第二十四話 悪役令嬢、ダンジョンへと向かう。1
薄暗い中、石造りの階段をしばらく下りていくと上の方で何かが動く音が聞こえました。……多分、ホムンとクルスがこの階段に繋がる道を閉じたのでしょう。
あの場所に戻る事は叶わないと感じながら、ゆっくり、確実に下へと一段一段階段を下りていきます。
「……それにしても幸運でしたね」
辺りは静かだから不安を感じていると思ったのか、カエデがぽつりとわたくしへと話しかけて来ました。
幸運、本当に幸運でした。絶体絶命のところで壁が開き、わたくし達はホムンとクルスが眠る拠点に入る事が出来たのですから……。
ですが……、
「あれは偶然、だったのでしょうか? 追われていたのは本当の事でした。この事態に巻き込まれた事も偶然です。ですが、あの壁が開いた事……それは偶然ではないとわたくしは思いますよ」
「え? それは、どういう事ですか?」
わたくしの返答に対し、カエデは驚いたような声で聞いてきます。
「これはわたくしの想像ですが……、わたくし達を見ていた者が何処かに居たのかも知れません。そしてわたくし達が逃げている場所の一番近くにあった拠点を開いて、わたくし達を助けたと思っています」
「それって……、ですが私でも気配が読む事が出来ない相手なんて……」
わたくしの言葉とホムンとクルスとの会話でわたくしが言いたいことを、もしかしたらあの状況を助けたと思われる人物をカエデも理解したようです。
同時に気配が読めなかった事にショックを受けているようですね。
「とりあえずはダンジョンに向かえば、わたくし達を助けた理由が分かると思います。ですから、今はダンジョンに向かいましょう……っと、ここが一番下みたいですね」
階段が途切れ、一番下へと辿り着くとなぜか周囲は重苦しい気配を感じ……ゾワゾワとした嫌悪感が溢れてきます。
何でしょうかこの感覚は? それに、地下だとしてもこの雰囲気は変です。
そう思いながら前に進もうとしたわたくしをカエデが手で制止しました。
「カエデ?」
「気をつけてくださいお嬢様。前から何かが近づいてきます」
そう言いながら鞘に手をかけるカエデに対して、わたくしも前を見ます。
すると、前から妙な音が響いてきました。……こう、ポミョンポミョンと、ゴスンゴスンという音です。
この音はいったい? そう思いつつ前を見ていると、薄暗い道の先から青と赤の半透明の物体が近づいてくるのが見えました。
薄っすらと見えていた青と赤のそれらは近づいてくることでようやく何であるかを理解しました。
「これは……? スラ? けど、何か違うような……」
スラ――それはこの世界での雑魚モンスターと呼ばれるタイプのモンスターで、薄い青色のプルプルとした少し硬いゼリーのような見た目が特徴的なモンスターです。
ちなみに核となっている場所を潰せば簡単に倒すことが出来るモンスターですから、雑魚らしいです。
当然わたくしも見たことはあります。……が、倒したことがありません。貴族令嬢ですからね。
ちなみに彼もスラを見ていた時に『本当は名前をちゃんとスライムにしたかったけど、色々と権利が絡んでストップが来たから……イムは取ってスラにしたんだ……権利怖い』と遠い目をしながら呟いていました。いったい、どういう事でしょうね?
そんなことを言ってたのを思い出しつつ、目の前の青色と赤色のスラを見ますが……普通に見かけるスラと違っていますね。
青色のスラは普通のものよりも柔らかそうな反面、弾力があるのか先程から弾むようにこちらへと移動しています。
一方で赤色のスラは一言で現すと硬そうですね。見た目も丸ではなく少し台形に近い形でゆっくりと進むようにゴスンゴスンと移動していますし……もしかして重い?
「この通路はしばらく使っていなかったようですから、モンスターが出てきたのでしょうか?」
「どうなのでしょう? とにかく、先に進むために倒します」
「わかりました。ですが通路を壊さないように」
普通の地下通路にモンスターが出てくることにわたくしは疑問を抱きつつ、刀を構えながらスラ達と対峙するカエデへと激励します。
するとスラ達はわたくし達がどういう行動に出るかを待っていた。とでもいうように行動を開始しました。
青色のスラはポミョンポミョンと地面を跳ねると、段々と速度が速くなり始め……天井へとボニョンと当たり、弾むようにして地面に戻り、そこから角度を変えたのか壁に当たり、と通路を塞ぐかのように縦横無尽に弾み始めます。
対する赤色のスラは先ほどからこちらを窺っていた場所から移動をしていないように見えます。青色のスラを先に動かしたといったところでしょうか?
「――っ!! お嬢様っ、左に跳んでください!!」
そう思っていた瞬間、カエデの大声が上がり言われるがままに左へと跳びました。
すると、先程までわたくし達が立っていた通路の真ん中を赤い軌跡が通り過ぎました。
そして――ゴッ! という音がわたくし達が降りてきた階段の一番下に聞こえ、振り返ると赤色のスラが階段にめり込んでいました。
「これはいったい……?」
「分かりません……。こちらに来る気配を感じたので叫びましたが、あれが何をしたのかはまったく」
驚くわたくしに対し、カエデは申し訳なさそうに言います。ですが、彼女が言わなければわたくしはあの赤スラの突進を受けてしまうところでしたね。
そう思っていたわたくしの耳へとボミョンボミョンと跳ねる音が聞こえ、そちらを向くと青色のスラがこちらに跳ねてくるのが見えました。しかも、通路の石壁に当たる威力が先程よりも強く感じられます。
「あっちの青色のスラは、跳ねるたびに威力が強くなっていくみたいですね」
一方で赤色のスラは何をしてるのかはまだ分かりません。
「カエデ、貴女が戦うならどちらが良いかしら?」
「両方まとめて倒せます」
わたくしの問い掛けに彼女は迷わず答えますが、却下です。
「ダメです。貴女なら可能だと思うけれど、自分を過信しては駄目よ?」
「……では、青色のほうを私がやりますが……、赤色の方は大丈夫ですか?」
大いに不満である。そんな雰囲気を醸しながらカエデはわたくしへと言います。
なのでわたくしは不敵に笑い返します。
「任せなさい」
「お任せします。ですが無茶はしないでください。……あ、お嬢様」
わたくしの言葉に従ってカエデは恭しく頷きましたが、思い出したように声をかけてきて、振り返ると彼女はメイド服のスカートを捲り上げました。
白く綺麗な太ももをわたくしの視界に晒しながら、彼女は股間に近い辺りの太ももに巻かれた留め具から小さいナイフを取り出しました。……その際、彼女の下着が見えましたが……未だにフンドシですね。
「……いい加減、ちゃんとした下着を穿かせないといけませんね」
ボソリとわたくしが呟くと、一瞬ビクリと震えた気がしましたが……気のせいにしておきましょう。とりあえず下着選びはこれが終わってから機会があればで良いでしょう。
「こちらをどうぞ。お嬢様が護身用として用意していた武器は馬車に置き去りとなっていますので」
「そういえばそうね。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」
彼女の言葉でようやくわたくしは魔法が使えたとしても、武器を持たない丸腰であることを思い出しました。
魔法だけで戦うという方法もあるにはあります。ですが、魔法は使う度に自身が窮地に陥るものだとわたくしは思っているので、極力使おうとは思いません。
「まあ、必要と思ったら使いますけどね。……お待たせしました。それでは、やりましょうか」
魔法は切り札。そう思いながら、わたくしはナイフを構えると今まで待っていてくれた赤色のスラへと対峙します。
一方でカエデも壁を跳ねる青色のスラと対峙していますね。
そう思いつつ赤色のスラと対峙すると、待っていてくれたとでもいうようにその場でドスドスと跳ねてからわたくしをジッと見ます。
いえ、どちらかというと見ているのではなく……先程と同じようにしようとしているのでしょう。
ですがアレだけの威力の突進、どうやってしているのでしょうか?
まったく動いていないように見えるのに……。
「っ!」
そう思っていた瞬間、ジッと赤色のスラを見ていたお陰か突進するのが見え、急いで回避をします。すると赤色のスラは先程までわたくしが立っていた背後の壁に体をめり込ませ、ごろんと石畳の床へと落ちました。
「やはり危ないですね! ――っ、これ、硬い!?」
避けたけれども先程の突進にドキドキしながら、わたくしは地面に転がる赤色のスラへとナイフを振り下ろすように突き刺しました。
ですがナイフはある程度赤色のスラの体へと刺さりましたが、途中で止まると少しずつ内側から弾かれるようにして刀身が上がってきました。
「くっ!? 普通に突き刺すだけじゃ、駄目みたいですね……」
跳ね上がったナイフを再び構えながら、わたくしは呟き赤色のスラを間近で見ていました。
でも、すぐには行動には移らないのは何故でしょうか?
そんな疑問を抱きながら、わたくしは再び距離を取って赤色のスラと対峙しました。




