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火属性悪魔育成日記  作者:
運命の日
3/44

炎の悪魔

「まさか……箱の中から一緒に……?」

「そうだな、蓋が開いたことで目が覚めたらしい」


 老翁の神官──イーノは簡単な自己紹介と共に、床へと降り立った。やはりその足元は、目を凝らさなければ輪郭が見つけられない程に薄れている。

 彼は火の玉の前に手をかざして振り、動きがないことを認めると三人を向いた。


「全く、大変なことをしてくれたものだ」


 腕を組んだ仏頂面。彼が不確かな存在だということを感じさせない迫力があった。当時を乗り越え、その恐ろしさを目にし、共に眠りについてしまった彼の神官。事の重大さと絶望は、ここに立つ誰よりも強く感じていることだろう。


「じゃあそいつは……」

「ふん、理解しているなら話が早い」


 指を差す形もままならないクレスが火の玉を指したことに、イーノは面倒が省けたと、再びベッド枠に腰を下ろした。


「これは、ここら一帯を破壊し尽くした火の属性を持つ悪魔。大災厄なり炎の悪魔とも呼んだがな」

「これが最初の大きさってことになるのか?」

「いいや、元は小さな精霊くらいの大きさだ」


 こんな火の玉よりも更に小さな存在だったものが、かつてこの地を焼いた。大災厄と呼ぶ規模であるのだから、山火事が襲い掛かってくるようなものか。それをこの大きさに留め封印し、長き時に安寧を与えてきた。しかし、再び世に出てきてしまった災厄の炎。

 クロウブはそうか、と顎に手を添えた。


「だが今のこれは……長年封じられて力が衰えたこともあるだろうが、まだ解き放たれたことに気づいていない」

「外に出てるくせに馬鹿なのか、こいつ」


 クレスは火の玉に顔を近づけると、左右と一歩ずつ見回した。封印が解かれたことに気がついていないからこそ、それは姿を現していながら動かないのだろう。

 イーノは一人、溜め息を吐いて考える姿勢を取った。


「この私が固く閉じた封印をまさか、こんな餓鬼に一蹴りで開けられてしまうとは……時と共に封印も劣化するのか或いは……」

「何だよジジイ……」


 意味ありげな視線を投げかけられたクレスは、眉を寄せイーノを睨む。しかし、彼は軽くかぶりを振って、肩から力を抜いた。


「何がどうあれ、お前たちにはこれを封じ直してもらうぞ」


 文句は言わせない、さも当然のように宣言してみせたイーノに対し、三人はその言葉の意味を理解するのにたっぷりと時間を使った。硬直し、顔を見合わせ、彼をもう一度見るや否や。


「はぁ!? できるわけねぇだろクソジジイ!」

「だって失敗したらこれ……」

「こんなのからっきしだぞ……」


 怒りから、絶望から、口々に感情が零れ出す。最早軽いパニック状態か。結末だけを急ぐとするなら到底無理な話なのは頷けることだ。

 イーノは焦る三人に落ち着けと一言、片手を上げる。静かだがよく通る、威厳のある声に三人は向き直った。


「何もお前たちでやれとは言っていないだろう。私が指導してからだ」

「指導ってまさか……」

「説明しておかねばならんこともある。一度広間へ行くぞ」


 それと、と三人の間を抜けていったイーノが振り返った。持ち上げられる手、人差し指が指しているものに、嫌な予感しかしない。


「それを持ってこい。箱と一緒に」

「言うと思った! あークソッ、すぐに封印してやる……」


 押しつけることなく、クレスは率先して箱の前に立った。こんな事態に陥ってしまった責任を感じているようで、覚悟を決めたらしく箱の側面に手をかける。


「こいつまだ寝てるんだよな? この中に入れて持ち運べるんだよな?」

「た、多分?」

「多分かぁ~……」


 力の入っていた手から、全身まで流れるように力が抜ける。この場合、正直なのは悪いことではないが、クレスとしては大丈夫だと念押しして欲しかったに違いない。そのあまりにもがっかりした様子に、フェイネは謝るしかなかった。

 クレスはよく深呼吸をし、再び箱にかけた手に力を入れる。できるだけ真上に浮かぶ火の玉に、どこも触れないように、ゆっくりゆっくりと持ち上げていく。


「お、おぉ……入った、すっぽり……」

「蓋はどうする、開けたままにしておくか?」

「閉めるだろ! ていうか閉めてくれ!」


 ちょっとした達成感。火の玉は箱に入れられても尚、変わらず燃え続けるばかりであり、クレスが動けないと見たクロウブは、落ちたままの蓋を拾い上げ、上手くはまる位置に乗せた。


「動いてもすり抜けてこねぇな、よし」

「早くせんか、今のそれは脅威ではないだろうに……」

「下手に刺激できねぇよ……」


 やっとのことで動き始めた三人を待っていたイーノは、顰め面で腕を組んでいる。箱の中にしまわれたことで、安全だと気づいたらしいクレスは箱を抱えるように持ち、彼にげんなりした顔を向けた。イーノは仕方ないと鼻を鳴らしたが、何も言わずに部屋を出る。


「──しかし、悲しいものだな……ここまで朽ち果ててしまうとは」


 幽霊、または魂だけの存在だとしても、彼はしっかりと地を踏みしめて歩いているようだった。薄く見えづらいが、カソックの裾が足の動きに合わせて揺れているのが分かる。

 広間へ繋がる廊下を進みながら、周囲を見渡すイーノの顔は切なげに歪んでいた。彼の脳裏には、誰よりも鮮明に神殿の内部が浮かんでいることだろう。没後何年経過したのかは定かではないにしろ、悪魔を封印した箱を誰に知られることなく護り続ける中で、信仰は薄れ捨てられ、神殿もここまで風化し朽ちた。数えなくても相当の年月は経過しているはずだ。


「ほお、これはまた……」


 広間を目の前にして足が止まる。比べてそうでもない部屋や廊下から戻り、この光景を前にすれば悲惨な有り様でしかなかった。

 外への出入口とを仕切る低い塀には、入り込んだ落ち葉がこれでもかと溜まり、周りの壁や柱から剥がれ落ちた、大小様々な瓦礫が床に散らばっている。自然に荒廃していながらどこの部屋よりも痛ましい光景だ。


「フェイネー、また埃飛ばしてくれー。オレさっき倒れたんだよ」

「私たちだって走ってきたから足元すごいわ──ほら立って」


 だが既に汚れていた三人は早く休憩したいと、何も気にすることなく瓦礫の間を縫い、乱暴に消した火の跡が残る場所まで戻った。そしてフェイネの側に向き合って立ち、彼女の杖から起こる風で汚れを吹き払う。まるで数日分の疲れをこの数十分で体感してしまったようで、三人はもう動きたくないとばかりに座り込んだ。


「で、ジジイ。話って何だよ?」

「その悪魔のことだ。よく聞いてもらわねば困るんだがな」


 クレスは胡坐をかいた上、箱を肘置きにしてイーノに続きを促す。もう中身を怖がってすらいないらしい。そんな態度からして、真面目に話を聞き、覚える気があるのかと、口を開く前から気が重くなってくる。

 しかし、緊急にも近い深刻な事態。イーノは近くにあった瓦礫の上に腰を下ろした。


「まず、その悪魔は自我を取り戻しながら成長し、同時に力もつけていく」

「さっさと封印できねぇのかよ」

「それが出てくる隙を与えてはならん強力な封印だぞ。すぐに習得できるとでも思っているのか」


 開始数秒。クレスは早くもやる気をなくしたようで、箱に全体重をかけ、全力で顔を顰める。話の分からない彼に、イーノは軽い苛立ちを見せながらその楽観をたしなめた。


「長きに渡る封印だ。それにも時間がかかると見える。一応……九十日としておくか」

「九十日って余裕じゃねぇか。それまでに封印すりゃいいんだろ?」

「その期間に封印の術を完璧に身に付け、一度で成功させなければならないことは分かっているんだろうな? 失敗して真っ先に食われるのはお前たちだぞ」


 脅しでも何でもない、正真正銘の事実だった。悪魔が完全に覚醒するまでの九十日。封印の準備を完璧にするまでの九十日。

 失敗は許されない。それを考えればあまりに短く、絶望的な時間だ。最悪の場合、命はない。


「そして同時進行でもう一つ、大事なことがある」


 イーノは指を組み、口元を隠すように前かがみになる。三人は喉を鳴らした。


「その悪魔は成長すると言ったな。だからできるだけ目をかけて育ててやれ」

「はぁ? 育てるっておい……」

「勝手に大きくなるんじゃないのか……」


 馬鹿言ってんじゃねぇよ、そんな生意気な顔をしながらクレスは蓋を開け、中の様子を確認する。クロウブも遠目に覗き、変化がなかったことにイーノを向き直った。


「勝手は全ての生物と同じだ。与えたら与えた分育つ。自由に育ててもいい、とは言いたいが……私はできるだけ頼りなく育てるのを勧める」

「封印の時に負担になるものね、あまり育てすぎると」

「だからって封印するのに育てるってのもなぁ……」


 蓋を閉めたクレスは箱を抱えながら天を仰ぐ。この流れ自体に異存はないようだが、どうにも不満を拭えない様子。そこへ、ああそれと、と付け加えるイーノ。


「封印は小僧、お前に任せるぞ」

「オレ!? ていうかさっきも思ったけどジジイがやりゃあいいだろ!」

「馬鹿者、今の私は何も持っていない。指導に全てを懸けるしかないのだぞ」


 ここに在るのは、彼というただの中身。引きずられ、共に朽ちた彼の本質。鳴りを潜めた大災厄を監視するだけの、ただの無に等しい存在。

 ことごとく反論ばかりをしていたクレスも、彼の秘めるような静かな怒りを感じたらしく、押し黙った。


「見たところ、お前にはそこらの素質が備わっているようだからな」

「って言われてもそれは知らねぇよ……」

「私の強力な封印を蹴り開けておいて、随分な口を聞くんだな」


 かなり恨みがましい目だ。ここに来てようやく、彼の素が見られたような。説明という大事な話も終わりの頃なのだろう。苦労はこれからだが。


「さて、一応話を通したつもりだが、何か言うことはあるか」

「猶予は九十日。その間に悪魔は成長するから育てつつ、クレスは封印の術を仕上げる……まとめちゃうと簡単なのにね……」

「ああすまん、最後の話を忘れていた」


 イーノもまだしっかりと覚醒していないところがあったのか、ふんぞり返り腕を組んだところで、フェイネがまとめた一言、片手を上げて申し訳なさそうに目を閉じた。この時クレスは何も言わなかったが、まだ何かあるのかとうんざりした顔はしていた。


「封印は九十日後にしか行わん。悪魔が完全な力を取り戻す一歩手前で抑え込む」

「九十日滞在決定かよ!?」


 理不尽に思わずテーブルを叩くように、箱を叩いてしまったクレスは、何も起きないかと焦りを露わにする。

 だが参った、これは参った。元より三人の目的はこの先にある大都市であり、ここエンファレイムの町には、そこまでの物資を調達するだけであったのだ。長期間滞在の用意などまるでしていない。


「あー、大都市……」

「当分先だな」

「それを励みに頑張りなさいよ」


 項垂れるクレスに対し、フェイネとクロウブは他人事だ。最後の封印という大役から外れたことによる余裕からなのだろうが、二人にも悪魔を見ておくというそれなりの仕事はある。むしろ、育成は二人の手にかかっているか。


「こいつを適当に育てながら九十日後封印なんだな、こうなったら完璧にやってやる……!」

「その意気だ小僧、明日からは頼むぞ」


 クレスは拳を叩く。気合いを入れたというよりは、先のことを投げ出したような雰囲気だったが、イーノはそれでも満足したように頷いた。


「何か疲れたわ……」

「明日から大変だし寝とこうぜー」

「やることもないしな」


 完全に気が抜けた三人は、各々眠る体勢に入る。イーノも一先ず姿を消しておこうと離れた矢先、クレスが羽織ったマントに目を留めた。


「む、小僧、その羽織りは何だ? 妙な素材だな」

「そこの町の名産品なんだよ、耐火布のマント──」

「へぇ、見ただけで分かるのもすごいわね」


 フェイネはそう感心するが、クレスは答えて後悔にも似た感情を起こす。よりにもよって、火の悪魔がすぐそこにいるのだ。彼は言われる前にと、マントを腕で隠すように持ってくる。


「これは俺のだからな、それには使わせねぇぞジジイ」

「まだ何も言っとらんだろう……しかし耐火の代物とはな、いいかもしれん」


 しばし逡巡したらしいイーノは一人頷いて、寝に入った三人によく休めよと一言添え、姿を消した。未だ覚醒した様子を見せない悪魔は箱に収められたまま、三人は砂の匂いが残る床で明日からの非日常に備える。

 雨はまだ、降り続いていた。

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