プロローグ・1
アルファポリスで連載していますが、小説家になろう。にも上げておきます。
最新話までは一日ずつ上げていきます。
その日、わたくしは目の前に立っているハッズ王国の第三王子であり認めたくないながらも王様によって決められた婚約者であるるムフェル・F・ハッズ様が主催した令息令嬢の為の夜会にて断罪されておりました。
ムフェル様と彼の愉快な仲間達、それと彼をトップに据えた名立たる貴族の派閥に所属している令息令嬢、そして馬鹿王子様の隣には彼が今現在最も愛している女性であるシェーン・メニーナ嬢が居る中で、彼はわたくしを忌々しそうに睨みつけられております。
「パナセア、貴様が地味な外見だけではなく、心までも最低な女だとは俺も思ってもみなかった……」
「そうですか。でしたらわたくしからはこう返させて頂きましょう、殿下――貴方様がここまで愚かだったとはわたくしにとっては予想外でしたわ」
馬鹿王子様……失礼、ムフェル様に睨み付けられながら、わたくしは誰が見てもギチギチに締め付ける様に縛りつけて三つ編みにした金色の髪を揺らしながら首を振ります。
首を振る度に固定された髪はブンブンと揺れていき、少し痛みを感じますね。
同時にここまでやるかと思われる程の厚化粧の顔に掛けられた瓶底のような厚さのレンズが嵌められたメガネ越しに冷たく彼らを見ながら、これ見よがしに呆れたように溜息を吐きました。
そんなわたくしの態度がどうやら反省なんてしていない所か嫌味ったらしい態度に見えたようで、ムフェル様は口元をヒクヒクッと動かしていました唖然としていたようですが……すぐに再度こちらを睨みつけてきます。
「貴様、俺を愚弄するか!?」
「していませんよ。わたくしはただ当たり前の事を言っただけですから」
「そ、そうか……、当たり前のこと……なのか?」
「はい、そうです。当たり前のことですよ?」
淡々と言うわたくしの言葉にムフェル様はなるほどと小さく呟きながら頷いておりました……が、すぐにハッとしました。
どうやら馬鹿にされてるという事に気づいたようですね?
「――って、つまり貴様は俺をバカにしていると言うことではないかっ!!」
「ああ、ようやく気づきましたか? 遅いですよ殿下?」
クイと瓶底眼鏡を直す仕草をわたくしがすると、ムフェル様から苛立ちの視線を感じました。
けれど、彼の隣に立っているシェーン様がわたくしに怯えるような仕草をした事でなんとか落ち着く事が出来たようですね。
「ま、まあいい……地味で色気もまったくない貴様との関係も今日で終わるのだからな!」
「そうですか、……ところで、わたくしはそちらの女性に何かしましたか?」
「っ! 白々しい! しらばっくれても大概にしろ!! 貴様が俺とシェーンとの仲を嫉妬し、俺に隠れて彼女を虐めていたという証拠はもう掴んでいるのだぞ!! リッチ、フォース、前へ出ろっ!!」
「「はっ!!」」
わたくしの首を傾げる仕草に対して更に苛立ちを感じているのを見ていると、ムフェル様はわたくしへと怒鳴りつけてきます。
そうカッカカッカと怒っていると、近い将来ハゲますわよ?
そんな思っていると、わたくしがシェーン嬢に対して行っていたという非道の証拠を持って、ムフェル様の背後から二人の男性が姿を現しました。
彼らはムフェル様が自身の右腕と左腕を呼んで頼りにしている二人ですね。
紹介をすると……集めた証拠を持って歩いてきたのが不肖このわたくしと血が繋がっている筋肉で体の隅々が作られているであろう|フォース・P・フロルフォーゴ《お馬鹿なお兄様》で、その隣に並び立ってありもしないわたくしの罪を読み上げ始める陰険そうなメガネを掛けてインテリぶっている気障な青年がリッチ・R・アシールです。
「フロルフォーゴ嬢、我々が掴んだ公爵家の令嬢である貴女が殿下の寵愛を受けている未来の王妃であるシェーン様を虐めた証拠は以下の通りです!
ひとつ、シェーン様が愛する殿下の下に向かう為に城内を移動していた所を貴女が邪魔する為に、道を塞いだという事!
ひとつ、シェーン様の愛する殿下の為にと自らの手で作った愛情たっぷりの料理を、貴女は皿ごと手に取ると問答無用で窓から投げ捨てたという事!
ひとつ、シェーン様が行おうとしていた仕事の邪魔を貴女は実家の者を使って、徹底的に邪魔をしたという事!
他にもまだまだありますよ!!」
等々と言って次々と出るわ出るわと、よくもまあ集めましたねと呆れる程のわたくしがシェーン嬢を虐めていたという(自称)証拠。
ん~……あれって、普通に苛めでしたか?
そう思っているとリッチ様の語る苛めの事実を聞いていたシェーン嬢は苛められていた時の事を思い出したと言う風に怯えるようにムフェル様の腕に中へと潜り込みます。
ですが、その口元が勝機を見出しているとでもいう風に笑っているように見えるのは気のせいでしょうか?
そんなシェーン嬢の様子に周りは気づいていないのか、周囲の(王子派閥の)令息令嬢達からはわたくしへと批難の視線が向けられています。
そしてムフェル様は悲しむ彼女を慰めるべく背中を優しくポンポンとしています、その一歩離れた位置からお兄様がわたくしを今にも殴りかからんとばかりに睨みつけており、リッチ様はまるで汚らしいゴミを見るかのような視線でわたくしを見てます。
云われもない罪でここまでされると……少し不愉快ですね。
「落ち着けシェーン。リッチ、もう十分だ。さあ、パナセア。何か言い分はあるか?」
「……特に無いですね。わたくしは貴族として、婚約者として当たり前の事をしただけですから」
「そうか……、反省の余地は無いようだな! ならば今この時を以って我が名において宣言する!! パナセア・S・フロルフォーゴ公爵令嬢とムフェル・F・ハッズ第三王子の婚約は解消する!! 更に俺は隣に立つシェーン・メニーナを将来の王妃として婚約を宣言する!!」
そう言いながらムフェル様は自分が格好良いと思っているのか、シェーン様の腰へと手を回しながら、逆の手でわたくしを指差しながら言います。
直後、『『おおおおっ!!』』と周囲に立つ令息令嬢達から興奮染みた声が上がりました。
当たり前ですね、彼らにとっては目の前の華やかさがまったくない上に殿下の寵愛を受けている女性を苛める意地悪な女……それも対立している派閥の中で上層に君臨している人物が断罪された瞬間なのですから。
けれど一部の夜会に呼ばれた令息令嬢達……まあ、わたくしの派閥に親が所属している令息令嬢達は顔を青ざめさせているけれど、彼らはそれに気づきません。
では、わたくしももう一押ししておいて上げましょう。国の混乱の幕開けの為に!
これから起こる出来事に内心ワクワクしながら、わたくしは口を開きます。
「そうですか、分かりました。でしたら、わたくしは殿下に捨てられたので、傷ついた心を癒す為に傷心旅行として……この国を出て、しばらくは諸国を漫遊しようと思うのですが宜しいでしょうか?」
「諸国漫遊だと? ……ふん、俺と離れたくないとか言って泣き喚くと思ったのだが、つまらん。だがまあ良いだろう、本来ならば未来の王妃であるシェーンを甚振った罪で貴様は問答無用に修道院へと入れさせたり、平民落ちなどにするのが当たり前だろうが、これで貴様を見なくなるのならば何処へなりとも出て行くがいい!!」
「……ありがとうございます、殿下の配慮に感謝いたします」
ムフェル様へと礼を言って頭を下げてから、わたくしは再びゆっくりと顔を上げてから……周囲に響き渡るようにパンと手を叩きました。
会場内に乾いた音が鳴り響き、わたくしへと令息令嬢達の視線が集中するのを感じました。渦中の人物なのだから視線がいくのは当たり前ですよね?
では……。
「さあさあ、お立会いの皆様。フロルフォーゴ公爵家の一人娘であるわたくし、パナセア・S・フロルフォーゴは殿下に婚約破棄をされてしまいました。ですので傷ついた心を癒す為に傷心旅行に出かけます。
今現在この夜会に参加された名立たる令息令嬢である皆様は殿下の名前の下にわたくしが婚約破棄をされた瞬間を見て傷心旅行に旅立つ事を殿下に許されたのを見た証人です。
そんな事は言ってないし聞いてもいないとは言わせません! この言葉を聞いた皆様は家へと帰ったら意気揚々とお父上お母上へと告げると良いでしょう?! 『パナセア・S・フロルフォーゴが殿下によって婚約破棄をされて国を出た』と! きっと笑って喜んでくださいますよ!?」
突然どうしたのかと驚きながら、令息令嬢達の視線がわたくしへと向けられますが……すぐに頭がおかしくなったのだろうと結論付けた視線が多く感じられました。
ですが、その演劇めいた言葉に反応したのか令息令嬢達にはきっと『パナセア・S・フロルフォーゴは殿下によって婚約破棄をされた。そして傷心旅行に出かける為に国を出る』ということが刻み込まれた事でしょう。その出来事を嬉々として親へと語る彼らの姿とそれを聞いた親達の表情が目に浮かぶようですね。
周囲を確認し、わたくしは眼鏡を静かに光らせ満足そうに小さく頷き、気づかれないように口の端を歪めます。
「よろしい、刻み込んだみたいですね? ――それでは皆様、ごきげんよう。そして……頑張ってくださいね」
そう言うとわたくしは、地味で貧相でけばけばしい見た目と違った優雅なカーテシーをしてから夜会の会場を後にしました。
しばらく唖然とわたくしが去って行った為に開け放たれた会場の扉を令息令嬢達は見ていたのでしょう、ですが一拍置いてからの行動は派閥ごとに分かり易かったみたいです。
王子の派閥はムフェル様とその恋人であるシェーン様の婚約を祝福する様に騒ぎ出し、同時に彼女を影で虐めていたというわたくしを悪役令嬢と呼んで社交界から完全に追い出したムフェル様を褒め称えているのでしょう。祝福の声がここまで聞こえますよ?
会場から離れた廊下を歩くわたくしに耳に届くほどの声を聞いていると、背後から走ってくる音が聞こえます。
ある程度の速度で歩いているわたくしを追い抜いている事に気づかない、もしくは気づいたとしても何とも言えない表情を一瞬だけ向けてくる令息令嬢達がいますね。
彼らは親がわたくしを支持している派閥の令息令嬢達ですね。彼らは急いで自分達の家へと帰る為に正面入口へと向かい、そこから馬車へと乗って会場から足早に去って行くのでしょう。あ、一番最初に出て行った方の馬車が走っていくのが見えますね。
近くの窓から覗く景色を見ながら、わたくしは歩いていきます。
すると彼らがまるで逃げ帰って行くように見えたのか、会場のほうから殿下を支持する派閥の令息令嬢達が馬鹿にしている声が聞こえます。
何というか酷いですね。
窓のほうから逃げていくように帰宅する彼らを馬鹿にする視線を送っているであろう彼らの事を考えながら、わたくしは正面から帰る彼らとは違う方向の廊下を進んで行きます。
何故なら、今まさにあの馬鹿どものせいでこの国は国家滅亡という崩壊への鐘が鳴り響いてしまったのです。
ですからそれを知らせる為に、わたくしは動かないと行けないけません。彼らに面倒を掛けてしまう片棒を担いでしまったのですから……。
そう思いながら、もう一度窓から外を眺めて駆け出していく馬車を見ます。
「皆様、頑張ってくださいね」
ぽつり、と誰にも聞こえないように呟きながらわたくしは廊下を歩いていきました。
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急いで逃げ帰って行くパナセアを支持する家の令息令嬢が帰っていくのを嘲笑う王子派の令息令嬢達。
しかし、そんな彼らの様子などもう既に目にも入らない者達が居た。
というか絶賛素敵な二人の世界を構築中の二人がそこには居た。
「ああ、ありがとうございますムフェル様……! わたしの為に、あのような辛い決断を!!」
「良いのだシェーン、君が笑顔で居てくれるなら俺は何だってしようではないか。それに君は俺に真実の愛を教えてくれたのだから!!」
「ムフェル様……、わたし……嬉しいです!」
そんな二人の世界をつくるムフェル達を祝福でもするように、王都の空へと真っ赤な真っ赤な花火が幾つもバンバンと打ち上がった。
赤々と空を輝かせる花火を指差しながら、ムフェルはシェーンを抱き寄せ……彼女へと甘い声を囁く。
「ごらん、シェーン。まるで夜空を彩る真っ赤な花火は俺達の門出をまるで祝福してくれているようじゃないか!」
「はい、ムフェル様!! 空一面に綺麗で真っ赤な花がいっぱいです!!」
そんな二人を見ながら、ムフェルと主従関係にある男達(別名、シェーンファンクラブ)は満足そうにうんうんと頷いていた。
けれど、そんな中でファンクラブ会員のひとりであるリッチが首を傾げる。
(あれ? そういえば、自分達は花火なんて用意していただろうか……。まあ、シェーン様が喜んでるから良いか!)
と浮かんだ疑問は問題ないものだと考えて、これからの幸せになるだろう日々を思うのだった。