【2】
これには、隆太も少なからずの焦りと恐怖を隠しきれない。
とはいえ、現在のお姉さんは遥か未来からやって来た次世代の車。
いや、次世代所か何世代も飛び越してる、ハイパーテクノロジーの集合体。
今の時代では想像も付かない、ありとあらゆる安全性能を多角面に標準装備してるに違いない。
『……あ、二つ良い忘れた事がある』
「なんですか?」
『一つは私の名前だ。プリウって言う。よろしくな』
「えぇと、はい、よろしくお願いします」
『次に二つ目だ』
お姉さん……プリウがこう言った辺りで、視界が開けた。
どうやら、完全に通勤圏内を抜けた模様だ。
同時に速度が更に加速する。
もはや弾丸だ!
『事故ったら、ごめん』
「いや、それを今言わないで下さいよぉぉぉっ!」
ヒュイィィィィン!
速度メーターはおかしな数値になっていた。
明らかに車の速度ではない。多分、新幹線とか、そこら辺が妥当な数値だった。
「きゃぁぁぁぁっっっ!」
真は今にも気絶しそうなくらいに絶叫していた。
いっそ、本当に気絶してた方が幸せだったかもしれない。
果たして。
『本当は、飛行モードになって空を飛んだ方が早いんだけど、この時代の車は空を飛ばないしね』
「この時代の車は、こんなに早く走りませんよ!」
なんだかんだで非常識な走り方をしてたプリウは、郡浜市の市街地を抜け、海を捕まえたであろう男の元へと爆走して行くのだった。
★☆★☆★
郡浜市から車でおよそ三十分。
プリウの様な、非常識な走り方をせずに進むと、大体その程度の時間で到着するそこは、国内屈指の規模を誇る大きな湖がある。
鹿苗代湖と呼ばれるそこは、避暑地でも有名な場所だ。
夏になると、大勢の観光客と湖水浴を目的とした人達で溢れ返る。
両手を縛られた海がいた場所は、その鹿苗代の一角にある、バーベキュー等をするのに適した空き地から、少し歩いた所だった。
「……さて、この辺りだった筈だが」
海を連れ去った当人でもある男は、軽く辺りを見渡した。
彼の足元には、もはや芋虫になっていた海の姿が。
どうにも暴れまくる為、とうとう足まで縛られていたのだ。
ここまで来たら、いっそ簀巻きにされた方がマシかも知れない。
そこから、男は虚空に向かって指を指して見せる。
すると、
ピポッ!
周囲に軽い電子音の様な物が発生し、同時に何もなかった筈の空間に画面の様な物が出てきた。
どうやら、この時代で言うスマホに値する物らしい。
但し、全然進歩してるらしく、端末らしきモノはなかった。
あるのは、虚空に浮いている画面の様なもの。これだけだ。
男は虚空に浮いてる画面を操作し、しばらくして――
ズオォォ……
――空間が歪んだ。
それは、SF映画の様な異様な光景。
現代の人間が見たのなら、大なり小なり驚くに値するだけの出来事が当然の様に発生していた。
しかし、男は至極当然の様な顔をして、歪んだ空間を軽く見据える。
彼からすれば、見慣れた代物に過ぎなかったのだ。
「さぁ、嬢ちゃん。元の時代に戻るぞ」
「う~~~~っ!」
海はじたばたもがく。
だが、圧倒的な腕力差を埋める事は到底叶わず、まして両手と両足を縛られていた状態では成す術もなく、あっさりと担がれた海は、そのままぐにゃりと歪む異様な空間へと引き込まれる――
『待ちなさいっっっ!』
――筈だった。
海を担いだ男が、まさに時空転移ポイントと思われる歪んだ空間の中へと入ろうとした瞬間、プリウの甲高い声が辺りに響いた。
いや、それだけではない。
物凄い勢いだったプリウは、勢いそのままにやって来て、
ザザァッッ!
男の目前で綺麗なドリフトをかまして、ピタッと止まった。
「危ないぜ……流石に今のは交通課が見てたら、一発アウトだ」
男は眉間に皺を寄せた。
そこから、プリウは姿を人間にする。
「ふ、そうね。あんたが交通課じゃなくて、本気で良かった!」
「いや、プリウさん! 今はそんな話してる場合じゃないでしょ!」
人間になったプリウは、ビシィッと、男を指差して叫び、隆太のツッコミを喰らっていた。
プリウ本人は格好つけていたみたいだけど、実際はコメディでしかなかった。
ちなみに、真は結局失神してた。
無理もない。
新幹線みたいな勢いで、本来なら五十キロ程度で走る目的の道を走破していたのだから。
プリウが人間になった事で車から解放された彼女は、失神したまま隆太に抱き抱えられていた。
閑話休題。
「そうだな。交通課じゃない……ないが」
男は右手をすぅ……と、上げる。
すると、どこからとなく手錠と思われる物が現れ、彼の右手に収まった。
「時空犯罪者が、ここにもいたのなら、警察は黙っていないものだぜ? お姉さんよ?」
男はニィ……と、笑みを作る。
そこで隆太は気づいた。
海もそうなのだが、プリウもまた、この時代からすれば未来の住人である事に。
つまり、それは目前の男にとって取り締まりの対象になるのだ。
「や、やばくないですか?」
「うん? やばい? なんで?」
「プリウさんも未来の車なら、捕まるんじゃないですか?」
「しまったぁぁぁぁっっっ!」
ああ、このお姉さんだめだって、隆太は思った。
「そろそろ、捕まえてもいいか?」
男はゆるりと、プリウと隆太に近づく。
「……く」
隆太は、思わず苦い顔になる。
「………と、なると思ったら、大間違いだね」
他方、プリウは不敵な笑みを色濃く作った。
とうとう、頭がおかしくなったかと、隆太が思っていた時だった。
「――そうね……。残念だけど、その人の言う事が正解だわ」
予想もしない角度から声がした。
見ると、そこには銀髪の長い髪をサイドに纏めた少女の姿が。
「ノ、ノース警部!」
直後、男は愕然とした顔になる。
「たった今、検察からの結果が出たわ……不起訴処分と言うふざけた結果が、ね?」
「バカなっ!」
文面をつらつらと読むかの様に、感受性のない声音で口を動かす銀髪の少女に向かって、男は二度驚いてみせる。
他方の少女は眉一つ動かす事なく、事務的に男へと一枚の書面を渡す。
手渡された書面を手にした男は、軽く文字を読んで行き、この日最高の衝撃を受けた。
まもなく、フルフルと身体を震わせる。
「あ、ありえないだろう……これは。冗談にしても笑えない」
「事実よ」
動揺を隠せない男を前に、銀髪の少女は、能面のままポツリと最低限の台詞を口にした。
「そもそも、これから起訴するんだぞ?……逮捕もしていないのに、書類送検なんて、そんなバカな話が」
「あるんだよ、これが」
依然として不敵な笑みを色濃く作っていたプリウが、男へと言って来る。
「あんたも時空を管轄する警官なら、わかるだろう? 私はあんたよりほんの少し未来から来たってわけ」
つまり、海が捕まり、起訴された後に来た事になる。
そして、不起訴になった結果を、始まってもいないのに言い渡された事になる。
当然、これがおかしい訳がない。




