【4】
この、フリルが付いた、女性以外が着用したら、その場で変態の烙印を押されてしまうだろう嗜好の逸品……もとい、パンツを手にした海がいる時点で、この売り場が男性には全く縁のない場所である事が分かるだろう。
そう。
ここは、通常なら例え彼女と買い物に来ていたとしても、売り場のエレベーターの近くにあるベンチでスマホいじりながら暇そうにしてるのが関の山と言える場所。
その名も、THE・下着売り場!
なぜ、最初だけ英語になっているのかは、貴方と私の秘密である。全くもって意味不明だ。
「………」
本来であれば、上記の通り、近くのベンチで暇そうにスマホでもいじってる筈だった隆太は、しかし、居心地の悪そうな顔して、海の近くに立っていたりもする。
なぜか? その答えは言わずもがな。ラブコメのお約束だからだ。
別名、男視点の罰ゲーム。
「どうです、隆太さん? これは、なんやかんやで夜の繁殖生活に潤いを与えてくれる絶品下着だと思うのです!」
瞳をキラキラと輝かせて言う海に、隆太は目をミミズにしていた。
「まぁ、そうな。うん……海がそれで良いのなら、良いんじゃないか?」
思考も見事に飛んでいて、話も全然聞いてない。
だから、結構な戯言を抜かしている海の台詞などにも、生返事に等しい声音を返していたのだが――
「ですよね! 私と隆太さんの繁殖活動には最適ですよね!」
「そうだな、繁殖かつd………ん? 繁殖?」
――適当に相づちを打っていたトコで、ようやく爆弾発言があった事に気づいた。
「いや、しないし! てか、おま……言ってる意味、分かってるんだろうな?」
「当然じゃないですか~♪ もうもうぅ、一杯子供作りましょー!」
「いや、お前、車じゃないかよっ!」
隆太は正論で攻めて見た。
「でも、私はちゃんとお月さまもありますし~?」
返事は理不尽で返って来た。
「……は?」
隆太の口がぽっかり開いた。
「だから、あるんですよ。月経。最初は精子を作るつもりで培養してたら、なんでか卵子が出来たとか、なんとか?」
「地味に生々しいな……」
「多分、培養元がお母さんのだったから、卵子になっちゃったんじゃないかな~って。
本当は、それで自分の男バージョンを作って、リアルお母さんになるつもりだったけど、そこから産まれたのは、卵子を製造可能にした私だったりします」
「やめてくれ、そんな開発秘話、聞きたくない!」
「そうですねぇ。とりま、この話はやめておきましょうか。本題は、私の下着ですし」
「それもそれで、なんだか生々しいぞ」
なんとなく、頭痛がして来たと、隆太は胸中でのみぼやく。
「もう、どうすればいいんですか? もっと際どいショーツがいいんですか!」
「誰もそんな事、言ってない!」
「もうぅ………わがままなんですから~」
「すまない、ちょっと頭痛薬買って来る……」
海が近くにある、なにやらもう、布の面積が色々とおかしいブツを軽く持ちながら言った辺りで、隆太はこめかみの辺りを押さえつつ、彼女から離れようとした。
ガシッ!
直後、隆太は身体全体で海に止められた。
小柄ながら、結構必死に隆太の足を自分の足でからめる様にして、しっかりと行動を塞いでいた。
「逃がしませんよぅ……隆太さん」
にっこりと笑いながら、しかし全く目が笑っていない。
彼女とて、必死だったのだ。
ここで、彼好みの下着をリサーチし、更に身に付ける事で、更なる躍進を遂げるつもりでいたのである。
ついでに、あざとい一面なんかも、心の奥底辺りに潜んでいたりする。
「今から試着しますから、隆太さんは、海さんの彼氏らしく、しっかりきっちり私の服をコーディネートして下さいねっ!」
「コーディネートって、下着じゃないかよっっっ!」
もう、隆太も隆太で必死だった。
ただでさえ、アウェー感が漂う女性下着売り場で、もうワンランク上の刺激的な要求をされているのだ。
当然ながら、そんな事は出来ない。
「大丈夫です、隆太さん。イタイのは最初だけです。その内、段々と快楽に……」
「いや、イタイって然り気無く文字がおかしいからな? てか、快楽になったら、もう終わってるだろ、それ!!」
その後、なんやかんやと喚き合いながらも、最後は海の下着姿を拝む羽目になる。
いい人ランクS級の彼は、ここでもまた、彼独自のスキル「強く言い寄られると拒めない」を発動させていた。
このスキルが発動すると、逆立ちしたって正論にならない事でも、あたかも正論を言われたかの様に論破され、そのまま押しきられてしまうと言う、極めて残念なスキルだ。
果たして。
「どうです……隆太さん。可愛いですか?」
自分から見せてはいる物の、やっぱり何処か気恥ずかしい気持ちになっていた海は、高揚で頬を赤らめながらも、その肢体を露にした。
隆太の精神に戦慄が走る!
可愛い顔して、実は恐ろしい子でもあった海のプロポーションは、まさに目を見張るばかりだ。
下着自体は健全で、上下白をベースにした物。
布地も、ヒモだったりとかしない。
だが、元々の体躯が、その全てをけちょんけちょんにしていた。
「………」
もう、言葉が出ない。
そして、むくむくと沸き上がる、男の劣情!
別に自分の意思ではないのだが、悲しいかな……童顔なのに立派に育った胸と、美しく括れたお腹に、純白のショーツのみが秘密のヴェールを隠すだけとなっている美少女を前にして、隆太のマイサンが覚醒寸前に!
お、落ち着け、落ち着くんだ俺のコスモ!
果たして、漢字にすると小宇宙な彼のコスモは、今にも爆発しそうな有り様であった。
直後、海の瞳が――
キュピ~ン☆
――と、光る。
恋する乙女は、彼の行動を一秒たりとも見逃さない。
その時、海は思った。
これは、私の必殺技になる!
………と。
もう、どっからツッコミを入れて良いか、分かんない事をしていた。
「これは買いですね!……あ、もう良いですよ、隆太さん。服を着ますから、そこらのベンチで休んでて下さい」
一定の戦果を得た海は、満足気に語ると、試着用のカーテンを閉ざして見せる。
「そ、そうか……良かった」
恐らく、困惑も加味してたろう隆太は、何が良かったのかわからないが、一応の相づちを打った。
きっと、鏡を見たら、スゴい顔をしているのだろう。
そして、自分の下腹部の分身はとんでもない事になっていたのだろう。
中々の辱しめを受けた気もするが、今はようやく解放された事への安堵で一杯だ。
その後、しばらくは海と百貨店には行きたくない病を発症してしまう隆太だったが、取り敢えずの余談として置こう。
夕焼けが空を覆い、大地が茜色に染まる頃、海のお買い物は終わりを迎える。
生活用品やら服やら小物まで、一通り揃えていたら、カラスが鳴く時間になっていたのだった。
「ふぅ~! 良い買い物しましたねぇ~。それじゃ、帰りますか」
「そうだな、大分、陽も暮れてきたしな……」
満足と言う二文字を顔一面に作っていた海と、疲労と言う二文字を顔一面に作る、実に対極的な二人がいた。
この、二人の表情が全てを物語っていると言える。
「荷物も多いし、帰りはタクシーでも拾うか」
「はい?」
何の気なしに答えた隆太を前にして、そこで海はスゴく不可思議な顔をしていた。
「忘れてませんか?」
「何をだ?」
隆太は酷く当たり前に言う。
海の頬がぷくっと膨れた。
「私はなんですか?」
「海かな? 少なくとも山ではない」
「いや、そう言うボケはいらないです。とりま、率直に言います。私は走る恋人です!」
「あああああっ!」
そうだったと、思いきり叫んでしまった。
いかんせん、今までが今まで過ぎたのだ。
「まだ、私の様な車はメーカーの企業秘密レベルなので、大っぴらには車になれませんが――」
言うなり、海は光に包まれ、一瞬にしてコンパクトカーの姿に変わって行く。
これで二度目ではあるが、やっぱり驚きしか、出て来ない。
余談だが、ここはビルの地下にある小さな駐車スペース。
故に、人目の付きにくい場所でもあった。
そして、即座に車になると――
『ふふふ……私の隆太さんが、ついに私のなかに入って……』
「先に一人で帰っていいか?」
『ああっ! そ、そんな、ちょっとした冗談ですよぅ~!』
――アホな会話をしていた。
バタン!
一通り、荷物を乗せた後、隆太も海に乗り込んで見る。
車内は、笑ってしまう位、普通の車だった。
そして、本日の目的が納車であった事を思い出した。
もう、散々な納車だったと思わずにはいられない。
けど……だ。
「まぁ、楽しくはあったか」
『? 何か言いました?』
「いや、なんでもない。じゃ、取り敢えず出発!」
言うなり、エンジンを始動……しようとしたが、鍵の差し込み口はもちろん、イモビライザー式のスタートボタンもない。
と、言うか、ハンドルもない。
「なんだ、これ?」
どう動かすって言うんだ?……と、思わず小首を傾げた瞬間、海は動いた。
キュイィィン……
小さな、モーター音が少しだけ耳に入る。恐ろしく静かだ。
「………」
勝手に動く事も驚きだか、その静かな音にも驚きだ。
エンジンではないと思っていたのだが、ここまで静かだとは思いもしなかった。
………だが、しかし。
隆太が真の意味で驚くのは、まだ早かった。
「違う! さっきの交差点を右!」
『え? いっ今、右に行きませんでした?』
「いや、全力で左に行ったぞ!」
海は、驚く程の方向音痴だった。
なんか、色々とハイテク過ぎて、驚く事しか出来ない数々を見せられた末に、実は方向音痴という、とてつもないオチまで見せられた隆太は――
「いつになったら、家に帰れるんだぁぁぁぁっっ!」
――と、夜も更けて来たお空に向かって大きな大きな声を張り上げる事になるのだった。
と、言う所で、次回に続く。