恭介
あたしが高校を卒業して短大に入った頃、恭介と出逢った。
出逢った頃から強い俳優志望だった彼はそういう専門の養成所に通いながらバイトして生活してた。
どうやら家族との折り合いがつかず、高校卒業と同時に家は出ていたみたい。
お互いお金がなくて、バイトに励む傍ら節約デートを楽しんでたっけ。
強い意志を持って前に進もうとする恭一が、なんとなく生きるあたしにはまぶしかった。
全力で好きでいてくれる恭介が大好きだった。
でも現実は甘くなく過ぎていく。
いくら稽古しても、舞台やドラマのオーディションに受かることはなかった。
養成所の仲間とサークルみたいな劇団を作っては、自費で公演活動とかしてたっけ。
ますますバイトしなきゃいけなくなった恭介は、あたしと会う時間を削って働いた。
その頃だったかな。
あたしの就職を機に、あたしのほうから一緒に住もうって言ったよね。
住む世界が違うっていう感覚から目をそらしたの。
だってそれでも一緒に居たかったから。
◆◆◆
「あ!この部屋いいんじゃない??」
「そうだなぁ…こっちもいいと思うけど」
「ホントだ…あ、でもコウちゃん、この部屋南向きじゃないよ」
「そっか。じゃ、これとか?」
「お客様、こちらのお部屋はいかがですか?キッチンも広くて奥様もきっと気に入る物件だと思いますが」
あたしたちは午後から新居探しのために不動産屋さんめぐりすることになった。
もっとも、ずっと前からあちこち探してはいるんだけど。
今日も2つの物件を見に行ったあと、こうして事務所に戻ってきた。
「もう一度家で妻と相談します」
コウちゃんがさらりとあたしを"妻"って呼ぶのがくすぐったい。
今日行った物件の資料をもらい、あたし達は事務所を出た。
「コウちゃんの"妻"扱い、だいぶ自然になってきたね」
あたしはニヤリとコウちゃんに向かって言った。
「からかうなよ〜。まだちょっと照れるの!」
「あたしも同じく」
「え?ホントに?」
クスクス笑いながら街を歩いてると、ある人だかりが出来てるのを見つけた。
「なんだろ、あれ?」
「んー、公開放送かな。ラジオの」
「あぁ。でも人の多さ的に…ゲストはそんなに大物じゃないな?」
ニヤリ顔であたしが言う。
「だな。地方にはなかなか大物は来ないだろうし。でもこれから大物になるヤツかもよ?ちょっと見る?」
「うん、そだね」
好奇心から立ち止まって見上げた先には透明なガラス越しに小さなスタジオがあって、DJの人が楽しそうにメール紹介だとか曲紹介をしてた。
あたし達の他に男女合わせて20人位の人が立ち止まってて…新人の歌手か誰かかな。そう思ってた時だった。
スタジオのドアが開いて、2人の男女が入ってきた。
見覚えのある、笑顔をつれて。
『さぁ、みなさんお待ちかねですね!12月公開の話題の純愛映画『愛の唄』より、主演の岡本美紀さんと準主演の池上恭介さんでーす!!』
『こんにちは。岡本美紀です』
『池上恭介です』
"池上恭介です"
―ドクン。
あたしの心臓が、重く鈍い音を立てる。
「瑞穂?」
コウちゃんの声も、周りの人たちの歓声も、あたしには聞こえなかった。