第十話 父からの贈り物
子供達の戦闘職が決まった。
ゲームによっては、キャラメイクの時点で初期クラスを決めるものもあれば、ゲームが始まってなんらかのクエストを受けなければ、希望のクラスになれないようなものがある。
そういうのは大抵、「斧戦士のギルドに加入するため、ギルドマスター(NPC)に挨拶をしよう!」みたいなやつだ。
さて、このワーブリは、一見よくあるファンタジーゲームのくせして、独自のリアリティを無駄に……随所に出してくるゲームである。
そんなワーブリが、どんな仕様でくるのか?
なんと――好きな武器を持ち、好きなクラスを名乗るのみ。
自分のアバターのデータに、選んだクラスを書き込む。そんだけです。
とはいえ種族によって適正はあるので、最初からやりたいクラスを見据えて種族を選ぶプレイヤーもいる。
別に魔法使い系だから、重たいハンマーを装備出来ないということはない。
が、筋力に釣り合っていなければ、かなりの重さを感じるだろうし、せっかくの《戦闘固有スキル》も生かされない。つまり意味が無い。
複数のクラスを経験し、満遍なくステータスを高めることも可能だ。
もちろんそれには、それだけの時間と手間がかかる。
僕達はゲームの出来る時間が限られている。僕も平日は仕事をしているし、子供達は学校に行くのと同じくらい勉強しなきゃいけない。
しかし世の中には一日中ゲームをしていられるような、悠々自適な暮らしをしている人もいれば、仕事としてゲームをやっている、いわゆるプロゲーマーもいる。
キャラクターのステータス強化においては、時間を多く使うやり込み勢には、到底太刀打ち出来ない。
あ、重課金勢もいるな。
このゲームのリアルなとこは、現実の金がそれなりの力を発揮することさ……。
けど、フルダイブゲームの場合、単純に『ゲームの腕』が、時間や金を凌駕するときがある。
ネットに上がっている公開動画の中には、やり込みプロゲーマーに、天才小学生が勝ってしまうという伝説の神動画なんかがあったりして、僕も一度リアルタイムの実況動画ですごいやつを見て、あれはもうむちゃくちゃ興奮してしまった。ビール片手に。
たしかFPSの大会で、国別対抗チーム戦だった。
自国チームがほとんど壊滅したフランスの女子高校生が一人残って、大勢のプロチームをバッシバシ撃ち殺していったのだ。
その子は新体操の世界大会に出るような子で、なおかつ現実の身体能力をそのままフルダイブゲームで再現出来る天才だったわけ。
いやー、あれは興奮した。
……とまあ、フルダイブゲームに関しては、『フルダイブの天才』というのがいるのだ。
大抵、そういう人たちのピークは若い時期で、歳を取るとやっぱり衰えていくみたい。
時間。
金。
才能。
ある意味では、様々な力で、のし上がっていく方法があるといえる。
集団力なんかも、けっこう強力だ。
すごいプレイヤーを味方につけるコミュ力なんかも、武器になるだろうし。
なりきり力によっては、カリスマになれるかもしれない。
やりようによって、のし上がる方法も様々なとこは、ほぼ現実と変わらない。
僕達仲良しオニギール一家は、子供達が学校生活に復帰するためにゲームをしているので、やり込み勢には到底勝てないわけだが。
イグアスならけっこうマジで、大会の上位ランカーになれるかもしれない。
他の二人だって馴染むのが早かったし、若いから、やり出したら実は天才だったなんてこともあるかもしれないしな!
ちなみに僕のフルダイブゲームスキルは……後でのお楽しみだ。
――もちろんこれがフラグだ!
~グラム王国・王都グラムストン~
ガーゴイル通り六番地 宿屋《ノームの足音亭》
……の、一室にて。
「みんな、クラスの登録は終わった?」
「はい、多分」
「終わったかって、ただ書き込むだけだし」
「できた、できたー!」
おのおの返事をする。
「さて、父であり先生である鍛冶屋タケトンから、君達にプレゼントだ!」
フフフ……自分だけちゃんとした装備をしているようで、今日までの間に、ちゃーんと子供達の装備を用意していたのだ!
「やったー!」
「あ……ありがとうございます」
「……はあ」
イグアスだけが両手を上げて喜び、ノアは礼を言ってくれたものの、もうセイヴにいたっては完全に疑いの目を向けている。どうせアルミだろ、的な。
「そんな時間なくて武器しか作れなかったけど」
照れ照れと頭を掻きながら、部屋の中に不自然に置いてある大きな木製ボックスの蓋を開いた。
「でけー箱」
「アイテムボックスだよ。あちこちに不自然なくらい置いてあるよ」
「開けた人によって、中身が変わるの?」
「一度開けたら、中身は開けた人のボックスになるよ。閉めて別の人が開けたら、今度はその人のボックスになんの」
「じゃーさ、誰かの手掴んで無理やり開けさせたらどーなるんだ? それでそいつのボックスになるなら、地道にアイテム集めるより強盗のがはびこるんじゃね?」
「さぁ? やったことないから分かんない。後でやってみよう!」
「なんか発想が怖いんだけど……」
わいわいと話している子供達。
「いーところに気が付いたね、セイヴ。実はそうなんだ。強盗プレイをするプレイヤーは、実はいる」
「やっぱり」
「でも、意外にはびこってはいない。通報システムがあって、ペナルティもあるし。そういうプレイヤーを『吊る』ことに熱心なプレイヤーもいなくはないし。それに、犯罪プレイヤーを『吊る』ジョブもあるんだ」
「それって警察みたいなものですか? 吊るって、逮捕するってことですか?」
「その通りだよ、ノア。このワーブリには戦闘職の他に職業というものがある。父さんの場合は〈鍛冶屋〉。カッコいいだろ……?」
「とーさん、武器まだー?」
フフ……末っ子はマイペースッ……!
武器を抱え、素直に戻る父さん。
イグアスけっこう気が短いから……怖い目するから……。
「じゃーん!」
アイテムボックスに入れておいた武器から選んだ、彼らにぴったりであろうそれらを、一つずつ並べていく。
「まず、ノアの剣と盾」
「あ、ありがとうございま……っ!?」
絶句したノアの肩を、ぽんとセイヴが叩いた。
「――無理に使わなくていいと思うぜ」
「仲良くなったNPCのメリダさんの家の納屋にあったのを、譲ってもらってね。父さんの鍛冶スキルで鍛え直したんだ」
「ほー」
セイヴが横にやってきて、ヤンキー座りで父さんの肩に手をかける。
「なあ、親父のことだから、名前付けてんだろ?」
「《世界に黄昏を告げし剣――ラグナロクブレード》と《混沌より産まれし、カオスシールド》……」
「ゲーム初日にそんなモン手に入るかアホ」
ぐおお……今までで一番辛辣なツッコミを一息で……。
「親父、持って来たモンをよく見ろ?」
「はい……」
床に並んだ最終兵器シリーズを、セイヴがちょいちょい、と指差す。
「これなんだっけ?」
「《強盗に立ち向かいし防犯用の剣――ウッドブレード》と《古くなった鍋蓋より産まれし、リメイクシールド》……です……」
「うん。そうやって親父がいちいち正直に話せば、時間が無駄に過ぎなくて済むから、な?」
ぽんぽん、と優しく肩を叩かれた……鋭いツッコミより堪える。
「父上……レベル1だし、俺これでいいよ。とりあえずは」
「ノアきゅん……」
ドワーフのつぶらな目が潤む。ノアきゅんは笑顔でささっと剣と盾を回収し、後ろに下がった。もう話をサクサク済ませたいと言わんばかりに……。
「セイヴのは、この槍?」
イグアスがひょいと摘まみ上げたのは、先を削って尖らせた細長い棒的なもの――
「あ、はい。先っぽ削った竹です」
「ふつーに言われるとそれはそれですっげ腹立つな……」
ワガママボーイなセイヴきゅん……。
「これに魔石を装着することによって〈魔法の竹槍〉になるけど、現状、ただの先っぽが鋭い竹です。硬いものを刺そうとすると、折れるので気をつけてほしいです。柔らかいとこに刺すと、たぶん痛いです」
「柔らかいところに刺してやろーか……」
「じゃ、これがボクの?」
首を傾げながら、イグアスが拾い上げた物を、セイヴは顔をしかめ、ノアは目をぱちくりさせて、見た。
「い、石……ですか……?」
「ただの石に見えるな……」
「あ、握りやすい」
河原で見つけ、ピカピカすべすべになるまで磨いた黒石を、イグアスが手のひらの中でぎゅっぎゅっと掴む。
「そうそう、それ握ったまま殴ると、すごく痛いんだ」
「よし、イグアス。そのまま力いっぱい、あのオッサン殴ってみろ」
「えー、とーさん死んだらどうしよ。デスペナルティあるよ?」
「うわ、このゲームって仲間の攻撃で死ぬんだ……」
「理にはかなってるんだよ!? ワーブリでは握った石だって〈格闘士〉の立派な武器なんだぞ!」
「ほんとにどんなゲームなんだよ……やなとこリアルだな」
「きれーだし、一応持っとこ」
腰のベルトに下げたちっちゃな巾着袋に、イグアスが石をしまう。
ふふふ……ガラクタを集める犬っぽいぞイグアスきゅん!
さて。
すちゃっと立ち上がるドワーフ。
手には自分だけ鉄製の斧!
「よし、武器はおのおの行き渡ったな?」
「ゴミの間違いだろ」
「あ、この盾、焦げ痕ある……」
「そういやお鍋の蓋って、木なのになんで燃えないんだろ?」
とりあえず、窓から放り捨てるような子はいなくて、僕は内心ほっとしていた。
さぁ、いよいよ、冒険の旅へ!
王都グラムストンを飛び出し、息づく大地へ。
美しい世界へと、家族で踏み出すのだ!
――もちろんフラグである。
準備編終わりで次回から初めての冒険です。




