第六話 ドワーフ、金に目が眩む
グラム王国 地域クエスト《ああ、幻のグリニル鋼》
受注場所:王都グラムストン 地竜広場/酒場〈金のモグラ亭〉
依頼者:〈金のモグラ亭〉の主人マクス
受注条件:マクスの好感度を一定以上上げた上で、酒に誘って吞み潰す。
もしくは、マクスから受注したプレイヤーから、受注権を譲り受ける。
このクエストを受注すると、旧グリニル鉱山の鍵を入手し、中に入れるようになる。
特定の採掘ポイントで超低確率でグリニル鋼の原料となるグリニル鋼石がドロップするようになる。
一度受注すれば、鍵を失わない限り、何度でも採取可能。
現在判明している数少ないグリニル鋼石の採取クエストの一つ。
※このクエストを受注しないと、いくら掘ってもグリニル鋼がドロップしないので注意。
「――というのが、昨日父さんが受けたクエストなんだけど。このマクスがさぁ、話しているうちに鉄鉱石のことちらちら言うようになったから、お? と思って、友達になってみようと思ったまではいいんだけどね、これが仲良くなってもなかなか一緒に呑んでくれないんだよね。色んな会話試したり時間帯変えたり条件探して、もうギャルゲーの難易度高いヒロイン攻略みたいになってたよ。その上酒豪で中々潰れないし」
「マジでどういうゲームなんだよ、これ……」
酒場のテーブルに頬杖をつき、セイヴが顔をしかめる。お行儀悪く片肘をつき、時々もう片方の手で皿に盛られたからあげをつまみ上げ、口に放り込んでいる。
セイヴ、こればっか食べてるから気に入ってるんだろう。次男の好物、シシャ鳥のからあげ。タケトン父さん覚えた。
どうやらセイヴはVRゲームの食べ物のうすーい風味が苦手ではないらしい。
逆に、ノアは最初に口を付けたっきり、飲み物すら手にしない。ダメだったんだな。
イグアスは盛られた食事をバクバク食ってドリンクもバカバカ飲んでるけど、この子はなりきりガチ勢だからなりきってるのか本当に好きなのかよく分からん。
「オレが思ってたゲームと違うんだけど……」
僕も名前決めるときにそう思ったよ。
「たしかに、思っていた以上にコミュ力を要求してくるよ、ワーブリ。でも父さんは苦手じゃない」
キリッ。
「親父はそーだろーな……」
「ゲームと見せかけてコミュニケーションスキル向上ソフトなのかもしれないぞ」
「どんなだよ」
「とーさん、よくそんな複雑な条件のクエスト見つけたね。最速攻略掲示板とかではもう有名なの?」
「さぁ。僕そういうの見ないからなぁ」
ワーブリ最速攻略掲示板。
読んで字のごとし、最速で攻略したいガチ勢が、情報交換をしているネットの掲示板である。
実際にNPCに話を聞き、時には他のプレイヤーと交渉し、情報屋から買い……最速攻略掲示板ではいままさに最前線の情報が交わされているんだろうが、僕は見ていない。
せっかく子供たちで遊ぶのに――もとい、子供たちと遊ぶのに、リアルの力を借りては面白くないかなーと。
ガチ勢でもないし。
人と同じように生活しているNPCと触れ合い、時に他のプレイヤーと協力したり交渉したりしながら、新たなクエストを地道に探していくのが、フルダイブゲームの良いところだと僕は思っている。
でもまあそれは、僕が無駄な寄り道が好きな性格かつ、NPCと喋っててもそれなりに楽しい性格のせいだろうから、しゃらくせえという気持ちも分かる。
「僕、NPCと喋るの好きでさぁ……」
「タケトンとーさんって、ちょっと変わってるよね」
「ちょっとかぁ?」
イグアスの言葉に、セイヴがいやいや、ってかんじに首を振る。
「や、ほんと久々にこういうゲームしたんだけどね。今のNPCのAIってすごいよ。昨日のうちに『明日、離れて暮らしていた息子たちをようやく王都に呼び寄せて暮らすことになったんだ~』なんて言って回ってみたんだよ。そのときはみんな無難な返答しかしてこなかったんだけど、今日は僕の顔を見るなり『やあタケトン今日はようやく息子に会えるんだっけ?』とか言い出すから、めっちゃくちゃ面白くて。だから今じゃもう積極的に話しかけまくってる。新規プレイヤーがグラムストンに来たとき、他の国家のNPCよりも人間らしい会話しまくるようになってたら、めちゃくちゃ面白いだろ?」
フフフ。タケトン先生はAIも育てちゃうのだ。
「ね、めちゃくちゃ面白いって、いま二回も言った」
「めちゃくちゃ面白いんだろ……」
イグアスとセイヴはもう屈託なく会話をしている。ほんとの兄弟みたい。
ノアは一番大人しいかな。でも会話に興味がなさそうなわけでもなく、にこにこしてるから、会話は聞き役ってかんじ。
「どうだろう、オニギール一家の決まりとして、最速攻略掲示板とか、ネットの情報は極力見ないでゲームを進めていくってのは? 家族みんなの力を合わせて」
「さーんせー」
「どっちみちオレはそんなの見方も分かんねーし」
「あ、俺ちょっともう見た……」
予習熱心なノアが申し訳なさそうに言う。
「……あ、でも、見ても意味の分からないことが多かったし、ネタバレ注意って書いてたから、見たページも本当に少しだけだけど」
「えー。もう見ちゃダメだよー?」
口を尖らせるイグアスに、頷くノア。
「うん。……でも、サービスが開始してそんなに経ってなくて、みんながそういう、クエストを探してるときですよね? 発見されてないクエストがまだまだたくさんあるって書いてあったから」
「うん。そうだね。時間限定クエストなんかもあるし。発見されないまま終わって、また新しいのが追加されたり」
ゲーム世界でも時は無情に流れる。
このグリニル鋼イベントが短期限定イベントなら、グリニル鋼石の価値は上がりまくるだろう。
サブ報酬の鉄鉱石のレア度は低めだが、その割に現状需要が高い。鉄装備は作らずとも店に並んでいるが、他にも色々な武器や装備や道具の材料になるから、決して要らない子ではない。
ダイヤモンドと水晶が一緒に取れるようなもんだ。
「父さんが見つけた、《ああ、幻のグリニル鋼》……? ってクエスト、思うんですけど」
「うん?」
「そんな難しい条件、まだ誰も発見してない可能性ってないですか……? そうまでしてマクスさんとお酒呑もうとするの、父上くらいじゃないですか……?」
「…………」
「…………」
「…………」
「ただでさえこのグラムって国、プレイヤーが少ないみたいだし。その最速攻略掲示板で、各国のプレイヤー分布図見たら、下から三番目だったし……」
僕とセイヴとイグアスはしばし沈黙し。
やがて僕はワナワナと震え出し。
ガタッと立ち上がり。
叫んだ。
「――ボ、ボロ儲けのチャンスやでぇーーーー!!!!!」
金や! 金のニオイがプンプンやっ!
「落ち着け親父!」
「しーっ! とーさん、しーっ!」
「うおおおおっ! 鉱山採掘権はワイのもんやぁ! むぐっ」
興奮しまくるドワーフ。
感情の行き場をどうしていいか分からず、その場で激しくツイストしていると、セイヴとイグアスにそこそこ乱暴に体と口を抑えられた。
「誰かに聞かれたらどうすんだよ! あと店に迷惑だろ!」
せやった。ここはプライベートルームちゃう。
他のプレイヤーも出入り出来る、大衆酒場でした。
それにしてもセイヴ……お店の迷惑を考えられる不良少年(元)……ええ子や。たぶんコンビニでちゃんと店員に「っす、トイレ借りるっす」って言ってからトイレ入るタイプと見た。
「……そーだよ、どこに最速攻略勢がいるか分からないのに」
イグアース! お前は覗き込む目が怖い!
「でも鉱山王になって巨万の富を得たら、家族で暮らせる家も買えるし、子供達に好きな装備させてやって、毎日からあげ食べさせてあげられるし、自宅に酒場作って踊り子雇って……いやこれは万葉にバレたら怖い。子供たちの前で酒池肉林なんてやったら、妹からの軽蔑の目と一本背負い怖い。万葉は柔道有段者なのだ。じゃ他には……えーと、えーと、あれ? そんなに他にすることないな……でも鉱山王の称号は欲しいな……」
「父上……それ小説で言うところの地の文だと思うんですけど、ぜんぶ声に出てます」
しまった!
ノアの声で我に返った僕は、恥ずかしさに顔を覆った。
「……すまん息子達よ、父さんを鉱山王にしておくれ……」
――ゲームの中でくらい。
このとき、僕のつぶらな瞳には$が浮かんでいたと思う。
子供達の表情は、見えなかったので知らない。
かくしてオニギール一家は一攫千金を求めて鉱山開発することになったのだった。
次回、息子達の進路(ゲーム内の職)にあれこれ口出しする父。
感想ありがとうございます! 嬉しいです。




