第十八話 悪役令嬢、再び旅立つ。
何時も読んでくださりありがとうございます。
「…………暇ですね」
「お願いですからお嬢様、しばらくはベッドで寝ていてください」
町の治療院の天井を眺めながらわたくしが呟くと、側にいたカエデが呆れた視線を向けながらそう答えます。
……あの日、アージョさんが聖女しか開いては行けない扉を自らの権力を誇示したいが為に開け、闇が噴出して町を覆いつくそうとしてから数日が経ちました。
あの後、わたくしが開いた扉から聖女様が出たと見舞いに来たシスさんを含めた数人の孤児達が興奮したように言ってましたが、迷惑となっていたらしく病室から追い出されていました。
なお興奮していたシスさんでしたが怒られて冷静になったのか、治療院の人に頭を下げていたのが印象的です。
「そうは言っても、わたくしの怪我は聖女様が治してくださったのでしょう? だったら問題ないじゃないの」
「それでも休むときはきちんと休むべきです。私だって、心配したんですからね?」
「……心配かけたわね、カエデ」
傷自体はもう消えており、綺麗な肌となっている。けれどもカエデは心配したようで、わたくしを心配そうに見つめた。
そんな彼女にわたくしは優しく微笑みかけながら謝る。
「でも明日の昼には旅立つんですから、何処かには行きたいわね」
「……まあ、明日の朝から昼までの短い間なら良いでしょうか」
わたくしの言葉に観念したのかカエデは頷きました。だけどちょっとの時間だから行く場所は限られますね。
誘おうと思っている人物は決めていますけど。
そんな風に思っているとコンコンと部屋の扉がノックされた。
「どうぞ、入ってくださいアサシンさん」
「……分かっていたのか」
少し驚いた表情をしながら中へと入ってきたアサシンさんへと、わたくしは笑い掛けます。
「数日振りですね、こちらに来たという事はひと段落ついて経過報告といったところですか?」
「そうだ。少し長くなるだろうが、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。丁度暇をしていましたしね。どうぞ座ってください」
そうわたくしはアサシンさんに勧めますが、彼はそれを断りわたくし達と向かい合うようにして壁に背を預けました。
別に座っても構わないんですけどねぇ。そんな風にアサシンさんを見つつ、本題に入ってもらう事にしました。
「それでは経過報告をお願いします」
「分かった。ではまずは……闇の中に取り込まれてしまっていた者達の状態と、聖女改めアージョを含めた彼女を聖女に祀り上げようとしていた者達の事から語る事にする」
そう言うと、アサシンさんはアージョさんを祀り上げようとしてた者の名前を言いますが、わたくしは会うつもりはないので特に名前を覚えている必要はありませんね。
簡潔に言うとあの日、闇の中へと取り込まれた人達はしばらくは生きた屍のようにボーっとし続けていたらしいのですが、数日が経つと瞳に邪気など感じられないほどに清々しい表情となり自身が行っていた悪行を悔いるように告白する者が大勢出たようです。
そしてアージョさんを祀り上げていた者達は聖女が行う封印の儀式の手伝いをする為に殆どの者達が参加していたようで、数多くの者達が闇の中へと取り込まれてしまいわたくしが出した扉から現れた聖女様によって闇からは救出されたようで教会へと赴いたアサシンさんを含めた闇に巻き込まれなかった者達に保護されたそうですが、数多くの者達は自らが行っていた不正などを悔いり意識が戻るやすぐに地べたに頭を擦りつけるように赦しを乞うていたようです。
「殆どの者達が人身売買、賄賂、御禁制の道具を使用、要人の殺人といった黒すぎる事を行っていた事が発覚し教会内は大混乱だ。オレの居た部隊も当然ながら司教達の依頼で暗殺に手を染めていたという事が判明し解散となる運びだ」
「そうですか。でしたら孤児院で子供達の世話をしてみては如何ですか?」
「いや、オレの手はあまりにも汚れすぎている。子供を育てるような綺麗な手ではない」
わたくしの言葉にそう言いながらアサシンさんは首を振ります。
希望的には彼が孤児院に居てくれたら良かったのですが……。
「でしたら陰ながら護るのですね? 返事は結構ですから。それでアージョと祀り上げてたトップの方はどうなったのです?」
「ああ、アージョを聖女に祀り上げて教皇となろうとしていたシュヴァイン枢機卿とアージョはまったく目が覚めない。発見した時、二人は扉のほぼ目の前に居たから何らかの影響があったのだろうと考えられている」
「なるほど……。そのシュヴァイン枢機卿はどうなるかは分かりませんが、アージョさんは多分聖女ではない事が発覚する。もしくはこれが聖女では教会の品位に関わるという理由で教会から追い出されますよね?」
「その通りだ。無事だった者達の話し合いで近い内に治療院へと送られる事となっているらしい」
わたくしだから言わなくても分かる。と思っていたのか、アサシンさんはそう返事を返します。
「なるほど。これから彼女がどうなるかは分かりませんが、これまでの行動を悔いてくれたら良いですね……」
「ちなみにお前を刺したガキも同じ治療院に押し込まれる予定だが、教会は入院の為の費用を払うつもりは無いらしい」
それはどうでも良いです。
それが分かっているのか、言うだけ言ってアサシンさんはその話題を終わりにしまして次へと移りました。
「次に、教会はアージョ以外にも聖女候補はいないかと捜し始めているが……セージョ様は聖女になりたいといった様子が見られないから、意図的に隠すようにしている」
「それが良いですね。本人が目指そうとはしない限りは隠すべきです」
わたくしの言葉にアサシンさんは頷きます。
ですが、結局は彼女は聖女となる運命でしょう……ですが、強制的になんてダメです。
どんな理由であれ彼女が自分から目指さないと、聖女というものは他人がなれと命令されてなるものではないのですからね。
わたくしがそんな事を考えているとは思っていないのか、アサシンさんはわたくしを見ながら告げます。
「さっき言ったようにオレは聖女様を陰ながら護る。彼女が聖女であると自覚する事がなかろうと、彼女はオレを救ってくれたのだから……」
「そうですか。でも、一応あの周辺の顔役とは接触しておいた方が良いですよ。その方が色々とやり易いでしょうから」
「分かった。助言感謝する……ではな」
そう言って、わたくしに軽く頭を下げてアサシンさんは病室から出て行きました。
彼とはもう二度と会う事はないでしょうね。
去って行く後ろ姿を見ながら、わたくしはそう思いました。……それはそうと、カエデに伝言を頼みましょうか。
「カエデ、孤児院にいる彼女に伝言をお願い出来ないかしら?」
「かしこまりましたお嬢様」
わたくしのお願いを聞くように彼女は頭を下げ、伝言を伝えるべく孤児院へと向かってくれました。
ちなみにその間の護衛はレヴィアです。
「あるじあるじー♥」
「レヴィアは本当に甘えん坊ねぇ」
二人きりだったからか、猫のように彼女はわたくしの胸へと顔を埋ませたので彼女の頭を撫でていた。
●
翌日、わたくしは目的の場所へとカエデとレヴィアを伴い向かうと……彼女は既にそこに居ました。
「お待たせしました。セージョさん」
「あっ、パ……パナセア様! その、た……退院おめでとうございます!」
「ありがとうございます。セージョさんも大丈夫でしたか?」
わたくしに気づいたセージョさんが慌てるようにこちらへと来て、頭を下げます。
そんな彼女に尋ね返すと頷き返してきました。
「はい、わたしも他の子たちも、元気です……! あ……その、きょ……今日はおまねきいただき、ありがとうございます」
言いながら彼女はわたくしへと頭を下げます。
そんな彼女をわたくしは見ますが、服が現れたからか少しだけ綺麗になっていました。
「気にしないでください。残ったほんの少しの時間ですが、ゆっくりと話しましょう。カエデ、お願いします」
「は、はいっ」
わたくしの言葉に緊張するようにセージョさんが頷きます。
……この町から旅立つまでの少しの間、わたくしはセージョさんと共にお茶をする事にしました。
カエデは地面へとカオス商会が作った特製のシートを敷くと、四隅を風で飛ばないように固定してその上でお茶を淹れ始めます。
本当ならばガゼボで行いたいのですが、ここは草が生い茂っているだけの丘なのでそんな物はありません。
けれどもこのシートは地面に敷くと四隅からドームのように結界が広がり、空調なども調整してくれるという優れものであったりしますが当然高級品です。
「あの、パナセア様……。本当にありがとうございました」
シートに座るわたくしへと同じくシートに座ったセージョさんが唐突に頭を下げてきました。
それがいったい何のお礼なのか、わたくしは首を捻りそうになったけれどその前に彼女が口を開きます。
「町を助けてくれて……、わたしたちを助けてくれて……、わたしたちに生活を与えてくれて……本当にありがとうございます」
「その事ですか。気にしないでくださいセージョさん。……ですが、これから先は貴方がたが頑張らないといけないですからね?」
わたくしは足掛かりを作りました。けれどもそこから評価が落ちるか、上がるかはセージョさんを含めた孤児達の頑張りにかかると思います。
一応彼女達の周りも気を使ってくれるようにもしておきましたから、滅多な事では下がる事はないと思いますが……本当に頑張り次第ですね。
「が、頑張ります」
わたくしの言葉で理解してくれたようで、セージョさんは驚きながらも拳を握りました。
そんな彼女を見ていると、ふわりと紅茶独特の香りがシートの中に漂いました。
「わあ……、いいにおい……」
「いい香りね、さすがよカエデ」
「勿体無いお言葉です。どうぞ、お嬢様。セージョさん」
頭を下げたカエデですが、すぐに顔を上げるとティーポットからお茶をカップへと注ぐとそれらをわたくしとセージョさんへと差し出しました。
「ありがとうカエデ」
「あ、ありがとう、ございます……」
わたしは普通に受け取り、セージョさんはカップも高級そうだと思った上に紅茶を飲む習慣が無いからか恐る恐る受け取りました。
カップに口を付け、ひと口飲むと紅茶独特の香りが鼻を擽り、渋みが口の中へと広がりました。
「上出来です。本当に上手になったわね、カエデ」
「ありがとうございますお嬢様。それと、セージョさんにはこちらをどうぞ」
そう言って、カエデはセージョさんへと蜂蜜が入った瓶を差し出しました。
ああ、彼女には少し苦かったようですね。
「あ、ありがとうございます。わぁ、おいしい……」
蜂蜜を紅茶の中へと入れ、かき混ぜてから飲んだセージョさんは目をパチパチとさせ、驚いた顔をします。
そんな彼女を見ながら、再び紅茶に口を付け……ひと時を過ごしました。
「お嬢様、そろそろ時間です」
「もう時間なのね。セージョさん、この数日間は楽しかったですよ」
けれどそんなひと時はあっという間に過ぎたようで、時間を確認していたカエデがそう告げました。
彼女へと返事を返し、わたくしは立ち上がるとセージョさんへと微笑みます。
そんな彼女は寂しそうに眉を寄せ、わたくしを見ていました。
「……っ、……。あの、パナセア様。わたしも…………! いいえ、いつか……いつか、また、会えますか?」
彼女の表情から付いて行きたいといった表情が見られました。ですが、お荷物になる。それを理解しているようでギュッと唇を噛んで……もう一度わたくしを見ました。
会いたい、会ってほしい。そんな感情が瞳の奥から伝わり、一生懸命な彼女の姿に頬が緩みます。
「そうですね……。何時か、また会えたらこうやってお茶をしましょうか」
「っ! は、はいっ! わたし、待ってます。ぜったいに、ぜったいに……!」
セージョさんに微笑みかけると彼女は一生懸命に頷きました。
……次に会った時が楽しみですね。
「それではわたくし達は船へと向かいますが……港まで行きますか?」
「いえ、港まで行ったら、がまんできなくなります。だから……ここで見送ります」
「そうですか……。それじゃあ、セージョさん。貴女のこれからの人生に幸あれ」
「ありがとうございます。パナセア様……っ。いつか、また!」
丘から立ち去るわたくし達へと、セージョさんは目いっぱいに手を振って見送ります。
わたくしも返事をするように手を振り、歩いて行きました。……途中、アサシンさんがいる気配を感じましたのでセージョさんが無事に帰ることが出来るように見守ろうとしているのでしょうね。
これから頑張ってくださいね。アサシンさん。そしてセージョさん……それにこの町で出会った皆さん。
そんな事を考えながら、商船へと戻るとゼーマン船長が待っており恭しくわたくしへと頭を下げました。
それを終え、顔を上げるとニッと海の男らしい獰猛な笑みをわたくし達へと向けます。
「待ってたぜ会頭。あんたが乗り次第、すぐに出港を始めるからな!」
「わかりました。どうぞよろしくお願いしますね。ゼーマン船長、皆さん」
「おうよ!!」
『『はいっ!!』』
港に響くように彼らの声が上がり、すぐに出港準備に入る為に動き出します。
そんな彼らを見ながら、わたくし達は船の中へと入り甲板まで上がりました。すると、わたくしを呼ぶ声が聞こえ、そちらを向くとシスさんを含めた数名の大人、それと孤児の少年少女達が手を振るっているのが見えました。
『パナセア様ーーーーッ! ありがとうございますーーーーっ!!』
『『ありがとうございました~~~~っ!!』』
遠くからなのでよく見えませんが、シスさんは涙をボロボロと流しているように見えました。対して子供達はみんな元気な笑顔ですね。
「……良かったですね。お嬢様」
「ええ、そうね。この町を初めの停泊地に選んで良かったって思うわ」
後ろから何処か嬉しそうなカエデの声に返事を返しながら、わたくしは彼らへと手を振ります。多分見えていないでしょうけど、見えている人は見えているかも知れません。
そんな事を考えながら、わたくしは船が出港するまで甲板に立っていました。
とりあえず、閑話を挟んでから次の停泊地での物語が始まります。




