第九話 息子達の進路相談・イグアス編
「ねーねーねー! 面談って、なにすんの!?」
いきなりのテンションできた。
セイヴが出て行った後にすぐ飛び込んできたイグアスは、柴犬みたいな先がくるっとなった尻尾をぶんぶんと振って大興奮している。
興奮したらその脳波を読み取って尻尾が動くのは獣人族の特徴であり、ウリでもある。この種族は言うまでもなくとても人気がある。
が、本来の僕らの体にない尻尾や獣耳の動きが気になって、スムーズな動きが出来なくなったりすることあるらしい。
他のゲームでも獣キャラアバターで慣れてる人じゃないと、初心者はけっこう獣パーツに『酔う』らしく。
足を動かしてるつもりで尻尾動かしてました、とかあるらしい。
そういう心配はイグアスはなさそうだが。
椅子にぴょんと飛び乗って、そのまま椅子の上であぐらをかく。
「とーさんが思ったより頼りになる人で、びっくりした! 絶対ボクが一番経験者だと思ってたから! でも難しいの考えるより、体動かすほうが好きなんだよね。だから、とーさんが頼りになって、めっちゃ嬉しい!」
おおお、好感度爆上がっとる……。
「早速だけど、ボクの進路について聞いてもらっていい!?」
「お、おお……?」
前のめり気味にきたイグアスだったが。
すぐに、すう……と真顔になった。
「……ボクのキャラ作りなんだけど、これでいい……?」
「えっ、キャラ作りでやってたの!?」
自ら作ってたヤンチャ属性なの!?
「ええー……本来のイグアスはどういう子なの……?」
「あ、うーん、わりと、普通かな」
「普通でいいんじゃないかなぁ」と言うことは僕には出来ない。
ドワーフ父さんプレイし始めたの僕だしな。なりきり好きだし。
「僕はヤンチャ系少年キャラ嫌いじゃないよ。イグアスの見た目にあってると思うし」
他の二人より小柄で、動きもちょこまかしてて、ほんとに小犬みたいだし。
「無理してるキャラなの?」
「ううん。昔から、『幸太郎くんは元気だね』とか『いつも明るいね』とか『活発だね』とか言われてたよ」
なんだ。
「じゃあ、そのままのイグアスでいいと思うなぁ」
「そう? ボク、リハビリでいくつかゲームやってきて、どれもこういうかんじでいってたけど、もっとスポーツ系とか、格ゲーとかが好きでやってたんだよね。そこそこ出来たもんだから、そこじゃけっこうガチ勢だったの。で、周りも大人ばっかでさ」
「うんうん」
「こういうゲームも少しはやったけど、そんなに長続きしなくて。で、ワーブリで久しぶりに同じ歳の男子と遊べるってなって、すげー楽しみにしてたんだけど」
「ふむふむ」
「ノアとセイヴに会ったらさー、同じ歳の男子にしては思ってたより子供っぽくなかったから。なーんかボクだけ小学生みたいでバカみたいじゃん?」
「そう? 一番中学生っぽいと思うけど」
見た目とキャラが合ってて、可愛いやんけ。
僕の中学時代のほうが遥かにバカだったぞ。暗黒司教とかやって。
たしかに、長男と次男ときたら、僕のテンションにまったくついてこないが。
ノアはまんま思慮深い優等生ってかんじだし。
セイヴもリアル中二とは思えない冷静さで僕をいなしていく。
キャラメイクをほぼデフォルトで終わらせちゃうし。
ノリノリで挑んだ大人が悲しい。
イグアスの無邪気さは父さんの心の拠り所なんだけど。
「でさー、もっと裏設定とかあったほうがいいかな? って。明るく見えて闇の力に惹かれてたりとか……」
「ああー……嫌いではないけど、闇堕ちはなぁ……」
僕は腕組みし、眉間に皺を寄せ、言った。
「――正直、闇堕ちはノアにしてほしい(笑)」
「あーっ! それめっちゃいいね! 分かる分かる!」
ぱちぱちぱち! と手を叩くイグアス。
勝手に闇堕ちさせられる長男。
「真面目キャラの闇堕ちは王道というかね……」
「大事な人を無残に殺されたりとかでね! 父さんとか!」
「俺やん」
「セイヴのほうが正義の道を歩んだりするんでしょ?」
「それな。闇堕ちした兄を止めるために光の道に足を踏み出す弟……」
「その場合ボク、要らない子じゃない?」
「獣耳ポジってだけで存在意義はあると思うが」
「女の子キャラメイクすればよかったかなぁ」
「たしかに、犬耳女子は可愛いけどさぁ」
でもこの子は、意外とキャラ作り出来なさそうなタイプだと思うが。
女子になってスカート履いても大股広げて座るタイプだろ。
「でもやっぱ、ヤンチャなイグアスが父さんは好きだぞ」
「そう? このキャラのままで大丈夫?」
「うん。子供っぽさがいいと思うよ」
「とーさんがそう言うなら、このままでいっかー」
イグアスがばっと両手を上げ、ぐいーっと伸びをする。
「すっきりしたー! さっすがとーさん!」
「それは良かった」
僕も目を細めながら、ドワーフっぽく髭をナデナデする。
しかしこれ何の進路相談???
進路相談って何だっけ……。
「さっき聞いたけど、ノアは〈盾剣士〉で、セイヴは〈黒魔法士〉するんでしょ? いーと思う!」
あ、せやせや、戦闘職を決めるんだった!
「ボクは、〈格闘士〉をやるつもりだけど、いい?」
「もちろんいいと思うよ」
セリアンスロープの中でも犬科は、敏捷性が高く、筋力もまあまあある。一番人気の猫科は、より敏捷性が高い代わりに、筋力や体力で落ちる。
【獣人族(犬科)の種族値】※タケトン調べ
体力・高め。
筋力・高め。
防御力・普通。
敏捷性・高め。
魔力・低め。
精霊力・低め。
信仰力・ほぼ無し。
種族値自体が物理に振り切ったかんじだ。
更にここに、〈格闘士〉の成長値が加わる。
【格闘士の成長値】※タケトン調べ
体力・高め。
筋力・高め。
防御力・やや高め。
敏捷性・めっちゃ高め。
魔力・ほぼ無し。
精霊力・低め。
信仰力・低め。
高いところと低いところが種族値に綺麗にかぶっているので、長所はグングン伸び、魔法方面はからっきしになるだろう。
防御力はやや物足りなくなるかもしれないが、当たらなければどうということはないのだよ?
そのへんは格闘ゲームで鍛えたイグアスの腕にかかっているが。
「それでさ、ボク、格闘系のユニーククラス〈最高闘士〉を目指したいんだ! せっかく皆でゲームするんだから、この世界で有名になりたいし!」
「おお!」
末っ子は夢がデカい。
この子のこういうとこが可愛いので、変なキャラ付けは要らんと思うぞ。
「そんで、ノアが〈神聖騎士〉でしょ。セイヴは〈天魔導士〉。ボクが〈最高闘士〉!」
「いいね、いいね!」
そして僕はその息子達の父さん!
「父さんも、王様とかになってよ!」
「え? いやー、父さん〈鉱山王〉になれれば充分だよ……」
別にユニーククラスでもなんでもない。お金持ちになりたいだけです。
「新大陸とか発見して、オニギール王国作ろうよ!」
「いや新大陸とかは運営次第というか……」
「それまでボクが何でも倒してやるからさ!」
「頼もしいけど……」
椅子に座った状態から、ほっ、と後ろに宙返りし、人差し指一本で椅子の背にぴたりと逆立ちして見せた。
「えっ!? なにそれ!? すっっっっご!!!」
「すごいっしょ?」
えへへと笑いながら、尻尾をブンブンと振る。
このスーパーバランス感覚は、VRゲームをただやり込んでるってくらいじゃ出来ない。
「ボクねー、フルダイブゲームの中でなら、何でも出来るよ!」
くるっと回って、着地する。
事故に遭ってから、今でも満足な日常生活は出来ないと、万葉から聞いている。
でも、明るくて良い子だよな。
彼に関しては、現実の姿をベースに作るのではなく、今まで作っていたキャラをこのゲームにコンバートして構わないと万葉に伝えた。
そういう僕の提案はすべて、あらかじめ万葉が全員の親御さんとしっかり話し合っている。
僕は、僕の希望で、それぞれの事情を深く聞いていない。
じゃないと、僕のほうが接し方を考え過ぎてしまいそうな気がしたのだ。
そのぶん、駄目なものは駄目と言っておいてもらわないと、タケトンすぐ調子に乗るからね……。
「イグアスはずっと、そのアバターを使ってるの?」
「ううん。色々。ムキムキのオッサンとか女の子も使ったことあるよ。でも今度のは、ちゃんと自分の体ベースで作ったよ。ノアもセイヴもそうでしょ?」
「えっ、そうなの?」
他の二人が少年骨格のアバターを使うということだけは、万葉から伝えてもらった。そこはもしかしたら、イグアスも合わせたいかもしれないと思ったし。
顔や体型はいじっていいと全員に言ったけど、ノアとセイヴは単に変えなかっただけだ。
イグアスだけひどく小柄なのは、キャラメイクじゃなくて。
今の彼の体が、事故の後遺症で充分に育っていないか、元気だった小学五年生のときの姿なのかもしれない。
「あー、顔とか肉付きはちょっと変えたよ? 現実の体、ショボショボだもん。まだ上手く歩けなくてさ」
あっけらかんと言うが、僕の方が泣けてきそうになる……。いかんいかん。しんみりさせるのはイグアスの本意ではあるまい。
キャラなんて作らなくても、君は充分強くてカッコいいぞ。
「でさぁ、とーさん」
「ん?」
再び、イグアスがものすごく真剣な顔をする。
「喋るときにさ、語尾に『ワン』とか付けたほうがいいとかある?」
「……それはね、すぐに付け忘れるようになるから、やめておいたほうがいい」
今は亡き『ウォッホン』のことを思い出し、僕は目を細めた――……。




