【4】
現在の性能で考えるのなら、ちょっとしたスーパーカーにも匹敵するツイフトは、郡浜の大通りを軽快に爆走して行く。
「あの、これ、速度超過で捕まったりしませんよね?」
「安心しろ。今、この車は周囲からはまともに見えない」
言うなり、ツイフトは上を指差して見る。
「………?」
「上をみろ」
ツイストに言われ、隆太はフトントガラス越しから、上空を覗き込んだ。
すると、二人が乗る車から数メートル上の虚空を、一人の銀髪少女が滑空しているのが分かった。
「……は?」
普通に空を飛んでいたノースに、隆太は流石にポカンとなってしまう。
しかし、驚くのはそれだけではなかった。
「警部が、上空からステルス波の様な物を出してる。こっちの時代の物とは違い、光までねじ曲げるから、そもそも物体として捉える事が難しい」
なんと、現状の暴走をステルス状態にして、ほぼ隠すと言う、目茶苦茶な芸当までしていたのだ。
未来の人間は、なんでも出来てしまうのだろうか?
「警部は色々特殊だからな」
「特殊なのは、性格だけかと思いました」
実は違った。
「警部は、元は国防の特殊部隊にいたのだが、どう言う訳か、最近になって俺の管轄する課にやって来た」
「……どうしてです?」
隆太は頭の上にハテナを作る。
「さぁな……詳しい事は俺もわからない。噂によると、智也と言う男が関係してるらしい」
「智也……?」
また、その名前だ。
海と言い、ノースと言い……智也と言う人間は何者なのだろうか?
そんな事を隆太は考える。
「知っているのか?」
「いえ……ただ、海もその名前を出してたんで、少し気になってました」
「嬢ちゃんが?……何か、関連性があるのかも知れないな」
ツイストは軽く顎に手を当てる。
良く分からないが、何かを考える時、ついやってしまう彼なりの癖なのかも知れない。
「嬢ちゃんと言えば、少しおかしな所がある」
「……と、言いますと?」
「さっきから、予測地点に大きな誤差が生じてるんだ」
ツイストは左手でフロントガラスを指した。
その瞬間、これまでフロントガラスだった場所の一部分が、液晶画面になる。
運転を考慮してか、フロント中央の一番下に、5インチ程度の小さな液晶画面が出来た。
「有機ELですか……地味に未来っぽいのを搭載させてるんですね」
「一応、実売された製品もこの時代にはあるからな――それより、これを見てくれ」
ツイストに促され、視線を画面に向けると、郡浜の地図と思われる物が浮かんでいる。
これは、さっきのノースが見せてくれた物と大差ない。
正確に言えば、地図その物は同じだった。
しかし、表示されていた点線状の矢印だけ、先程とはやや違う場所を指していたのだった。
「理由は分からない。しかし、明らかに目標地点のルートとは別の方向に向かっているんだ」
「……う~ん」
不思議そうなツイストがいるなか、隆太は唸り声を上げて考える。
何故、目的地のルートを逸脱する行動を取っているのか?
泥酔してしまっている為、ルートを誤ってしまったのだろうか?
……否、違う。
「海は、天性の方向音痴だから、自分でも無意識に間違ったルートを進んでいるのでは……?」
「車なのに、方向音痴なのか?」
歌を忘れたカナリアなのか?……と、ツイストは顔で語る。
「はい、そうです」
隆太は速攻で頷く。
「元来なら、運転者にナビをしないと行けない立場だと言うのにか?」
「それが、海クオリティーなのです」
どんなクオリティーだと言うのか?
「取り合えず、極度の泥酔状態で、方向感覚が麻痺していると言う事にして置こう」
ツイストは呆れ半分で言う。
隆太に答えたと言うよりは、自分に言い聞かせる感じにも見えた。
「しかし、これで状況がまた変わるんだ」
「どう変わるんです?」
「矢印を見ろ」
言われるまま、隆太は矢印を見た。
矢印は、目的のルートから反れはした物の……最終的には同じ場所に向かっている様に見えた。
だが、しかし。
ルートが変更された事で、違うルートを通っての峠越えになっている。
そして……。
「これは、四ッ守峠ですか?」
「そうだ。つまり……急カーブや断崖絶壁がもれなく嬢ちゃんに待ってるわけだ」
意識がはっきりしてる場合でも危険なコースなのに、この上泥酔していると言うだから、始末に置けない。
「……バカなのか、あいつ」
いや、バカ『なのか』はいらない。
バカなのだ。
「場合によっては、崖から転落して大炎上コースもありだ。全く……このまま未来に帰られても困るってのに」
ツイストは舌打ち混じりだ。
「そう言えば、気になってたのですが――例えば、海が未来に戻ったとして、帰って来る事は出来ないのですか?」
隆太はふと思う。
現代とは違い、時空の法律があって、その警察もいる世界なのだ。
仮に戻ったとしても、こちらに帰って来れないと言う道理はおかしい。
「あっちはあっちで、問題があってな……秘匿事項があるから全部は言えないが、このまま嬢ちゃんが未来に戻ったと仮定すれば……戻って来る事はない」
「………」
隆太は無言になる。
思わず言葉に詰まった。
どうしてそうなるのか? それは全くの不明。
未来に関係する秘匿事項の為、隆太に答える事が出来ない。
「俺が言える事は、このままだと、嬢ちゃんは永遠にこの時代に戻る事が出来ない、未来への片道切符を所得してしまうと言う事だ」
だが、しかし。
「それ以前に、事故って大破する危険性まで出て来た……何から何まで、一々面倒なトラブルばかりを引き押してくれる」
ツイストは苦々しい顔になる。
他方、隆太は苦笑してた。
呆れ半分ではあったが、どこかやんわりとした笑みだ。
「ま、海ですから」
特に問題にならない筈の場面でもトラブルを起こす、天下のトラブルメーカーだったが故に、隆太も多少の耐性がついてしまった様だ。
ピピッ!
そこで、機械音がする。
同時に、これまで地図だった画面が切り替わり、ノースの顔がアップで映し出される。
どうやら、通信機能もあるらしい。
『目標を肉眼で確認した……直ちに捕獲する』
ノースがそうと答えた辺りで、隆太達にも、海らしき車影がある事が分かった。
距離にして、およそ五百メートル程度先だろうか?……夜になり、視界が悪くなったせいか、その辺が少し曖昧だ。
「了解! こちらは、地上からターゲットの接近を試みる」
『……了解。但し、貴方は未来のダーリンを乗せている。絶対に無理はしない事と誓いなさい』
淡白な声音で……しかし、妙に感情のこもった口調のノース。
隆太は取り合えず、苦笑いだけを返していた。
特に未来のダーリンになるつもりもないが、ここで余計な事を言ってヘソを曲げられて困るのも事実だ。
「よし、加速するぞ! ちゃんと捕まっておけよ!」
ウォンッ!
ウォォォォッッッ!!
激しい重低音が、街道全体にこだまする。




