第十七話 タケトン、叫ぶ
~グラムストン王国・旧グリニル鉱山・内部坑道~
当たり前だが、現実の洞窟と違って、中はそれほど暗くない
そこかしこに設置してあるほのかな魔光ランプと、光る鉱石のオブジェクトのおかげだ。
これらはあくまで光源としてあちこちのダンジョンに置いてあるから、持ち出すことも出来ないし、破壊は可能だが一定時間経つと復活する。
ほとんどのダンジョンが、こんなふうに完全な暗闇ではない。そこまでリアルだと苦行過ぎる。
自分達で、ランタンやたいまつを持ち込むことも出来る。たいまつはさすがに邪魔だし危ないが(事故って自分が炎ダメージを受ける可能性もある)、腰に装着出来るランタンは色々種類があり、女性向けに形が可愛いものなんかもあって、愛用している者が多い。
「僕がランタンを四つ用意してる。共有アイテム欄に入れてあるから、使いたいなら使っていいよ。装備と同じ消耗品扱いだから、戦闘で壊れることもあるから気をつけてね」
「ボクは要らないや。邪魔になりそうだし、中明るいもん」
「そうだね。イグアスはそのままで。とりあえず、僕は装着しておくから」
と言い、僕はアイテムウィンドウを呼び出し、ランタンに装備チェックを入れた。
「じゃあ俺も……」
「オレはけっこう見えるからいーわ」
「それは魔族の〈種族固有スキル〉である《魔眼》の効果だね」
【魔族・種族固有スキル】
《魔眼》……夜や暗いダンジョンで夜目が効く。
「シンプルに役に立つ能力だ。その上、デモンズの初期固有スキルには《闇の加護》というものがある。これもダンジョンでは役に立つ。ダンジョン攻略が好きな人には、デモンズは人気だねぇ」
【魔族・種族固有スキル】
《闇の加護》……闇の精霊から恩恵を受けられる。夜間や暗い場所での戦闘能力の上昇・回復・バフ効果アップ。レベルが上がるほど強力になる。昼間、明るい場所など一部フィールドで能力が低下する。新月の夜、大幅に能力が上昇する。
「加えて、戦闘職用のスキルというものもあって……」
邪魔にならない場所に集まって、コソコソと勉強会。
道中でやっとけよという話であるが、五文字しりとりが盛り上がり過ぎた……。
「――さて、大体大丈夫かな?」
「ボクはだいじょーぶ!」
「オレも」
「動いてみないとなんとも……」
おのおの自信たっぷりだったり、自信無さそうだったり。
「人が多いからモンスなんて狩り尽されてるんじゃねーの?」
「モンスターはしばらく待てば再出現する。レベル上げの為にリスポーン待ちしているプレイヤーは、積極的にダンジョン攻略はしてないんだろう。だから、僕達は持っている鍵の合う場所を探してみよう」
このへんの会話はヒソヒソ声で。
「今はゲーム始めたてのプレイヤーも多い。中層に行けば行くほど、人は減っていくはずだから。どんどん降りてみようよ」
「レベル1なのに大丈夫ですか……?」
「ゲームだし、死んでもいーだろ」
「ボクが倒すからいこーよー!」
ここでセイヴが意外な提案をした。
「ノア、お前紙とペン持ってるよな?」
「え? うん。あるけど」
「オレ、地図作るわ。ウィンドウのメモ機能でもいいけど、紙のほうが書きやすいと思うから」
「あ、うん。俺は前衛してたら、きっといっぱいいっぱいだから」
と、ノアはアイテム袋から、僕が渡したメモ帳とペンを取り出し、セイヴに手渡した。
「サンキュ」
「ほうほう。セイヴがマッピングかぁ」
「悪いのかよ?」
ちょっと気恥ずかしそうに睨んでくる。
「魔眼があるから、オレが一番目見えるし、後方支援だから道中余裕あるだろ……」
いやー、セイヴがけっこうノリノリで先生は嬉しい。
考えてみれば、けっこう気のつくところがある子だし、頭も悪くない。街道に作った転移ポイントでもきっちり名前付けてメモってたし。
協調性もあるし。一時期荒れていた(つまりグレていた)と万葉から聞いていたが、口調が荒っぽい以外はそういうところをあんまり感じさせないな。
「それじゃ、人のいないほうをとりあえず探索していこうか」
一番前にレベル5で装備もしっかりしていて、頼もしい先生であるタケトン、それからノア、イグアス、セイヴという順番。
序盤のダンジョンだし、浅い階層はそんなに道も複雑じゃない。後方から奇襲てのはほぼないだろう。それよりアタッカーのイグアスが咄嗟に前に出られないと困る。というわけでこの順番。タンクが二人いるから、ノアがしんがりでもいいけど、最初は僕が一緒に戦闘して教えてあげたい。
鉱山の中はかなり広い。
掘り進められた場所がダンジョンみたいになっていて、そういうとこをトンネルみたいに抜けてくと、ぽっかりと広い空間に出て。
そこには人工の足場が作られ、工事現場みたい。
はしごで登り下りするような場所もある。
光源があるお陰で、視界はそこまで悪くないが、それでも外よりは暗いに違いない。
「足許、気をつけてね。崖の近くには行かないように。場所にもよるけど、落ちたら一発死亡だよ」
種族固有スキルの中には、フィールドが関係するものが幾つかある。
ドワーフスキル《大地の加護》はこのダンジョンで効果をいかんなく発揮するものだ。
【ドワーフ・種族固有スキル】
《大地の加護》……地の精霊から恩恵を受けられる。岩の多い地域での戦闘能力の上昇・回復・バフ効果アップ。レベルが上がるほど強力になる。岩の少ない一部フィールドで能力が低下する。
心なしか視界も良好だ。セイヴ共々、ここは僕らにとって相性の良い場所だな。
ノアは人間なので、特にフィールドの影響が受けないことが特徴だ。
【人間・種族固有スキル】
《開拓民族》……地域によるいかなる上昇効果も減少効果も受けない。
特徴という無特徴に思えるが、地味なりに強力。尖ったところもないが、欠点がないのは強いからね。
イグアスの獣人族は、何といってもこれが役に立つ。
【獣人族・種族固有スキル】
《鋭敏》……五感(特に嗅覚)が鋭くなる。臭気や音や光によるダメージを強く受ける。
こちらはやや使いづらく欠点もあるものの、効果は絶大。
このように種族それぞれに強力なスキルが備わっているのだ。
まあでなければモンスターと戦ったり、ダンジョン探索したりなんて無理だよなぁ。
「あっ、モンスター!」
いきなりイグアスが嬉しそうな声を出した。
指を差したほう……人工足場の上に、何かがうろうろしているのが見えた。
というか、今の声でモンスター気づいたよね!?
薄暗い中で、何かがのっそり立ち上がった。
え。でかくない?
序盤のレベル上げ雑魚モンスの定番、ワームとかゴブリンとかそういうサイズじゃないよ!
「ムキムキだぁ」
イグアスがぴょんぴょんと軽くその場で跳び跳ねる。キックボクサーみたいなかんじで。
足場の上でゆらりと立ち上がった影――それは、リアルの格闘家を三周りくらいでかくしたような、二メートルは軽く超える大男……みたいに見えるが、その顔面には巨大な目が一つ。鼻は無く。裂けた口から鋭い牙を覗かせる。
規制のため、現実の動物や人間にあまり似せないように作られ、ファンタジー世界のモンスターっていうよりも、もはやホラーもののクリーチャーに近い。
ほらこんな人間も動物もいませんよ? とでも言いたげに、全身は緑色。上半身は裸だが、動物の皮で作ったような腰ミノを巻いている。規制。
両手に大きな石斧を持ち、足場の上に仁王立ちをして、大きな単眼がぎろりと僕らを睨みつけた。
「グオオオオオオァッ!」
プレイヤーを認識し、戦闘態勢に入った叫び声を上げる。
「気をつけて! 《一つ目殺人鬼》だ!!」
切羽詰まった声を上げたのに、セイヴから緊迫もクソもない返答。
「……は? なにって?」
「だから、《一つ目殺人鬼》!」
「世界観おかしくねえ? 名前テキトー過ぎ……」
「それは運営に言ってくれ! あわわわ……! エリちゃんはけっこう強いぞ!!」
「エリちゃん……?」
レベル8くらいからようやく戦えるモンスターだが、序盤にさりげなく配置されてることもあって、初見殺しモンスターなのだ。
ゲームを始めたばかりで調子に乗ってワームをプチプチしてたら、エリちゃんにバッタリということは珍しくない。
みんなのトラウマモンスなのだ。
道中で狩られまくっていた雑魚を倒せなかったのが痛い。
足場からジャンプし、どすんと音を立て、エリちゃんが下に降りたようだ。
僕らを探しているのだろう。
怖いよー!
「ノア、鍋ぶ……盾を一応構えて。でも、絶対に攻撃を受けきれないから、前にはあまり出ないでね。セイヴを守ってあげながら、父さんの戦いを見てて」
「は、はい」
僕は前に出て、ノアが後ろに下がる。
「説明したように、治癒魔法をいつでもかけれるようにしててね。僕が抑えてる間に、イグアスに攻撃してもらおう。セイヴはデバフ。余力があったら攻撃魔法だよ。とにかくセイヴが接近されたら一番マズイから、守ってあげてね」
「オレはじゃあ、射程に入ったらデバフするわ」
「よろしく。まあ、死んじゃっても大丈夫だから、全滅覚悟で挑むぞ! おー!」
自分を鼓舞させるように、僕は声を張り上げ、石盾を背中に背負ったまま、両手で鉄斧を握った。
「グオオオオオッ! ブオッ!」
ひゃあ、怖ええ!!
フシュウウとか息が漏れているのはまだしも。
鼻が無いのに鼻息が聴こえるのめちゃくちゃ怖えええ!!!
「父上、盾は!?」
「大丈夫! お父さんに任せなさい!」
ノアの悲痛な声に、力強く答えるお父さん。
低レベルの僕と石盾ではどうせ攻撃は受けきれないのだ。
なら、僕はドワーフと《斧戦士》のスキルを最大限に生かすことにした。
【斧戦士・戦闘スキル】
《斧使い》……斧を装備時、重量カット。ヒット時の攻撃力アップ。両手で斧を持つことで攻撃力が大幅アップ。防御力が微増する。
《一撃粉砕》……斧攻撃時にランダムでクリティカル攻撃が発動する。
つまり、両手で斧を持ったほうが、僕は若干強い!
加えて、ドワーフ固有の《大地の加護》のスキル補正が入り、瀕死になるにつれ防御力が上がる《岩妖精の誇り》が発動する。
このスキル構成で、エリちゃんとのレベル差は埋めれるはずだ!
……ついでにこれもある。
《悪食》……食べ物ではないオブジェクトを食べられる。ランダムで微量な回復効果がある。※オブジェクトの味は総じて非常に不味い。
最悪、ひたすら石でもモグりながら耐えればいいのだ!
「――僕が攻撃を受けたら、それぞれ思うように戦ってくれ!」
そこはもう口出しせんぞ! これはゲームだけど遊びではないっ!
僕達の勉強時間なのだ!!!
エリちゃんが僕達を見つけてドスドスドスッと走って来る。
ひぃぃ怖い怖い怖い!
ラガーマンにタックルとかされたら絶対大怪我なのに、それよりずっとでかいムキムキの塊が全速力で迫って来る恐怖!!
痛覚はないし、スキルで死にはしないだろう、とは言っても、怖いもんは怖いわ!!
精神に迫る怖さに、子供達をちらっと見てみると、ノアも、セイヴさえも顔が真っ青だった。イグアスだけはじーっと、エリちゃんを睨みつけている。
――大丈夫! 父さんがなんとかしちゃるっ!
斧をぐっと握り締め、僕は雄たけびを上げた。
「どわあああああああああっ!!!」
「ち、父上!」
「親父っ……!」
子供達の心配げな声が、逆に僕を勇気づけた。
こういうとき、僕がなんとかしなければ! と思うものなんだな。
これが父性……?
――ていうか、初めてのゲームで、先生死亡とか絶対いかんだろ!
それこそトラウマだぞ!!!
「グオオオオオオァッ!」
「どっ……どわあああああああああッ!」
――ちなみに「どわあああああ」という叫び声は、ドワーフにかけているっ!
一瞬、エリちゃんの体が黒いもやにふわっと包まれた気がした。
が、それをなんだろうと思う暇はなく。
ドワーフの小さいながらもずんぐりした岩の塊のような体と、エリちゃんの二メートルをゆうに超えるムキムキボディがぶつかり合い、その間で当たったら骨まで砕けそうなハンマーと、僕が握り締めた鉄斧が鈍い音を立てた。




