二十話 悪役令嬢、街に入って遭遇する。
前書いた展開は無かった事にしてください。
「お嬢様、あれがアルケミアヘーレですか?」
「ええ、そうみたいよ」
「かべおっきー!」
港を出てから、数時間。一度休憩を挟んで食事を取ってから馬車を走らせ、夕方になる前にわたくし達はアルケミアヘーレへと到着することが出来ました。
年代を感じさせる巨大な壁に囲まれた街、それが遠くから見たアルケミアヘーレの印象ですね。
ですが、この壁は外の外敵から身を護る為のものではなく、ダンジョンからモンスターが溢れた際にモンスターが外に飛び出さないようにする為の壁らしいです。
壁の説明をすると、二人は納得したように頷きますが……レヴィアは真似をしているだけで分かってないように見えますね。
「お嬢様、街の周囲に人が居ません。……それに、門番も立っていないようです」
「そうですか……。入口から中の方は見えますか?」
「いえ、どういうわけか中は見えません」
カエデに訊ねるとそう返事を返します。……一度止まった方が良いでしょう。
そう考え、カエデに指示を出すと彼女は従い馬車をアルケミアヘーレへと続く道の端に停車させます。
「ご苦労様、カエデ。ちょっと隣に座らせてもらうわね」
「どうぞ、お嬢様」
御者席まで進むと、わたくしはカエデの隣に座り持っていた荷物の中から望遠鏡を取り出すと、目に当てます。
すると望遠鏡を通した視界にアルケミアヘーレの壁が見え、少し首を動かし見える範囲を調整していくと……入口へと焦点が合わせられました。
ですがカエデが言ってたように入口から街の中はまったく見えません。なんと言いますか、こう……入口との間にカーテンが掛けられているかのような状態ですね。
「これは中に入らないと街の様子は分からない、といった感じですね?」
「そうみたいですね……。ですが、お嬢様を何があるかわからない場所に連れて行くのは……」
「カエデ。わたくしも中で何が起きているか調べたいのです。ですから、此処で置いていくというのは逆に困りますよ?」
連れて行きたくない。そんな印象を醸し出すカエデへと嗜めるように言うと、彼女もわたくしの頑固さを分かっているようで、諦めたようで何も言いません。
ですが、危なくなったら護ってくれるんですよね?
「……わかりました。それではお嬢様、このまま街の中へと進んでもよろしいですか?」
カエデの言葉に少し考えますが……、街の中の様子が分からない以上、暗くなって入っても朝になってから入っても同じように思えます。
ですので、進むように指示をしましょう。
「はい、進んでください。ですが、周囲に注意を行って行きましょうね?」
「かしこまりました」
「わかったよー」
わたくしの言葉にカエデは恭しく頷き、レヴィアは元気よく手を挙げます。
そんな二人を見てから、御者席から車内へと戻りクッションに座るとそれを確認したカエデがゆっくりと馬車を再び走らせ始めました。
土で舗装された道から石畳の道へと入ったからか、ガラガラと車輪の音が鮮明に聞こえる中、わたくしの視界には段々と巨大な壁が見え……馬車はアルケミアヘーレの壁に築かれた門を潜ったのか、幌越しに空から射し込んでいた光が翳るのを感じた瞬間――グニャリと視界が歪みました。
――っ!? な、なにが? そう思いながら周囲を見ると、眩暈がしたのではなく完全に空間が歪んでいました。
「こ、これはっ!?」
「うぅー、なんかやだーっ!!」
周囲の状況に戸惑った声をあげるカエデ、歪む空間に不快感を示すレヴィア。
わたくしも何が起きたのかを必死に考えようとしますが、突然の事で混乱しているのか上手くまとまりません。
ですが、空間の歪みは短い間だけで……すぐに元に戻り、馬車はアルケミアヘーレの中へと入って行きました。
「お嬢様、いったい……何が?」
「……分かりません。ですが、嫌な予感がします」
空間の歪みがただの現象じゃない。そんな予感を感じていると、馬車から顔を出していたレヴィアがわたくしの袖を引っ張りました。
「あるじあるじー」
「どうかしたの、レヴィア?」
「なんだか、かべがへん?」
「え?」
自分が言った言葉に違和感があるのか、レヴィアは首を傾げながらわたくしを見つつ言います。
その言葉につられて、わたくしも街を囲む壁を見ると……違和感を感じました。
いえ、違和感というよりもこれは……。
「新しい? いえ、どちらかというと別の物、でしょうか?」
「お嬢様、誰かがこちらへと近づいてきます」
どういう事かと考えようとした瞬間、近づいてくる何者かの気配に気づいたカエデがわたくしに言います。
その言葉に思考を中止すると、彼女が見ている方を見ます。すると……この街の衛兵であろう鎧を身に纏った者達が近づいてくるのが見えました。
ですが、何処か様子が変です。こう、人形のようにカクカクと動いている時点で怪しいですが……。
「カエデ、貴女から見てあれは生きているかしら?」
「……生きてはいますね。ですが、意思が感じられないようにみえます」
「貴女が言うから間違いなさそうね。だったら、今はここから離れましょう。カエデ、馬車を」
明らかに変だと思われる者達を馬鹿正直に待つつもりはありません。
わたくしはカエデに命じ、馬車を走らせようとします。
『『ブルギヒィ!?』』
ですが、一瞬なにかが焼けるような臭いがしたと思ったら、馬車を牽く馬がビクッと震え、その場で悲鳴を上げると痙攣し――横倒しに倒れました。
「「っ!?」」
「うわぁ!?」
馬の横転と共に激しく揺れ動く車内で驚きつつ、わたくし達は投げ出されるようにして車内から放り出されました。
いえ、どちらかと言えば車内に取り残された方が危険と判断した為、素早く立ち上がると床板を蹴りつけて外へと飛び出したの方が正しいですね。
そして、空中を舞うわたくしを支えるように一足先に御者席から地面へと飛び降りたカエデが駆け出し、抱きとめます。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「ええ、ありがとうカエデ。……レヴィアは?」
「だいじょうぶー」
視界の先にレヴィアも馬車から投げだされ地面を転がるのが見えますが、傷は無いようでピンピンして手を振っているのが見えますね。
そんなレヴィアを見ながらカエデに抱きかかえられながら、すぐにその場から……いえ、どちらかというと街から離れようと行動をすべく足を門の方へと動かそうとしました。
レヴィアも一緒ならば良いのですが、今は仕方ありません。別行動です。
ですが、先ほどわたくし達が通ったはずの壁には門などありませんでした。いえ、そもそもが街に入ったはずの乗っていた馬車が今いる場所は街を囲む壁の近く……所謂袋小路だったように見えます。
「これは……いったい?」
「お嬢様、考えるよりも先に此処から移動しま――くっ!!」
初めて見る現象に戸惑うわたくしを連れて移動をしようとしたカエデでしたが、突如腰に差した刀を抜くとわたくし達の前方の何も無い場所へと振り下ろしました。
ですが、振り下ろした先で突如キンッと金属がぶつかり合う音が響き、地面を転がる何かをわたくしは見た。
「あれは……金属のはし? いえ、針? ――っ!!」
地面を転がる金属製の尖った棒を見ながらわたくしは呟き、転がったそれを見ていましたがゾクリと嫌な予感を感じ、すぐ近くに落ちていた物を掴むと前に構えました。
無意識に掴んだ物、それはわたくしが座っていたクッションでしたが……馬車が倒れた時に偶然にもこちらに転がってきたようですね。
そう思った瞬間、ドスッと掴んでいたクッションへとカエデが切り払った物と同じような物が突き刺さり、ギリギリ貫通しませんでした。
「きゃっ!? ……あ、危なかった?」
これに貫く力は無い? それとも、これを刺すのは殺すのが目的じゃないから勢いが強く無いのだろうかと思いながら、クッションに突き刺さったそれをもう少し近くで見ようと顔を近づけた瞬間、クッションに突き刺さる金属から小さくパリっと音が聞こえ、クッションから火が上がりました。
「え? な、なにこれっ?」
突然の事に驚き、クッションを手放すと同時に口から軽い悲鳴が洩れましたがすぐに何が起きたのかを考えるべく、地面に落ちたチリチリと燃えるクッションを見ると……良く見ればクッションに刺さった金属製の尖った棒の先に糸のような物が繋がっているのが見えました。
「これは……金属の糸? それに何故突然燃えて?」
そんな疑問を口にしていたわたくしでしたが、突如金属の針が突き刺さっていたクッションは何かに巻き取られるようにしてわたくしから離れていきます。
いったい何処へ? そう思いながら、視線をそちらに向けると……ジャイアントスパイダーらしきモンスターがこちらへと近づいてくるのが見えました。
「街の中に、モンスター? もしかして、ダンジョンから溢れ出した?」
ダンジョンで起きる災害のひとつを呟くわたくしでしたが、突如引っ張られる感覚に考えは中断させられます。
見るとカエデがわたくしを引っ張ってあのモンスター達と違う方向へと走り始めていました。
「レヴィア! 私達はこちらに逃げます! 貴女も如何にか逃げ延びてください!!」
「わかったーっ!」
カエデの大声に返事を返すように、姿が見えないレヴィアから返事が返ってきます。
そして、カエデはこちらを向くと真剣な顔で言います。
「お嬢様、考えるのはあとでいくらでも出来ます。ですが今はあれらから逃げましょう」
「え、ええ、そうね。分かったわ」
カエデの言葉に返事を返し、わたくしは前を向きカエデと手を繋いだままアルケミアヘーレの細い路地を走り出しました。
いったい、この街で何が起きているのかは分かりませんが……ロクでもないに巻き込まれたという事だけは分かります……。




