幕間 偽聖女は扉を開ける。
生前、アタシは三流大学の学生だった。いや、それしか道はなかったからそうなってしまったのだ。
一流大学に通えるはずの知識もあったし、運だって悪いほうじゃなかった。
それなのに、アタシは一流の大学に行ける事はなかった。
それは何故か。答えは一流大学からの推薦がアタシに決まってたはずだというのに自分の彼氏がその大学に通っているからという理由で推薦に入り込んできた同級生が居たからだ。
顔が良くて、人当たりも良い。だけど頭が決してよくは無い……悪く言えばバカな子。
だから心配する必要は無い。そう思っていたというのに、担任は言った。
『悪い、推薦は彼女に決まったんだ』
担任の言葉に頭が真っ白になってしまった。
当たり前だ。アタシが選ばれると思っていたというのに、何で、何で!
当然、担任に問い詰めた。すると、
『――、君は頭は良い。だけど、協調性がまるで無い。けれど社会に出たらそれだけじゃ駄目だ。だから、もう少し話しが出来たりしたら良かったかも知れない』
と、憐れむようにアタシを見ながら担任は言った。
その時、アタシが何を言ったのかは覚えていない。だけど、その一言と自分のプライドが圧し折られた為にアタシは……引き篭もった。
初めの頃は心配していた親も簡単にアタシに愛想を尽かせ、ひとつ下の妹に期待をするようになった。
その妹も引き篭ったアタシを馬鹿にするように時折すれ違うと見てきた。
そんな現実から逃げたいと思いながらも、何とか受験を受けて合格したのは三流の大学であった。
卒業式の日のことは忘れない。アタシから推薦枠を奪い取った同級生は楽しそうに笑い合っていた。
対するアタシは家族も見に来ないし、友達も居ない……一人きりの卒業式だった。
何で、何でアタシだけがこんな目に遭わないといけないのよ。
心の中で怒りが煮え滾るのを感じながら、アタシは高校を卒業した。
そして大学に通うようになってからは、少しだけ人付き合いをするべく……気の弱そうな人物を見つけ話しを合わさせるようにした。
そこでアタシは乙女ゲームというのに出会った。
いくつかのゲームを行ったけれど、中で印象に残ったのは可愛らしい銀髪の紫の瞳を持った少女が主人公のものだ。
ただし、良い印象ではなく……腹が立つという印象でだ。
「何なのよこの主人公……。オドオドしてる上に話し下手、それなのに男達が寄ってくるなんて……やっぱり見た目が良いからなの!?」
アタシ自身はオドオドとした覚えは無い。だけど、顔が良かった。それだけですべてが収まるのだという事が改めて理解させられた。
一応、オドオドしていたヒロインは男達によって明るくなっていき、最終的には結ばれるというのが当たり前のものだった。
だけどそれがかなり気に喰わない。
「ああくそ、アタシがこの世界に居たら、このヒロインを絶対にいじめていじめていじめ抜いて、心を壊してやるのに!!」
苛立ちながらアタシはゲーム機の画面に集中しながら歩く。
当然イヤホンをしているから周囲の声は聞こえない。
『へぇ、面白い。それじゃあやってみてよ!』
「え? 今の声って――――え」
何処かからそんな声が響いた瞬間、ようやくアタシの耳にけたたましいクラクションが聞こえ……凄い勢いでトラックが近づいているのが見えた。
瞬間、浮き上がる体と遅れてやってくる激しい激痛。
その痛みを頭が理解した瞬間には……ゴシャ、という音が耳に響き、意識は完全に途絶えた。
そして、気がつくとアタシはよく分からない所に居て、神様を名乗るイケメンに出会った。
神様は何とも胡散臭い感じだったけれど、叶えれるなら何でも叶えるという言葉と生前に思っていた事を結び付けて願った。
――あのゲームの主人公が得るであろう地位を奪い取って、主人公の心を壊してやりたいと。
だから神様はアタシの望み通り、その世界に生まれ変わらせてくれた。
それも主人公のライバル役である悪女であったアージョへと。
初めは現実であると完全に理解出来ていなかったけれども、死にたくない為に泣き喚くと孤児院に拾われた。
そこから設定で同じ母親から産まれているセージョに対して、自分では何も出来ないし何かしようとしても誰からもお礼を言われるはずがない。と言い続けた。
お陰でセージョは物凄い引っ込み思案となり、自ら前に出ることは無くなった。けれど後一押しというところで孤児院を運営する年老いた神父に邪魔をされた。
『アージョ、キミは自分が何をしようとしてるのかわかってるのか? みんなは家族なんだ。家族は支えあわなくてはならないんだ』
アタシを院長室へと連れて行った神父は憐れむようにアタシを見て言った。
そんな神父にアタシはあの時の教師の言葉が思い出され、激しく苛立ちを感じた。
それからというものアタシがセージョの近くに居る場合はある程度の分別の分かる年齢の孤児が一緒に付くようになって、彼女を追い詰める事が出来なくなってしまった。
けれど数年経って、元々年老いていた神父は倒れた。それをチャンスと考え、アタシは孤児院を抜け出すと教会に向かって移動を始めた。
途中、チンピラの金貸しから孤児院名義で金を借りて、馬車に乗って辿り着いた教会でアタシは入口を護る衛兵へと声高らかに言った。
『アタシが次のせいじょよ! だから、ほごしなさいっ!!』
当然衛兵はアタシが子供だから、聖女ごっこ遊びだろうと思ったのか笑いながら嗜めた。
それでも自分が聖女だと駄々をこねようかと思ったけれど、運が良いのか一人の豪奢な衣装に身を包んだ恰幅のいい男がアタシの前に現れた。
『次の聖女を名乗るのはきみか?』
『アンタは……。ええそうよ。アタシがつぎのせいじょになるものよ!』
アタシにはこの男が見覚えがあった。確か、悪女となる少女……つまりはアタシの後見人となるシュヴァイン枢機卿だった。
だからアタシは声高らかに、そいつに向けて自信満々に言った。
そんなアタシの姿をシュヴァイン枢機卿はジロジロと見た。
確かゲームでもこの豚は打算を考えて、最終的に失敗するタイプのキャラだったはず。つまりはアタシが自分にとっての利用価値があるかを考えているのだろう。
『ふぅむ、私にはきみが聖女には見えないのだがなぁ?』
『みためで判だんする気? こう見えてもアタシはあたまがいいし、すうねんごには必ずせいじょのしるしがでるわ』
『聖女の印が出るのは、教会でもごく一部しか知らない情報だが……ふふっ、面白い。だったらきみを保護しようではないか』
そう言って、豚はアタシを保護する事に決めたようだった。
きっと聖女じゃなくても、自分の監視下に置けばこれから先の有用性が高いと判断したのだろう。だけどこっちだって願ったり叶ったりだ。
『ありがとうございます。すーききょうさま』
『ほう、私が枢機卿だと知っていたか。……面白い』
アタシの挨拶に豚は笑みを浮かべ、教会内へと招いてくれた。
その日からアタシはシュヴァイン枢機卿が推薦する次期聖女としての生活が始まった。
初めの一ヶ月はアタシの存在は秘匿され、その間に知識を詰め込むだけ詰め込む事にした。
元々勉強は嫌いじゃなかったから知りたい事を知れるのはとても嬉しく思えた。
結果、いくつか知りたい情報を知る事が出来たし、豚からの印象も良くなった。
中でも一番驚いた事は幾つかの国が同じ会社が作った別タイトルゲームの舞台となっている事だった。
けれど年代が違うのだから出会う事はないはずだ。
一番時代が近いのがドキドキ★ハーレムキングダムなのだが、出会うとしても主人公であるヒロインが悪役令嬢を処分して新婚旅行の途中でこの町を訪れるぐらいだろう。
そんな風に思いながら、知識を取り込んでいき……しばらくして、アタシは準備を整えたシュヴァイン枢機卿の手で次期聖女として民衆に紹介された。
ちなみに豚も馬鹿じゃないからか、アタシが孤児院出身だというのは調べを付けていたらしく、孤児院をどうするかと尋ねた事があったが……もう邪魔なだけなので少しずつ援助を減らすように言っておいた。
『さすが聖女様、お優しいですなぁ』
ニヤニヤと笑みを浮かべながら豚はアタシを見て頷いた。
だけどそれだけじゃ生温いと思ったので、丁度都合の良い浮浪者の少年に孤児院を勧めておいた。
『アナタは孤児院に向かいなさい。そしてアタシの命令通りに行っていけば、アタシの元で働くことが出来るから』
そう言うと、そいつは馬鹿だからかすぐに頷き、孤児院に向かった。
そしてアタシの命令通りに、孤児達の評判を悪くさせると同時にセージョの自信を完璧に圧し折ってくれた。
度々ワザとらしく現れて彼らが物乞いをする姿を見て、アタシは満足していた。
だけど、奴が……パナセア・F・フロルフォーゴが現れた。ドキドキ★ハーレムキングダムの悪役令嬢が……。
あの女は、アタシが着実に積み上げていた状況をあっさりと潰した上に、セージョの奴に自信を付けさせるような行為をしてきた。
更にはその二日後に自分の計画が狂い始めた腹いせとして屋台が立ち並ぶ場所でセージョを苛めていたら、怯えていたアイツを奴は助けた。
あんた、悪役令嬢でしょ!? 何で別ゲームの主人公を助けちゃってるのよ!?
心の底からそうツッコミを入れたいけれども、転生者じゃない人間に言っても意味は無い。
だけどあの悪役令嬢は日本語を話した。
まさか、あの女も……転生者?
その可能性がある。そう思いながら、アタシは急いで逃げて行った。
奴が転生者なら、状況をひっくり返す事も可能なのだから……。
●
「枢機卿! シュヴァイン枢機卿!!」
「おやおや、何ですか聖女様?」
教会に急いで帰ると、アタシは急いで奥へと移動すると豚を呼びつけた。
その声が聞こえたのか更に肥え太った豚は腹を揺らしながらアタシの前へと出てきた。
「封印の儀式を始めるわ! 今すぐにっ!!」
「はい? 封印の儀式は6年後に行うのでは?」
「それじゃあ遅いのよ! アンタだって早く教皇になりたいんでしょ!!」
「それはそうですが……、まあ聖女様がやると言うのならばとやかく言うつもりはありませんよ私は」
豚の言葉に満足しつつ、アタシは代々聖女のみが施す事が出来る邪悪なる存在を封印する為の儀式を始める事にした。
やり方は知っている。だから問題は無い。
「これを行って、アタシは聖女であると知らしめてやる。そうすれば、アイツが何を言おうと覆る事は出来ないんだから……!」
呟きながらアタシは教会の最奥へと向かうと、邪悪なる存在が封じられた扉の前に立った。
白く神聖な教会の建物に不釣合いな黒く禍々しい扉、それがゲーム終盤で封印が解かれる邪悪なる存在が封印された扉だった。
封印が解かれたそれを聖女が恋人と共に再び封印を行うのが見せ場だったのだが、はっきりいって腹が立った。
だけど、それでも覚えているのだからアタシでも封印を行うことは出来る。
「さあ見なさい! これがアタシの力よっ!!」
声高らかと叫び、アタシは再封印を施す為に扉を開けた。――直後、どす黒い闇が扉から噴出した。
それが、アタシが見た最後の光景だった。




