第二十一話 悪役令嬢、鬼ごっこする。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
タッタッタッタッと細い路地をわたくしはカエデと共に駆けます。
正直こうなる事を予想していた訳ではありませんが、馬車に乗っての移動という事でわたくしは何時も着ているようなドレスではなく旅装として用意されていたクリーム色のコットンシャツと膝丈ほどのカーキ色のズボン、それと靴底の低いブーツという服装をしていました。
……思い返すと先ほどからドレスであったら、色々とはしたない姿が晒されてしまっていたであろう出来事が多かったですね。
そんな事を考えつつチラチラと走りながら周囲を見渡しますが……建物の造りがここ最近、いえ古い建物でもわたくしには見覚えが無い建築ばかりが確認出来ました。
「お嬢様、いったいこれは何が起きているのでしょうか?」
「わたくしにもわかりません、ですが……あれらに捕まるのは避けるべきだという事だけは言えます」
「はい」
わたくしは後ろへチラリと視線を送りますが、先ほど近づいて来ていたジャイアントスパイダーのようなモンスターがガショガショと妙な音を立てて近づくのが見えました。
更にその背後には衛兵だと思われる意識が無さそうな者達がフラフラと近づいてくるのが見えますね……。
「……前からも、近づいてきますね。斬りますか?」
「峰打ちで気絶だけにしてちょうだい」
「かしこまりました」
カエデの言葉に正面を見ると、フラフラと近づく衛兵らしき者達が2名ほど見えました。
なのでカエデの問いに答えると彼女はわたくしから離れ、素早く前へと進むとゆっくりと持っていた槍を構えようとする彼らへと刀を抜きます。
「はあっ!!」
気迫のある声と共に振られた刀により、彼らが構えようとしていた槍は断ち切られ――返す刀で彼らの脇腹へと峰の部分が打ち込まれました。
『『ガ――ッ!』』
壁に叩き付けられた彼らから声が洩れ、気絶したのか何も喋らなくなるのを見ながらカエデへと近づくと……彼女は何処か困惑したような表情を浮かべていた。
いったいどうしたのかと思いながら、彼女を見ていると……ギギッと音がし、そちらを見ると先ほどカエデによって壁に叩きつけられた衛兵達が立ち上がるのが見えました。
「え?」
「お嬢様! ――疾風!!」
カエデの峰打ちながらも強烈な一撃を受けたというのに立ち上がった衛兵にポカンとするわたくしだったが、カエデの声と高速の抜刀術によって響いた鈴鳴りの音によってハッとする。
「カエデっ!? 貴女、何を!!」
「落ち着いてくださいお嬢様、アレをご覧ください」
わたくしは動けなくするだけで良いと言ったというのに衛兵達を斬った彼女を叱咤しようとしましたが、それよりも先にカエデは自身が斬った衛兵達を指差しました。
きっと血溜りが出来ているかも知れないと思いつつ、そちらを見ると血溜りは……ありません。それどころか衛兵達から血は零れてなどいませんでした。
転がっているのは無数の金属で造られた道具ばかり、それが斬られた衛兵達の体から零れていました。
「これは……金属?」
「はい、峰打ちした際に金属を打つ感触がありました。どうやら彼らは金属で造られた人形のようです」
わたくしの呟きにカエデが頷きますが、わたくしは目の前に転がる金属製のゴーレムらしき物に釘付けとなっています。
これは……ゴーレム? いえ、でもゴーレムのように魔法で動いているようには見えません。核となる魔石が見えますが……どちらかというと魔法ではない何かで動いて……ああ、どう言えば良いのでしょうか?
「お嬢様、そろそろ移動しないと追い付かれてしまいます」
「っ! そ、そうね……ごめんなさい、カエデ」
今は考えるべきではない。そう考えながらわたくしは再び走り出すと細い路地を駆けます。
遠くからはガションガションと音が聞こえますが、あのジャイアントスパイダーも金属で造られているのでしょう。
そう思いながら路地を駆けてると、前方いえ――その上の方からガショガショという音が聞こえました。
「! お嬢様! 止まってください!!」
音が耳に届いた瞬間、カエデがわたくしを前に進むのを止めます。
直後、ギャリギャリギャリと壁を削りながら屋根から地上へとわたくし達を追っているジャイアントスパイダーもどきと同じ物が下りてきました。
キチキチと口だと思われる箇所が小刻みに動き、わたくし達をジッと見ていると突如プシッっと音がしました。
「っ!」
カエデが刀が振るうと同時にキンッと音が周囲に響き、先ほど見た金属の針が地面をころがるのをわたくしは見て、アレはこのジャイアントスパイダーもどき達から放たれたものだという事を理解しました。
ですが、金属の糸は付いていないのが見えたので……口の中にある針は数種類あるのではと予想します。
そう考えていると、金属の針が刺さらなかった事を確認したのか前方のジャイアントスパイダーもどきはガショガショとこちらへと迫り始めた。
「はぁ――疾風っ! っっ!?」
迫り来るジャイアントスパイダーもどきへとカエデが先ほど衛兵を斬ったように高速の抜刀術を放ちました。ですが、激しい金属音が周囲に響き渡りましたが……ジャイアントスパイダーもどきは斬られませんでした。
カエデも斬れると自信を持って振るったのでしょうが、その結果に驚いているようです。
ですが、その様子でカエデの高速抜刀術は目の前のジャイアントスパイダーもどきには効果が無いのは理解出来ました。……違う技なら効果があるかも知れません。ですが、今は時間がありませんね。
そう思いながらジリジリと近づいてくる前後の存在に目を向けます。何処か、隠れれる場所があれば……そう思った瞬間、わたくし達の背後にある路地の壁が突然開きました。
「え!? これって……っ、カエデ!」
「かしこまりました!!」
戸惑うわたくしでしたがこのまま捕まると如何なるかわからない。
そう思いながらカエデへと指示を出すと飛び込むようにして開かれた壁へと飛び込みました。
飛び込んだわたくし達を追うようにジャイアントスパイダーもどきと衛兵達も壁に近づいてきます。ですが、それらがこちらに来るよりも先に開いていた壁は閉じました。
そして、わたくし達を引っ張り出すべくそれらは壁に攻撃を始めましたが……一分もしない内にその場から立ち去って行ったようで音が消えました。
「ふぅ……助かった、みたいね?」
「そうみたいですね……。お嬢様、お怪我は?」
「大丈夫よ。特に怪我はないわ」
遠ざかる音を聞きながら息を吐くわたくしへとカエデは心配そうな視線を送りますが、特に問題はありません。
深窓の令嬢とかいうわけではありませんからね。
「それよりも、此処はいったい……」
「誰かの住居……かしら?」
カエデの言葉に返事を返しながら壁の中であるこの場所を見渡しますが、誰かが暮らしていたかのような佇まいでした。
乱雑に荷物が置かれたテーブル、ひとり用の椅子がふたつ、それと食料を貯蔵しているであろう長方形の箱、奥には扉がひとつありますが……多分寝室でしょうか。
テーブルの上に置かれているのは……食べ残しが載った皿や、紙の束ばかりですね。
「この部屋の者は、掃除が苦手だったのでしょうね……」
「ですね……。お嬢様、この部屋を片付けてもよろしいでしょうか?」
「……やめておきましょう。ここで暮らしている住人はこれがわかり易かったのかも知れないですし……それよりも少し休みましょう。走って疲れたわ」
汚い部屋を見ながら訊ねるカエデへとわたくしはそう言いつつ、椅子を借りる事にして少し座らせてもらう事にした。
軽く椅子の上に積もったホコリを払ってから座ります。
するとぎしりと椅子は軋みをあげるけれども、壊れる様子はありません。つまりは長年放置されているわけではないようですね。
「……このテーブルに積もったホコリの厚さからして、良くて半年だと思われます」
「なるほど……。残った食べ物も水分が無くなって乾いている物とカビが生えてる物が多いわね」
そう言いながらテーブルの上に残ったパンを指で突くけれど、カピカピに乾いていてカランと皿の上を転がります。
隣ではどんな食料かは分かりませんが……緑色のカビで覆われているのが見えますね。
「お嬢様、こちらは……新聞のようです。ですが、商会の物とは違います」
「え? わたくし達の物ではない?」
カエデは紙の束から一枚取り出し、中身を見ていたようでこの紙が新聞である事を告げます。
新聞――それは彼が教えてくれた向こうの世界の情報伝達の方法のひとつです。
情報は最大の武器であり、娯楽ともいえるのでカオス商会を立ち上げた際に民衆へとわたくし達が広めた物です。
これまでは情報といえば貴族達が伝令を使って送る物が大半で、平民達は友人からの噂話で周囲の情報を知り、別の街々を移動する旅商人からの情報で遅れた他の町や村の情報を知るのが当たり前でした。
ですが彼から教えて貰った新聞の方法を使って、カオス商会が手に入れた新鮮な情報を毎日新聞という形にして人々に安い価格で売っていました。
……まあ、●●国が戦争を仕掛けようとしているとか、政治面に関するスキャンダルな情報は新聞にはせずに国へと横流ししていましたが……。(ただし、国が腐っている場合は喜んで相手側に情報を売りますけどね)
「カエデ、新聞を貸してちょうだい」
「どうぞ」
ありがとう、と言いながら受け取るとわたくしは新聞を見る。
……わたくしの商会で販売している物よりも紙の質が良いのと印刷方法がどうやっているのかは分からないけれど綺麗に思えますね……。
若干悔しいと思いつつ、新聞に目を通すとデカデカと新聞の見出しには『ロディフィーユ様、防衛用モンスターを創作!!』と書かれて、絵も描かれていました。
「この絵……さっきのジャイアントスパイダーもどき?」
精密に描かれた絵を見てから、新聞の内容を見ると……領主の娘であるロディフィーユという女性が防衛用モンスター『マシンスパイダー』を創り上げたと書かれています。
マシンスパイダー? それが、あのモンスターの名前でしょうか? でも、創り上げたというのが分かりませんね……。
「それに、ロディフィーユ……いえ、そもそもこの街には領主は居ないのでは?」
500年前のできごと、その結果この周辺を統治する国はアルケミアヘーレには領主は置かないという方針にしたそうです。
なのに、領主の娘という文章がわたくしを疑問に追いやります。
「いったいどういう事でしょうか……?」
「……お嬢様、よろしいでしょうか?」
「どうしたの、カエデ?」
少し声が硬い、そう思いながら彼女に尋ねると彼女も同じように新聞を読んでいたようですね。でも、何かが引っ掛かったのでしょう。
そう思いながら彼女を見ていると、彼女は読んでいた新聞をこちらへと向けながら……新聞の上の方を指差します。
そこには基本的に年代と日付が刻印されており、下の方には印刷を行った商会または者達の名前が刻まれているのが基本的です。(つまりは下は今のところカオス商会のみとなっています)
この新聞もその体裁を持っているようで上の方に年代と日付が書かれて…………え?
「これって、どういう……こと?」
「お嬢様に分からなければ、私にも分かりません」
戸惑うわたくしの言葉にカエデが返事を返しますが、わたくしから返す事が出来ません。
何故なら、新聞に書かれていた年代と日付……それは、わたくしが覚えている時間よりも遥か昔の、500年前の物であったのだから。




