弾かれてを繰り返したわたくしですが、ようやく対峙する赤色のスラの特性を理解しました。
目の前の赤色のスラは動いていないけれども、その場で自らの体を縮こませ……その反動を利用して一気に直線で跳んでくるようですね。
動物でいうところの足に力を込める。という行動に似ていますが、目の前のモンスターは筋肉を持つ動物とは違って硬い弾力性のある物体。
要するに金属のバネをイメージしたら良いみたいです。赤色のスラ改めバネスラとでも呼びましょうか。
「しかし、弾力性のある体がバネのように跳ねるようになってるなら……ナイフが通らないのも頷けるわね」
何度刺しても突き刺すナイフが途中から重くなって逆に弾かれてしまう原因を理解し、どう対処をするかを考える。
けれど、自分の体を傷つけるようなやり方は……カエデに怒られるわね。
……それでも、無理をしないといけないときは無理をしないといけないものなんですよ。
「でもこれを行ってナイフが壊れないと良いんだけど……まあ、壊れたら後でカエデに謝りましょうか」
呟き、わたくしは再びナイフを構えるとバネスラを見る。
バネスラはわたくしを今度こそ倒そうとすべく、先程よりも体を縮めさせ……一気に解き放とうとしてるようです。
「来なさい。次の突進を行った時があなたの最後ですよ」
成功するかは分からない。けれども、自身の行動を信じないとすべては始まりません。
そう思いながら、バネスラの突進に対処すべくジッとバネスラを見る。
直後、――ドンッと石畳の床を踏み抜くような音と共にバネスラの姿が消え、わたくしは体を逸らす。
バネスラが突進し、ブォンとそれが生んだ風圧が体を揺らすも駆け出すと共にナイフを地面に落ちたバネスラへと突き出した。
ナイフの先端がバネスラの赤い半透明の体へと突き刺さると、グッと重い感触が手に伝わった。
けれども、石畳を足で踏み力を込めながら――握りしめたナイフを前へ前へと押し込むと、抵抗するようにバネスラもナイフを弾こうとしているのか重い感触が強くなり、手に持つナイフが弾かれそうになる。
それに負けじと、わたくしはナイフの柄端から前へと突き上がるように仕向けながら――爆発魔法で爆発を起こし、突きの威力を上げる。
「エクスプロージョン! ――っ!」
体内を脈動する魔力がナイフの柄の端辺りへと流れるのを感じながら、呪文を唱えるとボンという爆発とともにナイフは一気に前へと突き出された。
顔を爆発の熱風が襲い、チリチリとした熱さを感じる。そして、一気に突き出したからか肩に痛みが走るのを感じたけれど、一気に突き出されたナイフがグチュッという感触とともに軽くなるのを感じると……バネスラの体へとナイフはめり込んでいました。
けれどもナイフが突き刺さったとしても、バネスラは再び跳ぼうとしているのか徐々に軟らかくなり始めている体を縮こませようとしていますね。
ですが縮こませる度に、ナイフが突き刺さった隙間から中の液体が洩れているのか周囲へと汁が垂れていた。それを見ながら、わたくしはトドメを刺すべく行動に移る。
「これで――終わりです! エクスプロージョン!!」
縮こませるバネスラへと、突き刺したナイフから爆発魔法を内側から放つと弾力性のある外皮なのかプクッと内部から膨れ上がってバネスラは赤色の液体を撒き散らしながら破裂しました。
一瞬の静寂の後、わたくしはナイフを握ったままその場でへたり込む。
「はぁ、はぁ……、や、やったわ……」
カラカラと石畳に落ちたナイフが音を立てるのを見ながら、心臓がバクバクしているのを感じていた。
そういえば、わたくしはモンスターと戦ったのは初めてでしたね……。
ようやく思い出した事実にわたくしは息を吐きつつ、落ち着こうとします。
「お嬢様っ!」
そんな中、カエデの声が聞こえ振り返ると慌てた様子でこちらへと近づく彼女の姿が見えました。
「カエデ、大丈夫だったかしら?」
「それはこちらの台詞です! ああもう、お嬢様のほうがぼろぼろじゃないですか!!」
「そうかしら? とにかく、移動をしましょ――あ、あら?」
心配するカエデに気にしないように声をかけながら立ち上がろうとするわたくしでしたが、どういうわけか立ち上がる事が出来ませんでした。
その事実に驚きつつも、立ち上がろうとしますが……無理でした。
「カ、カエデ……、わたくし、立てないのだけど……」
「お嬢様、多分ですが……腰を抜かしてるのではないでしょうか?」
「え……? わ、わたくしが、腰を?」
カエデに訊ねると彼女は言い辛そうにしながら、理由を口にしました。その事実に驚きながら、彼女に尋ねると「多分ですが……」ともう一度同じことを言います。
…………これが、腰を抜かす。ですか……。本当に立てなくなりますね。
初めての体験に驚きつつも、速く移動しないとと思い始めるわたくしへとカエデは言いました。
「お嬢様、少し前に休みましたが少しだけ休憩をしましょう。初めてのモンスターとの戦いでお嬢様も知らぬ内に戸惑っているようですから」
「そう……ね。そうしましょう」
カエデの提案にわたくしは頷き、少し休憩をすることにします。もしもモンスターがまた現れたとしても、わたくし達が向かう道の奥にしかいないでしょうから。
そう思いながらわたくしはへたり込んだまま、肩の力を抜くと……体からドッと力が抜けるような感覚を覚えた。
魔法も何回か使ったし、初めてのモンスターとの戦いで緊張していたのだと理解し……息を吐くと、カエデがこちらを見ます。
「お嬢様? どこか、痛むのですか?」
「いいえ、違うわ。ただモンスターと戦う事を生業としている人達はすごいって思ったのよ。一匹だけ相手にしただけであんなにも精神的にも疲れるんですもの」
「そうですね。ですが、何度も行っていって段々とやり易い方法を身につけているのでしょう」
「なるほど。スムーズな方法を見つけると戦い易くなるでしょうね」
カエデの言葉に納得しながら、船旅を続けていると向かうであろう土地のことを考えます。
……まあ、今は現状を気にしないといけないけれど、考える余裕は大事だと思いますから。
そんなことを考えながら、しばらく休憩を行い……ゆっくりと立ち上がります。
すると今度は脚に力は入り自力で立つ事が出来ました。
「……うん、大丈夫みたいですね。それじゃあ、カエデ」
「はい、先に進みましょう」
わたくしの言葉にカエデは頷き、わたくし達は薄ぼんやりとした通路の先に向けて歩き出しました。




