第十四話 悪役令嬢、夜食を食べる。
それからしばらくして、カゴいっぱいに野菜を詰め込んだシスさんが帰って来ました。
どうやら差し出したお金の大半を野菜に使ったようですね。
細い女性の腕だというのにこれだけの野菜が入ったカゴを両手で持ちあげる事には驚きです。
そう思っていると野菜だけではなかったようで……。
「少し贅沢させてもらう為にこれを買いました!!」
ドン、とカゴの底から取り出した巨大な肉の塊をテーブルの上へと置きました。
これは……スネ肉ですか? 表面が黒い様子から漬けられていたのでしょう。
「はい、時間が時間だったのですが野菜も良い感じに手に入って、肉屋さんでもこの塩漬け肉の塊が売れ残っていたんです!!」
「それは良かったですね」
シスさんは笑顔でわたくしへと言います、それを聞きながらわたくしは頷きます。
多分時間をかけて煮込もうと考えているのでしょう。
そう思いながら、わたくしは彼女を見ながら尋ねます。
「ところでシスさん……他に空いてる部屋はないでしょうか?」
「え? 何故で……あ、も、申し訳ありません!!」
わたくしの問いかけと何故今まで食堂に居続けるのかを気づいたのか、シスさんが顔を青ざめさせながら物凄い勢いで謝罪をします。
まあ、仕方がありませんよね。わたくしは客分で孤児達が大事な存在なのですから。
「気にしないでください。シスさんは孤児達を優先にしなければいけませんから」
「で、ですが……」
「そもそも、こうなる可能性を考慮しなかったわたくしが問題です。ですから気にしないでください。……それで、休める場所はありますか?」
「も……申し訳ありませんでした。えっと、空いてる部屋は……神父様の部屋以外だと、セージョの部屋が相部屋となってて、片方が空いています」
セージョさんの部屋ですか、……つまりは聖女さま(笑)が一緒に居た部屋ですよね?
つい先ほど彼女が入っていった部屋を思い出しながら、どうするべきかを考えていましたが……少し休息が必要だと思いますので、ご厄介になりましょう。
「わかりました。でしたらセージョさんの部屋の空いてるベッドを使わせていただきます」
「あ、ありがとうございます。その……明日にはちゃんと部屋を用意し直させていただきます」
「気にしないでください。それでは夕食を期待させていただきますね。では」
「ではー?」
申し訳なさそうにするシスさんにそう言うと、レヴィアが真似をするように挨拶をして共に食堂から離れると先ほどセージョさんが入った部屋へと入りました。
室内はギリギリ二人で住むことが出来るほどの広さの部屋で、部屋の両壁に設置するように簡素な作りのベッドが置かれています。そして足先辺りには小さめの学習用の机とテーブルがありますね。
そう思いながら寝息がする方を見るとセージョさんが眠っていました。
「すぅ……すぅ……うぅん、むにゃむにゃ……」
どうやら力を引木出した影響が続いているのか、わたくし達が入ってきた事にも気づかないほどに眠っているようですね。
「お疲れさまでしたセージョさん。今はゆっくり休んでくださいね……。ふぁあ……」
いい加減、わたくしもちょっと眠らないといけませんね。
そう思いながら、わたくしも空いているベッドへと潜り込むと……レヴィアを招きます。
「レヴィア、一緒に眠りましょう」
「いいの?」
「ええ、今日は一緒に寝たいですので」
「わーい♥ あるじといっしょにねるー♪」
レヴィアは喜びながらわたくしの隣に潜り込むと、ニコニコとした笑顔を向けてきました。
その笑顔を見ながら、淑女としては恥ずかしくも、ふぁ……と小さく欠伸をして、引き摺られるようにして眠りに着きました。
おやすみ、なさい……。
●
「――ア、ま」
ゆさゆさと軽く揺さぶられる感覚を感じながら、同時に自分を呼ぶ声が聞こえる。
その行為により、完全に眠りに付いていたわたくしの意識は少しずつ浮上し始めていきます。
「んっ、んんぅ…………?」
「あ、あの、パナセア、さま……起きて、ください……」
目蓋を動かし、ゆっくりと目を開けると困った様子でセージョさんがわたくしを見ていました。
「セージョさん……? どうかしましたか?」
「あ、あの……。シスターが、ずっと寝てて……心配、してました」
「…………あぁ、そう……ですか?」
ぼんやりとした頭を動かしながら目を覚まそうとすると段々と頭がはっきりとし始め、眠気が覚めていくのが分かります。
そして、首を軽く動かすと気持ち良さそうにレヴィアが寝ているのが見えました。
「……どれだけ時間が経ちましたか?」
「え、っと……、その、わたしも……さっき目が覚めたばかりなので、よく分かりませんが……外は、まっくらです」
夜目に慣れ始め、そわそわとするセージョさんが見えるようになり……ゆっくりと体を起こしました。
レヴィアをベッドに寝かし、ベッドから出るとそわそわとしているセージョさんを見て……、
「おはようございます、セージョさん」
「あ、は……はい、おはよう、ございます……」
挨拶をすると釣られるように彼女も返事を返してきました。
そんな彼女の様子に満足していると、少しお腹が空いてきた事に気づきました。
「これは……、何か少しでも食べないといけませんね」
「その、シスターがスープを温めるようにって、あの……言って、ました」
「そうなのですか? セージョさんは食べたのですか?」
「い、いえ、わたしも……起きるのが遅くて……」
わたくしの問いかけに彼女は恥ずかしそうに返事をします。
そんな彼女を見ながらわたくしは一言。
「では一緒に食事を取りましょう。ひとりでは寂しいですしね」
「え、でも……えっとその……は、はい……」
悩んでいたセージョさんですが、少し考えたのか最終的には頷いてくれました。
それを見届けてから彼女と共に食堂へと向かうと、薄暗い室内に置かれた蝋燭に火をつけて調理場へと歩きます。
うすぼんやりとしか着いていない蝋燭の灯りは薄暗く、灯りの魔道具を使えば良いのですが……生憎とこちらには置かれていないようです。
……まあ、そういうのを購入するよりもシスさんなら、家の修繕費に当てたり孤児達の食事や着る物に当てるのでしょうけど。
そんな事を思いながら、調理場に向かうと底の深い鍋がこんろの上に置かれていました。
「あ、の……、ここは、わたしが……します」
「そうですか? ではお任せしますね」
「はっ、はい……!」
セージョさんが自ら進み出たことに少しだけ驚きましたが、彼女に任せる事にしましょう。
すると嬉しそうにセージョさんは頷き、鍋を温める作業に移りました。わたくしはそれを椅子に座って見ています。
しばらくするとぐつぐつという音とスープのにおいだと思われるものが漂い始め、においに釣られたように体が、お腹が食べ物を求め始めている事に気づきました。
「お、お待たせ……しました」
「ありがとうございます。美味しそうですね」
湯気が立つ木の器をふたつ持ち、セージョさんが戻ってくるとわたくしの前にそれをひとつ置きました。
中にはある程度の大きさにカットされた野菜と細かく切られた肉が入っているのが見え、透明な色合いからして味は薄いように思われます。
味はどうなのでしょうか。そう思いながら、木のスプーンを受け取りスープを口に含みました。
「……いいですね」
「おいしいです……」
色からして薄い塩味となっていると思っていましたが……塩漬け肉から塩分が染み出していたようで口に入れた瞬間、見た目以上の塩味が口に広がりました。
ですが塩分がくどすぎるわけではないのは、シスさんが灰汁と塩が出すぎた水を入れ替えたからでしょう。
手間がかかっている事を感じながら、一緒に煮込まれていた野菜をスープと共に口に含みます。
すると少し塩辛いと思っていた味を緩和するように口の中でボロボロと崩れていく野菜の甘みが広がりました。
日持ちがいいことと、安いからじゃが芋を購入したと思いましたが……食感が良いですね。人参と玉葱も煮込まれて柔らかいです。
そして塩漬け肉はどうかと思いながら、スプーンで掬うとスネ肉特有のプルプルとした見た目が見え……硬いかと思いながら口に入れるとプルプルとした食感と共に口の中でお肉は解れていきました。
口の中に広がる幸福を感じながらスプーンを動かしていると、黄味がかった物体があるのに気づきました。
これは……? 疑問に思いながら、スプーンでそれを掬い口に含むと独特のクニャリとした食感が口に感じられ……小麦粉特有の味が口に広がりました。
なるほど、これは小麦粉を練った物をスープで一緒に茹でた物ですか。
これだったら幼い孤児達もお腹いっぱいになりますし、小麦粉自体も品質が少し悪いからか値段も安いのでしょうね。
そう思いながらスープと共に具をもぐもぐと食べますが、非情に食べ易いと思いました。
「……うん、食べ易いですね。それに腹持ちも良いです。シスさんは料理の才能があるのではないですか?」
「その、わ……わかりません。でも、シスターは何時もわたし達に料理を作ってくれます」
「なるほど。でしたら、貴方達にお如何にかしてお腹が満たされるように工夫した結果でしょう」
セージョさんにそう言いながらわたくしはもうひと口、スープを口へと含みます。
うん、美味しいですね。……ですが、もう少し工夫出来たならばもっと美味しくなるに違いありません。
でも工夫は調味料の類なので、如何にかしようとするにはお金がかかるでしょう。
「本当、残念です」
「え? あの、何か……言いましたか?」
「いえ、気にしないでください。それよりもセージョさん、具合はどうですか?」
いけませんね。呟きが洩れていましたか。
ちょっと失敗したと思いながらも、話を逸らす為にセージョさんへと訊ねます。
するとセージョさんは突然の問いかけにビクリとしながら自分の身体を見始めました。
「えと、……だ、大丈夫です。あの、パナセア様……」
「なんですか?」
「あの人、大丈夫……でしょうか?」
先ほどまでの様子と打って変わって、不安そうにセージョさんはわたくしを見ます。
どうやらあの暗殺者の男性が助かったと安堵したけれども、一度眠ってから不安になったようですね。ついでにお腹もいっぱいになったからでしょう。
「大丈夫ですよ。というよりも、治した本人が大丈夫だと信じてあげないといけないじゃないですか」
「わ、わたしが……本当に治したのですか? それに、あの力って……?」
「紛れもなくあれは貴女の力ですよ。何時かは目覚めるかも知れない力……怖いですか?」
「わかりません……。でも、でも、あんな風に死にかけていた人を治すなんて……伝承の聖女様にしか思えません……でも、だって、聖女は……」
聖女は自分と血が繋がっている彼女、そう思っているのでしょうね。
だから自分の中の可能生徒言われた事に彼女は恐怖をしてる……といったところでしょうか?
……彼の創った物語では目の前の彼女は数年後に片鱗に目覚めて、一年の間に何度も苦難を乗り越えて真の聖女へと目覚めるらしいです。
ですが、ここは物語の世界ではなく現実の世界です。そしてわたくし達は物語の人物などではなく、生きた人です。
ですから、わたくしはセージョさんに言葉を贈りましょう。
「セージョさん、わたくしから貴女へ何も言う事は出来ません。貴女は聖女かも知れませんし、そうではないかも知れません。……つまりはどのような未来が待っているかは自分で決めたら良いんです」
「パナセア様……。でも、わたしは……」
言葉を詰まらせていたセージョさんへとわたくしはくすりと笑ってから、言葉を紡ぎました。
「まあ要するに、10歳にもなっていない子供がそんな風にうんうんと悩む必要が無いって事ですよ。今の貴女は縮こまってばかりではなく、もっと前を見て歩けるようになる。それで十分じゃないですか」
明確な言葉を贈る。それは彼女の道を決めてしまうものですからね。
そんなわたくしをセージョさんは見ていましたが、複雑そうに笑いました。
「前を見て、歩けますか……? 今のわたしに……」
「そうですね。前に出なくても構いません。でも、前に進む事を止めなければ大丈夫だと思いますよ。それと……」
「あ」
不安そうな様子のセージョさんの顔へと手を伸ばし、前髪を分けて隠れていた顔を見ます。
……うん、聖女さま(笑)がああいう顔なのだからと思っていたけれど、やっぱりセージョさんも愛らしい顔立ちをしていますね。
似たような顔立ちだとしても、心の持ちようで変わる良い例です。
「ちょっと髪を整えて、イメージチェンジをしてみたら何か少しは変わると思いますよ」
「その、恥ずかしい……です」
「そうなの? わたくしは可愛らしいと思いますよ。セージョさんのお顔」
「~~~~っ!!」
頬を染めて視線を逸らすセージョさんへとそう言うと、顔をトマトのように真っ赤にします。
初めて見たときはオドオドとした少女と思っていましたが、よく見ると感情が豊かですね。
「まあ、性急にしすぎるのもいけませんよね。けど、セージョさんは可愛らしいですから自信を持ってくださいね」
「は、はひ……」
彼女にそう告げ、かき分けていた髪を戻しわたくしは微笑みます。
そんなわたくしを見ながら、セージョさんは顔を真っ赤にしていました。
「あるじー、おなかすいたー……」
「ああ、レヴィアも起きたのですね。それじゃあ、貴女もスープを飲みましょうか。セージョさんお願い出来ますか?」
「は、はい!」
「わーい。ごはんー♥」
お腹が空いて目が覚めたのかレヴィアが食堂へとやって来たので、セージョさんへとお願いします。
彼女もこちらのお願いを渡りに船と思ったのか、ビクッとしながらも立ち上がるとスープをよそいに厨房へと行きました。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、わたくしの夜は過ぎていきました……。




