【1】
「改めて、自己紹介しますね!」
約10分程度の後、再び駅前西口ロータリーに戻って来た彼女は、一緒に戻って来た自分のオーナーに当たる人物、隆太に向かって誰もがトキメキそうな笑顔を特盛つゆだくで見せていた。
まさに、こぼれんばかりの笑顔だった。
「私の名前は海と申します。
中古車の正規ディーラーには、隆太さんも向かっていたでしょうから、この辺は紹介する必要はないかも知れませんが……私はあの、世界の冨田が生んだ、新世代のコンパクトカーなのですっっ!」
ババンッッ!!!――って、効果音でも出て来そうな勢いで説明する彼女……海に、隆太は微妙な顔で、頭なんかをポリポリ掻いて見る。
「なんか、リアクションが薄いですねぇ……近所のおじさんの頭くらい薄いです」
「そりゃ、さっきのを見せられた後じゃな……」
隆太は遠くを見て答えた。
いかんせん、前回のインパクトが大きすぎたのだ。
「そうですか、さっきのがご主人様には刺激が強すぎたと言う事ですか、それなら仕方ありません」
どう仕方ないのか分からないが、海は一応の納得を見せた。
気を取り直して、再び口を開く。
「世界の冨田に関しては――まぁ、ここも言わなくても分かりますよね?」
「そうだな。流石に日本人なら知らないヤツもいないとは思う」
海の問いかけに、隆太は即座に頷いて見せた。
その位、冨田と言う会社は、ここではスペシャルメジャーな自動車のメーカーでもあった。
株式会社・冨田自動車。
つい最近、販売台数で世界一位を記録した、まさに国内最大にして最大手の自動車メーカーでもある。
世界で一番の販売台数を誇るだけに、その技術もすさまじく、まさに日本が誇る冨田ブランドは、当然国内でも知らない者がいない。
海は、この世界の冨田が生んだ、最新技術の集合体。
あらゆる面で他社を圧倒し、世界規模で大成功を納めていても尚、その地位に一切の奢りを見せない、まさに王者となるべくして王者となった、努力の会社でもある。
そこから生まれた海。
コンセプトは――
「貴方の走る恋人です!」
――だった。
「そのまんまだな」
思わず隆太は言ってしまう。
海は、確かにコンセプト通りだった。
アクアマリンと表現出来る、どこか透き通った水色の髪。同色の瞳。
少しつり目ガチではある物の、それもまた、彼女のチャームポイントとさえ思えてしまう。
やや赤みを帯びた肌は、健康的で血色も良く……かつ、プニプニしている。
特にホッぺは別格級。
思わず人差し指でツンツンしたくなる。
全体的に整った目・鼻・口と言えたのだが、やや幼さが残る印象だ。
合法ロリは言い過ぎにせよ、ハイティーン程度の顔には見える。
ここまでなら、まだ、十代も後半の……高校生位の子かな? で、終わるだろう。
しかしながら、それだけで終わらないのが、世界の冨田クォリティ!
その、幼さが残る甘酸っぱいマスクを搭載して置きながら、胸元に強烈なインパクトを保持すると言う、奇跡の二段構えを実装していたのだ。
季節柄、6月も下旬と言う事もあり、布地の薄い半袖ミニのワンピースを着ていた事も加味すると、このインパクトは余りにも強烈すぎた。
かく言う隆太も……見ない様にしようと必死で理性と激戦を繰り広げていたのだが、いかんせん男のサガは下手なチートスキルなんかよりも強かった。
気づくと無意識に、海の母なる山並みへと視線を落としてしまうのだった。
海なのに山とはこれ如何に……と、雑談もそこそこに。
この様に。
海は生まれながらにして、たくさんの魅力を潤沢に加えられた、走る恋人なのだ。
コンセプトがそれなんだから、ある意味、今の海はコンセプトを忠実に守った出来映えと言える。
言えるんだけど……。
「……だからって、何も本当に女体化する車を作らなくても良いのに」
もはやぼやきにも近い声を吐き出す隆太がいた。
これを作った人はバカなんだろうか?……いや、違う。バカなのだ。
反面、車から人間へとトランスフォームしてしまう技術を、本当に実現してしまうのだから、ある意味では天才とも表現出来た。
バカと利口は紙一重と言うが、まさに今の海を作った制作者こそが、この言葉をリアルに具現化させてると言えよう。
「……嘘みたいな本当の話ってヤツは、大体はテレビ画面の中でしかなかったのになぁ……」
隆太は、誰に言う訳でもなく独りごちる。
これまでは、全くの他人か……良い所、テレビのモニター画面内での世界でしかなかった、意想外な出来事。
いや、意想外どころか、もはや天外レベルだ。
こんなアンビリバボーな展開が、現実として目前に現れるだなんて、一生思わないだろう。
そして、そのアンビリバボーな出来事に自分が当事者として関わってしまうなんて事もまた、絶対に考えなかった筈である。
しかし、関わってしまった。
そして、思う。
関わってしまったものは仕方がない――と。
お人好しランクS級の彼は、スキル「仕方ない」を発動させていた。
このスキルが発動すると、どんなに大概な出来事があったとしても「仕方ない」の一言で、物事を納得する事が出来てしまうと言う、とても危険なスキルだ。
きっと、普通の人はただのバットスキルにしか見えないだろう。
まぁ、本当にマイナスのスキルでしかないんだけど。
「取り敢えず、海さん……だっけ? 君が俺の車だって事は認めるよ」
比較的柔和な笑みを作って、隆太は海へと答えた。
すると、海はいきなりムスッとした顔になる。
「うぅぅーー……。
ご主人様が意地悪して来ますぅ……」
「いや、してないし!」
いきなり口を尖らせて言う海に、速攻で隆太がツッコミを入れる。
「してますよぅ……私の事、海さんとか、本当なんか他人の娘の様に言ってるんですもん」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ……」
心の中で、軽く面倒な女だなと、毒吐きにも似たぼやきをしつつも、隆太は聞いて見る。
すると、海はいきなり真剣な顔になって、隆太の眼前にまで顔を近づけた。
少しだけ、心臓がドキドキしてたけど、そこは秘密にしておいた。
「私はあなたの走る恋人です!
――いいですか? 服の色が白いワンピだから、間違って白い恋人と呼称しそうになりますけど、走る恋人なのです!」
「札幌の人に謝りなさい!」
「恋人って事は、普通は『海さん』なんて、他人行儀な呼び方はしないのです!
これは、国内の憲法でも定められているのです!」
「真剣な顔して、国内の憲法を勝手に変えるんじゃないよっっ!」
二人の会話は、もはや軽い漫才にも匹敵していた。