【3】
「いきなり、デートとか……おかしくないか?」
出会ってまだ一時間。
そもそも、納車が目的の隆太は、服装だってよそ行きではない。
最初からわかっていたのなら、それ相応の格好をして来たのだが、当然ながらそんな用意などしていない。
……百歩譲って、服装はまだ良いとしても、財布の準備は全然出来ていなかったのだ。
まさに致命的である。
「こんな事になるんだったら、余計な買い物とかしなければ良かった……」
隆太は遠い目をしてぼやいた。
つい先日、近所の書店に行ってた隆太は、何気なく向かった筈だと言うのに、見事な衝動買いで文庫本を買い漁っていた。
ついでに、ゲームソフトなんかも、大したやる気もないのに買ってしまう始末。
まさに、末期的な衝動買いと言えた。
その結果、現在の隆太の懐事情は氷河期の真っ只中と言える。
「どこに行く気だったのかわからないけど……正直に言うと、金がない」
「そうですか、甲斐性なしの彼氏って言う事ですね」
「甲斐性なしで悪かったな!」
間抜けな事にも、開幕からつまずいていた。
「大丈夫です、隆太さん。私は貴方が無一文の赤貧人生を謳歌している真っ最中であっても、決して嫌いになんかならないですから」
にっこりと言う。
「朗らかな顔して、メチャクチャ言うんじゃないよ……」
なんだか惨めになって来た……と、隆太が心の中で1リットルの涙を流しながらブチブチと声を漏らしてた時だ。
「早くも、これを使う時が来てしまった様ですね」
答えた海は、程なくしてワンピの腰辺りに付いていたろうポケットから、一枚のカードを取り出して見せた。
「これは、魔法のカードなのです」
ドヤ顔で言う海の右手に握られていたカード……それは、一枚のキャッシュカードだった。
「いや、それ、魔法のカードじゃないから。むしろ、人によっては魔法じゃなくて魔性のカードだから!」
「う?」
「……いや、う? じゃないし! 可愛い顔して不思議そうに惚けてもダメだし!」
キョトンとした顔の海に、隆太は慌てて言葉を返していた。
そもそも、だ?
「それ、誰の口座から引き落とされるカードだよ……ったく。勝手に他人のカードを使う事は、完全な犯罪になるんだぞ?」
嘆息混じりに呆れ眼で答えた隆太がいる。
同時に思った。
なんで、海がそんな物を?
答えは直接、本人の口からやって来た。
「私のお母さんの口座だと思います」
「……はい?」
「ああ、正確には、私のオリジナル……と言うか、制作者の人ですね」
「……ああ、そう言う事か」
軽い口調で説明して行く海に、そこで隆太は納得混じりに返答して見せた。
海に母親がいたら、母親もまた、コンパクトカーとかになれるんだろうか?……なんぞと、そんな事を考えてしまった。
むしろ、制作者である方が、現実味はある。
少なからず、今の海は普通に女の子してる訳だし、そのモデルになっている女性が、会社の関係者にいても全くおかしくはない。
しかし、そこを差し引いても、だ?
「海は量産されていたりとかしないの? 一々、一人一人が親の口座のカードで引き落としなんかしてたら、確実に破産するぞ、その人」
素朴ながら、疑問に感じる。
「ああ、そこはご安心を。今の時点で私の姉妹車は星の数ほど出回っていますが、人型に変形出来る車は、この時点だと私だけなんで。もちろん、カードも私だけしか持ってません」
「………なるほど」
言い得て妙だが、確かに納得は行く。
ずばり言えば、こんな車が世界に1台でもある時点でおかしな話ではあるのだが、そのおかしな車が既に何万台も量産されていたら、もっとおかしい。
変哲に理不尽を百グラム足して、ことこと煮込んだ後、隠し味に不条理を加える位、おかしい。
「まぁ、なのでお金の心配はそこまでしなくても良いです……が、あんまり使い過ぎると、お母さんが本気で怒るので、基本は生活に必要な物だけになります」
母親に叱られる車って、一体。
「………」
隆太は無言になってしまった。
なんだか、驚くのもバカらしくなってしまう。
「どうかしました?」
「いや………なんでもない」
もう、ツッコミを入れる気にもならなかった。
恐らく、これから何度も驚かされる事になるだろうし、この程度で驚いていては、精神が持たない。
少しだけ気丈になれた気がした。
「――あ、そうだ。今日から隆太さんチに住むから、生活用品とか揃えないとかもです。デート所ではありませんでしたね~★」
ハッと気付いて、テヘペロ状態になる海がいたとこで、隆太は思いきり愕然となっていた。
気丈に振る舞うんだと思っていた三十秒前が、遥か遠い追憶の記憶にすら感じた。
同時に、思いきり思考が停止する。心臓もバクバク言い始め、何か変な汗まで出て来た。
「そ、そうか……そうなる事に、全く気付かなかった」
鈴木隆太19歳。
彼は生まれて始めて、同棲と言うモノを経験する事に。
そして。
人生初となる同棲の相手は水色の車体が麗しい、新世代のコンパクトカー。
彼の人生に新しい暗黒史が誕生した。
「のぉぉぉぉぉっっっ!」
隆太は叫んだ!
別に叫ぶ必要もないけど、叫びたい気分になった!
「り、隆太さん……恥ずかしいですよ……ここ、駅前ですよ?」
見事に錯乱状態になっていた隆太を前に、海はギョッ! とした顔になってから、慌てて制止しようとする。
見れば、近くを歩いている人が、こっちを見ていた。
なんか、変な顔してぼそぼそと隣の連れの人と話なんかしてた。
「なんて事だ………お、俺の歴史の一ページに、こっこんな事があぁぁぁっっ!」
「隆太さん、戻って来て! お願いだから、現実に帰って来て!」
悶え苦しむ隆太がいる中、さしもの海も羞恥心があったらしく、それはそれはもう、本気で隆太をなだめ様と必死で叫んでいたりするが、取り敢えず、後日談と言う事にして置こう。
★☆★☆★
郡浜市の駅から徒歩五分。
地元民であるのなら、大体の人は名前くらいは聞いた事がある百貨店が、そこにある。
洒落たセンスから始まる宣伝の歌を、何十年も前から使っている、馴染みのあるデパートだ。
百貨店だけに、豊富な品揃えと高品質な物を多数揃えている。
しかしながら、お値段も地味にお高い為か、隆太にとっては余り馴染みのある店ではなかった。
そんな、地元百貨店の中に、隆太はいた。
「俺はなんで、ここにいるんだろう?」
……と、おかしな自問をしながら。
実際問題、どうしてここにいるのかと問われたら、それは海の買い物に付き合っているからだと言う明確な答えが、チーンと即座に弾き出される。
また、無一文は言い過ぎにせよ、最低限のお金しか持ち合わせていない隆太が、それでもお高いこの店にいる事も、支払いは海のマジックカードで全て解決される事で、何も問題はなかった。
問題なのは、売り場だ。
「おぅ……ふ。こ、これは海さんに買って欲しいと絶対に言ってる。いや、神様が言ってないと答えても、私にはわかります」
相変わらず、脳みそがお花畑してた海が手にしてた物は、一枚のショーツ。
フリルの付いた、可愛らしい逸品だ。