第三話 「初めまして!」
明日、いよいよ子供たちと一緒に、《world of the breeze》にダイブインする、その前夜。
かるーく装備や手持ちのアイテムの確認と、ゲームとはいえ日々移り行く世界の情勢を把握するために、僕はダイブインしていた。
酒場で麦酒を飲みつつ、NPC相手に大人の情報収集だ。
こればかりは子供たちと一緒には出来ない。
もじゃもじゃのドワーフ髭にエールの泡を付けながら、仮想世界なのにうっすら漂う香りと風味を味わう。
色々試したが、酒はこのエールが僕的に一番美味しい。
ビールとの違いはホップが入ってないことらしい。これは現実世界に帰って調べた。
仮想世界の食べ物に味はあるのかっていうと、あるんだな、これが。現実で飲み食いするほど美味くはないが、甘い苦い辛い酸っぱい、うっすらとそのぐらいの感覚はある。
ただ、あんまり美味過ぎると、現実の体では物を食べていないのに満足感を脳が感じてしまうのは危険だということで、ほんとに風味づけ程度。薄味のさらに薄味ってかんじで、まったく受け付けない人たちも多数いる模様。僕は平気な部類。
ま、雰囲気を楽しむのが好き、というのもある。NPCたちは美味そうに飲み食いするからね。
僕も異国風の酒場の雰囲気が好きで足を運ぶのだ。
グラム王国は、酒場がめちゃくちゃ充実してる。
ステージのあるお高めの酒場だと可愛い踊り子さんたちが拝める。
NPCだからそのへんの設定はやっぱ完璧。みんな可愛いんだよ。高いから一回しか行ったことないけど。
今の行きつけは、踊り子さんのいない安酒場だ。
「べノンの国王がまた新しい妃を迎えたらしい」
「ザムザ山岳地帯に山賊団の根城を出来たそうだよ」
「もうすぐランフェル王国の闘技大会だな!」
たいていのNPCは気さくで、座っているだけでべらべらと話しかけてくるので、なんらかのクエストに関係しているであろう話が、続々と耳に入って来る。
いま受注するわけじゃない。
明日、子供たちと街を回るころには、また違う話も聞けるだろう。
こんなこと言ったらヤバいと思われるかもしれないが、このNPCに囲まれてなんとなく誰かと接してる雰囲気を味わえるというのは、最高に気楽で楽しい。
やっぱり相手に気を遣う必要がないからなぁ。NPCだもん。
人工知能を搭載されたNPCたちは、基本的には行動プログラムに沿って動いたり喋ったりする。
接したプレイヤーをAIが学習することで、何回も会ってるのに「初めまして」としか言われるということはない。次にはちゃんと「よぉ、タケトン、昨日はどうも」なんて挨拶されたりする。
それなりに人間性があり、でも心の機微は無いから大らかだし、喋ってて楽なのだ。
ちなみに特殊条件可以外でNPCに暴行を働くと、運営にバレてペナルティが課せられる。
牢屋もちゃんとあるし、最悪ゲームから永久追放されてしまう。
しばらくNPCと談笑しながら、ジョッキいっぱいのエールをすっかり空にしてしまった。
さて、寝る前にしておくことはあるかな。
そうだ、鍛冶屋向けの採取クエストだけいくつかチェックしておこう。
そんで子供たちに手伝ってもらおう。
気になったのは、《ああ、幻のグリニル鋼》というクエスト。
この近くにはグリニル鋼という稀少な金属の材料となる、グリニル鋼石の採掘場である、旧グリニル鉱山というダンジョンがある。
グリニル鋼は現在取り尽されているという設定で、採掘しているとたまーにドロップ出来る、かもしれない、超レアアイテムとなっている。モンスターがドロップすることもあるらしい。ごく稀にだろうが。
そんなレア鉱石がもし手に入っても、いまのレベルじゃ扱えないだろう。
僕が欲しいのは低レベルでも扱える鉄の原料になる鉄鉱石だ。
このグリニル鋼石採取クエストのサブ報酬になっている。
グリニル鋼石を掘りまくっていれば、嫌でもお目にかかるってわけ。
ゲームは発売したばかり、まだまだ初心者が多く、しばらくは新規プレイヤーが毎日大勢ゲームに参加するだろうこの時期に、バリバリ鉄製装備を作って売りまくりたい。
――タケトン製の鉄装備を世界に!
ほとんどのプレイヤーが戦闘レベルを上げたりストーリーを進める中、僕らは何も急いではいない。
採掘でもしながら、交流を深めるのが目的だ。
四人で掘ったら、鉄鉱石がザクザクだぞ。グフフ……。
みんなで武具作りなんてのもいいね。サークル活動っぽい。
ていうか、僕が一番子供たちと遊ぶのワクワクしてないか?
これハマッちゃってる?
子供たちとプレイしないときは、戦闘レベルが離れ過ぎないよう(しかし抜かれないよう)、鍛冶屋の仕事に専念する予定だ。
いつもより少々早めのログアウト後に、スマホのメールをチェックする。
〈件名:よろしくお願いします。
〈本文:
万葉です。
いよいよ明日だね!
私までドキドキしてきたよ。
明日は仕事で学校にいますが、
何かあったら連絡ください。〉
心配性な……と言いたいところだが、僕もドキドキしていた。
子供たちのことは、簡単に紹介してもらっているし、子供たちにもその親たちにも僕の素性は万葉を通して教えてある。教えといたほうがいいだろう。僕が親なら知りたい。
ゲームをする前の事前準備も伝えてある。
僕は万葉にメールの返事をした。
〈件名:あいわかった。
〈本文:
すべて兄に任せい(・ω・)ノ〉
明日も仕事だって言ってるし、あんまり心配かけないように、こんぐらい軽くでいいだろ。妹には余裕を見せておきたい兄心だ。
ちょっと眠くなってきたが、子供たちの情報をおさらいしておく。
住んでいる場所はバラバラだが、全員中学二年生だ。
まず、天月希くん。
漫画の主人公みたいな名前だ。
不登校になった原因は、万葉から聞いているが、端的に言ってしまえばいじめだ。内容は聞いているほうが苦しくなるようなものだった。しかし大勢でゲームプレイをしたいと自分から志願してきたのだから、精神的にはかなり強いのだろうと思う。
次は、佐藤佑真くん。
彼はいわゆる、非行少年だったらしいが、「元、非行少年だから」と万葉が強く念押ししていたので、言うことを聞いてくれないということはないだろう。僕の学生時代のクラスメイトにも不良だったが気の良い奴がいて、普通に喋ってたしね。
そして、滝沢幸太郎くん。
彼は、小学五年生のときに、交通事故に遭って大怪我を負い、現在もリハビリ中だという。VRゲームが医療に使われるというのは聞いたことがある。脳に感覚を取り戻させる訓練になるんだとか。
万葉からみんなの話を聞いたとき、彼らが十三、四歳にして経験したことは、あまりに過酷で、聞いているだけで気分が重くなった。
僕の荷も少し重い。
……が、僕はただゲームをするだけだ。
気負い過ぎることはない。生来のん気なのが僕の唯一の取り柄だし、万葉もそういうところを買って、この役を頼んだのだろう。
僕が友達感覚になり過ぎるのはよくないが、彼らには友達感覚で接してもらえるぐらいの気楽さは忘れないでおこう。
それに、育ちも事情もバラバラの彼らに、共通していることもある。
それは『ゲームを通して、誰かと触れ合いたい』ということ。
すごく、全員が前向きな気持ちを持っているということだ。
誰かと何かを共有し、楽しみたい、という気持ちがあるなら、いくらでも楽しめるはずだ。
僕は、その背中を押してあげるだけ。
だから、約束の時間、ダイブインした僕は、集まった子供たちを前に、明るくこう言ったんだ。
「初めましてみんな! よし、ちゃんと集まったね! 今日はタケトン先生と思いっきりゲームしちゃおっ☆」
ビシィッと親指を立てて登場した僕に、子供たちはぜんぜんついていけてなかったことを、ここに記す――。