【3】
「バカげてる! こんなふざけた話なんか前代未聞だ!」
「そう言われても、検察の不起訴は覆らない。つまり、あんたは大人しく海をこっちに引き渡す事しか出来ないわけさ」
してやったりとばかりにプリウはその豊満な胸を張った。
「なら、このパラドクスはどうする! お前らの時間では書類送検されている過去が確立されているのに、この嬢ちゃんを連れて行かなかった場合、書類送検をしていたと言う過去の事実がなくなってしまうのだぞ!」
これが、時の矛盾。
つまり、起承転結で事が進む筈なのに、起こる前に結果が告知されてしまう。
あってはならない、時の理を無視した行為なのだ。
「正直、私もそこは閉口したわ……でも」
完全に冷静さを欠いていた男に、銀髪の少女は、再び別の書面を手渡す。
そして――
「は、ははは………」
乾いた声で笑った。
もはや、驚きではなく、呆れにも似た声音だった。
「秘匿事項が満載だから、私の口から言う事は出来ないけど……そう言う事よ」
言うなり、銀髪の彼女は完全な芋虫になっている海へと向かい、その縄と手錠を解錠した。
瞬間、海の束縛が完全に解かれ、一目散に隆太の元へと突き進む。
「隆太さんっっっ!」
「うぉう!」
大型犬は言い過ぎにしても、小柄ながら勢い良く飛び付いて来た海がいた事で、抱えていた絶賛失神中の真を離しそうになる。
慌てて、右腕でかかえた。
「うーーーーっ! なにしてるんですか隆太さん! ここ、テストに出る位、すんごく重要な感動シーンですよ! 海さん救出劇の良いトコなんですよ! そんな粗大ゴミなんか、そこらのゴミ捨て場に捨てて置いて下さい!」
「誰が粗大ゴミだっっっ!」
直後、胸元にいた真の意識が回復した。
同時に隆太の胸元にいた事実に気付き、咄嗟に離れた。
「す、すいません!」
失神していたとは言え、隆太の胸元にいた事実に赤面してしまう。
そんな彼女の態度をみて、隆太も意識してしまい、やっぱり顔を赤くしてしまった。
「い、いや……俺こそすまない」
「なぁ~に謝ってるんですか! むしろ介抱してやったんですよ? そこは怒るべきです! 大いに怒鳴りちらしてやりましょう!」
「おまーに怒鳴り散らしてやるわ!!!!」
隆太のがなり声が辺りに響き渡った。
もう少し優しい視線と態度で海へと接してあげようと思っていたけど、まぁ無理だった。
とりあえず、これはこれでヨシとしておく。
「……ったく。相変わらずアホなヤツだ」
ぶちぶちと小言を口にする。
「ま、いいです。とりま、りゅ~たさぁ~ん、怖かったよぉ~っ!」
海は即座に甘えて来た。
隆太の胸元でごろにゃ~んとかやってた。はた目からしたらバカップルにしか見えない事してた。
「………」
真の眉間にしわが寄り、眉がつり上がる。
だ、だめ……ここは我慢だあたし!
しかしながら、ここで怒るのは少し大人げない。
本能で生きてる海とは違い、真はそれなりに常識と言う物をわきまえていた。
ここで、海の行動に本気で対抗する様な、はしたない真似をすれば、確実に隆太は真に悪い印象を与えてしまう。
「……ぐす、本当に怖かった」
しまうんだけど、だ?
海の瞳に一滴の涙が出る。
同時に、海はさりげなぁ~く、真を見た。
顔では言っている。
今からやる事をちゃんと見とけ!
……と。
「――っ!」
思わず息を飲む。
一体、海はなにをやろうとしているのか?
答えは、まもなくやって来た。
「………海」
彼女の涙を見た隆太は、真剣な顔になる。
同時に気づいた。
海がかすかに震えていた事に。
強がってはいたけど、実際は怖かったんだろう……そうと、隆太は判断する。
隆太は胸元にいた海を、そっ……と両腕で優しく抱き締めた。
「せ、先輩! それ、騙されてるパターンです! いや、その子は色々と計算でやってますよっっ!」
だまらっしゃい! と、本来の海なら叫んだ所だったが、今回はだた隆太の胸元に埋まる行為に集中していた。
「やっぱり、隆太さんは優しいです……大好き」
そして、チョロ過ぎるから、少し矯正しないと行けないな……と、裏の海が言ってたけど、当然おくびにも出さなかった。
程なくして、海は少し背伸びする形で隆太の顔に自分の顔を近づけて、
チュッ!
……と、隆太の頬に自分の唇を軽く押し当てた。
ぷちん!
真から、元来ある筈のない音がする。
ゴゴゴゴゴッ!
あり得ない効果音とかも聞こえて来た!
「………」
隆太の思考がフリーズする。
心なしか寒い。いや、多分気のせいだけど寒いなぁ……どうしてだろう?
もう、なんやかんやで現実逃避してた隆太がいた所で――
「うっっっきぃぃぃぃっっっ!」
――ヒステリックな甲高い喚き声が辺り一面にでっかく谺する。
「もう許さない! そこのチビ巨乳! あんたの性根! この私が叩き直して上げるわ!!」
その後、後輩とマイカーの壮絶な修羅場が始まったのだった。
他方、その頃。
「無罪放免。これで一件落着かな」
一部始終を傍目で見ていたプリウは快活に伸びなんかしていた。
海を助けるに当たって、色々とやって来たのだろう彼女は、ようやく一息吐いたと言わんばかりだ。
「あなたは、これからどうするの?」
尋ねて来たのは、銀髪の少女。
見た目は少女だが、その態度は妙に大人びていた。
実際問題、外見と実年齢がイコールではないのだろう。
少なからず、二十代半ば程度に見える筋肉質な男の上司に値する人物である様子だし、それ相応の年齢に到達している可能性はある。
正確には、飽くまでもその可能性だけであったのだが。
「その書類を持ってるなら、分かってる筈だが?」
「愚問と言う事ね」
今更なにをと言わんばかりのプリウに彼女は肩をすくめた。
「じゃあ、あなたはわかるのね? これからの私の行動を」
「当然」
「……そう」
ポツリと抑揚のない頷きを返し、プリウに右手を差し出した。
「じゃあ、よろしくとだけ、言っておくわ」
「よろしくな」
プリウは差し出された右手を握り、軽く握手をして見せたのだった。
★☆★☆★
翌日。
椋鳥の鳴き声と共に、朝のカクテル光線が、室内にあるカーテンの合間を通してやって来る。
やや熟睡に近い状態だった隆太は、一筋の光になっている朝日をやんわりと浴びる事で、少しづつ意識を覚醒させて行った。
「……朝か」
寝ぼけ眼のまま言い、むくっと身体を起き上がらせ様とする。
するんだけど。
「……は?」
そこで気付いた。
身体を起き上がらせ様とした時、自分の両腕に不自然な重みが存在していた事に。
「な、なんじゃこりゃっ!」
一気に覚醒してしまった。
それもその筈。
目を覚ました先にあったのは、安らかな息を立てて眠る海とプリウの姿があった。




