【5】
派手な爆音のまま、夜の四ッ守峠がうっすら見える街道を突き進んで行った。
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夜の上空を軽快に滑空し続けたノースは、一足先に海の元へと接近していた。
四ッ守峠に差し掛かる1キロ手前の地点だ。
この調子で行けば、ギリギリ峠に差し掛かる目前の所で、海を制止する事が出来る。
思い、彼女は即座に行動に出た。
「止まりなさい」
『……はい?』
「だから、止まれと言っている」
『何で?』
海の真横までやって来たノースは、そのまま海の速度に合わせ、並走する形で低空飛行しながら声を掛ける。
まずは、説得から……そう思っての行動なのだろう。
『ただ、家に帰ってるだけなのに、どうして止められないと行けないのです?』
「どうしても止まらないといけない」
言ってる事が、この時点でおかしい。
……いや、違う。
今の海は、確実に帰宅する気だ。
但し、それは隆太の待つ鈴木家ではない。
今の海にとっての自宅、それは――
「一つだけ言う。智也はもういない」
『……っ!』
かつての海がいた場所。
未来ではあるが、海にとっては過去に当たる、前のオーナー。
「泥酔してるのね……ううん、そうじゃない。あなたは、ただ、現実を受け入れられないだけ」
『違うもんっ!』
刹那、海が加速した。
「……くっ!」
ノースは舌打ちする。
自分でも、今の台詞は間違いだったと少し後悔もした。
それと言うのも、だ?
「貴方は覚えてる? 智也は、みんなのヒーローだった」
地形効果がないに等しい空の利を活かし、すぐに追い付いたノースは、再び海へと話しかける。
『そんなの知ってるもん!』
「なら、わかるでしょう?……あの人の車だったのなら。強く今を生きる事の大切さを」
『………』
「現実逃避をする海の姿を、智也は絶対に望んでいない。酒の力であの時の記憶を意図的に吹き飛ばしても、何も事態は変わらない」
『何、言ってるの? 智也は生きてるのに』
だから、帰るんだ。
……心から楽しいと感じた、あの時に。
完全に精神がおかしくなっていた海。
それは、単純に泥酔していただけなのか?……それとも?
「聞きなさい。智也は他の誰でもない、あなたを……あなたを庇って、トラックに跳ねられたわ」
『………』
「本来なら、即死級だったと言うのに、それでも辛うじて意識を保っていて………息を引き取る最後まで、あなたの身だけを、案じていた」
答えたノースの瞳に、一滴の涙が滲んだ。
実を言うのなら、ノースは海の元オーナーに当たる人物……斎藤智也を知っていた。
智也とは、ふとした切っ掛けから、ちょっとした知人の間柄になっていた。
……本当は、知人で終わりたくなかったのだが、ある日、それは知人のままピリオドを打ってしまう。
唐突な訃報。
当時、彼女は同僚から、その話しを耳にした。
「私は、彼の最期を看取る事が出来なかった……それだけでも、あなたは幸せなのに……どうして? どうして貴方は、そんなに彼を困らせる様な芸当を平気でする事が出来るの?」
能面な彼女が、普段では考えられない程、感情を露にしていた。
『さっきから、本当……縁起でもない事ばっかり言いますねぇ……海さんの智也が、そんなに簡単に死ぬわけがないじゃないですか』
「いい加減にして!」
激情と共に、ノースは叫んだ。
「智也は死んだの! あなたを庇って! 本当は私は貴方が憎いっ! あなたさえいなければ、智也は……智也はっ!」
そして、今は隆太を自分のオーナーにしている。
これもまた、ノースにとって憎さを増加させていた。
『死んでないからっ!』
キュイィィィンッッ!
甲高い音と共に、海はフルスロットルで加速する。
そして、そのままの勢いで四ッ守峠に突入してしまう。
早速、急カーブ。
キュッ……コォォォッ!
元来なら時速四十キロでも危ないカーブを、軽く三桁を越える速度でギリギリ曲がって行く。
しかし、明らかに無理がある。勢いそのまま突き進み、悲鳴染みたタイヤの甲高い音が辺りに鳴り響いた。
「いい加減、止まりなさい! このまま行けば、いつかカーブを曲がりそこねて、そのまま崖に落ちるわよっ!」
『うっさいな! ほっといてよ!』
「それで放って置けるのなら、とっくにそうしてるの」
ノースの制止を降りきり、海は再び強烈なカーブを、ほぼ減速せずに進んで行く。
流石に無理過ぎた。
プロのドライバーですら、ここはアクセルなど踏まない。
このまま行けば、間違いなくガードレールに衝突する。
しかも、海の速度が早すぎて、確実に回り込む事など不可能だ。
だめだ……間に合わない!
心の中で呟き、ノースは思わず目を瞑る。
刹那。
「……流石、バカ姉。本当に演算無視のルートから来るなんてね」
声がした。
声の方角は、海の真ん前。
「――なっ!」
ノースの目が大きく開く。
ガードレールの前……まさに、海が突き進もうとしてる直前の所に、一人の少女が……。
「危ないっ!」
思わずノースが叫ぶ。
しかし、物理的にどうあがいても、少女の元へと海より先に辿り着く事は出来ない。
事態は、瞬時に深刻な場面に遭遇した。
このまま行けば、ガードレールもろとも、一人の少女を巻き込んでしまう!
悲痛に顔が歪むノースがいた。
その瞬間。
バウンッ!
弾力のある、巨大な壁の様な物が海の眼前に出現した。
壁と表現したが、実際はとても大きなクッションだった。
ただ、見た目が余りに大きく、壁にしか見えない。
『はぅぅっ!』
壁にぶつかった海は、瞬間的に衝撃を吸収され、まもなく止まって見せる。
「……こんな事が」
予想だにしなかったノースも、少し呆然となりながら、その場に佇んでいる。
正直、わけが分からない。
一つ言える事は、ガードレールに衝突するスレスレの所にいた少女が、現代の人間ではないと言う事だろうか?
「一体、誰なの?」
不思議そうに言う。
その謎は、まもなく明らかにされた。
「すいませ~ん! 本当、バカな姉が、まぁ~たアホな事してしまったみたいで~」
明るい口調で、しかし、申し訳ない感情なども言霊に乗せて言う少女がいた。
……密かに、ノースは知っていた。
「ミ、ミキちゃん?」
「うん? ああ、えぇと、あなたは警察の人でしたっけ~? なしてこんなトコに?」
「それはこっちの台詞」
ノースの姿を見て、少女……ミキはキョトとした顔になって言う。
「むしろ、私があなたに尋ねたいわ。どうしてここにいるの?」
道端でばったり合うのとは訳が違うんだぞ? と、顔で付け足す様な面持ちを見せたノースに、ミキは少し考えた後、こうと口にした。
「そ~ですねぇ。お姉さんは、確か時空警察の方だったから~……まぁ、大体はわかるかもです~」
「そう来るのね」
「はい~! そうなのです~」
ミキは、間延びした声を陽気に飛ばしていた。
なんだか、妙に緊張感のない子だった。




