【3】
「どうだ? 出来たか?」
概ね、履歴書を書き終えた頃、隆太がスタッフルームの中に入って来た。
どうやら休憩時間になった模様だ。
「あ、隆太さん。そうですねぇ。とりま、こんな感じなんですが、どうです?」
言い、海は机にあった履歴書を隆太に渡した。
「どれどれ」
それにしても、車が履歴書を書くって、おかしな話だよなぁ……なんぞと、胸中でのみ毒突きを出して、つらつら読んで見る。
内容は、大体、こんな感じだ。
氏名・鈴木海。年齢18歳。
経歴・200×年 四月 市立サクラ小学校入学
201×年 同小学校卒業
201×年 四月 市立郡浜三中入学
201×年 同中学卒業
201×年 県立郡浜高等学校入学
201×年 同郡浜高等学校卒業
201×年 鈴木隆太と結婚見込み
「………」
隆太は眉をよじった。
見事な学歴詐称じゃないかよと、わりと本気で思ってしまった。
……と、言うか? だ?
「最後のは、経歴でも学歴でもないじゃないかよ……」
「大丈夫です。ちゃんとその通りになりますから」
「いや、そう言うんじゃなくてだな……」
ガチャッ
隆太が、どこからツッコミを入れてやろうか迷っていた時、室内のドアが開いた。
開けたのは、隆太より少しだけ年齢が若いかなと思われる女の子。
「乙です、先輩~」
声に水素でも詰まってるんじゃないかって位に軽やかな声を飛ばす彼女に、隆太も返事をしてみせる。
「ああ、お疲れ」
とりとめのない会話だった。
しかし、海の眉はよじれた。
この瞬間、海は未だかつてない程の大きな驚異と畏怖を感じていたのである。
つまり、いつもの海だ。
「隆太さん、この人は誰です?」
「うん? 本多真って言う、俺の学校の後輩だけど、それがどうかしたのか?」
海の衝撃は、更に増幅の一途を辿る。
「真の敵は、ここにいた………」
「……? 先輩、この子は?」
なんか、背後から地鳴りでも聞こえて来そうな勢いの海を前に、彼女……後輩だった本多真は不思議そうな目で、隆太に訪ねてみせた。
「まぁ、話せば長くなる」
「ふぅ~ん……そうですか。それなら無理に話さなくてもいいですけど~?」
真は、ご機嫌斜めだ。
この瞬間、海の不安が天文学的勢いで膨れ上がった。
「なんて事……こんな所に不倶戴天の仇敵になろう存在がいたなんて……」
海は大きくあとずさり、無意味にシリアスな顔をしていた。
それと言うのも、だ?
「く……なんだ、この女子力はっ! 1万……10万………いや、まだ上がって行くっっっ!」
……とかやってる、海の小芝居が全てを語っていた。
真は、誰もが分かる程の美人だった。
端整にキメ細やかな肌、それに負けない髪。そして服の上にエプロンを羽織っても尚、その存在感を誇示する胸元。
仄かに薫るシャンプーの甘い香りも、更に異性を無秩序に惹き付ける。
完璧過ぎた……女子力53万はカタイ。
「……本当に、この子、誰です?」
「色々あって、同居する事になった相手だ。まぁ、遠い親戚ってトコだな」
実際は、中古車ディーラーで購入した車だったけど、言っても信じてくれそうもないから、そう言う事にして置いた。
「えええええっ!」
刹那、スタッフルームに真の絶叫が轟いた。
「な、どっどうしたのよ、いきなり……?」
余りに大きすぎて、香織が様子を見に来てしまった位だ。
「な、なんでもないです。大声出してすいませんでした」
直後、真がすぐさま香織に頭を下げる事で、その場はなんとかなった。
……一応は。
「先輩。前に聞いてましたが……その……彼女なんかいないって、言ってませんでした?」
ゴゴゴゴゴゴッ!
真の背後に、得体の知れない何かが召喚される。
それは、比喩っぽい感じなのだが、正直、隆太には本当に何か得体の知れないオーラの様なモノを感じていた。
隆太の顔から血の気がさぁぁぁって、思いきり引いて行く。
「ま、まて、まこちゃん。お、お俺は、本当に彼女なんかいないんだ」
何かイヤな汗まで、額から流れてた隆太は、これでもかと言わんばかりに狼狽える。
口調もなんだか、おかしなモノにメタモルフォーゼしてた。
その瞬間。
「そう言うアンタは何様? ただの後輩でしょ?」
がしぃっ!
海が隆太の右腕を掴んで見せた。
さりげなく、隆太の肘に自分の胸を当ててた。
普通にあざとい。
しかも、隆太もそれに気づいたみたいで、思わず顔に出てしまう。
――ぷちん
……真から、なにやら、壊滅的な音がした。
同時に、隆太は背筋を激しく凍らせる。
なぜだろう? スゴく寒い。
いや、気のせいだよね? だって、まこちゃんは優しい良い子だし、今まで、こんな顔した事なかったし。
実際にそうかも知れないが、確実に現実からグッパイしようと、必死で自分に都合の悪い部分を削除しようとする隆太。
当然、そんな事をした所で、現況が一転する事はなかった。
――そして。
隆太は気付かなかった。
真が隆太に対して、とても優しく、そして魅力的な女の子然であった、その理由を……。
果たして。
「いきなり出て来て、あたしの先輩に何してくれてんの? あんたはっ!」
「はぁ? それはコッチの台詞ですよ、この乳だけ魔神!」
二人の見苦しい舌戦が始まった。
「いや、海……乳だけ魔神って、それブーメランだぞ? お前も結構だな……?」
「うるさいです! やかましいです! とりま、隆太さんは黙ってそこのテーブルでスマホいじって、ストライクショットでも放ってて下さい!」
「そうです! 私はパズ○ラでも良いと思ってます!!」
一応、止めに入った隆太だが、当たり前の当然の様に、二人の剣幕に押された。
でも、二人の台詞は色々と大概だった。
かくして。
「隆太さんは、海さん専用彼氏です! 他の女は一昨日来やがれな感じなんですっ! てか、分かりやがれです!」
丁寧なんだか悪いんだか良くわかんない悪態を吐く海と、
「だまらっしゃい! 私はあんたより全然先に先輩が好きだったんだからね! もう、何ヵ月も前から予約してたんだからねぇっっっ!」
負けじと声を大きく張り上げる真の姿があった。
他方、隆太は本当に部屋の隅っこで、ストライク・ショットしてた。
もう、色々と情けない男になっていた。
「はんっ! それなら、海さんなんか、隆太さんの前世から愛しているのです! それこそ、アンタの入る余地はないのです!」
「前世?……も、もしかして、あんた、ソッチ系の人?」
真は、少し引いて見せる。
実際、おかしな台詞であった事だけは確かであった。
所が、この台詞が、思わぬ伏線になろうとは、この時の真はもちろん、スタッフルームの端っこにいた隆太も気づく事はなかった。