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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悲劇のヒーロー

作者: ましゅ

 僕はヒーロー。


 愛と勇気と、正義の使者である。

困っている人は放って置けないし、どんな危険にも臆せず立ち向かっていく。

それがヒーロー。それこそがヒーロー。

 ヒーローは正義の具現化であり、言ってしまえば人類を助ける・見守る立場という点では神にも肉薄する存在だと考えている。だけれども決して奢ってはいけない。「常に謙虚な心をもて。」それが、我が家系代々に伝承される「ヒーロー学」というものだ。


 父さん、母さん。

僕は今日もヒーローとしての勤めを果たしてきます。



 今日は村外れにある森の付近で見回りだ。

ここは最近若い女性の行方不明が後を立たない。犯人の目撃情報は未だなし。一昨日も一人、若く美しい少女が消息を絶った。


 他のヒーローもこの事件については力を入れて取り組んでいるはずなのに…この事件については、誰からも情報が共有されない。

犯人は相当な手練れに違いない。


 見回りをしていると、一本の樹の根元に、一人の人間の存在を発見した。

もしかしたら、件の行方不明者かもしれない!

そう思うと胸が騒ぐ。


 僕は急いで駆け寄る。

…どうやらそこには、一人の少女が、樹の幹を背にして座り込んでいるようだ。

「おおい、そんなところで何をやっている? 私はヒーローだ。決して怪しい者ではない」

少女の目には怯えの色がみえた。

震えるばかりで、話すことはできないようだ。

もしかすると、僕のせいで怯えさせてしまっているのかもしれない。僕が誘拐犯だと勘違いしているのだろう。

僕は努めて明るい声色で話しかける・

「大丈夫。僕はこの街を守るヒーローだよ」

少女は怯え半分、疑い半分、といった様子だ。

よく見ると、なかなかの美少女だ。

どこぞの貴族が持っていそうなお人形のように整った顔。胸まで伸びたブロンドの髪。歳は15、6くらいだろうか。少女と女性の境界線特有の、甘酸っぱい香りが鼻腔を突く。

「困っていることがあったら何でも言って。 あ、何でもっていうのはちょっと冗談だけど…僕もまだ見習いの立場だからね。でも遠慮せず話してほしいな」


 ヒーロー学その1。「相手の事を考えて行動せよ。決して自分本位にはならない事。」

父さんから耳にたこができるほど聞かされた、ヒーロー学の最重要事項を頭の中で反芻する。


 そよ風が辺りの景色を優しく揺らす。

悪質な事件が起きているなんて思えないほど、平和だなと思った。


「あの…」

か細いけれども透き通って響く声が聞こえた。

少女が僕に呼びかけていた。

「は、はい、何でしょう? 」

なんて間抜けな返事だ。ヒーロー失格だ!

「あの…私をこの森の向こうにある街までつれて行ってくれませんか? 」

「街、かい? 」

少女は僕を見つめ、こくりと頷く。

「はい。この森の先にある街に、私の友達が待っているんです。一人で行けると思って来ましたが、どうやら道に迷ってしまったようでたどり着けないのです」

「そうか、友達がこの先の街で君を待っているんだね。でも、この森は最近物騒な事件が絶えない。それは知っていたかい? 」

「はい…」

「なら、一人で行動してはダメだ! 僕が一緒に行こう。それではどうだい? 」

僕は手を差し伸べる。


 ヒーロー学その2。「話がある程度進んだら、まるで旧友に接するように親みを込めて相手をするように」


 森の中を歩きながら、ただ歩くだけではつまらないので、色々な話をしようと試みた。

あまり少女は多くを語らない子なのか、わかったことといえば、友達に会うために森を抜けようとしていたこと、そして村を出たのは昨晩だったことくらいだった。

「それにしてもあの森近辺で一夜を過ごしたんだね。無事で何よりだ」

「どうしても友達に会いたかったので。危険とは知っていたのですが…」

「でも、僕がいるからもう大丈夫だよ」

僕が笑いかけると、少女もはにかむように笑った。

確実に、少女は僕と打ち解けてきていた。


 日暮れが近づいてきた頃、ようやく森を抜けるところまでやってきた。

徐々に厚みを無くしていく森の樹々の隙間から、目指す街の石垣が垣間見える。

ここまで5時間くらいは歩いただろうか。流石に僕も疲れを感じていた。

街に到着したら一晩泊まって疲れを和らげよう。

 疲れを貯めないのも、ヒーローには大切なことだ。

これも、学んだヒーロー学の一つ。

しかしここまでの道は長かった。

でも、それは隣にいる少女にとっては僕より過酷なものだっただろう。

「…お疲れ。ようやく君の目指していた街にたどり着いたね」

はぐれないように、道中は少女の手を握って歩いていた。


 小さな手。


 僕はこうして今日も、一人の願いを叶えたのだ。ヒーローとして、この瞬間ほど冥利に尽きるものはない。

そして、少女はやっと友達に会うことができる。

「さあ、一緒に街に入ろう」

僕は笑って少女を見やる。

しかし、そこには少女はいなかった。

否。

僕は、少女の手だけを握っていたが、少女の本体はどこかに行ってしまっていた。

否。

僕は、「本体と引きちぎられた腕」だけを掴んでいた。


 引きちぎられた腕の部分は、何と表現すればいいのか、とても複雑にぐちゃぐちゃで、何と表現すればいいのか、行き場のない血がとめどなく地面を赤く濡らしていた。そして、留まるところを無くした肉片が、ボタリ、と僕の足元に落ちた。


「なにー」


 どういうことだ

 何が起きた

 あの少女はどこに行った?


 混乱する。

 けれども僕はヒーローだ。有事の時でも冷静でいなければ。

 気持ちわるい!

 少女の腕を投げ出したいがグッと堪える。

 そっと、地面の上に置いた。


 血はまだ温かい。

 ということは、少女から分離して間もない、ということだ。

 僕が街の近くまで来て気を抜いてしまったのが行けなかったのだろうか。

 早く少女を見つけなければ。

 今ならまだ、生きているかもしれない。

 

 辺りを見やる。

 どこを見ても樹、樹、樹。

 異常は僕の足元にあるそれだけで、あとは何の変哲もない日常が展開している。

 僕はどうすればいい?

 ヒーロー学には、人の生死の危機に直面した時の対応はない。

 そういう、重要な側面については、完璧に無視だ。

 これまで疑いなく信じていたヒーロー学が、あの神秘的な絶対的な存在のヒーロー学が、初めて無価値なものと思えた。

 僕はどうすればいい?

 どこを見ても少女は見つからない。

 上、下、右、左。

 どこを見ても見つからない。

 「おおい」と呼びたい。

 けれども口元が、喉元が強張って動かない。

 目だけが、少女を探して右往左往する。


 ガサガサ…

 その時。

 その時背後から、葉が擦れる音が聞こえた。

 少女か?!

 僕はその方を見る。

 生きているのか。無事なのか。助かるのか。

 脳裏ではこれからの対応が次々に浮かぶ。

 …しかし、そこにいたのは少女ではなく、一人の成人男性だった。


 随分小汚い格好をした男性だ。もしかしたら俗にいう「浮浪者」というものかもしれない。人間の端くれにも置けない、野蛮民族だ。

少女ではない絶望感、野蛮民族に出くわしてしまった怒りから衝動的な殺意が芽生えた。

腰に下げた短剣を引き抜く。

「ま、待て、ハンス…!」

野蛮人は叫ぶ。

ハンス。それは僕の名前だ。

どうしてこいつが僕の名前を知っているんだ?

手元を緩めると、野蛮人は両腕を広げて叫ぶ

「俺だ。俺はヴィンセント。ヒーローだ」

「ヴィンセント…?」

それは僕と共にヒーロー学を学んだ学友の名ではないか?

ヴィンセント、と名乗る野蛮人は首を大きく縦に振る。

「そうだ、ヴィンセントだ! ハンス、俺を助けてくれ…」

近くヴィンセント。

懇願するように、安堵するように、泣きながら近く彼の手には、血が固まってこびりついた一本の脚が握り締められていた…



 森の魔女。

 昔、ある村はずれの森の中に、一人の魔女が住んでいました。

 魔女は別名「英雄殺し」とも呼ばれていました。

 当時、世界にはヒーローが存在していました。ヒーローは秩序を守る番人のような役割で、世界が平和であるように、人々が幸せであるように、常にあらゆる地を見守っていました。人の不幸や絶望が好きな魔女は、彼らの存在が面白くありません。

 そこで、魔女は彼らの盲点をつくことにしました。

彼らは平和を守るものではあるが、人の生死に対応する術は持っていないということ、そして、彼らが代々伝わる「ヒーロー学」を神聖視して行動している、つまるところ、応用力がないという点を。

 魔女は村から若い少女を拉致し、捕食した後にその姿そっくりに変身した後、森の中でヒーローを待ち伏せします。そして、適当な理由をつけてヒーローと行動を共にします。目的付近になると、魔女は自分の身体の一部分を切断し(再生能力を持つ魔女には痛くも痒くもないことです)、相手を狼狽させる。原因がわからず、また少女の生死もわからない状態のヒーローはどうすることもできません。その場を離れると「少女を見殺しにした罪」に。助けを求めて他人に助けを求めると「少女を殺した容疑」に、どうしてもかけられてしまうのです。何れにせよ、ヒーローにとっては致命的です。四面楚歌になったヒーローは、人を頼ることもできず、また、少女を見放すこともできず、森を彷徨い続けることになる。仲間を頼りたくても酒場や食堂での交流手段しか持たない彼らは、森から離れられない時点で詰んだも同然。そしてそのまま絶命する。

 それこそが、魔女の望んだフィナーレ。

 そして、多くのヒーローは生き絶え、誘拐事件は未解決のまま、時は流れていくこととなります。



 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。

 村はずれの森には最近、白骨遺体が多数見られるようになった。

 医者の見解では、それは全て成人男性のものという。

 昔「ヒーロー」という、警察の亜種みたいなものが世の中を風靡していたそうだが、彼らのものではないのか、と村の人々は口々に語る。

 今となってはヒーローの概念は絶滅しているが、何でも役立たずの集団だったという噂が伝えられている。




おしまい。

 






世の中、くそまじめな人って生きにくくないですか?

ルールに乗っ取って生きることが善しとされているはずなのに、どうしてそれを遵守すると途端に「使えねえ」とか「マニュアル人間」とか揶揄されないといけないんでしょうか?そして、どうして要領のいい人から使われないといけないんでしょうか。


そんな疑問から、この作品を書きました。


まあ、私はくそまじめな人間とは程遠いので、疑問を投げかける資格は多分ないです。


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