想定外の納車
この物語を、1ページでも読んで下さった、貴方様へ。
ささやかでも幸せが訪れます様に!
……一体、何処でどんな間違えを犯したのなら、こんなおかしな展開なってしまうと言うのだろう?
その時、彼――鈴木隆太は、19と言う年齢にして、早くも新次元の世界に淘汰されていた。
そもそも、元来の目的は純粋に自分の自家用車――つまり、マイカーが欲しかっただけ。
そう。
それ以上の目的もなく、それ以下の目的も存在していない……筈だった。
だが、その顛末にある、今の自分は一体なんだと言うのか?
てか、ふざけるにしても、もっとマシなふざけ方ってモンがあるだろ?……などと、販売会社の店員に向かって小一時間位、喚き散らしてやりたい。
しかしながら、眼前の事実が覆る事はなく、夢現も甚だしい現実は当然の様に隆太を驚かすだけだった。
果たして。
普通に某、有名中古ディーラーの正規販売店で、自分の敷居に見合った車を探した結果、無事に手続きを済ませ、後は納車を待つのみと言う所まで到達した顛末に――
「はじめまして、私のご主人様!」
――と、鈴の音を彷彿させる、綺麗にして純粋、そして何より可愛い声とセットに、これまた驚くまでの愛くるしい笑顔を見せる女の子との出会いが待っていたのであった。
「……はい?」
隆太の目は点になった。
口はポカンとなり、顔ではホワイ? とかって顔になっている。
誰から見ても、現状を全く理解していない顔だった。
それもその筈。
さっきから言っているが、隆太は納車が目的で、ここにいるのだ。
人口33万人程度の中途半端に開けた地方都市、郡浜市の駅前西口ロータリーに。
思えば、納車先が駅前だと言う時点で、そもそもおかしな話だと考えない辺り……まぁ、なんか隆太のアホな一面が垣間見えるけど、取り敢えずは置いておく。
「……えぇと、おたくは誰?」
もしかしたら、納車の関係で声を掛けて来た人かな?……と、自分なりに現実的な線で、さっきからずっとニコニコしまくっていた女の子に声を掛けて見せる。
「誰って?……見て分かりませんか?」
「ああ、うん。係の人なのかなって事はなんとなく分かるよ。バイトの人?」
「違いますぅ~!」
女の子は、頬を膨らませて言う。
少し機嫌を損ねている模様だが、その仕草が一々可愛いので、なんだかホンワカした気持ちになってしまう。
「さっき、私は言ったじゃないですか?『ご主人様』って」
頬を膨らませ、ぷんすか怒りながら、怒鳴り口調で言う彼女。
隆太の謎は大きく深まった。
ぶっちゃけ、新手の詐欺か、誰かのイタズラか、なにかのドッキリかのどれかだろう。
いずれにしても、ロクな物ではない。
「うーん……」
ひとしきり考え、唸って見て、妥当なのは人違いだろうか? と言う答えを導き出した所で、しびれを切らした彼女が口を開く。
「だーかーらっ! さっきから言ってるじゃないですか!
私がアナタのマイカーの海です!ーーって!」
「初耳だよっっっ!」
彼女の言葉に隆太はコンマ1秒で壮絶なツッコミをいれた。
それはそれは豪快だ!
理由は簡単。
「一体、どこの世界にそんな可愛い顔した、女の子みたいな車がいるって言うんだ!」
「ここの世界の今、すぐ目の前にいるじゃないですか!」
もう、これでもかって位の勢いで叫ぶ隆太に、彼女も負けじと声を力一杯張り上げた。
間もなく、彼女は頬を赤らめる。
「……と、言うか、恥ずかしいです。可愛いとか……そ、そんな……分かりきってる事を言うなんて……」
「さりげなく、可愛いは肯定するんだな」
もじもじと恥じらいながらも、しっかりと自分を持ち上げていた彼女に、やっぱり隆太は軽いツッコミを入れてしまった。
そして悩みのドツボへと突入する。
隆太ではないが、これは誰がどう見てもおかしい。
これがおかしくないのであれば、世界の大多数の摩訶不思議が常識の枠内に、すっぽりと入ってしまう。
「そうか……これが、世間で噂のドキュン女子か」
「そんな女子いませんから! と言いますか、そんなの世間で噂されてませんから!」
ハッ! と、一つの真理を導き出した隆太を前に、彼女は速攻で正論をぶつけて来た。
存在その物は理不尽なのに、言ってる事はまともだった。
されど、だからと言って、眼前に立つ、水色の髪を腰まで伸ばしてた女の子が車だと言われても困るしかない。
「………………はぁ。
まさか、私のご主人様ともあろうお方が、私の言葉をここまで信用してくれないなんて……」
大きなため息と共に、身体全体で落胆の表現を見せた彼女は、間もなく――
グイッ!
――と、強く隆太の手を引っ張って見せた。
「え? い、いきなり何?」
「ついて来て下さい!」
突然、右手を捕まれ、そのまま隆太を引きずる様な勢いで引っ張った彼女は、小走りにも匹敵する歩調のまま、駅付近にある公園まで向かう。
正確に言うのなら、その公園に面した公道までやって来た。
「――うん、人はいないね」
「何がしたいんだよ、君は……」
公園にやって来た所で、隆太の手を離した彼女は、軽く周囲を確認する。
他方の隆太は、訝しげに眉をよじらせながらも、彼女の言われるままについて来た。
無駄にお人好しな隆太は、お人好しランクSの猛者だった。
そこらのAランクいい人やBランクいい人が束になっても敵わない程のいい人だった。
閑話休題。
「証拠を見せに来たのです」
開口一番、やんわりと不適な笑みを見せながら、彼女がそうと答えた刹那。
「………」
絶句した。
もしかしたら、人生で一番驚いたかもしれないと、この時の隆太は本気で思えた。
果たして、そこにあったのは、試乗等の関係で見覚えのある、一台の車だった。
『どうです~? 信じて貰えましたか~?』
余りに突飛でもない光景に、ただただ絶句する事しか出来ない隆太がいる中、なんか間延びした声が車から聞こえて来た。
声は、間違いなく彼女の声だった。
「あ、ああ………うん。
これを見せられたらな……」
はっきり言うのなら、実物を見ても、未だに信じられない。
しかし、実際に彼女は車になった。
そう。
途中でCG映像みたい白い光が彼女を覆うと、瞬く間に人間だった女の子の姿が普通のコンパクトタイプの乗用車に変身していたのだ。
「………はは」
思わず笑った。
別に可笑しくないけど、乾いた笑いが口から漏れた。
そして、隆太は思う。
俺は、普通の車が欲しかっただけなんだけど……。
かくして、普通の車を買いに行った筈だと言うに、なんでか女の子に変身してしまうと言う、おかしな特別仕様が標準装備されていた車を購入してしまった、彼の可哀想で……しかし、羨ましい様な二人(?)のラブコメが始まるのであった。