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プロローグ・2

「交渉の余地無しを意味する真っ赤な花火。それも数十連発の打ち上げで空を彩っているのですから、事前に各所へと通達していたように情報が伝わっていれば良いのですが……まあ、大丈夫でしょう。ここまで夜空を血のように真っ赤な赤したのですからね」

 そう呟きながら、わたくしは地面に伸びる導火線に火を着ける為に持っていた燃え盛る松明を近くの水瓶へと入れました。

 ジュオッと水瓶へと入れた松明からひと際激しい音が放たれた直後に火は消え、プスプスと煙が上がるのを確認してから、もう一度松明を水瓶に入れるとそれを放置して歩き出します。

「しかし、本当にプライドがバカみたいに高いというのに、頭はバカで考え方も愚鈍って何度も思ってたけれどここまで愚かだったとは……あぁ、殿下って本当お馬鹿さんですよねぇ」

 クスクスと笑いながらわたくしは、これからどうなるかを理解している為に逃げるようにして家へと帰っていく令息令嬢達が乗る馬車が集まっている正門の停留所とは別の……、基本的に王家と取引を行なう事が出来る王家が認めた商会の為に用意された停留所がある裏門へと歩きます。

 すると、そこには事前に打ち合わせた通りにとある商会が所有する、貴族達の夜会が行われる会場には不釣合いな……普通の箱馬車が一台停められていました。

 きっとその馬車を見た貴族はそれを三流の商会の物と馬鹿にする事でしょう、ですがそれは間違いだったりします。

 何しろ、この箱馬車を所有している商会とはただの商会ではないのですから。

 この箱馬車を所有している商会、それは世界各国に展開している品質が良いのに値段は庶民でも買う事が出来るがモットーであるカオス商会の箱馬車なのですから。

 きっと、その事を知った途端に三流商会と馬鹿にしていた貴族は手の平を返したように胡麻すりを始めるに違いありません。事実、報告でその様な事例が何件もあった事を聞いていますので……間違いはありません。

 そして件の箱馬車の前では腰まで届くほどの長い黒髪をした凛々しい顔立ちのメイド(ただし帯刀している)が一人立っており、ゆっくりと近付いてきたわたくしへと恭しく頭を下げてきました。

 彼女はわたくしの専属メイドであるカエデで、東の国の出身者です。

「お疲れ様です、お嬢様」

「お待たせカエデ。きっと今頃は実家のほうでも花火を見たと思うし、騒がしくなっているでしょうね。ですから早速で悪いのですが、わたくし達も目的地へと向かうとしましょうか」

「承知いたしました。それではお嬢様、お手をどうぞ」

「ええ、ありがとう」

 手を差し出すカエデへと微笑みかけ、彼女の手を借りて馬車の中へと入ります。

 わたくしが馬車へと入るとカエデも中へと入り、扉は閉められました。

 そして、わたくしが座席に座るのを確認してから、御者は馬へと指示を出すと馬車はゆっくりと走り出し……その場から立ち去っていきました。


 遠ざかっていく会場を横目で流していると、鼻を擽る芳醇な香りが車内に漂い始め……。

「どうぞお嬢様、紅茶です」

「ありがとうカエデ。…………ふぅ、やっぱり勝利の一杯は美味しいわね」

 あまり震動を感じさせない特別仕様の馬車の中、カエデが芳醇な香りを放つ紅茶が注がれたカップを差し出してきました。

 受け取ったカップの中には琥珀色の紅茶が満たされており、軽く鼻を近づけると室内を満たす芳醇な香りが更に濃くなり、その香りに満足しながらわたくしは一口、紅茶を口へとに含み……幸せの溜息を吐いた。

 そんなわたくしとは対照的に、カエデは顔を顰めながらこちらを見てきます。

「……お嬢様にとっては勝利だと思われます。ですが……傍から見たら、あれはどう見ても完全な敗北でしかありませんよ?」

「そういう風に見せておくのが一番面白いと思うのですよわたくしは。だって、束の間の平穏って感じがして良いじゃないですか、彼らにとっての我が世の春って感じに調子に乗ってる所からの地獄への叩き落としって」

「……そうですね。寝首を掻かれるなんて思ってもみなかったところで、心臓へと重い衝撃を喰らうというのは大変愉快ですね」

 わたくしの言葉に対して、少し考え結果出したカエデの答えに満足しながら、わたくしはギチギチに髪を締め付けていた結び紐を解きます。

 すると、今までギチギチに拘束されていた髪が自由になったからか、一気に広がって行きました。

 動く度に痛みを放つほどの強さで編み込まれていた三つ編みが解け、編み込まれていた影響かふんわりとしたウェーブを髪が作り出します。……ただし、ギチギチにしていた影響か若干広がりすぎて爆発気味になっていますね。

「お嬢様、髪を梳かせていただきます」

「ええ、任せます。だいぶ痛んでると思いますから、丁寧にお願いしますね?」

「かしこまりました」

 何時の間にかブラシを手にしたカエデへとそう返事すると、彼女は解かれたばかりの髪の先端へとブラシを当て、ゆっくりと梳き始めました。

 先端から段々と奥へ奥へとカエデの梳くブラシは進んでいき、締め付けられていた影響で少しごわごわしていた髪は梳かれて行くに連れて……段々とサラサラとした金糸のような柔らかな髪へと戻っていくのが分かりました。

 しばらくカエデによって梳かれ続けた結果、爆発気味だったわたくしの髪は綺麗に整ったのが分かりました。

 それに、わたくしに執着するほどの愛情を向けるカエデが髪をブラシで梳くのを止めたという事は髪の質に満足したからでしょうし。

「ありがとう、カエデ」

「お気になさらないでください。ところで、お茶のお代わりは如何でしょうか?」

「いえ、お茶はもう良いわ。それよりも濡れたタオルをくださらない?」

「かしこまりました。どうぞ、お嬢様」

 空になったティーカップを見ながら、カエデがわたくしに訊ねるけれど首を横に振って別の物を頼みます。

 するとカエデはわたくしの注文に答えるべく、車内に備え付けられているボックスから金属製の筒を取り出すと中に入れられていた濡れたタオルを出してきました。

「ありがとうカエデ、……あぁ~~…………、生き返りますわぁ~~」

 程好い温かさを維持された濡れタオルを受け取り、わたくしは瓶底のような眼鏡を取り外すと顔へと濡れタオルを付け、しばらくジッとします。

 じんわりとした温かさが顔を包み心地良いですね……そう思いながら顔に濡れタオルを当てていましたが、化粧が濡れタオルの熱で浮き上がっただろうと思いながら、タオル越しに両手を軽く動かしてから……顔からタオルを離しました。

 するとだいぶ厚く塗られていた化粧は取り除かれ、わたくしの素顔が露わとなりました。

 濡れタオルにベッタリと付いた化粧を見ながら、タオルを折ってからもう一度顔に残った化粧を取る為に軽く顔を拭いているとカエデが呟きました。

「今日でこの厚化粧ともお別れですね」

「ええ、感慨深い……わけではないけど、これで少しは化粧代が浮きますから助かりますね」

 カエデの言葉にわたくしは返事を返します、そんなわたくしの顔をカエデはほうっと色めいた瞳で見つめてきます。その瞳は、ある意味で恋する少女の瞳ですねー……。

 まあ、先ほどまでの地味な上に化粧の化け物としか言いようがなかった顔ですが、今現在露わとなっているわたくしの素顔というのは魔法も無しに簡単に人を魅了するほどらしいですから仕方ないですね。

 自慢ではありませんよ? 周りがわたくしにそう言ってるだけですからね?

 ちなみにわたくしの素顔はこんな感じです。瓶底のような厚いメガネで隠されていた瞳はエメラルドのように綺麗な碧色で、目つきは切れ長で知的さを感じさせるようになっています。鼻も厚化粧で分かり辛かったと思いますが綺麗に整っていますし、口も小さいけれど自信に満ちた笑みを浮かべるようにしています。

 わたくしの素顔を見たならば、この方は紛れもなく自信に満ちた公爵令嬢ですと言われて普通に納得する。そんな美しい女性がそこには居ました。

 まあ、わたくしですけどね?

「はぁ……、お嬢様。やはりお美しい……♥」

 そんなわたくしの顔を見ながら、カエデはうっとりとしながら溜息を吐きながら小さく呟いていますが……小声でも二人きりですし近いから聞こえていますわよ?

 ですが一級の芸術品を前に溜息を吐く、それは称賛する溜息なので全然悪い気はしませんけどね。

 そう思いながら、わたくしは目元を軽く揉み解します。化粧を取ったのですから……きっと目元にはくっきりとした隈が目立っているでしょうね。

 ここ最近はまったくといって良い程に寝ていませんでしたし……。

 それを思い出した瞬間、わたくしの体は疲れを理解し出したのか、口からはふぁ……と欠伸が洩れ出します。それと同時に猛烈な眠気も……。

「とりあえず……、一度眠る事にしますね……。流石に計画最終段階の資料作りとしての五徹は厳しかったようです……」

「畏まりました。それではお嬢様、目的地に到着するまではまだ時間がありますので、思う存分お眠りください」

「そうするわ……。それじゃあ……、おやすみなさい…………すぅ……」

 わたくしはカエデに見守られながら、馬車の席へと背中を預けて目を閉じます。

 すると疲れていたのか、1分もしない内にわたくしはすぐに寝息を立て始め……徐々に意識が飛び始めました。

 がたん、ごとん、と軽く震動をする馬車をゆりかごにしながら、わたくしの意識は完全に途絶えました。

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