【3】
とうとう、海が心を完全に閉ざしてしまった時だった。
妹のミキが、驚きの吉報を海に報じるのだ。
百年後の未来となる、元来の海がいた時代は、現代と比べるまでもない、様々な物が進歩していた。
その中の一つに、魂の存在がある。
人は死ぬと、ほんの少しだけ体重が軽くなるらしい。
その差は実に数グラム程度で、限りなくゼロに等しい代物ではあるのだが、しかし、ゼロではないらしい。
では、死の直前に少しだけ軽くなる謎の存在はなにか?
これがどうやら、霊体その物らしい。
そしてミキは、類い稀な頭脳の持ち主でもある。
正確には、スパコンにも負けない、超高性能なコンピューターが搭載されていた。
能力だけを見ると、既に人間の頭脳すら越えていた、まさに超絶級の代物だ。
これら、ミキの叡知をフルに活用し、弾き出した彼女の答えは輪廻転生であった。
死亡し、この世から旅立った智也の魂は、時空を越えて過去に舞い戻り、新たな命の息吹を経て、別人として新しい人生をスタートさせていたのだ。
……こうして。
海のドラマはこの物語のプロローグへと続いて行くのだった。
場面は戻って。
場所は、隆太達のマンション。
「……と、言う事で、海姉は、この時代にやって来たのです~」
「なるほどねぇ」
完全に深夜と言える時間に、事の顛末までの経緯を話すミキと、それを聞く竜太の姿があった。
近くにいたツイストとノースも、聞き手に回っていた。
海と書いてアホと呼んでいたけど、誰も何も言わなかった。
きっと、そこはここにいるメンバーにとっての常識なのだろう。
………海って一体。
「こちら側から確認する事は出来ないのですが……竜也は、こっちに来てるです~」
「竜也は………あいつは危険過ぎる」
説明を続けるミキに、ノースが補足する形で隆太に答えた。
「あいつは……竜也は、どうしても兄へのコンプレックスが拭えず、大学卒業までは智也に何度も挑戦を挑んだ……けれど、一度だって勝つ事が出来ず、結局その後は智也から逃げる様に別の道を歩む事になる」
思い出す様に、口だけを動かして行く。
「でも、いつか復讐をしようと、常に考えてもいた」
結果、こうなった。
「智也を陥れる為なら手段は選ばない……その為だけに己を鍛える事すら出来る。もう、異常ね。元から智也の弟だけあって、戦闘的な能力と才能は常人より極めて高かった」
言い、ノースは虚空を見上げる。
少しだけ悲しみ色の瞳を滲ませていた。
「その努力を、情熱を……違うベクトルで使う事が出来たのなら、あるいは彼は智也をも越える偉人にすらなれた」
しかし、そうはならなかった。
どこかで何かが狂ってしまった。
それが、ノースにとっても悲しかった。
「特殊部隊の隊長をしていた智也は、戦闘能力面でも他の隊員よりもずば抜けて高かったわ……そして、竜也もね」
「………?」
ここで隆太が不思議そうな顔になる。
「竜也は、部隊の隊員だったのですか?」
「違うわ。けれど、兄が特殊部隊の関係者だと言う事だけ知るの。無駄に対抗心を燃やした竜也は、独自のルートを新しく導き出して、戦闘的な知識や能力を大幅に上昇させて行くの」
いつか、絶対的な復讐を果たす為に。
智也の吠え面を拝む為なら、どんな努力だって惜しまなかった竜也。
「可哀想な人なのです~……きっと、何かが違ってたら、もっとこうぅ……ハッピ~な結末があった筈なのです」
ミキは悲壮感のある声音を向けた。
「………」
隆太は何も言えなくなった。
どうしてこうなってしまうのだろう?
世の中は理不尽との戦いだ。
やるせない気持ちで一杯になる。
「しかし、困った事になったな」
直後、思い付いた様にツイストが顎に手を当てる。
「あら、ツイスト。いたの?」
「いましたから! さっきから、ずっといましたから!」
割りと本気で言ってたノースにツイストは地味に傷付いた。
大きな身体をしてる割りに、あんまり存在感がないツイスト。これはこれで悲しい現実である。
そこはさておき。
「相手が狂ってる時点で厄介だと言うのに、その上……実力は特殊部隊の面々かそれ以上だと言うのなら、もう俺程度ではお荷物でしかない」
「……っ!」
隆太は思わず息を飲んだ。
大柄にして筋肉質……かつ、ハッタリではない強靭な肉体の持ち主でもあったツイストが、お荷物?
もし、そうなら……自分はなんだと言うのだろう? アリとかミジンコだろうか?
何となく心が闇色に染まってしまい、ズーン……と、心まで沈んでしまう隆太がいた所で、ミキが右手を上げてみせる。
「当然、考えなしでここに来た訳ではないのです~」
そうとミキが答えた直後、彼女の右手に箱の様な物が収まった。
まもなく、隆太へと差し出す。
「これは?」
「ミキさん特製、隆太さんを色々とアレな感じにする薬です~」
「アレってなんだ!」
思わず叫んだ。
「大丈夫です~。ちょっと副作用酷いけど、死なないです~」
「いや、もうその時点でダメだよね」
不安しかなかった。
「どんな効果があるんだ?」
気になったのか、一応聞いて見る形でツイストは尋ねると、ミキは得意気に語る。
「まず、赤い薬なのです~。これは隆太さんの理性を爆破させちゃう薬です~。例えば、ノースさんの前でこれを飲んだとするです? 半年もせずに産婦人科行きです~」
「スゴいわ! 素敵な薬ね!」
ノースの瞳に大きなキラキラ星が産まれていた。
「こんな薬、捨ててやるっ!」
「何を言うの隆ちゃん? 明るい家族計画の救世主じゃないの!」
「……他はどんなのがあるんだ?」
箱から赤い薬だけを取りだし、思いきりゴミ箱にいれようとしていた隆太を必死でノースが止めていた所で、ツイストがミキへと聞いてみる。
「そですねぇ~。次は青いのです。これは肉体強化増し増しの薬です」
「筋肉増強剤と言った所か」
「簡素に言うとそ~なのですが、効果はそこらの市販のとは話しにならないです~。ただ、副作用も半端なくて、三日はまともな生活ができなくなるのです~」
「………危険だな」
「けど、死ぬよりマシなのです」
「……なるほど」
一応の納得を見せるツイストがいた。
普通なら、そんな危険な薬など使わせる訳には行かない。そもそも独自精製してる時点で違法ドラッグも甚だしい。
しかし、それ以上の緊急事態が起こっているのも事実で……背に腹は変えられない。
「飽くまでも、最後の手段として使ってほしいです」
「そうなるんだろうな」
ツイストは他人事の様に答えた。
実際飲むのは隆太なのだから、ある意味で他人事だったのかも知れないが。
「最後に、黄色い薬です。これは、多分なのですが~……きっと効くです」
「……曖昧だな」
「仕方ないのです。試しても良いのですが、ちょっと厄介なのです」
「どう厄介なんだ?」
今一、話しが見えない。
思わずツイストは眉間に皺を寄せてしまった。




