第二十二話 オニギール一家、再び
『万葉』という妹の名前は、祖父が付けたそうだ。
国語教師になりたかった祖父だが、貧しい家庭事情から出来なかった。
その夢はのちに僕の父が継ぎ、孫の万葉も教師の道へ進んだ。
万葉の名は言わずもがな、《万葉集》から。
祖父の想いがいっぱいつまった名前通り、万葉は教師になった。
僕の『健人』という名前は、祖母が付けた。
丈夫に育ってほしいというシンプルな意味を込めて。
祖母自身が大らかで細かいことを気にする性格ではなかったし。
名の通り、僕は心も体も丈夫に育ったと思う。
真面目な万葉は、祖父や父の想いまで受け継ぎ過ぎてしまった。
勉強も運動も、万葉はよく出来た。
というか、よく出来るよう、よくやっていた。
習い事としてやっていた柔道も習字も段持ちだし。
大勢の前で作文を読むことなんかもあった。
小学校でも中学校でも高校でも生徒会に入っていたし。
ずっとやっていた弓道部でもキャプテン。
なんにでも全力で、一生懸命だった成果だ。
そんな性格が、時間外のボランティア教師にまで繋がるわけだが。
でも、時々一人で泣いているときがあった。
妹なりにプレッシャーがあったんだろう。
そういうとき、誰にもバレないように、必ず僕のところに来て泣いた。
僕は妹が泣くと焦って、一生懸命慰めていた。
万葉にはそれが良かったのか、僕の滑稽な慰めダンスが少しは笑えたのか、定かではないが。
それが僕の人格形成にも影響したのか、僕は誰かが泣いている姿というのが、非常に苦手である。
だから、妹から預かった子供達を泣かせるようなことだけは、絶対にしたくないし。
子供達と同じくらい、妹のことだって可愛い。
いくつになっても、中年になっても。
万葉は妹で、僕がお兄ちゃんであることに、変わりはないのだ。
「――じゃあね、お兄ちゃん。データ貰ったから。あの子達のこと、よろしくね」
万葉の声をぼんやりと夢うつつに聴いた気がする。
起きたら、晩ご飯はすっかり片づけられ。
代わりにテーブルの上には、ラップのかかった朝ごはん。
僕が寝てしまった後で、片づけをして、朝ご飯まで作って帰ったのだろう。
僕は寝ぐせ頭のまま、もそもそとご飯を食べ、終わったら片づけをした。
流しに食器を置きっぱなしにしておくと、ずっとやらないからな。
今日も昨日と同じくらいゲームをするつもりだしな。
時間まで、掃除機をかけたり。
汗をかいたので、シャワーを浴びたり。
余った時間で、なんとなくテレビを観たり。
そわそわと落ち着きなく過ごした。
「さて、ログインするか」
なんて、モロな独り言を言い。
今日も、山本健人【休日の会社員】は、タケトン・オニギール【ドワーフ族の斧戦士】となった。
~グラム王国・首都グラムストン・地竜広場~
昨日と同じ、地竜の後ろ側。
「とーさん、おはよー!」
「うーっす」
「今日もよろしくお願いします」
時間通りに来たはずだが、子供達は僕より早く待っていた。
「早いなぁ。ごめんごめん」
ドタドタと僕は子供達に駆け寄った。
起きることは出来たが、微妙に酒が抜けてないのは内緒だ。
「実は俺、一時間早くログインさせてもらったんです。親と山本先生に頼んで。父上がいるときにログインする約束だったけど、準備だけしたくて」
ノアが申し訳なさそうに言い、頭を下げる。
「いきなり約束破ってごめんなさい」
「あ、いや、一時間くらいなら……。でも、どうして?」
「昨日はマジでまるきり初心者だったから、ちょっと予習しとこうと思ってさ」
ノアではなくセイヴが答えた。
「セイヴも?」
「あー、うん。でも別にノアに合わせたわけじゃねーよ。たまたま」
「イグアスは?」
「ボク? ボクはさっき来たよー」
言いながら、ぷくーとフグのように頬を膨らませる。
「二人が早く来てるなら、来とけばよかった!」
「ごめん。今日だけのつもりだから」
「今度からは時間通り来るって。ちょっと使える魔法とか確認しとこーと思ってさ」
「今日はもっと進めたいし、足引っ張りたくなかったから」
「そんなのボクがぜんぶ倒すし!」
「それじゃレベルに開きも出るしさ」
「たった一時間だし……」
「一時間でも早く遊べるならそうしたかった!」
「遊んでねーって、勉強、勉強」
二人に宥められながらも、恨みがましい目を向けるイグアス。
そうしてもらったほうがいいかな。
ノアとセイヴが羽目を外すとは思わないけど、イグアスはなんか……危ない気がする。
これがいいってなると、僕がいない時間でもゲームをするようになってしまいそうな……。や、別にいいんだけどね。ただ、その段階は、もう少し先かなと思うのだ。
なにせここは、大人も子供も、大勢が集っている場所だ。
善人も悪人も。
親御さんもそれは心配しているわけで。
パンパンッと僕は手を叩いた。
「ま、今回だけってことで。二人は初心者なんだから、イグアスももういいよね? 今日の戦闘をスムーズに進めるために二人は予習してくれたんだからさ」
「そうそう」
「ごめん、イグアス。もうしないから」
「もう抜けがけなしだよ……?」
とりあえず、納得はしてくれたようだ。
それがいいよ。揉めてたら結局、遊ぶ時間が減るからね……。タケトン先生も争いごとは苦手だよ……?
「とりあえず、立ち話もなんだし、カフェにでも入らない? 少し、今日の予定を考えよう」
と僕は提案した。
「そうですね」
「そーだな」
「なんか食べていい?」
三人とも同意してくれた。
現実時間は13時過ぎ。日曜日なので、この時間でもけっこう人がいる。
地竜広場にある店はどこも混みあっていたので、屋台で飲み物とドリンクを買って、少し離れた公園で、食べながら話すことにした。
食べながら、なんて言っても、リアルの僕らはとっくに食事を済ませている。
喉の渇きはゲームの体調管理システムがアラートを出して知らせてくれるが、ダイブする前に水分補給はしている。
なんというか、ただの雰囲気である。
別に腹も空いてなければ、喉も乾いてないのに、わざわざ大して味のしない食事を採るという行為を、けっこうみんなやるのだ。
バフ効果目的で食べているプレイヤーもいるけど、時間が経つと切れるものなので、こんなふうに公園のベンチや芝生に座ってまで飲み食いしてるっていうのは、まさに雰囲気を買っているだけである。
ちなみに僕の奢りである
「わーい、美味しそう」
イグアスがトッピングにトッピングを重ねたチーズドッグの包みを破る。
本当の名前はチーズドッグではなく、チーザトルムというワーブリ風の名前が付いている。セイヴが似たようなチリドッグ風のものを選んでいて、チルトルムという名前だったので、たぶんこういうホットドッグ形状の食べ物はトルムというのだろう。
僕はハンバーガー風の食べ物で、てりやきっぽいやつを選んだが、名前はテリヤボーンズという。テリヤの部分が明らかにてりやきなので、ボーンズがハンバーガー風の食べ物の名称なのだろう。
「わーい! おいしー!」
トッピングしまくったチーザトルムをイグアスがバクバクと食べている。口にケチャップやマスタード(のようなもの)を付けながら。
イグアスは前もよく食べていたが、美味しいのかな?
「それ、美味しい?」
僕の素朴な疑問を、ノアが口にした。
「うん。おいしい」
「うっすら味あるし、嫌いじゃねーけど、そこまでバクバク食えるほどじゃねーな」
セイヴが怪訝な顔をした。もしや薄味好み……?
VRメシの味が分からないと言っていたノアは、一応雰囲気だけということで、一番安いサンディッチというあからさまなサンドイッチ風の食べ物を頼んだ。
が、最初に一口食べたきりである。
「こんなふうに美味しいって食べる人は、珍しいけどね」
慰めるってわけじゃないが、僕はノアにそう言った。別にノアも気にしているふうではないけど。
「けっこう味なんかしてないよ。みんな、雰囲気を楽しんでるだけでさ」
「イグアスは、ほんとにゲームの中にいるキャラクターみたいですね」
ノアが笑って言った。
たしかに。フルダイブでの動きもそうだし。
感覚がそれだけフルダイブに適応するんだろうな。
「モンスターなんかより、よっぽど自然に動いてたよな」
セイヴもイグアスを見て言った。
「ほぉ?」
とイグアスはチーザトルムを口いっぱいに頬張ながら、首を傾げた。「そう?」と言いたかったようだが。
「食べながら話そっか」
ホットコーヒー(ではなく、ホットコッフィ。熱いのような形容詞はまんまだ)を飲みながら、僕はみんなを見回した。
コーヒーは本来の苦みを自然と思い出すのか、けっこう味が再現されてるんだよな。僕の場合はだけど。
「さて、昨日は戦闘を一回しただけで、中断して鉱山から引き揚げたわけだけど……グラムストンでやっておくことは特にないかな」
言いつつ、所持アイテムを一応チェックする。
あ、《プレシアスオパール》のことを忘れていた。
「昨日のドロップアイテム、鑑定してもらおうか」
「そーいや、あったな」
NPCの鑑定屋は、お値段高めだが、騙されるという心配はない……はずだが。
どうだろ。騙すような設定のNPCもいるかもしれん。と思えてきた。ワーブリだもの。
一番いいのは、自分で《鑑定》スキルを得ることだよなぁ。
「《鑑定》ってさあ、なんのジョブでなれんの?」
セイヴが尋ねてきた。
「そうだなぁ。まんま《鑑定士》とかじゃない?」
断じて適当に答えたわけではない……全てのジョブを網羅してるわけじゃないし。
「じゃあ、オレ《鑑定》が取れるジョブを選ぶから、それまでおいとこーぜ」
なんて、疑り深い……もとい慎重派な。
でもいいかもしれないな。
「レベル5になったらジョブを選べるからね。昨日の戦闘で、イグアスが4、他の二人は3になってる。この調子なら、あっという間だよ」
もしドロップアイテムが高価な物だったら、子供達の装備をもう少しマシにしてやりたかったんだけどなぁ。
「じゃあ、さっそくグリニル鉱山に転移しようか?」
「とーさん、石……」
チーザトルムを食べ終わり、ジュースを飲んでいたイグアスがぼそっと呟いた。
Oh……忘れてた……。
先に来て河原で新しい石を採っておくつもりが、酒が入って寝たことで忘れてしまっていた。
とは、当然言わない。
「も、もちろん覚えているぞい……。昨日の場所に、またエリちゃんがリスポーンしてると思うけど、昨日よりレベルも上がってるし、なんとかなるだろう。探しついでに、レベル上げしよう」
昨日はたまたま他のプレイヤーは周りにいなかったけど、あのルートは人が少ないんだろうか。けっこう鉱山の中広かったしな。
考えられるのは……。
「現時点で鍵無しで行ける場所は探索され尽してるはずだ。あのルート、あまり効率のいい狩り場じゃないのかもしれない。分かっているプレイヤーは、みんな他の狩り場にいるんだろう」
ネットで情報を共有出来る反面、みんなが一様に同じ行動をとりがちになる。特に、後発のプレイヤーは、早く追いつこうと効率や最短ルートを求めたがる者も少なくない。
「僕らには鍵があるわけだし、片っ端から鍵を試してみたいから、人気が無いルートから潰していくのはどうかな? そうやって試していって、人の多いところが残ってしまったら……また考えよう」
「そーだな。結局それがいいだろーな」
「さんせー。石も探してね」
「じゃあ、今日も昨日と同じルートですね」
またいるだろうエリちゃんには、子供達の戦闘練習に協力してもらおう。
出来たら父さんに頼らずに強くなってほしい!!
戦闘は得意じゃないもん……。
あらかたの話が済んだところで、雰囲気メシにほとんど口を付けていなかったノアが、
「これ、あげるよ」
と、一口しか減っていないサンディッチと、まったく口をつけていないドリンクをイグアスにあげてしまった。
「オレも」
セイヴも半分ほど食べて飽きたらしい。味が多少分かるとは言っても、ずーっとバクバク食べていたいものでもない。
僕は、別に美味しいわけでもないのに、無意識に食べ終わっていた。手持ち無沙汰にちょうど良かったのだ……。
「わーい」
イグアスは嬉しそう二人から食べ物を受け取った。
「ありがとー。おいしいのにー。ボク、《料理人》になろーかな?」
なんて言っているイグアスに、ノアとセイヴがただ無言の笑いを向けた。まあ分かる。彼は超人だよ。




