第四話 タケトンと三人の息子たち
穏やかにそよぐ風が、頬を優しく撫でていく。
ワーブリの売りの一つ、それは繊細な感覚再現だ。
実際に異世界の大地を踏みしめ、空気を吸い、風を感じているかのように。
ベッドに横たわってゲームをしているのではない、僕らはいま、たしかにこの異世界に生きているんだと思わせられる。
じゃなかったら、名前すら自由に決めさせてもらえないゲームだからな。
さて、ここはおなじみのグラム王国の王都・グラムストン。
万葉から託された子供たちと初顔合わせするため、僕が集合場所に選んだのは、王都の中心にある地竜広場だ。
王国の守護竜と言われる、ずんぐりむっくりした体がどことなく可愛い地竜・グランドグラムの巨像がシンボルで、待ち合わせには分かりやすい。
ゲームが発売したばかりなので、ここで待ち合わせしているプレイヤーをたくさん見かけたが、僕はグランドグラムの左後ろ肢を待ち合わせ場所に指定した。
なんとなくみんな前のほうに集まるかと思ったのだ。
予想通り、巨像の後ろはわりと空いていた。
そこに、いかにも人を待っているふうな三人の少年が立っていた。
彼らは全員、無事にグラム王国からスタートすることが出来たようだ。
優秀、優秀。
「初めましてみんな! よし、ちゃんと集まったね! 今日はタケトン先生と思いっきりゲームしちゃおっ☆」
自己紹介と共に、ビシッと親指を立てている僕に、三人はしばし呆然としていたが、やがて一人が口を開いた。
「タケトン先生……?」
誰かは分からないが、犬っぽい耳とふさふさ尻尾が生えた、小柄な少年だ。
種族は獣人族だな。
彼が「タケトン先生」と言ったとき、反応して視線を向けた二人の少年は、それぞれ人間と魔族だった。
おお、綺麗に種族が分かれたなぁ。
集合前、各々キャラメイクはしてもらっている。
しかし、僕から二つの条件を付けた。
一つは名前。タケトン先生が決めるってこと。
スタートの地点を同じにしたかったからね。
タケトン先生の所為でグラム王国からしかスタート出来ないこともバレたくなかった。てへぺろ。
あれからちょっと調べたところ、洋風のファミリーネームであれば、グラム王国は必ず選択肢に入ってくるようだ。
僕のファミリーネームである《オニギール》も、一応は洋風なようだ。
それともう一つ理由があって、それは世界観にどっぷり浸かった名前でやってほしいってのもある。
僕もワーブリにいつの間にか毒されているのか……。
彼らの年頃だとちょっと恥ずかしいかもしれないが、他人が付けた名前なら平気だろう。
「へぇ、この人が、山本先生のお兄さん?」
興味深そうに僕を覗き込んでくる犬耳くんに、僕は長い顎ひげを撫でながら答えた。
「そう、僕がタケトン・オニギール先生だ。ウォッホン」
貫禄を見せようと咳払いをしたことで、妙なキャラを付けしてしまった。
「まあ、みんなもっと近くに来なさい。僕たちは初めて会うからね。ウォッホン……まずは自己紹介から」
「ボクの先生ってドワーフなんだ~NPCかと思った」
犬耳くんが無邪気に言った。
やめなさいドワーフをみんなNPCだと思うのは。
他の二人も遠慮がちに近づいて来た。
人間の子は、テレビに出てくる子役みたいに顔の良い子だった。
金髪碧眼で、きちんと背筋を正した佇まいは貴族の子息って設定が似合いそう。
年齢を少し上げたらこのままRPGゲームの主人公が出来ちゃうかんじ。
魔族は浅黒い肌にくすんだ銀髪をオールバックにした少年。形の良いおでこにデモンズの証とも言える紋様が入っている。デモンズは体のどこかに紋様を入れなきゃいけない。彼の紋様は赤色のようだ。
目つきが悪くて眉間に皺が寄っているが、ヤンキー漫画が好きな僕は嫌いじゃない。
デモンズを選ぶと男女ともに目つきがちょっと悪くなるんだよね。ワーブリセンス。
いきなり人懐こそうにきた獣人族の犬耳くんは、やや癖っ毛の赤髪で、少し長めの襟足を首後ろで短くくくっていた。
目がくりくりとした童顔で、一番小柄で、細身だ。
犬っぽい耳と尻尾と、懐っこい雰囲気から柴犬を思わせる。
「ウォッホン。点呼を取るぞい」
さらに変な口調まで付けてしまった。いつまで続くだろうか。
「ノアくん。ノア・オニギール」
まさかの養子設定である。
いやぁ……ほら、無難だろ。同じオニギール姓にしとけばさぁ。
一応調べて、洋風の名字ならグラム王国をスタートに選べるだろうとは思ったけど、確実かつ無難な道を選んでしまう小心者のタケトン先生……。
ま、タケトン先生の可愛い生徒たちは、子供も同然ってことで。
「はい」
金髪少年が軽く手を上げた。
ノアは、天月希くん。いじめで不登校になった子だ。真面目そうな態度で挨拶してくれた。
「えっと、ノア・オニギールです」
名前を言うときはちょっと恥ずかしそうだった。せやろな。
ちなみにファーストネームの由来は、彼らがこのタケトン・スクールを卒業するときにでも大々的に発表しようと思っている。昔のドラマにそういう教師ものがあったのだ。贈る言葉として「諸君らの名前の意味は~」なんてやりたい。
「うん。これからよろしくね。……ウォッホン」
あっぶね。もう忘れかけてたよ、キャラ付け。
「じゃあ、次はセイヴくん。セイヴ・オニギール」
「……っす」
デモンズくんが軽く頷く。オーケーオーケー、彼は元非行少年の佐藤佑真くん。素っ気なさそうだが、ちらと目を合わせて返事してくれた。
ククク……僕が素っ気ない野良猫を、実家の家猫にまで手懐けた男だとも知らずにな……。
高校で一番のヤンキーだった森山くんの後ろの席になって、クラス替えまでにはボカロ漬けにしてやったこともあるんだぜ?
「ウォッホン。イグアスくん。イグアス・オニギール」
「ほーい」
ぱっと手を上げたのは、滝沢幸太郎くん。大事故で体が不自由になり、リハビリ中の子だ。彼は不登校児とは言えない。
この子だけはVRゲームを日頃からリハビリに使用しているらしく、ゲーム内での動きに慣れているのが分かる。
セリアンスロープは敏捷性に優れているのだが、VRゲームでのこの種族らしい立ち回りをしようとすると中々難しい。逆にVR戦闘慣れしたプレイヤーなら好みそうな種族だ。
「ウォッホン。これから僕たち《オニギール一家》は……」
「オ、オニギール一家……?」
「……ダセえ」
「盗賊団みたい」
息子たちがめいめい好き勝手なことを言う。とりあえず話を進める。
「設定だよ、設定。君たち三人は種族はバラバラだけど、子供のときに僕、タケトン・オニギールに拾われて育てられた孤児でどう?」
「どうって……よく分かんねえし……」
目つきの悪い顔をしかめ、言ったのはデモンズ少年・セイヴだ。
「俺もこういうゲーム初めてなんですけど、そういうの考えるんですか? 設定とか」
真面目そうな金髪少年・ノアが遠慮がちに尋ねる。よし君が長男だ。
「ボクはそれでいーよ!」
はい! っと元気よく手を上げたのは、犬耳少年のイグアス。末っ子やな。
「面白そうじゃん! タケトン先生は、先生でとーさんなんだっ?」
「そうだよ。ウォッホン」
「それでいこうよ! ノアとセイヴは、ボクのキョーダイだね!」
尻尾をブンブンと振りながら、他の二人の手をぎゅっぎゅっと握る。
「よ、よろしく……イグアス?」
「名前覚えらんねえ……」
顔をしかめるセイヴくんは、なし崩しに次男決定。君が真ん中の団子だよ……。
とまあ、三人の少年の姿と、だいたいの性格は分かった。
僕が出した条件のもう一つ、それは「現実の姿をダウンロードしてアバターに使用してね」ということだ。
顔や髪型、体型、色はいじってもいいけど、骨格は少年のものを使ってほしかったのだ。
現実とあまり乖離した姿だと、しょせんゲームの世界ってかんじになり現実感が無いんじゃないかなと思ったのだ。
もちろんゲームの世界なんだけど、彼らにとってはリハビリなのだ。
あと僕が分かりやすいてのもある。ゴツい青年たちがワラワラやってきたら先生ヅラしにくい。かといって願望丸出しに全員美女キャラメイクしてきてね、なんて言う先生に子供預けたくないだろ。万葉先生の面子に関わる。
「ねー、タケトン先生! ボクらオニギール一家で、先生がとーさんなら、先生じゃなくてとーさんって呼んだほうがいい?」
「ん? そのへんは好きに」
「じゃあボクとーさんって呼ぼっと」
この子は中々に適応力が高いなぁ。こういうファンタジーがすごく好きなのかもしれない。
まだこの世界の住人になりきれていないノアとセイヴは、どこか気恥ずかしげなんだけど。
イグアスだけは全力でタケトン先生に乗ってくれている。
これは助かる。
僕も虚しくないし。
「立ち話もなんだし、街の中を歩きながら話すか、どこか店に入ろうか。ゆくゆくはグラム王国に僕たちの家を構えたいね」
「ウォッホン」
とイグアスがわざとらしい咳払いをした。
忘れてた、という顔を僕が向けると、彼はニッと笑った。