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車でラブコメを書いてみた  作者: まるたん
一回目 これぞ世界の冨田が産んだ新世代コンパクトカー海の登場
3/33

【2】

「とにかく、私の事は普通に呼び捨てで、海と呼んで下さい!

 呼ばないなら、そこの駅前交番に行って、迫真の演技で『この人、変態なんです!』って、通報しますよっ!」


「どうしてそうなるんだよっっっ!」


 隆太はツッコミしか出来ない状態になっていた。


 もうなんだか、話をするのも馬鹿馬鹿しい気持ちで一杯だった。


 そもそも、だ。


「別に嫌だとは言ってないだろう?」


「……じゃあ、今すぐ言って下さいよぅ……」


「う……」


 言われて見ればそうだと思った隆太は、そこで海の名前を普通に呼ぼうとしたのだか、言葉は最初の一文字で止まってしまった。


 何気なく、海の名前を呼ぼうとしたその時、隆太に灼熱の視線が注がれたのだ。


 そう、それは熱いとか言うレベルではなかった。


 もう、本気で――


 じぃぃぃぃっ! 


 ――と、これでもかって位に熱い視線を瞳から解き放っていたのだ。


「……どうしたんです? ご主人様?

 早く、私の名前を呼んで下さいな」


「う……ううう」


 余りにも熱い……熱すぎた彼女の情熱的な視線に根負けしてた隆太。


 出て来た言葉も、もはや、ただ唸っているだけ。 


 別に彼女の名前を呼び捨てにするだけであるのなら、言う程のハードルではなかったのだか……いかんせん、その直後にやって来た、紅蓮の炎をも連想出来る灼熱の視線には大きな抵抗感があった。


「いや、なんてか、そんなに見ないでくれ……なんか、言いにくい。

 それにさ?」


 とてつもない情熱を見せられた隆太は、そこでお茶を濁す様に言う。


「君だって、俺の事を『ご主人様』とかって言うじゃん? 恋人なら、普通は彼氏を名前で呼ぶものじゃないのかな?」


「………う」


 今度は海が言葉に詰まった。


 直後、しどろもどろになりながら、口早に声を返して見せる。


「し、仕方ないじゃないですか……私だって、本当はもっと違う呼び方とかしたいんですけど、でも……いきなり、隆太とかなんて、恥ずかし過ぎます~っ!」


 両手をバタバタと仰ぎ、ヤカンを頭に乗せたら一瞬でお湯が出来てしまうんじゃないかって勢いで赤面しまくる海。


「じゃあ、どこまでなら妥協出来ると言うんだ?」


「そ……そうですね………」


 そこから海は本気になって考える。


 完熟したリンゴみたいに真っ赤な顔をしたまま、両腕を組んで一生懸命に頭を働かせる。


 果たして、目の前にいる女の子は、どうしてこんな下らない事で、ここまで真剣に悩む事が出来るんだろうと、割りと本気で思える様な態度を取ってみせた。


 しばらくして。


「わかりました。隆太さんまでなら、私のレベルでも何とか召喚出来る事が可能です!」


 アナタは何処の召喚師ですか?


「その呼ぶは、確実に違うと思うぞ……海」


 きっと、頭を使い過ぎて、素でボケてしまったろう海を前に、隆太は苦笑する事しか出来なかった。


 そして、自然と彼女の名前を呼んでしまうのだ。


「……っ!」


 ビクンッ!――と、過剰反応する感じで瞳を大きくする。元から丸みのあった目は見事に真ん丸だ。


 程なくして、驚き眼の真ん丸とした眼孔から、じんわりと一粒の涙が。


「? お、おい……なにも泣く事ないだろ?」


 いきなり涙を流した海に、隆太も穏やかではいられない。


 他方、感情が極まっている海は、もうその涙を止める事が出来なくなっていた。


「だって……だって。

 すごく……すごく、心細かったんだもん……怖かったんだもん……ぐす」


「……心細い?」


 すすり泣きに近い海に、隆太は少しだけ不思議そうな顔をする――が、程なく、海に言われるまでもなく、隆太は悟った。


 そう。


 彼女は車なのだ。


 これが何を意味するのか?


 答えは……。


「そうか。そうだよな……海は、別に自分の意思でここに来た訳じゃなかったんだもんな」


 苦笑いで言う。


 海は自動車として、購入者の隆太に『買われた』のだ。


 当然、それは海の意思など、何一つ存在していない事を意味していた。


 恋人と言うコンセプトだって、飽くまでもメーカー側の意思だ。


 海が自分の意思でやって来た事ではない。


 当然、好きでもない相手に対しても、笑顔でこう言うしかないのである。


 貴方は私の恋人です


 ……と。


 初対面の異性を前に、その日から恋人である事を約束されてしまう、走る恋人。


 そんな彼女の心境は、一言では表現出来ない程の複雑さがあるに違いなかった。


「ごめんな……無理しなくても良いんだぞ? 走る恋人だかなんだか知らないけど、海は自分の好きな様に生きてくれて構わないんだからな?」


 そっ……と、無意識に隆太は海の頭上に自分の手をポンと置いてしまった。


 直後、ビクッ! と、驚いた猫みたいに跳ねる海がいた。


 けれど、特に動く事なく……ただ、素直に隆太へと身体を預ける形で、じっと立ち尽くす。


 間もなく、やんわりと海の頭を撫でて見る。


「……あ」


 思わず、海の口から声が漏れた。

 

 同時に、再び……涙が、出た。


 この時、海は思った。


 この人が――隆太さんが、私の所有者で、本当に良かった。


 貴方に会えて……本当に良かった。


 ――と。


 とめどない涙は海の頬をつぅ……と伝い、ぽろぽろと無造作にこぼれ落ちる。


「ぐす……うぅぅ……ふぅぅぅ……」


 ただただ、泣いた。


 本当は、もっと可愛く、あざとい位でも良いから、もっと格好の良い態度を見せたかった海。


 けれど、そんな事は出来なかった。


 ……本気だったから。


 ……本気で、嬉しかったからだ。


 実を言うと、海は密かに自分の意思で隆太のマイカーになりたいと、メーカー側の関係者に直接伝えていた。


 簡素に言えば、最初から海は隆太の事が好きだったのである。


 最初から、彼の走る恋人になる事を拒んではいなかったのだ。


 しかしながら、海はなんだかんだで、不安を胸の中に潜ませていた。


 理由など簡単だ。


 本来は単なる自家用車を求めていた『だけ』の相手に、いきなり恋人宣言をするのだから、それはもう、かなりの勇気を必要としていた。


 くどい様だが、海は最初から隆太が好きだった。


 この辺の流れについては……もし、書く機会があれば、その時に書かせて頂く事にしよう。


 閑話休題。


 故に、海は大きく恐れた。


 隆太に拒まれる事を。


 かなりおちゃらけた顔で、明るく強がっていたが、本当は不安と葛藤で胸が張り裂けそうだった。


 もし、自分を否定する様な台詞が隆太から出て来たらどうしよう?


 拒絶される様な言葉なんか吐かれたら……もう、そのまま、スクラップ工場に行っても良いかも知れない。


 恋する乙女は、いつでも命懸け。


 だから……だから。


 自分をしっかりと優しく受け止めてくれた隆太がいた事を知った時は、本当に本当に涙が出て、止まらない程に嬉しかったのだった。


「隆太さん、りゅうたさぁ~ん!」


 もう、自分でも変な娘だと自覚していたけど、歯止めの聞かない感情がカオスになって、暴走してしまう。


 気づけば、泣きながら隆太に抱きついていた。


 そんな海に、隆太は最初だけギョッ! となり、思わずアタフタしてしまうのだが――


「これから、よろしくな? 海」


 ――激情を完全に表へと出していた彼女の気持ちが、何故だかとても暖かく感じた隆太は、間もなく和らいだ笑顔で、そうと海に答えた。


 そんな……少しだけ、優しい気持ちなれた隆太に、海は――


「はいっ!」


 ――と、嘘偽りのない、心からの喜びを笑顔に乗せて、どんな芸術作品にも負けない美しさと愛らしさを備えつつ、快活な頷きを返したのだった。




 ★☆★☆★




 少し後、ようやく落ち着きを取り戻した海は――


「じゃあ、これからデートしましょ!」


「………はぇ?」


 ――と、思わず隆太が呆気にとられる様な台詞を、臆面もなく宣言していた。





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