第八話 悪役令嬢、聖女を目撃する。
炭を持ってきた少年達が焼き魚を食べているのをウオお爺さんは見ておりましたが、わたくしは話し掛けます。
「さて、ウオお爺さん。ちょっと話し合いをいたしましょうか」
「ふむ、どうしたんじゃお嬢さん?」
何を言うのか、それを理解しているのが瞳の奥の眼光で理解出来るので回りくどいほう方は止めておきましょう。
なので普通に斬り込んで行きますか。
「どうですか? 普通に毎日入り浸れて、物乞いをさせるよりも便利な使い方でしょう?」
「面白いやり方じゃのう。普通、屋台の手伝いをさせるのはちゃんと家族が居る者に任せるのが当たり前じゃったからなあ」
「そうでしょうね。ですが、孤児だとしても身元がはっきりしている場合は雇うべきだと思いますよ? 彼らも犬猫といった獣ではなく、きちんと考える事が出来る人間なのですから。……まあ、度を越えすぎた場合はそれ相応の罰を与えないといけませんけどね」
「それはそうじゃろうな。悪い事をしたら罰する。良い事をすれば見合う対価を払うのが商人としての当たり前の行為じゃ」
良い言葉ですね。流石は年季の入った商売人です。
同時に信用出来ると判断しながら、わたくしは肉串屋台の店主に言った事をウオお爺さんにも再度語り始めます。
物乞いをさせるよりも、働かせたほうがどれだけ良いのかという説明を重点的に語って行くと……ウオお爺さんは頷きつつも眉を寄せ始めました。
これは、乗り気だけれど……何か問題があるといった感じでしょうか?
「以上がわたくしが考えている事なのですが……、何か問題があるみたいですね?」
「……良くわかっておるのう。現在の問題はいくつかあるが、最大の問題は……町の者達や冒険者が孤児に対して良い感情を抱いていないというものじゃ」
「ええ、良い感情を持っていたならば、町の者達が如何にかすると言う考えを起こすと思います。ですが、まったくされていない……いえ、それどころか関わらないようにしているという風に見られますね」
「その原因であり、問題の二つ目じゃ……。ちょっと耳を貸せぃ」
わたくしの言葉にウオお爺さんは頷き、わたくしに近付くように手招きをします。
……どうやら周りには聞かれたくない話、という事でしょう。
「分かりました」
頷き、わたくしは顔をウオお爺さんに近づけます。
そんなわたくしの行動にカエデは顔を顰めますが、害意が無いので問題ありません。
「それで……問題の二つ目は何なのですか?」
「うむ、実はのう……この町には聖女に目覚めた者がおるんじゃ」
「聖女、ですか? それはどういう存在なのでしょう?」
ウオお爺さんの言葉を反芻するようにポツリと呟きながら周囲を見ますと、セージョさんが聞こえていたようでまるで何かに怯えるようにガクガクと震え出すのが見えました。
何かあるのでしょうね。そう思いながらウオお爺さんの話を聞いていると、聖女とはこういう存在だったようです。
ある日突然、神のお告げを聞いたという少女が、教会のお偉いさん達の前で代々聖女のみが知っているという言葉を口にしたという事です。
少女はまだ幼いため、聖痕と呼ばれる聖女のみに浮かぶという痣はまだ浮かんではいないらしいです。
けれど今の年齢から6年ほど経って、14~16歳になれば彼女には必ずそれが浮かぶと教会のお偉いさん達は信じているという事でした。
「なるほど……、つまりはその聖女様が孤児に対して良い感情を抱かせないようにしているという事でしょうか?」
「まあ、具体的にいうとそうじゃな……。その理由は――おっと、あれを見たら分かるじゃろう」
わたくしの問い掛けに頷くウオお爺さんでしたが、向こうを指差し視線を誘導させます。
それに従って、そちらを見ると……白い装束に身を包んだ神官や騎士に囲まれながら、笑みを絶やさない少女が歩いている……いえ、正確にいうと何かに担がれている少女が居ました。
年齢は8か9ぐらいですね、そして髪は纏めて長めの白い帽子の中に収めているようですが黒髪のようです。身長は……小柄ですね。一番身長が近い人物はそこにいるセージョさんでしょうか。
顔の方は……幼い顔立ちなのですが、自分は上の存在だと言わんばかりに何処か人を見下すような印象を出していて、紫色の瞳はツリ目となっているのもそう思わせる原因でしょう。
「あの子が件の聖女さま、ですか」
「そうじゃ、あの方が聖女となる運命を持つ少女のアージョ様じゃよ」
……なんというかよく似た名前、ですね。そう思いながら縮こまっているセージョさんを見ますが、自分は此処には居ないという印象を出しながら屋台の陰に隠れています。
これは何かありますね。そう思ってると、聖女さまを乗せた台がこちらへと近づいてくるのに気づきました。
「あらあら、皆さん。今日は何名かは食べ物を貰えたみたいですねぇ」
「聖女様! どうか俺達に食べ物をください! こいつらだけしか貰っていなくて、俺達は何も食べていないんです!!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらも、慈愛に満ちた表情モドキを浮かべた聖女さまはわたくし達へと……いえ、どちらかというと孤児達のほうへと近づきます。
そんな彼女へと、わたくしに突っかかって来ていた少年が土下座をする勢いで食べ物を恵んで欲しいと頼んでいます。
……どうやらこの少年は腰巾着なのでしょうね。もしくはサクラ。
「そうなのですか? あなた達、食べ物を買ってきなさい」
「「はっ!」」
聖女さまの命令に従って、彼らは急いで屋台から食べ物を買って行きます。
そしてそこにいる数人の子供達分の食べ物が聖女さまへと渡されると……彼女はそれを地面へと捨てました。
折角買った食べ物に砂や泥が付着しましたが、買って来た者も売った者も何も言いませんね……。いえ、売った物は舌打ちを小さくしています。
「さあ、アタシからの施しですよ。ほら、はやく地べたにしゃがんで食べなさい」
「ありがとうございます! おい、お前らも食べろよ!!」
大声で礼を言いながら、少年は地面に落ちたそれを無様に食べ始める。
……あ、この少年はプライドはあるように見えてまったくありませんでしたか。
そう思っていると少年に続いて何名かは地面にしゃがんでそれを食べ始めました。
なんというか見るに耐えませんね。ですが、それ以外は働く事が出来るかも知れないと理解しているのかしゃがもうとはせずにチラチラとわたくしを見ます。
「どうかしました? はやく食べないと無くなってしまいますよ? 特にそこで隠れている貴女はワンと鳴いたら、アタシ手ずから食べさせて上げますよ?」
「あ……そ、の…………」
地面に這いつくばって食べる彼らを愉悦の表情で見てから、ちらりと聖女さまは彼らの中に隠れているセージョさんを指名するように言います。
ですが、彼女は嫌だったのでしょう。どもりながら何も言えていません。
「ほら、はやくしてくださいよぉ。アタシだってこんな所に居る暇なんてないんですか……ら…………は?」
不意に視線を感じそちらを見ると聖女さまはわたくしを見ていました。
ですが視線から感じる感情は、先ほどの周囲を馬鹿にするようなものではなく、まるで幽霊でも見たとでもいうような恐怖を感じさせるものです。
わたくし、何かしましたか?
「え、うそ……? え、なんで、なんでいるわけ? この世界は『ドキ★キン』じゃないのよ? それなのに、なんで『ドキ★キン』のライバルポジのパナセアが……え?」
「あら、わたくしの事を知っていますの?」
まるでわたくしを知っているような口ぶりに訊ねると、聖女さまはビクリと体を震わせます。
同時に彼女の口から呟かれた『ドキ★キン』という名称、これは確か彼が言っていましたね……なるほど、そういう事ですか。
わたくしは彼女が何者であるかを理解しました。そして現状、孤児達がどうしてこんな扱いを受けているのかも。
いえ、どちらかというと孤児は巻き添えですね。たった一人を狙っている為の。
「あ、ああーーっ! も、もうすぐ礼拝の時間が来ちゃうわ!! ほ、ほら、早く戻りなさい!!」
「「か、かしこまりました!!」」
そう思っていると、まるでワザとらしく聖女さまは台を運ぶ者達に命令すると、この場を逃げるように後にしていきました。
そんな彼女を周囲はポカンとした表情で見つめています。
「逃げましたか……。ですが、初めの停泊地から色々と面白い事に遭遇しましたね」
クスリと笑みを浮かべつつ、わたくしは地べたで這いつくばる少年達を見ながら少し威圧を込めて口を開きます。
「さて、貴方達……。意地汚く地面に捨てられた物を食べようとするのではありません。貴方達は人間なのですからね? この様な行為は犬猫の動物がするものです」
「うっ、うるせーっ! 食べれたらそれで――ひぃっ!!」
わたくしの言葉に反論するように、一番最初に聖女さまに胡麻を擦っていた腰巾着が突っかかってきます。
ですから、貴方には興味が無いと言わんばかりに見下ろすと突然ガクガクと震え出しました。地べたに落ちた物を食べたからですね。
「貴方には言っていません。わたくしは貴方の真似をしている彼らに言っているのです。聖女さまに従ってちゃんとお零れを貰っている貴方と違って、彼らは何も知りませんからね」
「「「っっ!?」」」
わたくしの言葉に孤児達が腰巾着くんを一斉に驚いた表情で見ます。
見られた腰巾着くんはビクッと体を跳ねさせましたが、なんとか笑みを作ろうとしながら彼らを見ます。
「な、何言ってるんだよ……? お、俺が何をしたっていうんだ! お前達も何で信じてるんだよ! 出会ったばかりの貴族様だぞ! 騙してるかも知れないじゃないか!!」
「汚れている。というのは全員同じです。ですが貴方の体付きは他の子達と違ってちゃんと食べているのが分かる位にしっかりしています」
言いながら他の孤児達を見ますが、彼らはあまり良い物を食べていないからか……肋骨が浮いています。ですが、彼だけはちゃんと食べているのがわかるほどに腹周りに肉が着いていました。
その事を指摘すると、腰巾着くんは震えながらも必死に立ち上がると……。
「し、知らねぇ! 俺は、俺は知らないからな!! お前らなんて聖女さまの裁きを受けたら良いんだっ!!」
「あ……」
叫びながら、彼は何処かへと走り去って行きました。……もしかすると教会関係者と接触しに行ったのかも知れません。まあ、良いですけどね。
そしてそんな彼を心配そうにセージョさんが見ていましたが、きっと臆病だけれど誰にでも優しいのでしょう。
「さて、わたくしもちょっと挨拶に行きましょうか。カエデ、周囲の屋台で食べれそうな物を20人分ほど用意して貰えないかしら?」
「かしこまりました。お嬢様。それでは行って参ります」
わたくしの指示に従い、カエデは周囲の屋台を周り始める為に移動を始めます。
孤児達を見ると、屋台を周るカエデを若干戸惑いと期待の表情で見るのが見えますね。
「貴方達、わたくしを孤児院に案内して貰えるかしら?」
「え、あの……え?」
「案内の報酬はカエデに買ってきてもらっている屋台の食べ物で、案内を行う貴方達への正統な報酬です。どうですか?」
「「「かしこまりました、貴族様!」」」
突然の事で戸惑ったのかセージョさんは口篭ります。ですが、他の子達はこのチャンスを逃してたまるかと考えたのか、一斉に頷きます。
そんな彼らの返事を見てから、わたくしはウオお爺さんを見ます。
「ウオお爺さん、わたくしは一週間の間だけ此処にいます。ですが、その間に良い話が出来ると確信していますので、孤児達を働かせる体制を創っていきましょう」
「お嬢さん、たった一週間で今まで出来なかった事が出来るとはわしには到底思えんのじゃが……」
心配するようにウオお爺さんがわたくしを見ますが、わたくしは自信に満ちた笑みを浮かべてお爺さんを見ます。
「大丈夫、出来ますよ。それに……この一週間でこの子達を取り巻く環境が色々と変わると思いますしね」
確信している一言、その言葉にウオお爺さんは首を傾げていました。
それにしても、『ドキ★キン』という名前を久しぶりに聞きましたね。
確か、彼が言うには……てれびという道具を使ったゲームで創られた作品らしいですね。
おとめげー、でしたっけ? 一人の女性に男達が群がる、ハーレムを楽しむゲームだとか。
……そういえば、そのゲームの主役と言われていた彼女は元気にしているでしょうか。
そう思いながら、わたくしはほんのちょっぴりだけ母国がどうなっているかが気になってしまいました。




