第二十話 ログアウトの時間
ウィンドウを開き、パーティーメンバーの情報を呼び出す。
レベルが僕は5→6に。
子供達は、ノアとセイヴが3になっていて、イグアスが4になっていた。
完全に格上だったが、一気にレベルアップ出来たのは良かった。
アタッカーがイグアスじゃなかったら僕の体力をあのまま削られノアとセイヴの魔力も尽き、ジリ貧の挙句全滅必死だっただろう。
モンスターのレベルは推測に過ぎないが、エリちゃんとのレベル差は多分8~10くらいあっただろう。
イグアスの攻撃なんて蚊ほどのダメージだっただろうが、急所である単眼に絞って体力を削り、部位破壊で一気にダメージを与えたのは鮮やかだった。
手数のあまりの速さに、エリちゃんはのけぞり続け、いわゆる『ハメ』状態を維持し続けていた、あの体捌きは見事だ。おかげで押し込めた。
セイヴもノアも最善のサポートをしていたし。
なにより、みんなで格上の敵を倒せたことが嬉しい。
「おー、よしよし、よしよし。よくやったなー、お前」
よほど嬉しかったのか、テンションのおかしくなったセイヴが、イグアスの頭と耳の後ろを本物の犬のように撫でている。
「わーい、レベル上がってる」
もうイグアスはそれほど喜びをわかちあってなくて、自分のウィンドウを見ていた。
「見て、ほら。ノアもセイヴも上がってるよー。ボクのが一個高いけど」
「ほんとだね」
「そうだ、ドロップアイテムないかな!」
イグアスがはっと顔を上げる。犬耳がぴん! と立ち、セイヴが我に返った。
「お、そうだ。何か落としてるかもだな」
「どのへんで倒したっけ……」
モンスターの死体なんて残らない仕様なので、倒した場所を探す。
「これかな?」
ノアが何かを拾い上げる。
何かキラキラした物……鉄鉱石ではなさそうだな。
「なになにっ? グリニル鋼石!?」
イグアスが尻尾を振りながらノアの手の中を覗き込む。
そんな美味しい話はあるまいが。
「なんだろう? 宝石みたいにキラキラしてるけど……」
首を傾げるノアの手の中を、みんなで覗く。
白っぽい半透明の石だ。僕が向けたランタンの光に照らされ、光の加減でキラキラと違った輝きを見せる。オーロラを閉じ込めたみたいだ。
「魔石かな? レアアイテムだったら、鑑定スキルがないと分からないな」
よくある、という意味のコモンアイテムは、《鑑定》のスキルがなくてもアイテム詳細が分かる。
「レアであったとしても、名前だけは分かるよ。ノア、アイテムウインドウ開いてごらん」
「えっと、《プレシウスオパール》……名前しか分からないです」
「てことはレアアイテムだね。グラムストンでNPCに鑑定してもらおう」
「外にも『鑑定します』って看板出てるとこありましたけど……」
「バカ、他のプレイヤーに鑑定してもらって、嘘つかれてもオレ達には分かんねーだろ」
「あ、そっか。そうだね」
セイヴが言って、ノアが慌てたように僕に言った。
「レアアイテムなんて俺、持っておくのやだから、父上持っててください」
「そうだね。僕が預かっておこうか」
「えー、とーさん、落とさない?」
クールなイグアスくん。大丈夫だよ……。
「高く売れるもんだったらいいね。早く家欲しいなぁ」
「こんな浅いとこに出るモンスターが落とすもんだから、あんまり期待しないほーがいいぞ」
さっきまでの勝利テンションが嘘のように、気の無いセイヴ。
「あっ、そうだ!」
イグアスがはっとして、声を上げた。
「ボクの石! とーさんにもらった石! 探して!!」
一瞬なんだっけ? と思ってしまった……。
イグアスにあげた、エリちゃん退治に一役買ってくれたただの石である。
でもほんとただの石なので、探すほどでもないような……。
「また作ってあげるよ。磨いただけだし」
「やだ! あれがいいんだよ!」
いや、捨ててたじゃん……。
その冷静な判断で、クリティカルが出たのかもしれないので、見つけてはあげたいが、それこんな暗いダンジョンじゃなく、また河原でいい……? というのが本音である。
「どんな石だっけ?」
「なんか黒っぽくてツルツルの……」
セイヴとノアも探してはくれているが……。
しかし。
「でも、君達のログアウト時間はそろそろだからさ。今日はいったん引き上げようか」
「えっやだ! やだやだやだ! まだゲームしたい!」
「気持ちは分かるけど、親御さんとの約束だからね。約束守れない子は、もうゲーム出来ないよ?」
あと、この動画、親御さん達観るからね……手足をジタバタさせない。
「石は僕が探しておいてあげるから」
「またあいつがリスポーンしたら、とーさん一人じゃ絶対倒せないじゃん! 探すなんて出来ないよ!」
くっ……そうなんだけど。
「また明日も出来るよ、イグアス。また明日続きしよう?」
「そーだな。お前もゲーム禁止になるほーが嫌だろ?」
「ええええー……ボクの石は!?」
「次来たとき探してやっから」
「絶対見つかるから大丈夫だよ」
末っ子を宥める長男と次男。聞き分けがよくて助かる。
「次来るまでに、誰か拾うかもしれないじゃん!」
「そ、そうかな……?」
「誰も拾わねーって」
「ううう……ほんとに……? 無くなってたらノアもセイヴも恨むよ……?」
「え……」
「さ、探すって……ちゃんと」
「ほんとのほんとにー……?」
ジト目でお兄ちゃん達を睨む末っ子。
「よし、じゃあいったん外に出て、ログアウトしよっか」
一日目だし、しょうがない。
僕は鉄の斧を拾い上げ、皆に言った。
「今日は皆と出会って、初ダンジョンでモンスターを倒すところまで行ったんだ。まずまずだと思うよ」
「もっと遊びたいよー……」
「また明日にしよう」
「そうそう」
イグアスは残念そうだけど、他の二人は僕に同意してくれた。来た道を戻りたがらないイグアスの肩を支えながら、宥めて促す。
そろそろ夕方だろうか。ダンジョンに入って来るプレイヤーはさっきより増えていた。
僕達はその流れとは逆に、暗いダンジョンから、外に出る。
ダンジョンに入る前は夕方になりかかっていたが、外に出るとすっかり空は赤くなっていた。
フルダイブゲーム内と現実で流れる時間は同じだ。昼しかログイン出来ないプレイヤーは昼しか知らないし、夜しかログイン出来ないプレイヤーは夜しか知らないということになる。
他のゲームだと、昼と夜の時間を6時間刻みにしたりもしているが。このワーブリは現実と同じ。
これも規制があり、6時間以下で昼夜を刻んではいけないことになっている。
現実の体と脳の感覚がおかしくなってしまうことを懸念されているのだ。
ダンジョン前を転移ポイントにしたので、次はここからスタート出来る。
それから僕らは、グラムストンに転移した。
イグアスはまだ悲しそうだったが、今日は土曜日。
明日は日曜日だから、明日も遊べる。
それからの平日五日間は、僕も子供達とお別れだ。
ううっ寂しい……!
一人でゲームやってるときより、パーティープレイはハマるなぁ。
子供達がいない間、誰かと遊んでもいいけど、まあ僕のことだからそれなりに仲の良いプレイヤーが出来たりもするだろうけど。
父さんが他の人と仲良くして、子供達が寂しくなっちゃうといけないな……。
最初に待ち合わせした地竜広場で、僕達はログアウトすることにした。
「ノア。セイヴ。イグアス。今日は楽しかったよ」
「ほんとに来る? 明日も来る?」
イグアスが僕のヒゲをぐいぐいと引っ張る。やめてください。
「寝坊や休日出勤でも無ければちゃんと来るよ。なにかあったら万葉先生から連絡があるから。大丈夫だから、イグアス」
ヒゲを引っ張っているイグアスの頭をナデナデし、他の二人にも声をかける。
「ノア、セイヴも、今日はゆっくり休んで。初ダイブで疲れただろう?」
「はい。少し」
「そろそろ一回現実に戻りたい気もするな」
「ボクは疲れてない! 疲れてないよ!」
「はい、ログアウトー」
パンパン! と手を叩き、僕はログアウトを促した。
「それじゃ、また明日よろしくお願いします」
「じゃーな」
「絶対だよ! 絶対だかんね!」
ノアとセイヴはさくっとログアウトしていったが、イグアスは一人残っていた。
「イグアス~……お兄ちゃん達はちゃんと帰ったぞ~」
「はーい……」
しゅんと耳を垂らし、イグアスもログアウトした。
三人がいなくなると、僕もなんとなく寂しくなった。
「……帰ろうかな……」
体調管理ウインドウを開く。現実世界の体を管理してくれている。ゲームの合間にトイレ休憩なんかは挟んだが、空腹サインが出ている。
寂しくなったドワーフの背後から、愛くるしい声がした。
「あっ。こないだのおじちゃん」
振り返ると、見覚えのあるドラゴニュートの女の子がいた。
ピンク髪に、短めのサイドテール。ピンクのチュニック。
たしか名前は、ラステル・マインちゃんだ。
珍しくもないロリアバターは、中身はオッサンということもままあるが、実際に未成年の女の子だったりすることもあるので、なるべく声で判別して、リアルっぽそうなら僕は付き合いを避けるが。
本物の女の子っぽいんだよね、この子は。何歳かまでは分かんないけど。高校生だったとしても僕にしてみれば充分子供。予想では、もっと若いと思っている。
「あー、ラステル。久しぶり」
「この前は、あんがと」
この前は僕のことを警戒していたラステルだが、今度はそんな様子もなく、とててて、と僕の傍にやって来て、ぺこっと頭を下げた。
「こちらこそ。モムニ美味しかったよ」
僕も、貰った果実の礼を言った。
「おじちゃん、さっきの友達?」
ラステルが尋ねた。
子供ってまん丸ほっぺただな。かわゆい。
イグアスよりよっぽど幼い。
しかし僕は断じてロリコンではないので、一定以上距離を置いた。変に誤解されて通報されたくない。実際ゲーム内にロリコンは潜んでいるし、ロリコンを通報するとみせかけて無実のプレイヤーを陥れようとする奴もいる。
「さっきの。ヒューメイと、デモンズと、イヌ」
うん。セリアンスロープね。
「ああ、見てたのかい? あれは僕の息子達だよ」
「へー。パパなの?」
「パパなの」
そうしとこ。リアルに子持ちってことにしといたほうが、今後ショタコン嫌疑をかけられずに済む。
「ちな……ラステルも、パパとゲームしてるんだ」
おーい、ちなちゃんのお父さーん!!!
娘さん、秒でリアルネームバレしてますよー!!!
叫びたくなったわ。ちなちゃんなのか、ちなみちゃんなのか、ちなこちゃんなのか知らんが。危ないなぁ。
「ち……ラステル、パパどこ?」
「しらない」
「おとうさーーーん!!!」
叫んでもうた。周りもびっくりして振り返ったし、ラステルもきょとーんとしていた。
「どしたの?」
「……あ、ごめん。いや、パパと一緒じゃないと、危ないからね。パパどこかなーて
パパがいないときは、ログアウトしようか」
保護者とわざわざプレイしているんだったら、リアル小学生、リアルキッズかもしれん。
このゲーム、限定付き十三歳以上対象である。なので中学二年生のノア達はプレイ出来る。
限定付きというのは、八歳以上十二歳以下のみ、親御さんと一緒の場合にプレイ出来るゲームだ。
キッズアカウントというものを作成し、親のアカウントと紐づけされる。キッズアカウントのプレイヤーは、親のアカウントと一緒じゃないとログイン出来ないようになっている。
女子高生くらいだったら、わざわざパパとゲームせんだろ。
つまり彼女はキッズアカウントの持ち主である可能性がある……。ノア達くらいかもしれないけど。ゲームを一緒にする親子もいるだろうし。一応僕もその設定だし。
「でも、そっか。パパと一緒だったんだな」
「うん。バルバドスっていうんだ」
すげー名前だなパパ。自分でつけたんだろーか……。
しかし娘放置はいかんぞバルバドス。
「パパとはぐれたの? パーティー組んでないの?」
「パパはトイレ行くって。そんでもどってこないから、一人であそんでた。寝ちゃったんだと思う」
慣れっこっぽい口調。
「だったらラステルもログアウトしよう。パパ起こしなよ。おじちゃんも、もうそろそろ帰るんだ。ラステルを見送ったらログアウトするよ」
「うん。わかった」
お。素直じゃないか。
しっかりしてくれよバルバトス……。
キッズ(しかも女の子)相手にあんまり気のりしないが、仕方ない。
「よし、ラステル、おじちゃんとフレンド登録しようか」
その言い方は不審者丸出しだった。
何故だ……普通に言っても不審者っぽくなるのは……。
もう幼女怖い!!!




