第九話 悪役令嬢、孤児院へ訪れる。
ぐぅ~~、きゅるるるる~~~~……。
周囲を歩く孤児達のお腹が良い感じに鳴る音が聞こえます。
その度に孤児達は、カエデとレヴィアに持ってもらっている屋台で購入した食べ物へとちらちらと視線を送っていますね。
まあ、周囲に漂うほどに食べ物のにおいがしますからね。……おっと、周囲の浮浪者達からも視線を感じます。
食欲、それと……性欲ですか? まったく、貴方がたはケダモノですか?
「それはそれとして、こちらで良いのですね?」
「「「は、はい、貴族様!」」」
わたくしがそう訊ねると、道案内を買って出た三人の孤児の男の子達を見ます。
ちなみに彼らはエーワン、ビーィチ、シーアルという名前らしい。
そんな彼らは急いで孤児院に向かおうとしているんでしょうけど、周りの子達に合わせているからか遅く感じられますね。
……まあ、わたくしも彼女から情報を聞いている為に、ゆっくりと歩いていますけどね。
「それで貴方達の孤児院を管理している方はどのような方なのです?」
根掘り葉掘り聞かれている隣をビクビクと歩くセージョさんには堪ったものではないでしょうけど、知りたい事の為に犠牲になってもらいましょう。
いえ、どちらかというと騒ぎの中心に限り無く近いけれど、弾き出されている彼女に聞くのが一番ですよね。
「は、はい。その……少し前まではお爺ちゃんの神父様が居ました。でも、ある日……病気で……。その後は、シスターがひとりで頑張って、くれてます……」
「そう。それで、聖女さまは自分が育った場所に何もしなかったのかしら?」
「えっ? な、なんでそれ――――っ!?」
わたくしの言葉にバッとセージョさんが顔を上げ、驚いた表情を向けてきます。
その際、前髪に隠れていた彼女のクリクリとした丸い紫色の瞳が見えました。
「ふふっ、わたくしは予想しただけです。そして、短いながらも滞在するこの場所の現状を良しともしない。ただそれだけですよ」
「ひゃうっ!? あ、あの…………?」
言いながら彼女の頭をわたくしは撫でますが、突然の事で驚いたのかビクリと震えます。
あと、髪は伸びきっている上に砂と潮風で汚れているからか、レヴィアが初めて人間になった時……とまではいきませんが、だいぶザラザラとします。
「むぅ~、あるじはレヴィアの~~!」
「レヴィア、落ち着いてください。お嬢様は子供には基本優しいだけです……ぐぎぎ」
「っ!? え、あ、な……なに? なに??」
背後から感じる視線に本能が恐怖したのか、セージョさんがビクッと震えてキョロキョロと周囲を見ます。
貴方達、恐がっていますよ?
窘める視線を送るとカエデは静かに黙り、レヴィアはぷくぅ~と頬を膨らませます。カエデの故郷から輸入をしているライスケーキみたいですね。
そう思っていると、道案内を行っていた三人から声が上がりました。
「「「貴族様、孤児院に着いたよ!!」」」
「あら、もう到着しましたの……ね…………え?」
視線を孤児院に向けた瞬間、わたくしは珍しく淑女に有るまじき声を漏らしました。
当たり前でしょうね。だって、案内された孤児院は何というか……人が住めるのが不思議なほどに屋根も壁もボロボロの廃墟としか言いようが無い建物でしたから。
「うわー、ぼろぼろだー」
「これは……潰れかけの道場よりも遥かに酷いですね」
わたくしに近い感想を抱いたのか、二人も同じように呟きます。
そんなわたくし達の心境を無視して、早く食事を取りたいと言わんばかりに孤児達は急いで孤児院の中へと入って行きました。
「「「シスターシスター! 貴族様がご飯をくれたーっ!!」」」
『はいぃぃっ!? ちょ、みんな何したんですかーーっ!?』
驚いたような声が院の中から聞こえ、ドタドタと駆けて来る音が聞こえます。
そして、バンッと力強く入口の扉が開かれると、修道服に身を包んだ女性が飛び出して来ました。
年の頃は20代後半……良くて30代に入りかけでしょうか?
この世界で一番多く見かけるの金髪碧眼の女性です。
「はぁ、はぁ……な、何やってるんですかあなたたちは~~っ!?」
「「「シ、シスター。大丈夫?」」」
「だ――大丈夫なわけ、ないじゃないですか~~~~!!」
荒い息をしながら、肩を上下に揺らす女性は自分を見つめる孤児達へと怒鳴りつけました。
まあ、普通にこれが当たり前の態度だと思いますよ。だって、貴族に食べ物を貰ったと突然現れたら……ねぇ?
これで「でかした!」なんて喜ぶ人だったら最悪だと思いましたが、常識はあるようですね。……とりあえず、話し掛けましょうか。
「それくらいにしておいてあげてください」
「だから、もうそんな恥ずかしい行為は――って、え? き、貴族様……ですか?」
わたくしが声を掛けると、シスターはこちらをギギギといった感じに振り返って来ました。
どうやらわたくしがいる事に気づいていなかったようですね。
「はい、初めまして。ハッズ王国の貴族のパナセア・S・フロルフォーゴと申します」
「は、はひっ! わ、わた、わたしは、シスと申しますです!」
わたくしが挨拶をすると、シスターシスも慌てながら頭を下げました。
場慣れはしていない……みたいですね。
「シスさん、ですね。よろしくお願いします」
「はひっ!! あ、あの、ところで……貴族さ……パナセア、様はこのような場所に何をしに……」
恐る恐るシスターシスはわたくしを見ながら、自分でも認めているくらいのおんぼろ孤児院に何をしたのか尋ねてきます。
なのでありのまま答えて上げましょう。
「はい、ちょっとそこの孤児達に……というよりもこの子達を煽っていた裏切り者に食べ物を要求されましてね」
「っ!? う、裏切り……ですか? あれ、そういえばベギダは何処に……」
「ああ、彼はベギダという名前だったのですね。彼が聖女さまと繋がって、孤児の評判を悪くする行為を行っていたんですよ。それを追求したら逃げて行きました」
「そ、そんな……。人に食べ物を寄越せというのはダメだと言い聞かせてたのに全然食べ物を強請る行為を止めてくれなくて、ある日突然自分が聖女だと言い始めて孤児院を抜け出して、未来の聖女として教会に住む事になったアージョが地面に投げ捨てた食べ物を悦んで四つん這いになりながら食べる事を行っていたあのベギダが……」
「え、それ普通に危ない子だったのでは?」
わたくしは一回しか見ていませんでしたが、あれを毎度毎度やってたのですか? それは孤児への印象も最悪になるじゃないですか。しかも、これが当たり前って思うでしょうし……。
まあ、孤児達が馬鹿な真似をする可能性はこれで減ったと考えれば良いですよね?
「とりあえず、そのペギダくんはもう帰ってこない。もしくは貴方がたに害意を向けるかも知れませんけど、今は放って置きましょう」
「え、その……大丈夫、なんですか? 子供が一人ですし……」
「大丈夫だと思いますよ? だって、落ちてた物も食べれるほどの子なんですし。それよりも今後のビジネスの話をしたいので中に入っても良いでしょうか?」
心配そうに言うシスターシスにわたくしはそう言うと、彼女は良く分かっていない(まったく説明をしていない為)様子でキョトンとしていました。
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「も、申し訳ありません……。このような場所で……」
ギシギシと軋む椅子に座ると、怯えるようにシスターシスが頭を下げます。
とりあえず、緊張なのか萎縮なのか……萎縮ですね。萎縮していては話しになりません。
なので、カエデとレヴィアへと指示を出します。
「カエデ、買って来た食べ物をそちらのテーブルへと置いてください。レヴィアもおねがいしますね」
「かしこまりました。お嬢様」
「あるじ、わかったよー♪」
頷いた二人は持っていた食べ物を入れていた袋を置きました。
孤児達の視線が一斉にそちらに向きます。……あと、気づきましたが乞食まがいな事をしている孤児達よりも幼い子もいるのですね。
突然現れたわたくし達と、机に置かれた食べ物が入れられた袋をチラチラと見ています。
とりあえずは、食べさせて上げましょうか。
「貴方達、それらを食べて良いですよ。ただしちゃんと行き渡らせてください」
「「「わ、わかりました! お前達、久しぶりに肉だぞっ!!」」」
案内役だった三人が返事を返すと、袋から食べ物を取って駆けて行きました。
しばらくすると子供の喜ぶ声が聞こえましたので、久しぶりだった事が分かりますね。
「その、ありがとうございます……。最近は食べる物も少なくて、買おうにもお金も無く……」
感謝と申し訳なさを感じさせる表情でシスターシスがわたくしへと頭を下げます。
かなり彼女は苦労をしているようですね。……まあ、女手一人でかなりの孤児達を養おうとしているようですから。
「いえ、気にしないでください。それよりも色々と聞きたいし提案したい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい……。その、わたしが言える事は……あまりないと、思いますが……?」
「大丈夫です。言える事、知っている事だけで十分です。ただし、教会のお偉いさん達にそう言うように指示されていたとか、言わないようにと頼まれたからと虚偽はしないようお願いしますね?」
自身なさげに言うシスターシスを見ると彼女は怯えつつも頷きます。
まあ、目の前の女性はかなり優しい人柄なのでしょうから、嘘は付かないでしょうね。
では……。
「まず初めに提案から行います。簡単な物を持ったり、呼び込みを行う事が出来る孤児達に屋台での手伝いを行ってもらおうと思います」
「え? 屋台、ですか? ですが、彼らが頷いてくれるのですか? それに、あの子達もちゃんと働けるか……」
「屋台の方達には、重役とお話を行う予定です。それに、働ける者は簡単な事でも良いので働かせたほうが今後の為にも良いと思いますよ?」
不安そうにするシスターシスへと言うと、彼女はますます顔を曇らせます。
多分、彼女は彼らのお世話は自分でやらないといけないと思っている女性なのでしょうね。
「シスター、人間働く事を知らないと……いえ、何をしなければ分からない時ほど他人の影響を受け易いのですよ」
「あの……、それは?」
「先ほども言いましたが、例のペギダくんが主体になってわたくしのような貴族、または冒険者に食べ物を強請る事を行っていましたから……それが当たり前だと思うようになって行きます。そして、聖女さまが投げ捨てた食べ物も何名かは彼と同じように地べたを這って食べようとしていました」
「そんな……。わたしが、あの子達に美味しい物を食べさせる事が出来なかったから……」
わたくしの言葉に、シスターシスは顔を青ざめさせます。
どうやら外に出ていた孤児達は恥ずかしいけれども、孤児達が物見遊山で屋台に現れた貴族や羽振りが良い冒険者に強請っていたという事は知っていたけれども、そこまで酷かったとは思っていなかったようですね。
「別にシスターのせいではないと思いますよ。それに、ペギダくん主導で行われていたとしても……それを指示するようにしたのは多分聖女さまでしょうし」
「アージョ……あの子はなんで何時も何時も……」
落ち込んでるシスターシスを励ますように言ってから、元凶を口にしましたが……彼女は頭を抱えて、呻くように彼女の名前を呟きます。
あ、これは……聖女になる以前にも問題を起こしていますね。あの子は……。
「とりあえずは提案は屋台の代表を交えて話をする事にして、今度は色々と聞かせていただきますね。……アージョさん、それと――セージョさんの事を」
「っ!? え、あの……それは……」
わたくしが彼女達の名前を言った瞬間、シスターシスは顔を上げ……言い辛そうにわたくしを見ました。
まあ、彼女達の事情はある程度ですが彼から聞いているので理解出来ますが、現実は物語とは違うでしょうし……わたくしは聞きたいのですよ。
そう思いながら、ちらちらとわたくしを見るシスターシスを見ていました。




