【1】
確実に進んだ世界がそこにあった。
少なからず、その眼前に広がる物は、明らかに時系列から見て未来に値する。
なのに、何故か、それが当然だと思える自分がいた。
何故だろう?
良く分からない……どうして、自分はそう考えるのか? どうして、自分はここにいるのが不自然だと思えるのか? その答えが。
眼前ある光景、それは彼にとって見慣れた代物。
空中を舞う車、いきなり消える人。誰に向かって話しているのか分からないけど、確実に相手がいる会話。
それら全てが、常識の中にある世界。
……そして。
朗らかに笑みを見せる、水色髪の少女が……
「りゅーたさ~ん! 朝ですよ~!」
まどろみの中から声がした。
ああ、朝が来たのか……などと、心中で軽く呟いてから、軽くベットから身体を起き上がらせる。
覚醒した意識から転がり込んで来た物は、なんの事はない自分の部屋。
つい数日前までは、男やもめのむさ苦しい部屋だったのだが、予想の斜め上の納車劇の末、見事なビフォーアフター張りの劇的変化を遂げる事になった。
お陰で、見慣れた部屋の筈なのに、なんだか違う人の部屋にいる気分で一杯だ。
とはいえ、キチンと部屋を掃除してくれた訳だし、文句を言うのもお門違いである。
なにより、彼はS級のいい人だったので、部屋の模様替え位で文句を言う様な人間ではなかった。
「ご飯できてますよー? 今日はオムライスです」
快活な声に笑顔を乗せて、目前にまで来た海はベットから立ち上がった隆太へと答える。
「おー。いいね」
隆太はやんわりと返事した。
実を言えば、海は家事全般、大体なんでもこなせたりする。
見た目は普通の少女なのに実は車で、無駄にハイテクなのに実はアナログ思考の機械音痴で、車としての能力はスゴいのに、だけど方向音痴と言う、もはや何もかもが型破りな、歩く非常識な海だが、どうしてどうして、彼女との生活は予想外に快適その物。
正直、単なる家政婦とか、そう言うのだったらよかったのにと、隆太は嘯きたくなる。
しかしながら、本来は車でないと行けない存在だけに、隆太の心境も複雑だ。
一応、車としての機能はちゃんとあるし、実際に使ってはいる。
……いるんだけど、だ?
「今日は、眠くないよな?」
半分冗談、半分本気で言う隆太がいた。
「大丈夫ですよ~ぅ。そんな毎日やるわけないじゃないですか」
海は軽く手をプラプラさせて言う。
顔では言っている。任せてと。
だが、この数日で、彼女の言葉が全然信用出来ない物だとイヤって程、分かった。
その、もっとも分かり易い一例が昨日だ。
その日、休みだった隆太は近所のスーパーに向かう為、海に乗って向かったのだが、道の真ん中でいきなり海が寝てしまった。
……そう。
あろうことか、車の形態で、そのまま居眠りしてくれたのである。
当然、車は止まったまま動かない。
理由は、その前日にあった。
その日の夜、ネットで見つけた映画にドハマりした海は、そのままオールナイトでテレビとにらめっこを続ける。
その先にあったのは、突然のエンストならぬ、突然の居眠り車と言う、迷惑極まりない状態へと発展してしまうのだった。
「あんな思いは、マジ勘弁だぞ……」
「……あはは~。反省はしてます!」
正直、某・有名、ATフィールドを展開するアニメの主人公張りに必死で『うごけ! うごけ!』とか、やってた隆太。
あっちの方はスゴくシリアスだったけど、こっちの方は果てしなくふざけていた。
……と、この様に、何かとトラブルを起こすトラブルメーカーの様な一面もあり、最近はすっかり口からため息を吐くのに慣れてしまった感もある隆太。
それでも、ちゃんと良い部分はあるし、そこも評価しないといけないと考えてしまう辺り、本当にお人好しとしか言いようがない。
「そう言えば、今日はバイトですか?」
部屋の中心にあるテーブルに腰を下ろす隆太を軽く見据えながら、海は言う。
「ああ、そうだな」
隆太は即座に頷きを返した。
余談だが、隆太は近所のコンビニでバイトをしている。
18で高校を卒業した後、親元を離れ、現在の部屋を借りて生活していた彼は、ここから数キロ程度離れた場所にある大学に通う大学生でもあった。
一年の時に、他の人間より頑張った事もあり、二年目の今年は少し余裕のある学生生活を送る事が出来た。
まぁ、余裕があるのは、時間であって、お金ではなかったのだが。
「そうですか。出来れば毎日私のそばにいて、二十四時間フルタイムにR15指定だと警告される様な事をして欲しいトコなんですが……先立つ物は大切ですしねぇ」
「生憎、俺は盛りの付いた猿じゃないからな……」
「そうですねぇ。フルタイムだと、三日で腹上死モノかもです。そこはマズイですね」
「その台詞もマズイからな!!」
二人の会話は、朝も早くから相変わらずだった。
その後、食事を取った隆太は、ささっと着替えを済ませて玄関へと向かう。
「いつも思うのですが、私にのらないんですねぇ」
「そりゃ、すぐそこだからな」
職場となるコンビニは、徒歩3分程度の所だった。
車で行く必要など微塵もない場所だった。
「そうですよねぇ。そうなんですよねぇ。本当は毎日、海さんに乗って欲しいんです。常に私のなかに!」
「紛らわしい台詞を吐くんじゃないよっっっ!」
口をつぼめて言う海に、速攻で隆太は喚きを返した。
本当、この性格はどうにかならないかと、本気で思ってしまう。
「ところで、隆太さん」
「うん? なんだ?」
「ふと、思ったのですが、バイト先に女性とかいたりします?」
何気なく聞いた海。
この何気ない質問の後――
「ん? そりゃいるよ。菊地香織さんって言う、結構美人な人が……」
――と、隆太もまた、何気ない口調で述べた瞬間、世界が凍った。
まるで、極寒の世界へと空間転移してしまったかの様に空気が凍り付く。
隆太の口もその凍気にやられて、口を止めてしまう。
「……へ、へぇ……美人なんですか、そうですか」
言うなり、海はがしぃっ! と隆太の身体を両腕で捕まえる。
瞳から、じんわり涙が出てた。
「いきなり、なにするんだよっ!」
突発的に身体を捕まれた隆太は思いきり驚いてみせた。
「う~~~っ! だめです隆太さん、その職場は海さん的にNGです! 行くと、その人のルートが発生する危険性があるのです!」
「どんなルートだよっっ!」
「どんな……って、それは、そのぅ……考えたくないけど、その菊地さんって人と、隆太さんがドキドキわくわくな行為に発展して……」
そこまで言った所で、元からじんわりと出てた瞳から、本格的な泣きべそモードに突入する。
どうやら、自分で言った事を想像しただけで、涙が止まらなくなってしまったみたいだ。
「い、いや、まとう! 香織さんとは、そう言う仲じゃないから! お前が心配する様な事はないから!」
「うわーん! 隆太さんが浮気の言い分け始めてるぅぅぅっ!」
「言い分けじゃねぇぇぇっ!」
鈴木家の朝は、今日も騒々しかった。
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隆太の自宅から、徒歩三分。
ファミリーなコンビニがあるそこは、誰がみても分かる位、オーソドックスなコンビニだった。