プロローグ 妹からの依頼
「お兄ちゃん、ゲームするよね? これあげる」
誕生日プレゼント、と言って妹から貰ったのは、発売したばかりのゲームだった。
「最近はあんまやってないよ……」
「そう。じゃあちょうど良かった。久々にやったらきっと楽しいよ」
なんだそのポジティブな思考。
《world of the breeze》。――《そよ風の世界》でいいのか?
いまひとつゲームっぽくないタイトルだ。地味っていうか。つまんなさそう。
パッケージはイラストも無くシンプルにロゴだけ。
裏面に、《触れて、感じて、息づく、世界》というキャッチコピーが入っている。いちいち区切るのがイラッとする。
「フルダイブ型VRMMOか」
「へー。そう言うんだ」
妹が興味なさそうに言った。何も分かってないプレゼントをありがとう。
専用のヘッドギアを装着し、仮想現実の世界を楽しむ精神没入型ゲームはひと昔前に流行った。
が、時間の限られた学生や社会人は、携帯型端末で手軽に遊べるゲームに戻っていってしまった。
かくいう僕もハマったのは大学三年の頭くらいまで。就活、そして社会人になってからは自然とやらなくなった。
仕事から帰ってきて何時間もフルダイブ出来ん。寝落ちばっかしてたからな。
僕のような寝落ち社会人プレイヤーを狙ってPKして経験値やアイテム、金を奪う奴にせっせと貢ぐためになんでログインしなきゃなんないんだとキレてやめてしまった。
パッケージ裏の説明や、説明書を一通り読み、僕は呟いた。
「まあ、古き良き時代のゲームだねー……」
「過去にしないでよ! ちゃんと最新作なんだから! 高かったんだから!」
妹の万葉が憤然とする。
と言っても、いまでもファンは多いジャンルだから、それなりにプレイヤーはいる。
すでに昔からあるいくつかの有名作はバージョンアップを繰り返し、どんどん洗練され、古参プレイヤーはその世界にどっぷりだろうが、これから新規でVRMMOを始めたいという者は、やっぱり発売日からプレイしたいだろう。他のプレイヤーと大きく差が無いほうが楽しいし。
そんな新規層を狙って、毎年いくつかのタイトルが発売されている。
巷では数年前から、携帯機で育てた電子モンスター同士を街中で戦わせる、フィールドワーク型対戦ゲームが爆発的な人気を誇っている。
腕に装着するタイプのゲーム機で子供たちの心を大いにくすぐり、バトル時に装着するゴーグルをかけると、バーチャル映像で自分だけのバディモンスターが見えるようになるのだ。
大人にはハードル高けぇ……と思われがちだが、しっかりハマっている大人も多い。
ゴーグルを装着するといつでも自分の育てたモンスターに出会える気軽さが人気だし、ペット感覚で楽しんでいる者もいる。
まあ、とにかくいまの流行りは、現実世界にゲームのほうが寄ってきたもので、ゲームの世界に飛び込むなんてのは、時間の限られた生活の中じゃ没頭できる人間のほうが少ない。
結局その中で接するのはリアルな人間だから、現実並みの人間関係や気苦労が発生して、今の僕みたいに休みの日は極力誰にも会いたくない人間には不向きだった。
「とにかく、せっかくプレゼントしたんだから遊んでよ」
「はぁ……分かった。けど、なんでいきなりゲームなんか? 懸賞で当たったとか?」
「懸賞で当たったものを誕生日プレゼントに渡すほど、さすがにケチじゃないわよ」
「でも僕の誕生日は先月……」
「遅れてごめんね」
てへっ☆ というかんじでぺろっと舌を出す妹。漫画でしか許されないなこういう仕草。というか二十六歳にもなって恥ずかしくないのか。
「何を企んでるんだ?」
「し、失礼ね……! 企んでないわ。頼みたいだけよ!」
「ほう」
やはり企んではいたようだが、隠す気はないようなので話が早い。
「インターネットのボランティアサイトがあるの。とある教師が始めたサイトなんだけど、有志の教師が相談員として参加してて、子供の悩み相談に乗っているの。イジメに遭ってるとか、親とうまくいかないとか、障害を持っているとか、なんらかの理由で不登校だとか、色々な子供たちが相談してくるんだけど、担当を割り振って、相談員がメールのやりとりをするの」
万葉は教師だ。それもかなり熱心な部類の。やる気のある教師とそうでない教師の差が激しいといつも憤っている。
昔から正義感の強い奴だった。
「私、そこの相談員をやっているんだけど、相談の数がすごくて、一人の相談員が親身になって話せる数が限られてるのが実情なのよね」
「だろうね」
「ボランティアとはいえ、相談員は他の相談員の紹介がほとんどなの。だって子供たちは真剣な悩みをぶつけてくるんだもの。適当な人員を増やせないでしょう?」
「そりゃなぁ。中には本当に死を考えるほど追い詰められてる子もいるかもしれないし」
「そうなのよ。で、お兄ちゃんにお願いなんだけど」
「うん」
嫌な予感しかしない。
「私を手伝ってくれない? ううん、してください!」
頭を下げる妹に、僕は普通に嫌な顔をしてしまった。
「ボランティアのボランティアをしろと……?」
妹たちの志は立派だと思う。
でも僕は立派ではない。
遠い国の紛争や貧困や地球温暖化に胸は痛めるものの、仕事に疲れて帰ってきたら、カップラーメンをすすってゴミを出し、電気もテレビも点けっぱなしで眠ってしまうような人間だ。
平和な国に産まれ、両親は健在、安月給だが定職に就き、彼女こそいないものの、そこそこに恵まれた人生を送っている自覚はあれど、自分のことで手いっぱいと感じる人間だ。
たまの休みは何もせずに惰眠をむさぼったり、外に出ずに一日過ごしたい。
そして日曜の夜にはサ〇エさんを観ながら明日なんて来なきゃいいのに……と思っている。
昔、彼女のクラス内でイジメが遭ったとき、毅然と立ち向かっていた妹。
それがきっかけで、教師を目指した妹。
人間としての出来が違う。
「相談員とかは、ちょっと無理だよ……俺、人にアドバイスできるような人格者じゃないし」
「人格者なんて大げさな。ちょっと手伝ってほしいの。遊び感覚でいいから」
「遊び感覚?」
まさかそこで、このゲームが関係してくるのだろうか。
ゲームなんていっさいやらない、生き甲斐は仕事、趣味は年に二度の南国旅行とそこで楽しむマリンスポーツという、身も心も健全かつ健康ってかんじの妹と、僕の手にある新作ゲームがそれまでまったく結びつかなかったのだが、そろそろ結びつきそうだ。
妹はパン! と顔の前で両手を合わせ、僕を拝んだ。
「このゲームで、子供たちと遊んでほしいの!」
……そうきたか。