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第一話 にわか先生、誕生

「はぁ~……今日はキャラメイクぐらいやるか」


 金曜日の夜、仕事から帰ってきてコンビニで買ったカップラーメンとサラダ、からあげという侘しい食事を済ませた僕は、《worldワールド・ ofオブ the・ザ breeze・ブリーズ》――通称ワーブリの世界に、ダイブインした。


 熱血教師である妹・万葉かずはからプレゼントされた新作ゲーム、ネットで調べると《ワーブリ》と呼ばれ、まあ無難に評判が良いようだ。

 先行している同ジャンルの名作シリーズと比べると、酷評されてしまうのは仕方ない。それらの良いとこをちょいちょいっとパクッ……参考にして、独自要素を足し、そつなく作ったように見えるだろう。実際世界観はそんなかんじ。


 こだわってることはこだわっていて、すでにディープなファンもけっこういるらしいが。


 最も評価されているのは、五感に訴えかけてくる繊細な没入感らしい。


 そこはフルダイブ型ゲームの一番のウリだ。


 仮想空間でありながら、踏みしめる大地の感触さえ味わえる世界。

 意思を持ったかのようなAIを持つNPC。

 対峙するだけで死の恐怖を感じさせる魔物モンスター

 そして、膨大なアイテムとスキル、それらを組み合わせることによって無限に編み出されていくプレイヤー独自の戦術を駆使した、リアルな戦いバトル

 昔は目新しかったシステムも、いまじゃどれも当たり前だ。

 そんな中で寝落ちしてるところをPKプレイヤーキルされたうえに、身ぐるみ剥がされる屈辱ってないわけで……。


 明日は土日だから没頭出来るが、仕事が終わった後の今日はキャラメイクのみにするつもりだ。

 さっそく寝落ちしてPKされたらそれだけでやる気が失せそう。




 こういうゲームを卒業したのは大学三年のとき。ようは就活と共に離れたってかんじだ。

 以後も付き合いでプレイすることもあったが、毎日ダイブするほど真剣にハマっていたのはもう十年以上前の話。そのとき使っていたハードは後輩にあげてしまったと言うと、万葉は気前良くハードまで買ってくれた。


 そこまでしてもらったら、軽くプレイくらいはするべきだろう。


 しかし教職でもなんでもない僕が、悩み多き子供達と遊ぶのは、正直気が進まない。

 もちろんどっぷりゲームをやっていた時代には、小中学生ともパーティーを組むこともあったけど、流石に好んでつるんだことはない。


 妹が熱心に頼んでくるので、断りづらく了承したが、一緒に遊ぶだけで、悩みが解決するかは分からないよ、と念は押しておいたが「大丈夫」とのことだった。


「悪い子たちじゃないの。私が受け持ってる子達の中で――あ、個別にやりとりしてるんだけどね、ちょうど同じゲームに興味を持ってる子が、三人いたの」

「三人ね……まさか女の子じゃないよな」

「男の子だよ。全員」


 なーんだ男子か……とはぜんぜん思わない。ものすごくほっとした。ただでさえ普段そう接することのない子供達だ。女の子なんて余計扱い方が分からない。

 男の子ならまだ親戚の子供と遊ぶ感覚でいけそうだ。


「こういうVRゲームが体や心のリハビリに使われることもあるって聞くし、でも不特定多数の色んな人間がいる場所でしょう? それぞれに悩みを抱えた子たちだから、ちょっと心配で……」

「本人たちがやりたいと思ってるなら、そこまで過保護に考える必要もない気がする。子供にだって大人顔負けのプレイヤースキルを持った子はいるよ」

「ゲームの腕の話じゃないって。子供は子供でしょ。友達にも親御さんにも学校にも誰にも相談できずにネットの相談サイトに決死の想いでメールをしてきたような子たちなんだよ? 何度かメールのやり取りをするうちに、少し気持ちが外に向いてきたっていうか、まずはゲームくらいから自分で動くことをやってみようって考え始めたところなの」

「まあ、ゲームなようでリアルも同然な部分もあるしな」


 寝てたら殺されるし。

 詐欺事件とかも普通にある。

 異性相手の――時に同性であっても――セクハラとか、ストーカー事件とか。

 そういうのが原因で結局めんどくさくなって辞めちゃう勢はけっこういる。

 僕もそうだったし。


「対人関係はあるね。実際の肉体で相対してないってだけで、嫌なこと言う奴も、卑怯な奴もいないとは言えないからなぁ」

「やっぱりそうよね」

「リハビリのつもりが挫折になるってのはあるかもね」

「身も蓋もないけど、そうなのよ」


 自分の子供でもないのに、万葉は心底心配そうに目を伏せた。

 若い娘が恋人も作らず他人の子供を心配し、成長を願っている。


 ニュースではいじめや体罰絡みの悪い事件ばかり取り上げられ、嫌な教師やダメな学校もあるにはあるが、真面目な先生もちゃんといるってことも、たまにはマスコミも世間に訴えてやってほしい。

 しかもネット相談に関しては完全ボランティアだもんなぁ。自分の受け持ちのクラスだってあるのに。


 そんな妹の力に、ちょっとくらいはなってやろうと、僕は万葉相談員の臨時アシスタントとなった。

 どうせ週末何もしてないし。ゲームするだけだしな。




 ヘッドギアにログアウト予定時間をセットし、ベッドに横になってダイブインした。


 寝転がってゲームするんだからリラックス出来ると思うなかれ。

 調子に乗ってプレイし過ぎると起きたときにすごい頭が痛いし、体も痛い。寝てるわけじゃないから疲れも取れてない。寝落ちしたら三十分ほどで強制ログアウトになるが、その間にモンスターに殺されたりPKされることもしばしばだ。


 社会人のゲーム離れは必然の流れだろう。



『ようこそ、《worldワールド・ ofオブ the・ザ breeze・ブリーズ》へ』


 どこからともなく声が聴こえた。


 おお、この声は、桜乃みひろだ。声優の。二年くらい前、アニメばっか観てた時期があって、当時人気でよく出てた女性声優だ。いまや若手に押されて、ヒロイン役ではほとんど見かけなくなったが。せちがらい世界だ。


 ゲームの世界にダイブしたのは久々だが、体の動かし方なんかはそんなに変わっていなかった。


 ただ、前よりずっと感覚的に体が動く。前はもうちょっと、ギクシャクと体が動いた気がするのだが。

 いまはもう仮想世界と現実の感覚に、それほど乖離がないってことなんだろう。


 しかしキャラメイクがまだなので、動いているのはデフォルトの西洋人風の青年だ。別の意味で違和感がすごい。


 バリバリの外国人風にキャラメイクするのも楽しいかもしれないが――僕はゲーマーとしてというより、子供たちの引率? もしくは監督? としてこのゲームをするわけだ。


 もし彼らがゲームプレイしている動画や画像を万葉に見せて……そこに西洋風美青年が立っていたら……いや、アイツの反応がどうこうというより、僕が恥ずかしい。


 無難に、現実世界の僕の容姿に近づけておこう。


『プレイヤーネームを登録してください。こちらは一度決めると、あとから変更できません』


「《ころころおにぎり》で」

『世界観にふさわしくありません。登録出来ません』


 怒られた。


「なんでだ! みひろぉ!」


 ネットではさほど情報収集をしなかったが、なんか融通の効かない、独特のこだわりがウザイ(笑)とか言われてるゲームだとは知っていたが。


 ゲームに名前を否定されるなんて初めてだぞ。


 えー……これから世界観にふさわしい名前を延々と試さないといけないの?

 いや、こういうのはランダムに名前決めてくれるシステムとかあるよな。きっとある。


 ちょっと参考にしようと、ウィンドウを呼び出してみた。

 とりあえず、ファーストネームとファミリーネームは必須らしい。

 だったら……。


「《ころころ・おにぎり》でどうだ?」

『世界観にふさわしくありません』

「基準が分からん!」

 昔使ってたってだけで、別に『ころころおにぎり』にこだわっているわけではないが、こうも否定されると腹立つ。


『入力された名前を参考に、相応しいプレイヤーネームを選出しました』

「ぐ……あくまでそっちのフィールドに引きずり込むのか……」

 憎たらしい音声が、役所のすました職員風に思えてくる。

 アンチみひろが増えたらどうすんだよ。ただでさえアイドル声優としての旬を過ぎてるのに。

 みひろの心配をしながら、僕はウィンドウにずらずら並んでいく候補を眺めた。


『コロラルド・オニギール』

『コルコ・ニギル』

『ロココ・オ・ギィール』


 ふいた。


 ころころおにぎりを断じて許さない、このワーブリセンス……。

 ひとしきり笑って、ちょっと和んでしまった。


「じゃあさ、僕の名前……タケト・ヤマモトを、そっちのセンスに合わせたらどうなるんだ?」

『少々お待ちください』


 おお、意図が通じた。


 しばらく待って、候補が出てくる。


『タケト・ヤマモト』

『ケート・マモート』

『タルケン・マーモッド』


 うーん。ロココほどのインパクトは無いな。


「ていうか本名がそのままいけんのかよ。和風の国でもあるのかな」

『ここで選ばれた名前をもとに、スタートする国家が選出します』

「みひろぉぉぉ!」


 思わず叫んでしまった。困る。引率としてそれは困る!

 軽率な名前を付けると全員のスタート地点がバラバラになってしまう。


 どうする? 法則性をかろうじて見いだせるのは、タケト・ヤマモトだけだぞ……。ありふれた名前ではあるが、本名でのプレイはちょっと抵抗ある。

 それに、せっかくファンタジーゲームをプレイするのに和風の国ってのもなんかなぁ。

 かといって、妹に見られるかもしれないのにロココでプレイする勇気もない。


 よし、ここは……。


「タケトン・オニギールで」

『決定した名前は変更できません、よろしいですか?』

 いいぜ、みひろ……。

 無難に本名をもじったファーストネームに、みひろプレゼンツのファミリーネームで決定した。

 タケの語感から和風の国になるかもしれないが、そのときは全員に合わせてもらえばいい。子供に合わせてもらう大人。


『容姿を設定します』

「はいよー」


 ん? 選べる人種が少ないな……。

 人間、エルフ、ドワーフなどなど、十種族くらいあったはずだが、あきらかにベースが六種族しかない。

 まさかこれも……ワーブリ独特の拘り?

 名前の雰囲気から所属する国から種族からある程度決められてしまうのか。

 なんて不自由なゲームだ……。絶対人気出ない。


 ま、ここも無難にしとこう。

「人間でいいや」

 どうせ人間は人口の多くを占める種族で、どの国にもいるだろうという勝手な予測からだ。

  

 あらかじめハードに登録しておいた画像を呼び出し、そこに映っている僕の姿を読み込んでもらう。


「おお、俺だ」


 かなりリアルに近い僕が現れた。

 丸々とした愛らしい姿だ。

 嘘です。太ってるだけです。


「ん、待てよ。せっかくのファンタジーだからこの体格を生かした種族にしよう」


 人間からドワーフに種族を変更する。


 あとは自分の姿をベースに好きなようにいじくり倒す。

 よーし、子供たちの先生(代理)だし、もじゃもじゃの髭も生やしてやる。

 短かった黒髪も伸ばし、髭と同じもじゃもじゃに。

 背はいまより低め、150センチくらいにする。

 体つきはちょっとかっちりさせとこう。

 お、いいんじゃない? 大地の妖精ってかんじじゃね?


『これらで決定してよろしいでしょうか?』


 オーケーだぜ、みひろ。


『スタートする国は八つの国家のうち、三つが選べます』


 やはりか……。人間ならもうちょい幅が広がった気がする。三国家は少ないよなー。

 すまん、子供たちよ。君たちがタケトン先生に合わせてくれ。


 一番ドワーフがいそうな国を選んだ。


「グラムで」

『それでは、古の地霊が息づく大地・《グラム》に転送します。よろしいですか?』

「いや、よくない。眠い。今日は寝る。ここまで」

『……キャラクター情報をセーブします……』

「ありがとうみひろ……」


 敬礼する僕に、ちょうどログアウトの時間を知らせるアラームが鳴った。

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