しあわせのかたち
全てをコウちゃんに話した後、コウちゃんは納得したようにうなづいた。
「なるほど。そんなことがあったんだね」
「…」
なにも言えないでいるあたしに、コウちゃんは優しく微笑んだ。
「ちょっと不思議に思っていたんだ。俺の学校の行事でなかなか結婚式の話が進まないとき、瑞穂は怒りつつもすこしほっとしたような顔をしてたからね」
「え?」
思いもよらない言葉に、あたしは驚いた。
「でも、今の話を聞いて一本筋が通ったよ」
「瑞穂は…彼が迎えに来てくれるのを、心のどこかで待ってるんじゃないのか?」
コウちゃんの言葉が、胸に深く刺さった。
自分でも気づかなかった想いを代弁されたような気がして。
「そんなこと…」
「無理しなくていいんだ。俺は瑞穂を好きだけど、瑞穂が幸せじゃないなら結婚する意味がないしね」
「え?」
「今ならまだ、招待状も出してないし」
「ちょ、ちょっと待って」
「ゆっくり考えるといいよ」
あくまで優しく言い放つコウちゃんが、ホントに大人の男に見えた。
あたしはコウちゃんを愛しているのよね?
恭介の事が、忘れられていない?
自分に問いかけてみても、返事は返ってこなかった。
あの日から1週間。
あたしとコウちゃんは暗黙のうちに少し距離を置いていて、連絡をとっても用件が済めばすぐ切るようになっていた。
ついこの前まであたしの目の前にあった、確かなしあわせのかたち。
あたしは毎日、自分に問いかけた。
『あのとき恭介について行っていたら、何かが変わってた?』
『コウちゃんを選んだのは、ただの"逃げ"だけ?』
何度考えても答えが出ず、何気なく部屋のテレビをつけた。
『先日、新作映画『愛の唄』の試写会で、舞台挨拶が行われました』
あまり触れたくないニュースが飛び込んできて、あたしは慌ててチャンネルを変えようとしたけれど。
『なんと最近注目されている俳優、池上恭介さんから重大発言?!をキャッチしました〜!』
アナウンサーが活き活きと伝えた後、VTRに移った。
『今回は小説が原作の純愛物語ですが、演じてみてどうでした?』
『いや、純愛って…せつないですよね』
『おっと、その表情、実は体験談アリ、ですか??』
『そんな…純愛ってほどじゃないですけど。僕も恋はしたことありますから』
会場がドッと沸きあがった。
「そんな正直に言わなくてもいいでしょうに…」
テレビに向かって突っ込む自分に笑顔になりながらも、胸がチクチクいたむ。
『それにこの前、ずっと忘れられなかった人にちゃんと失恋できたんで。これから先、頑張ります』
思わぬコメントに、会場にいる記者が一気に詰め寄った。
『え!?熱愛報道無くして失恋発覚??』
『お相手は?!』
『あの、ちょっと映画から話がそれたのでこの辺でこの話は終わりという事で…』
『じゃ、最後に全国の失恋しちゃった子へ何かメッセージを!』
『えぇ?じゃぁ…』
ひとつ咳払いをして、恭介が口を開く。
『僕は先日失恋をしましたが…同時に自分達の決断は間違ってなかったと、すごく嬉しく思いました。きっと彼女も今幸せでしょうし、僕も今こうして夢が叶って幸せです』
『全国の失恋中のみなさん、これに懲りずにまた恋、しましょう』
そしてまた、会場に笑顔があふれた。
『さ、ということでなんともユニークなトークで楽しませてくれる新人俳優の池上恭介さん!彼は要チェック!!ですよ〜みなさん!!そして映画の方は12月…』
"自分達の決断は間違っていなかったと"
この言葉が、あたしの中をぐるぐる回っていた。
"僕も今幸せです"
彼は描き続けた夢を、今かなえつつある。
あたしも、負けてはいられない。
あたしはケータイを強く握り、リダイヤル画面から発信した。
もちろん相手は"コウちゃん"だ。
RRR…
「…もしもし、瑞穂?」
緊張してるのが伝わってくるほど、コウちゃんの声はこわばっていた。
「今、いい?ちょっと話があるの」
久しぶりに聞く愛しい声に、あたしは少し泣きたくなった。
「うん、どうしたの?」
「あのね」
あたしは深呼吸して、コウちゃんに告げた。
「あたし、コウちゃんを愛してるの」
「あたしと、結婚を前提にお付き合いしてください」
しばらくの沈黙のあと、コウちゃんは笑いながら言った。
「なんだよ、結婚を申し込んだのは俺のほうでしょ」
「うん。でもあのときはあたしはコウちゃんの優しさに逃げていたから」
「…そうか」
「もう一度あたしのほうから言おうと思って」
喋りながら、涙があふれた。
「あたしと、結婚してくれる?」
「……」
あれ?
「こ、コウちゃん?もしもし?」
あまりの沈黙に耐えかねて、あたしはコウちゃんを呼んだ。
「もちろんです」
聞こえた声が涙交じりで、コウちゃんの深い愛情を感じた。
あたしはコウちゃんと生きていく。
強い決意と確かな幸せのかたちが、そこに見えた。
「今から行っていい?」
「だめ」
「え?」
「実は俺、もぅ瑞穂のうちに向かってるんだ」
どうりで。コウちゃんの声の後ろに聞き慣れた商店街の音がする。
―10分後、息を切らしたコウちゃんが真っ赤な顔でこう言った。
「たとえ逃げでも、その逃げる場所を俺のところに選んでくれたのなら大歓迎だよ」
「俺はすごく幸せ者だよ」
玄関先で靴を脱ぐのも忘れて、あたしとコウちゃんはいつまでも抱きしめた。
2人の間にある、確かな幸せのかたちを。
最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました。
連載とは言え、"ちょっと長い短編"のような話になってしまいました(-ω-;)
いろいろ突っ込みどころは満載ですが…今後にまた活かしていこうと思います。
もしよろしければご感想・評価などいただけると幸せです。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。