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第五話 父と呼ばれたくて

 ワーブリの世界を、僕は息子(設定)たちと歩く。


 ノアとセイヴはややおっかなびっくり。

 イグアスは軽やかに。


 初心者の二人も、初めてのフルダイブとは思えない。

 今やフルダイブ型VRゲームの再現性はすごい。

 頭で想像した通りの動きをゲームの中で出来てしまう。

 だからってみょーんと手足が伸びる想像をしたって出来ない。

 もちろんシステム的な問題で。


 想像は無限だけど、システムで出来ることには限界がある。

 そのへんの想像と、実際やれることの違いを、しっかり認識して感覚的に行動するっていうのが、実はけっこう難しい。


 いきなりピタッて動きが止まったりする人がいるけど、バグやフリーズではない。

 アバターの能力値以上のことをしようとしてしまった――いわゆる『キャパオーバー』をキャラにさせてしまうとそうなる。


 これは僕みたいなひと昔前のフルダイブゲームにハマっていた世代より、若いプレイヤーのほうがありがちらしい。昔のやつは出来ること今より少なかったからなぁ。


 超人的な動きを想像したとして、システムが再現出来るか。

 種族の能力値など、ステータス的条件を満たしているか。

 そのへんを把握しながら、出来る動きギリギリを見極め、最高のパフォーマンスを出来る人ってのが、トッププレイヤーなんかになるわけだ。


 そのフルダイブゲーム的動きってやつが、イグアスはすでにもうグンバツに上手い。

 ノアとセイヴも、今のところ違和感ない程度に動けている。


 若さなのか? 若さかなぁ……。


「疲れてない?」

「はい」

 僕が尋ねると、ノアが頷いた。

「勉強はしてきたんですけど、思ってたより体が思うように動きます」

「そりゃよかった」

 出会ったときは緊張していたノアが、いまは少し楽しげなのが嬉しい。

 ま、見慣れない中世風の街並みを眺めているだけでもテンション上がるよね。

 観光気分だ。


「……変な咳払いはやめたのかよ」

 セイヴがぼそっと呟いた。


 うん。やめたどころか完全に忘れていたよね。


 彼は初期装備であるコットンズボンのポケットに、手を突っ込んで、猫背で歩いている。

「おお、初めてのフルダイブゲームでヤンキー歩きを完全に再現出来ている」

「う、うるせーな……」

「ほんとだー! すげー!」

 僕がパチパチパチと手を叩くと、イグアスもパチパチパチ! と手を叩いた。

 ふん、とセイヴは横を向いてしまった。


 そうそう。脳の興奮状態によって、アバターに影響もある。

 いま、そっぽを向いたセイヴの頬が赤くなっていたように。

 緊張したら汗をかいたり、感情が昂ぶると涙が出たりもする。


 フフフ……卒業のときには全員のアバターをボロボロ泣かしてやるぞ!


 とりあえず、どこかの店に入るより、歩きながら話すほうがと三人とも言ったので、ブラブラと王都グラムストンを散策している、僕達オニギール一家。


 不人気ドワーフもなんだけど、少年のアバターもあんがい選ぶ人が少ないみたいだ。

 なもんで、けっこう僕らは変わった一団である。

 僕が子供はべらせて遊んでる悲しい大人のようでもある……。


 ま、デフォルトが青年だから、そっからいじっていじって苦労して少年をキャラメイクする人はあんまりいないのかもしれない。プレイヤー人口はやはり男性が多くを占める。ロリならすごい熱意で作り上げる人はいるだろうが。


 ちなみに声だが、デフォルトのままだと自分の声になるが、ゲームの中に用意された声優ボイスを選ぶことも出来る。みひろも選べる。

 僕はまんま、僕の声で話しているが。大塚秋男さんとか、渋い声優さんにすれば良かったかな。

 声に関しては別に指定しなかったが、彼らも自分の声じゃないかな。最近の男性声優詳しくないから分からん。


「――で、このへんが、商店区。お店がたくさんあるよ」

「いや、見りゃ分かるよ……」

 ツッコんでくれるセイヴ。

 父さんボケたいタイプだから助かるよ。


「あっちは宿場街がある。家がないうちは、身を休めるのは宿屋の部屋を借りることになるか。パーティーを組んでいる者同士で宿屋の部屋に入ると、他のプレイヤーに聞かれたくない話を遮断出来る」

「聞き耳を立てたり出来ないんですか?」

「うん。完全にシャットアウトされる。そういうシステムだからね」

 プライベートルームってやつ。


「とーさん、ボクらも家が欲しいよね!」

 ぴょんぴょん跳ねるように歩きながら、イグアスが言う。

「まだまだ、四人で暮らせる家なら、最低でも五千万バールは必要だよ。ちなみに住宅街もある」

「家も買えるんですか?」

 ノアがびっくりしたように言う。

 この手のゲームじゃ当たり前のように買えるものだと僕は思っていたが、初心者の少年は本気で驚いたように目を見開いていた。そうか。そうだよなぁ。

「えっ、俺みたいな子供でも買えるんですか? 家が?」

「もちろん。お金の前では人は自由……」

「すごい!」

 なんという初々しい反応。

 僕がワーブリ開発スタッフなら絶対嬉しくなるな。

「……オレ、うちのボロアパートしか住んだことねーから、一人部屋欲しい」

 おっ、セイヴが初めて興味を示してきた。


「じゃあ、まずはボクらの家を買うのを目標にしよう!」

 イグアスが言って、くるっとその場でバク宙返した。

「おお、すげえ」

「そんなこと出来るんだ」

 長男と次男がパチパチと拍手する。

「へへっ」と腰に手を当て、末っ子得意げ。


 うーん、微笑ましい。

 ていうか、良い子たちでは?

 タケトン・スクール開校一日目から順調では?

 実は……年頃の男の子ばっかりだから、いきなり蹴っ飛ばされて、おにぎりみたいにコロコロされないかちょっと心配だったのだ。

 そのためにレベルを上げていた部分もあるのだが……取り越し苦労だったみたいだ。

 万葉に早く報告してやりたい。

 子供たちはもはや俺の虜だって……。


「でも、この服カッコ悪いや」

 イグアスが、自分の服を見下ろし、パンパンとはたく。

 彼らが着ているのは、初期装備のコットンシリーズ。100%綿である。


「とーさんはちゃんと鎧着てて、ズルいよ。先にレベル上げてたの?」

「あ、うん。レベル5以上にならないと、生産職につけないからね」


 父さんが無職とか、君たちだって嫌だろ。


「生産職って、何かを作る職業ですよね。たしかサブ職業っていう……」

 ノアが真面目に言う。さすが勉強済み。

「先生は、何の生産職なんですか?」

「ノア、一応お父さん設定だよ!」

 イグアスチェックが入った。一応って言ったなコイツ。

 別に先生でもお父さんでも僕はどっちでも良かったのだが、末っ子が許しそうにないぜ。


「そう。お父さん設定だよ?」

 すぐノッてしまう父さん。長男の顔が強張る。

「……めっちゃ恥ずかしいんですけど……」

「なりきっていこうぜ」

 僕はカッコいい顔(ドワーフ比)をして、ノアの肩を叩いた。


「ノアのキャラだと、父上とかどう?」

 半端なく調子に乗るドワーフ。

「ち、父上ですか……」

 顔を引きつらせるノア。

「いいじゃん、父上! 言いそう! ノアは騎士っぽいもんな!」

 僕と同じなりきり勢のイグアス。


 ノアが追い詰められる様子を、セイヴはただただ引いた顔で見ている。自分に火の粉が降りかからないようにしてるな、このヤンキーめ。

 お前も絶対お父さんって呼ばせるからな。


「ち、父上……」


 かなーり恥ずかしそうに、ノアが言った。押しに弱いなこの子。

 なりきり勢もう一名増えましたー。


「それで、父上は、何の仕事をしてるんですか?」

「会社員だよ」

「え?」

 僕より厳しいかもしれないなりきり勢のイグアスが、ギラついた目で僕を睨みつけた。

 今までとはぜんぜん違う低い声にマジでビビった。日高より子風の少年ボイスがいきなり男性声優に声変わりだよ。声域広いな。


 僕は息子達の前で潔く頭を下げた。

「……今のはNGシーンです。すんません。やり直してください」


「父上……何の仕事をしてるんですか……?」

 茶番に付き合わされる押しに弱い長男。

 すかさず胸を張る父。

「鍛冶屋だ、ウォッホン」

「忘れてなかったのかよそれ……」

 仲間に加わっていないようでいてツッコミはしてくれる次男好き。

「鍛冶屋! すげードワーフっぽい!」

 きゃっきゃと喜ぶ末っ子。日高より子ボイスおかえり。さっきの低い声と獣の目怖いよ……。


 うーん、いいかんじの一家じゃないか?


「じゃあ父上は、装備とか自分で作れるんですか?」

「まあね。このアーマーとか自作だし。ドワーフだし」

「すごい! 俺たちも作れるんですか?」

 素直なノアくん可愛い。

「それはサブ職業に《鍛冶屋》を選ばないと作れない。革のアーマーとかは《裁縫師》だね。サブ職業は常に一つだけ選んで、スキルを上げていく。スキルが上がるほど、生産するものの質が上がり、数も種類も増える。転職も出来るよ。スキルレベルは1から上げることになるけど、前上げた職業のレベルは維持される」


 僕は《鍛冶屋》の他に《裁縫師》や《採掘師》のレベルもゆくゆくは上げていきたいと思っている。

 複数の職業のスキルを上げないと作れない装備なんかもあるのだ。


「ちなみに現在の僕の装備は、こんなかんじ」

 僕は、自分の装備欄を表示し、彼らに見せた。

 この装備欄は、本人以外には見ることが出来ず、他人が見ようと思ったら、本人が見せてやらないといけない。――装備欄、オープン!


「じゃじゃん!」


 頭:青銅の兜

 右手:鉄の斧

 左手:石の盾

 服:チェインメイル

 鎧:アルミンアーマー

 脚:サルマタ

 足:革ブーツ


「いやサルマタって……じいさんが履くやつだろ」

「アルミンアーマーって……まさか」

 ノアが僕の胴を見た。

 ふふ……さすがに気づかれてしまったか。

「アルミのもじりです。殴られるとすぐグニャッてなるよ」

 はい。一円玉の材料で有名ですね。

「付けてないほうがマシじゃねーか」

 呆れ顔のセイヴ。

「いやー、鉄のアーマーを自作するには、大量の鉄鉱石が必要なんだよ。正直、何かクエストをクリアしてその報酬買ったほうが早いんじゃないってレベル」

「そうすりゃいいじゃねーか」

「それを言うともう生産職の死を意味するよ?」


 そう、これが《ユーザーが選ぶ! ワーブリのやめてほしいこだわりベスト5》に絶対入ってるだろ! の一つ。

 生産品を作るのに、無駄にリアルに大量の資材を必要とする!

 生産職殺す気か。


「というわけで、父さんの装備を充実させるために、みんなで鉄鉱石を取りに行きたいんだけど、どう?」

「……なんかめちゃくちゃクズいこと言ってるぞ……」

「ボクはいいよー。ついでにレベル上げ出来るっしょ?」

「俺も慣れてないから、とりあえず先……父上の言う通りにします」


「よーし、全員一致だな!」

「してねえよ」

 いやいや、とセイヴが顔の前で手を振る。僕はその浅黒い手を取った。

「父さんの装備が充実したら、セイヴにも良い装備を買ってあげるから……」

「父さんのクセに息子優先しないのかよ……」

「ククク、ならばキサマは我を父と認めるのか? 我が子セイヴよ……」

「なっ……しまった……!」

「そうだなぁ、セイヴは親父って呼んで☆」

「そのウゼえこだわりなんなんだ……?」

「なりきっていこうよ」

 いつの間にかセイヴの背後に回り込んでいたイグアスが、ぽんと肩を叩く。その目が獣のようにギラついていた。なりきりガチ勢。


「……ボク、このゲームをみんなで死ぬほど楽しみたいんだよね」

 声低い声低い!


「な、なんだこの威圧感……」

 セイヴの頬につうと汗が落ちる。セイヴはイグアスの威圧感にガチ気圧されて、その脳波がゲームに届いている。

 なりきりライト勢となったノアは、ただただ薄笑いをしている。うんうん、仲間欲しいよね。


「同じレベルなら、イグアスのVRゲームスキルに絶対勝てないと思うよー?」

 両手でメガホンを作り、僕は投降を呼びかけるようにセイヴに言った。

 いやー、マジに、レベル先行してる僕も勝てんぞ。セイヴの背後に回り込んだときの動き、暗殺者級だよ。怖いよ。目も声も。

「経験者のイグアスには、これから君らはけっこう助けてもらうことになるだろうし、ここはイグアスの強さに免じて僕のことを親父って呼んでみたらどうだろう?」


 僕の駄目押しセリフに、セイヴはがっくりと項垂れた。


「……分かったよ。親父……」


 ここになりきりプレイ学級が爆誕した。

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