【6】
しかし。
「智也お兄……じゃない、隆太お兄は、無事です?」
その表情は間もなく引き締まる。
同時にノースは確信した。
彼女は……ミキは全てを知っている、と。
「無事よ。まだね」
「そかそか~。よかったです~」
ミキはホッと胸を撫で下ろした。
「実は、もう来てるのです~」
「来てる?」
「です~。この調子だと、うちらに気付かれない様、色々とやってるかもですねぇ~」
「どう言う事?」
両腕を組みながら、苦い顔になっているミキに、ノースは不思議そうな顔になった。
そこから、ハッと息を飲む。
「まさか………竜也が?」
「そのまさかです~」
「………」
ノースは絶句した。
竜也が来た。
この言葉を意味するのは、果たして……。
ウォォォンッ!
絶句のまま、二の句も告げない顔をしていたノースがいた所で、ツイスト達を乗せた車がやって来る。
ガチャッ!
「海、無事かっ!」
海が車の状態で、道路のド真ん中に斜め状態になったまま停車していたのを発見した隆太は、車から降りて一目散に海の元へと向かった。
明らかに普通ではない停車をしていただけに、隆太も気が気ではない。
果たして。
『……くぅ~………すぅ~』
海は寝ていた。
車のまま、酔って寝こけていた。
「俺の心配を返せっ!」
取り合えず、無事でよかったけど、妙に腑に落ちない複雑な気持ちにさせられた。
「おふぅ……なんて事でしょ~。智也お兄、その物です~」
何はともあれ、海の無事を確認した事で緊張の糸が切れてしまい、その場にへたり込む隆太がいた所で、小さな女の子の声が転がって来た。
初めて見る子だ。
しかし、顔と言うか、全体的に海に似ているせいか、全くの他人と言う感じがしない。
「……君は?」
「ああ、そか~。そ~なるんですねぇ。むぅ。当たり前だけど、ちょっと複雑な気分になるのです~」
「どう言う事だ?」
「そ~ですねぇ~。どこから話せばいいのか~……」
海を色々と幼くした女の子は、そこで軽く頭を捻らせる。
「そだ、とりま自己紹介しますか~。あたしの名前はミキと言うです~。趣味は読書。いい人を目指してます~」
それは目指す物なんだろうか?
「ウチの姉二人がお世話になっております~」
そこから、礼儀正しくペコリと頭を下げて来た。
どうやら、見た目の幼さとは裏腹に、大人びた性質を持っている模様だ。
「よろしく。えぇと、俺の名前は――」
間もなく隆太も、軽くお辞儀をしてから自己紹介をするつもりだったが、ミキが軽く手を振ってそれを止めた。
「大丈夫です~。隆太さんに関しては、ミキの方で既に色々と情報を得ているので、特に紹介はいらないですよ~」
「そうなのか?」
「そうなのです~」
ミキは朗らか笑顔で言った。
「本当は、プリウお姉と同じ位のタイミングで、こっちの時代に行く予定だったのですが、ちょっと支度に手間取ってしまいました~」
「支度?」
何気なく答えたミキの言葉に、隆太は少しだけ不思議そうな顔になる。
「そうです。ちょっと厄介な事になりましてねぇ~? その準備が必要だったのですよ~」
「……そうなのか」
隆太は一応の相づちを打った。
どんな厄介事があるのかは分からないが、なんとなく自分も関係している……そんな気がした。
「まぁ、見当は付いてるかもですが、これは隆太さん――あなたの命にも関わる、重要な事です」
「そこが、良く分からないんだよな」
そもそも、どうして命を脅かされる程の危険が発生するのか?
まだ、その状況に到達していない隆太からすれば、皆目見当も付かない。
「……多分、禁忌に関係する部分が幾らかあって、これまで言われていなかったのかと思われるです……が、多分、今はそんな事を言ってる場合ではないのも事実~」
そこで、少しだけ考える様な仕草を見せた。
なんとなく、言葉を選んでいる様な……そんな態度だった。
「まず、確実に言わないといけないのは、隆太お兄の前世です」
「前世?」
いきなり、オカルトチックな物が出て来た。
ちょっとだけ驚く。
「まさか、未来人の口から、そんな台詞が出て来るとは思わなかったよ」
「そこは偏見かもです~。むしろ、霊的な物を『科学的に解明』してる部分が、この時代より圧倒的に多いくらいなのですから」
なるほど、そう考えると未来人らしいのかも知れない。
「その上で言うです。隆太さん。貴方の前世は……未来人でもある、斎藤智也さんと言う方なのですよ」
パリ………パリパリィ………
辺りに無数のショート音がこだまする。
同時に、肉眼で見える程の強烈な静電気じみた稲光が、空気と言う名の絶縁体を強引に食い破る様にして出現した。
しばらくして、空間がねじまがる。
ズオォ………
鈍い重低音を少しだけ出し、歪んだ空間から一人の男が現れる。
「………」
現れた男は、無言のまま軽く周囲を見渡した。
そこから、誰に言うわけでもなく独りごちる。
「これが………タイムスリップと言うヤツか」
程なくして、右手をかざす。
ピポッ!
電子音の様な物と同時に、画面だけが空間の中に出現した。
ツイストが使っていたスマホの様な物と同じ様な状況が、そこから見て取れた。
「現在時刻は201x年七月三日午前三時三十二分……か」
スマホの画面を見て少し眉を寄せた。
「過去に遡ったとは聞いてたが、まさか百年も前だったなんてな」
男にとっても、それは少し意外だったらしい。
もっとも、それは彼にとって些末な事。
彼の目的は時代など関係ない。
……そう。
例えどんな時代であろうと、どんな場所であろうと、彼の目的は塵芥も変わる事はなかった。
そんな彼の目的。
それは――
「兄さんを殺す。そして、今度こそ海を俺の車に……いや、女にする」
――と、この二点が遂行出来るのなら、彼はどんな状況であろうと、一向に構わなかった。
そんな彼の名は、斎藤竜也。
隆太の前世、斎藤智也の弟に当たる人物。
「あのまま素直にくたばっていれば、俺もここまでするつもりは無かったと言うのに………」
竜也は含み笑いのまま、誰に言う訳でもない台詞を虚空に向かって答えていた。
常識の軌道を逸した瞳を見せて。
狂気の沙汰とも表現出来る顔を満面に見せて。
「こんな大昔の人間になっても尚、海を俺から奪うとは……くくく……本当、兄さんは罪深い」
異様な含み笑いを作り、精神が壊れている様な瞳をギラギラさせ、彼は自分の感情を言霊に乗せた。
憎しみと言う名の言霊を。
「殺してやる殺してやる殺してやる!………今度こそ、絶対に復活させない形で、永遠に未来永劫! この世界から、お前を亡き者にしてやる!」
果てなく膨らむ憎悪を口から吐き出しながら、ひとしきり喚き、叫ぶ。
やがて、叫び終わると、彼は少しだけ穏和な顔で言った。
「兄さん。あんたの死……それは、運命なんだよ」
――次回に続く。




