第十二話 悪役令嬢、殴り込みをかける。
KA★CHI★KO★MI♥
「お嬢様、あのまま放っておいて良かったのですか?」
「大丈夫よ。一応護衛としてレヴィアを置いていったのだから」
腕をロープで縛りつけて拘束し、首には逃げられないように同じくロープで縛りつけたチンピラ達を歩かせながら、わたくしとカエデが道を歩いていると彼女は不安そうに尋ねてきた。
それに対し、わたくしは安全である事を告げる。……まあ、相手が抵抗しなければ、ですけどね。
孤児院から出る前に様子を見た暗殺者の男はまだ気絶していたけれど、もう少ししたら目が覚めるに違いない。
じゃあ、目が覚めたらどうするか? とりあえず、セージョさんに見張りをお願いしましたけど……もしかすると彼女に危害が加えられるかも知れません。
まあ、そうなった場合はレヴィアの重い一撃がくるでしょう。
そうなっている頃に戻るべきか、それとも……無意識ながらに彼女に目覚めてもらうべきでしょうか。
ですがそっちは根性論と呼ぶべきものですから……速めに終わらせましょう。
「貴方達、まだ着かないのかしら?」
「も、もうすぐ! もうすぐ着きます!!」
決意しながら、前を歩くチンピラ達へと訊ねると彼らは怯えながらわたくし達に返事をします。
なんですかその態度は? とりあえず、傷ついたのを治して上げて、ボスのところに送り返そうとしているだけですよ?
「はぁ、傷つきますね。もっとちゃんと返事をしてくださらないと」
「貴様ら、お嬢様を泣かせるつもりか?」
ほら、チャキリと首に結ばれたロープを持っているカエデがまた刀を鞘から抜こうとしていますよ?
「ひ――ひぃ! 着きます。着きますからっ!! お前らも急げっ!!」
『『りょ、了解ぃぃぃぃぃぃ!!』』
今の彼らには恐怖に勝る速度を上げる方法は無いようで、彼らの移動速度は若干速くなりました。
そして、しばらく移動をすると家と屋敷の中間ほどの大きさの建物の前へと辿り着きました。いちおう隣に小さいながらも庭がありますし、屋敷……と分類しておきましょうか?
「此処が貴方達のボスがいる屋敷ですか?」
『『『は、はい、そうですっ!!』』』
わたくしの問いかけに彼らは一斉に頷きます。
それを聞いてから、わたくしはカエデを見ます。すると彼女はわたくしの合図に応えるように侵入者を拒む為の扉を蹴破りました。
バギャッ!とブーツによって蹴破られた扉の音に反応したのか、屋敷の中にいた男達が一斉にこちらを向きました。
「一人、二人、三人……十人は居ませんね」
「だ、誰だ?!」
周囲の男達を見ながら、数を数えていると豪華なソファーに座った豚のように醜い煌びやかな衣装を身に纏った男がわたくし達へと声を荒げます。
その声に、ちらりと視線を送ると男の側に控えるようにして従者らしき中年の男性が立っているのが見えました。
向こうもわたくしが見ている事に気づいたのか、チラリと一別してから主らしき豚に話しかけていますね。
「「ボ、ボス! 助けてください!! こ、こいつら化けも――ぐえへっ!?」」
そんな風に観察を行っていると、案内役にしていたチンピラ達がボスへと声を掛けながら駆け寄ろうとします。
ですが、最後まで言い終わる前にピンと張られたロープによって首が絞まり、呻き声を上げました。貴方達、首にロープがかかっているのを忘れてるのですか?
馬鹿みたいなチンピラ達を残念な瞳で見ていると、豪華な豚が唾を撒き散らしながら怒鳴ります。
「き、貴様ぁ! おれ達を誰だと思ってる! 天下の金貸し集団『ゴールドラクーン』だぞ!!」
「そうですか。わたくしは知りませんね。つまりは天下と言いながらも地域密着型なだけなのではないですか?」
「~~~~っ!! お、お前等! この生意気な女を捕まえろ!! 舐めた真似をしたこいつらは奴隷として売ってやる!!」
『『了解! けど、オレ達にも愉しませてくれよぉ?』』
豪華な豚の言葉に頷き、警戒した様子でわたくし達を見ていたチンピラ達が指を鳴らしながら一斉に近づいてくるのが見えます。
そんな彼らを拘束されたチンピラ達は止めるように叫ぶけれど、聞き入れる様子がありませんね。
「そう簡単に出来ますかね? ……カエデ、ちょっと黙らせてくれませんか?」
「承知しました、お嬢様。……少々こちらをお願いします」
わたくしの言葉に従って、ロープを引っ張り拘束しているチンピラを黙らせると彼女はわたくしにロープを恭しく差し出すと前へと出ました。
ロープを受け取り、わたくしはいちおう入口の側へと離れます。というよりもカエデの後ろですね。……でないと、巻き込まれますし。
「ああ、下手に逃げようとか思わない方が良いですよ? あと、わたくしに危害を加えようとした瞬間に彼女……首を斬りおとしますから」
気絶をしなかった拘束したチンピラ達へとわたくしが言うと、彼らはそれが冗談ではないと理解出来ているようで息を呑むのが聞こえました。
それを見てから、わたくしは豪華な豚の近くの方に聞こえるように声を掛けます。
「とりあえず、この屋敷を真っ二つにさせていただきますが先にそちらが始めた事なので賠償は一切受け付けませんので。あと、出来るかぎりしゃがんだほうが良いですよ?」
「何を言ってる! ほら、速くやれ!!」
「……お嬢様、やっていいのですか? というか、その口ぶりからアレを使えと聞こえるのですが……」
「格上だって、思わせるのが大事ですよ」
不安そうに尋ねる彼女へとわたくしは優しく告げます。
そんなわたくしの言葉に彼女はちょっとだけ呆れたように息を吐き、腰溜めに刀を構えます。
「お前達、お嬢様の慈悲です。一瞬だけチャンスを上げますので、死にたくないならしゃがみなさい」
言いながら、カエデはちゃき……と軽く鯉口を切ります。
それを見ながら、周囲のチンピラは訝しむ様子でそちらを見ますが……気配を察しないなんて、程度が知れますね。
ですが、豪華な豚の近くの方は頬を引き攣り始めています。
というわけで、カエデ――やっちゃいなさい。
「参ります。奥義――」
「お、お前達! すぐにしゃがめ!!」
「ぶぎゃふ!?」
シャッと刀が鞘から抜かれようとした瞬間、焦ったように従者が叫び――豪華な豚の頭を掴んでソファーから倒します。
同時にチンピラ達も彼の言葉に従って、一斉にしゃがみました。
直後、超高速で刀が抜かれ――屋敷が斬れました。
「――閃断」
静かにカエデの口から技の名前が紡がれ、チンッ……と刀が鞘へと収められました。
超高速の居合い、それは風を巻き込み、瞬く間に離れた対象を寸断する。
それが彼女の辿り着いた高みの一端。対処出来なければ、並大抵のものは両断される必殺の一撃。
周囲がその崩れ去って行く建物を見ながら呆然とする中……わたくしはポンと手を叩き、自分に視線を向けさせます。
「さ、それじゃあちゃんと商売の話をしましょうか。……ね、本当のボスさん」
言いながら、わたくしは全員にしゃがむように指示を行った従者役に徹していた中年の男性を見ました。
そんなわたくしの視線に耐え切れず、彼は諦めたようにガクッと項垂れていました。
「それで……いったい何をしたいんだ。あんたは?」
見上げれば空が綺麗に見えるようになった屋敷(だった場所)で、ソファーに座った本当のボスは少し恨みがましそうにわたくしを見ます。
ついでにいうと雰囲気もちょっと野性味が出ていますね。どうやら影の薄い従者っぽい見た目は印象を与えないようにする為の偽装だったようです。
そして、わたくし何かをしましたか? わかりませんねぇ?
まあ、それはどうでも良いとして……。
「ええ、ちょっと孤児院の借金取り立ての話を窺いにきた事と……ちょっと雇用の話でしょうか」
「雇用だと? 自分達にいったい何をさせるつもりだ? ……というか待て、孤児院の借金だと?」
わたくしの言葉に胡散臭い表情を向けるボスでしたが、すぐに気になる言葉があったようで訊ね返してきます。
その様子にわたくしは違和感を感じながら頷きます。
「はい、つい先ほどわたくし達が連れてきたあなたの部下の方々が数年前に借りた借金を寄越すように孤児院へと取り立てに来ました。証拠はこちらの証文ですが……身覚えは?」
「失礼、ちょっと見せてもらうぞ。…………見覚えが無いな、これは俺が受け取った物じゃないし、部下達に出した覚えも無い」
受け取った証文を速読しながら、ボスは返事を返します。ですが、証文を受け取った辺りから豪華な豚から偽装を解かれて小汚い豚に格下げされたボスを演じていた男性がだらだらと汗を流し始めていますね。
ちょっと突いてみましょうか。
「あら、そちらの代表として前に出ていた方。なにやら顔色が悪いようですが、どうかなされましたか?」
「っ!? い、いえ、何にもありませんよ。な、なんにも……」
「そうですか? ああ、もしかして許可無く仕事を引き受けて、部下に行かせたのがばれるのが怖いと思ってるのですか!?」
……ちょっとワザとらしかったでしょうか? けれど、わたくしの言葉に小汚い豚はますますガクガクと震え始めます。
それをボスも見ており、ジロリと視線を彼へと送りました。
「ポルコ、何か知ってるようだな?」
「え、えーっと、それは、その……ですね。ちょっとした……その……えっと」
わたくしとボス、それと他の仲間達の視線からダラダラと汗をますます流しながら、彼はガクガクと震え始めます。
そして、限界がきたのかその場で座りこんで土下座を行いました。
「も、もも、申し訳ありませんボス!!」
「説明しろ、ポルコ」
「は、はい……実は……」
ポツリポツリと小汚い豚ことポルコはボスに語ります。
どうやら彼はボスがいない間にやって来た怪しい男に、これを使って孤児院から借金を取り立てるように言われたらしく、渡されたお金も結構な額だった為に喜んで引き受けたようです。
そして、ボスがいない間の出来事だった為に渡されたお金は自分の物にしたいと思ってしまい、彼はボスに指示を受けたと言って部下達を勝手に動かしたと言いました。
「……そうかそうか、お前は俺を舐めてるんだな?」
「めめ、滅相もございません! おれはボスを敬ってます!! 今回はほんの出来心で……!!」
「出来心だとしてもな、俺には許せない事が幾つかがある。その中で最も許せないもの、それはな……あの孤児院に手を出す事だ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!」
立ち上がり、ゆっくりとポルコの元へと近付いたボスに彼は怯えていたけれども、最後にボスから放たれた気迫によってその場にへたりこみました。
今までも色々と好きにはしてたのかも知れませんが、今回ばかりはいけなかったようですね。
そう思いながらも、少しだけこのボスと孤児院の関係が気になりますが……すこ死したら明らかになるでしょう。
「もういい、恰幅の良いお前をボスのように置いておいたらこちらにも威厳が出るだろうと思ったが失敗だったようだ。おい、地下に連れて行け」
『『はっ!!』』
「ひっ、ひぃぃぃ! い、嫌だぁ! 地下は、地下はいやだぁぁぁぁぁぁっ!!」
ボスの言葉に従い、部下のチンピラ数名が怯えるポルコを連れて屋敷の奥へと歩いて行きました。
ちなみに倒壊の心配はありません。カエデが綺麗に斬ったのですからね。
……ただ青空が綺麗に見えるようになっただけです。あとは雨がダイレクトにかかるだけです。
「……すまなかった」
「はい?」
そんな余計な事を考えていると、ボスが突然わたくしへと頭を下げてきました。
これはどういう事でしょうか? 少しだけ驚きながらボスを見ていると、彼が説明をしてくれました。
「俺にとってあの孤児院はもうひとつの家とも呼ぶべき場所なんだ。……亡くなった神父は、俺の兄貴分だったんだよ」
「なるほど、それならば基本的には手を出さないようにしますね。……まあ、自分と関係性が無いようにする為に直接的な接触は無しにしていた為に今回の状況が起きてしまったのでしょうけどね」
わたくしの問いかけにボスは頷きます。ですがその表情は苦虫を噛み潰したかのような表情ですね。
「そうだ。本当ならば兄貴が残した孤児院を援助するなり、立て替えるなりしたら良かったかも知れないが……兄貴はそれを嫌がったし、面倒をかけさせたくないと思っていたのだと思う。だから、借金だけはこっそりとだが片代わりしていたんだ」
「そうですか。……ですが、一応は孤児院自体を見ておくべきでしたね。現状孤児院は雨風が防げるだけの廃墟と呼ぶべき程になっていますよ。それに聖女さま(笑)がけしかけた教会が資金援助も完全に打ち切っていますし、保護者はシスターひとりだけです。知っていましたか?」
「………………」
懺悔するかのようにボスの言葉を聞きながら、わたくしがそう言うと知らなかったのでしょう。彼は頭を抱えながら視線を床に向けていました。
ちなみに状況次第では保護者はもう一人増える事になりますが、そこはまだ言いません。
そして、呻くようにボスは訊ねてきました。
「俺に、何か出来る事はないか……?」
「特に無い……とは言えませんね。可能であれば、陰ながら孤児院に何かが起きないかを見張っているようにですか。あとは孤児達をそれとなく助けるぐらいですね……今の所は」
「つまり、近いうちに何かが起きる。もしくはあんたが起こす。といったところか?」
「そうなりますね。そうなってからは孤児院の援助なり、なんなり好きにしても結構ですよ」
「わかった。何が起きるかは分からないけれど……あんたに託すよ。孤児院を……頼んだ」
「わかりました。では改めて、パナセア・S・フロルフォーゴです」
「ハハッ、貴族様か。まあ良い、トロコスだ。よろしく頼んだぜ、パナセア様」
そう言って、ボスことトロコスとわたくしは握手を交わしました。
さて、次は……暗殺者さんですか。




