【2】
幸いにして、恋のライバルとなる海は、乾杯すると同時に、姉と何やらギャーギャーやっていた。
隆太が二十歳のお祝いと言う事で、彼のコップの中にはお酒が入ってあったのだが、これに便乗する形で海もテーブルにあったシャンパンをコップに注いでいたのだ。
それに気付いたプリウが、お酒は二十歳になってからだとばかりに取り上げ、海が怒って取り返そうと暴れる。
……と、まぁ。
そんなこんなで、プリウと姉妹喧嘩と洒落込んだ事で、海のマークが完全に外れた。
早くもチャンス到来。
このチャンスを物にすべく、真はいつになく気合いを入れて隆太へと、己の恋愛感情をぶつけようとした。
そこに思わぬ伏兵がいた事にも気付かずに。
「お誕生日、おめでとう。隆ちゃん」
感情の欠片すら感じないけど、きっと本人は心からの祝辞を述べているのだろう、銀髪サイドテールの少女・ノースがそれだ。
謎のプロポーズの一件以来、密かに呼び方まで変わっていた。
「あ、ありがとうございます」
「今日で二十歳なのね。これで大人……大人と言えば、子種と未来を考える年齢だと思う」
「そ、そうかも……ですね」
ああ、また始まったよ。
口元をヒクヒクさせつつ、胸中でぼやく。
そこから、隆太のグラスにお酒を注ぎ足して見せる。
存外、行ける口なのか? 既に半分程度が無くなっていた。
いや、正確に言うと違う。
「はは……実はまだ、酒の飲み方と言うか、ペースが分からなくて」
苦笑しながら、隆太は答えた。
実際にお酒初心者でもあった隆太には、お酒の嗜み方と言う物はややハードルが高かった。
「安心して。貴方がお酒で酔ってしまったのなら、私は全力で貴方を介抱するから」
「そ……そうですか」
相変わらず感受性はない物の、ほんのり温もりのある笑みを作るノースに、隆太は少しだけドキっとなる。
なんだかんだで可愛いのだ。
「そして、三ヶ月で父親になる」
この、おかしな性格さえなかったら、もっと良かったのになぁ……と、心の中で涙して。
「取り合えず、酔い潰れない様に頑張ります」
「せ、先輩っ!」
ここで、ようやく真が隆太に声を描けた。
本当はもっと早くアプローチを掛けるつもりだったのだが、予期せぬ伏兵がいた事に驚いて、しばらく放心してしまったのだ。
「だ、大丈夫です。あたしはちゃんと本当に介抱しますから」
そこまで言うと、ちょっとだけ顔を赤くした。
「その……こないだは、助けて貰ったわけですし……」
「そ、そうだな」
特に大した事をしていた訳でもなかったのだが、真からすれば隆太に抱き止められていた時点で事件に値した。
故に、もじもじとした態度なんかを取ってしまう。
他方、隆太も恥じらう真に触発されてか、似た様な感じで顔を赤くしながら、誤魔化し半分の笑顔を作っていた。
「そう。ここにもいたのね」
直後、ノースが二人の間に割って入る。
「うぉっ!」
「わっ!」
隣の席同士で、距離も1メートルもなかった二人の合間に、前触れなくにょっきり現れたノースに、思わず二人は後ろに下がった。
「い、いきなり何するんですか!」
驚き眼で隆太が叫び、
「ここにもいたんですよ」
真が逆に屹然と言い返すと言う中、ノースは少しだけ感情を顔に出してみせた。
不敵な笑みだった。
「バカな子。きっと……胸にしか栄養が行ってないのね」
「なっ!」
鼻で笑いつつ、溜め息まで吐いたノースに、真はカチンッと来る。
存外、短気だ。
「ふ、ふ~んだ……そう言う貴方は、胸なんかないに等しいじゃないですか!」
悔し紛れに答えた。
「………っ!」
だが、意外と有効だった。
結構ショックだったらしく、目線を下にする。
ノースの胸はとても平だった。
比喩として例えるのなら、真の胸が富士山だったとすると、ノースの胸は関東平野だった。
見事に峠一つなかった。
「……ふ、ふふふ……それは、言ってはならない、禁忌の言葉」
「胸の話しを先に振って置いて、何を言うんですか」
平静を装っているけど、本気で悔しそうな顔で、涙を滲ませていたノースに、しかし真は強腰の姿勢を崩さない。
真は思った。
多少強引でも良い。
もう迷わない。
だって、これは……戦いなのだから。
「……ほう」
ポソリと、何かを悟ったノース。
瞬間、雰囲気が変わった。
突然、得も言わせぬ驚異的な重圧が、真を襲った。
「つい最近までお尻に蒙古斑があった小娘ごときが……この私に勝負を挑もうとしているのね」
他方の真も負けていない。
「最近じゃないです!――と、いいますか? 最近と言う言葉を使う辺り、ノースさんは何歳なのです? 実は結構な年齢だったりしてませんよね?」
二人は、近くにいた隆太が唖然となってしまう程の気迫で対峙すると、そのまま尋常ではないオーラの様な物まで身に纏う。
見れば、ノースの背後には強靭かつ屈強な巨大虎が浮かんでいた。
一方の真の背後には、今にも天高く舞い上がりそうな、強大な龍の姿が浮かんでいる。
今、まさに……二人の女性が、一つの愛を求め、苛烈な龍虎の戦いを演じ様としていたのだった。
「………」
隆太、無言。
口はぽっかり。顔はぽかーん。
見事なおいてけぼりを食らった。
「……うーん」
どうしたものかと、頭を悩ませていると、海が隆太の元へとやって来る。
「あひゃひゃ~っ! ともやぁ~」
しかし、完全に酔っていた。
どうやら、姉の制止を振り切り、一杯やってしまった模様だ。
見れば、部屋の片隅で、プリウが完全に酔い潰れていた。
何故か、口にワイン瓶が突っ込まれていた。
「……何がおきた?」
良くわからないが、面倒な出来事が起こってる気がしたので、敢えて考えるのをやめた。
それよりも、今は海だ。
しっかりちゃっかり酔っぱらってしまった海は、もう泥酔も良いレベルにまで到達し、ベロベロになりながら、隆太に抱きつくと、そのまま彼の胸元に自分の頬をスリスリして来る。
もはや、猫だった。
「と~もや……ぐす。会いたかった。会いたかったよぅ……」
そこからいきなり泣き崩れる。
もう、完全にダメだなって、隆太は苦笑いする。
そして、思う。
「ともやって誰だ?」
なんだろう……もやっとする。
海にだって、それ相応の過去はある。
当然、隆太の知らない過去もあるのだろう。
だけど……けど。
「………」
心の中に生まれた、モヤの様な物。
それが、無意識に感じた嫉妬である事に気付くのは、もう少し先の話しだった。
★☆★☆★
パーティ開始から一時間。
宴もたけなわな状態になり、一同の酔いも段々と回り始めた。
かく言う、隆太も飲み慣れていないお酒に、少しクラクラして来た。
「そろそろ、水に切り替えた方がいいかもな」
言い、水が入ったコップをテーブルに置いたのは、筋肉質な身体がお馴染みになりつつある男――ツイストだった。




